まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
アイが復帰して数ヶ月が経過した。
B小町は快進撃を……というわけにはいっていない。
これは、アイが休みの日のことだ。
「うぅー 今月の給料……」
スマホを片手に、アイは沈んだ声を出している。
「たしかにうちの事務所、まだまだ小さいけどさぁ~」
苺プロは芸能界の歴史の中でいわゆるルーキーであってその規模は小さい。大手とトラブルがないよう、堅実な売り出し方を続けている。つまり、一気に伸ばすためには起爆剤のようなものを持っていないのだ。
何枚もCDを出そうとも、最近はコレクションや推し活の一環でしか購入されない。ライブだって会場を借りる必要があって、苺プロはまるで下請けのように、あっちこっちに利益を取られているのだろう。
「パパ、なんとかして」
「役目でしょ」
テレビを見ていた子どもたちが俺に近づいてきて、コソコソと耳元で話しかけてきた。ママの小さなつぶやきに反応するなんて、ホントに賢い子たちだよな。
瑠美衣や愛久愛海は、もう歩き回れるようになって、そのうち言葉も話し始めた。アイは『うちの子も早熟の天才⁉ 』って純粋に喜んでいる。たぶん母さんから、俺が早熟だったと話を聞いているのだろう。
「アイはえらいね。こんなに頑張ってくれている」
「ん~ クリス君のおかげで安心できるからだよ~」
頭を撫でると、アイは抱き着いてきて頬っぺすりすりしてくる。
だってまだ17歳という身で、こんなに稼いでくれているんだ。両親たちも支援してくれるとはいえ、最近俺は学生兼専業主夫をやっているから、アイはうちの家族の大黒柱だな。
外で我慢させちゃう分、アイも瑠美衣も愛久愛海もいっぱい甘やかしてあげないと。
「ほら、ルビーとアクアもおいで~」
「ママ~! ぎゅ~!」
「愛久愛海も素直にママに甘えようか」
「ちょっ、父さん!」
2人はちょっと成長しても、うちのママさんに甘やかしてもらうのが大好きだからな。そしてアイも家族みんなに甘えるのが大好きなので、よく家族4人でぎゅ~ってする。
いっぱい幸せを補充したところで。
「じゃ、ママはご飯の用意するね」
「わたしもお手伝いする!」
「僕もしたいけど、まだ無理だよ」
俺とアイは顔を見合った。
瑠美衣も愛久愛海も優しい子だ。
「うちの子えらすぎ~!」
「どうしよう、嬉しくて涙が止まらない」
また俺たちは、4人で抱きつき合ってしまった。
再び幸せを補充したところで。
久しぶりにアイが自分で料理したいということなので、今日はキッチンを任せることにした。エプロンを身に着けたり、シュシュで髪をまとめたり、そんな彼女の姿も可愛らしい。
まだ瑠美衣や愛久愛海は離乳食だから、早くママ特製のオムライスが食べたいと言っている。
「パパ、今日もお勉強してたの?」
「それなら後でいいんだけど」
一度だけノートを閉じて、見せないようにはしてみるけど。
「家計簿だよね?」
「そうだよ、愛久愛海」
愛久愛海はあの一瞬で、何か分かってしまったようだ。
「かけーぼー?」
「んー、お金の日記、算数や数学みたいなものだね」
瑠美衣は『うへぇ』という表情だ。
そういうところもアイに似ているのかな。
「まあキミたちのおじいちゃんおばあちゃんから、いっぱいお金貰っているから、心配することはないからね」
「それならよかったよ」
「うんうん、よかったよかった」
『お年玉もらえるかな!?』と瑠美衣がワクワクしている姿が可愛くて、俺は頷いて撫でておく。
よくアイとは2人で話し合っている。
幼稚園もしくは保育園、小中高大どこまで行くか分からないけど、将来のために貯金しようって。習い事もするかもしれなくて、様々な選択肢をあげるには、どうしてもお金も必要になってくるだろうって。
瑠美衣と愛久愛海がもう少し大きくなったら、俺もバイトやパートで少しは稼げるだろうけど。
「ネットタレント、か」
苺プロはB小町だけでなく、そういう部門も中心にして稼ごうという方針になったと聞いている。事務所に所属しないかと何人かyoutuberや生主にどんどん声をかけているらしい。
「ほへー」
俺が書き込んだ数字を、宇宙猫のような表情で見ている瑠美衣の頭を撫でる。ホントは子どもにこういうの見せたくなかったけど、この子たちは優しくて賢いから、特に愛久愛海は知りたいのだろう。
「父さん、いつか子役をさせてもらえる?」
「愛久愛海、芸能界は大変だと思うよ」
雨宮先生の件もある。
本音を出すなら、芸能界にあまりアイを近づけさせたくない。恐らく斉藤さんの移動先の中から宮崎の病院について調べたと思うけど、事務所の中の誰かが協力者の可能性が高いから。
「できることをやりたいんだ。それに、僕のことも父さんたちが守ってくれるでしょ」
それが息子としての選択か。
いろいろな思いが彼の中であるんだろう。
「わかった。ママにも相談しておくよ」
俺は頷いて、いっぱい撫でてあげた。
一緒に苦難を乗り越えてくれようとしているんだ。
「ねぇパパ、アイドルって100万くらい稼ぐものじゃないの?」
「パパはB小町くらいしか分からないね」
「そういうのは一握りだと思うよ、ルビー、父さん」
どうやらアイドル全般のことは、愛久愛海のほうが博識だったみたいだ。
「えー! ママレベルなら1億払うべき!」
「あのなぁ、大人の世界はいろいろあるんだよ」
今はどうしてもB小町として売り出していて、いわゆる利益は山分けになっているだろうって。
様々な好みのファンを少しでも獲得するためにユニットを組まないといけなかったのだろうって。
CMやモデルやちょっとした番組出演といった、アイ個人の仕事もいくつかあるけど、短期的なものが多いだろうって。
「「へぇー」」
「ざっとこんなところかな?」
赤ちゃんが大人の世界を語るなんて、すごい光景だ。
この会話だけで再生数だいぶ稼げるんじゃないか。
「むー! 私もアイドルやって、ママを養ってあげたい!」
『あっ、ついでにパパもね?』と言ってくれて、うちの子がますます輝いて見えてきた。
「なになに~? ルビーもアイドルになりたいって~?」
瑠美衣の声は大きかったのもあって、キッチンであれこれとやっていたアイが、背中越しにそう聞いてきた。
「うん! 私もママみたいなアイドルになりたい!」
「んー、私みたいにー?」
アイは振り返る際に。
『こういう顔を隠してでも?』と、闇に濁りきった瞳を見せた。
ストレスを貯め込み続けた先に、誰にも見せられない感情の時、そんな自分自身の姿を演技で再現しているらしい。
グループ内でいじめがあったときも、最初期メンバーと喧嘩したらしいときも、あの表情を隠していたのだろうか。
「あっ、もうカメラ回ってる~?」
そう演技を重ねて、一瞬でアイドルスマイルを作る。
どんなに
「てへっ☆」
ポーズをとって、そのアイドルスマイルを維持する。
さてと。
今の俺の役目は。
「瑠美衣、さっきのは演技だからね。キミのママはちゃんと、瑠美衣を愛しているよ」
「ぅ……うぅ」
今のアイは娘のために厳しくしているから。
俺が、泣いている瑠美衣の頭を優しく撫でる。
まあアイも慣れないことをやって、泣いちゃってる。
「よしっ、アイと瑠美衣で、ぎゅ~ しようか?」
エプロン姿のママとして、泣きながらアイは慌ててこちらに駆け寄ってくる。俺が瑠美衣の身体を丁寧に渡すと、彼女は抱きしめ合うように ぎゅ~っとする。
「ごめんねルビー~~!」
「ママぁ~~!」
俺が代わりにキッチンへ立って、ご飯の準備を引き継ぐ。愛久愛海も付いてきてくれて、何か手伝いたそうにしている姿がホント可愛らしいな。
「泣かせちゃってごめんね、ルビー?」
「ううん、アイドルって、大変なんだね?」
瑠美衣を抱っこしたままソファに座ったアイは、よしよしと頭を撫でている。
「ん、もちろん楽しいこともあるよ。ルビーが本気でアイドルをやりたいなら応援する。私もアイドルのことなら、いろいろ教えてあげられると思うから」
先日にアイが見せていたようなトレーニングを、ああいう
「私やっぱり、いつかアイドルのお仕事をやりたい!」
「そっか、それなら一緒に、アイドル目指してみよっか」
瑠美衣の笑顔で明るい声が、俺たちの耳にも届く。
まさかもう『輝き』を掴みかけているなんてな。
「まだまだ私も負けてられないな☆」
「ママに追いついて、私も輝いてみせるね☆」
子どもの成長ってホント早いんだな。
願っていいのなら、親子2人で揃ってステージに立ってほしいくらいだ。
「そうだ! ママ! パパ! お願いがあるの!」
「「なに?」」
『今度ライブに連れていって!』と、瑠美衣はワガママを言ってくれた。
☆☆☆
ライブ会場に来るのは俺としても久しぶりだ。
2人用のベビーカーの中で座っている瑠美衣と愛久愛海も、今か今かとアイの登場を待っている。俺も最前列でライブを見るのは初めてだから、年甲斐もなく興奮していた。
「助かりました、こんな良い場所から」
「い、いえ、どういたしまして」
斉藤さんやミヤコさんにも協力してもらえて、この抽選の当選者限定のミニライブならと、最前列の端を融通してもらった。
「「ぶー」」
『浮気するな』って瑠美衣や愛久愛海に視線で釘を刺されるが、ミヤコさんは斉藤さんとご結婚されているだろうに。
それにしても人が多いな。
熱気もやっぱりすごい。
「2人とも
「分かりました、パパ!」
「ば、ばぶー!」
「敬語? もうそんなに話せるの? き、気のせいかしら?」
ミヤコさんが少し混乱しているが。
『まあ早熟なんでしょう』と軽く流しておく。
ちょうどよくステージに注目するように、照明が切り替わり、アイたちが登場した。赤ちゃんたちも泣いているわけではなく、これ以上ファンたちは気にすることもないだろう。
「キャー! あ、アイちゃん~~!」
「ばぶーー! アイ~~!!」
場の雰囲気に乗せられて、瑠美衣どころか、愛久愛海までファン魂を解放するように叫び始めてしまった。
「みんな~! 来てくれて、ありがと~!」
アイはファンを見渡すように演技しつつ。
そして、本物で自然な笑顔を一瞬見せた。
嘘と本物が入り混じった愛に、さらに会場は盛り上がる。
「……なるほど」
今回のミニライブにアイ以外で出演したメンバー2人は、赤ちゃんを純粋に珍しがっているくらいか。まだ信用できると確定できたわけではないが、警戒レベルは少し落とそう。
今は、俺も純粋に楽しませてもらうとしますか。
「ア・ナ・タのアイドル
サインはB チュッ♡」
完璧で究極の1番星の輝きを、こんな間近で見られる。
今日は特に気合が入っていてアイの輝きはいつも以上だ。
そして『きゃわ~~♡』という風に、今のアイは心の底からの愛が溢れている。昔に冗談で言っていたように、ステージから俺たちのところまで飛び込んでこないようにはしてほしいけど。
それにしても。
今日のパフォーマンス格別だが。
理由は、俺の隣にいたらしい。
「「バブ バブ バブッ!」」
瑠美衣や愛久愛海によって、赤色の光が舞う。
だからアイは心の底からの笑顔を見せている。
「ちゃんと見えてる
君のサイリウム ♪」
うちの瑠美衣と愛久愛海はここまでキレが凄いオタ芸ができるのか。ライブだからサイリウムを買ってほしいとも頼まれたけど、ここまでのファンとしての愛を持っているらしい。
ファン1号として負けてられないな。
横目にその動きを真似しながら、俺も赤色のサイリウムを振ってアイを全力で応援する。普段と違って言葉に出すことができなかったとしても、『愛してる』と今すぐ伝えたい。アイの練習風景も何度か見てきたんだ、瑠美衣や愛久愛海に負けないくらいに、俺だって愛を表現したい。
「
周りがどうとかこうとか気にしない
主張強すぎ 君のサイリウム♪
たとえ世界が私を拒んで
ひとりぼっちを感じたとしても
アナタが味方でいてくれたら
怖いものはないよ ♡」
『愛してる』と口パクで伝えてきた。
さっきのファンサはアドリブだったな。
輝いていて本当に素晴らしい光景だ。
確かにミニライブで規模は小さいが、そんなの関係ないと感じるほどのパフォーマンスだ。心の底から溢れすぎている愛でいつも以上に動けていて、たぶんアイはそんな自分に幸せに感じつつ、そしてプロとして今日の経験をしっかり吸収しているのだろう。
だって、その愛の表現力がどんどん増しているんだ。
これからもアイはまだまだ強くなっていく気がする。
「ア・ナ・タのアイドル
サインはB チュッ♡♡♡」
その愛の魔法に思わず頬が熱くなる。
最愛の推しの子には勝てる気がしないな。
☆☆☆
その日から、さらにアイの輝きが増したとされている。
同時に、双子のサイリウムベビーの動画がSNS上で爆発するようにバズる。
それはB小町にとって、人気の起爆剤のようなものとなってくれた。