まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
あっという間に年月は過ぎていった。
あのホラー映画からますますアイはテレビ出演するようになって、スケジュールが多くて大変だって嬉しい悩みができているようだ。今はドラマの主演すらやっている。
収入面がさらに安定したことで、賢い子どもたちにスマホだって買ってあげられた。
芸能界に自分のママがいることもあって、愛久愛海や瑠美衣もそこそこに子役の仕事を気に入っていた。同年代の中ではレッスンだって簡単にこなしている。稼ぎは2人ともお小遣いとして使いつつ、生活費の足しにしてほしいって、俺とアイが感動で泣いた。
子どもたちも苺プロ所属であって、俺が送迎以外にも、空いている時間に仕事を手伝っていると、斉藤さんは俺までアルバイト扱いにしてくれるようになった。まあ2人が子役をしている期間だと思うから一時的なものだろうけど。
そして今日、瑠美衣や愛久愛海にとって、1つの節目を迎えていた。
「うちの子 きゃわ~♡」
瑠美衣と愛久愛海は今日から幼稚園の入園ということで、お揃いの制服を着ていた。娘はロングに髪を伸ばしていてオシャレ好きで可愛いし、息子もいつかイケメンになるだろうけどまだまだ可愛いし。
「ママもそのコーデきゃわ~!」
「ルビーありがと~!」
アイは変装も手慣れたもので、伊達眼鏡をかけたボーイッシュな姿だ。ママと娘でキャッキャしているので、今のうちに愛久愛海に話しておこう。
「幼稚園で何かあったら相談してね。みんなとにかく元気だからさ」
「公園にいるようなものでしょ。上手くやっておくよ」
愛久愛海がえらいので、よしよしと撫でておく。
俺も経験したことがあるが、あっちこっちに巻き込まれるように引っ張られる。どこからそんな元気が溢れてくるのかと思うくらいに、子どもたちは動き回る。
「そろそろ行こっか♪」
「ママお手々つないで~!」
溢れ出る輝きみたいなのも演技で誤魔化せるようになって、最近はある程度気配すら隠すこともできて、たまにビックリさせようとしてくる。
だんだんアイが凄い存在になっている気がするが、愛という魔法は不可能を可能にできるのかもしれないな。
こうして、俺たちは入園式に家族みんなで向かう。
普段の送迎は俺に任せてもらうけど、明日から俺もだいぶ時間に余裕ができるのだろう。瑠美衣も愛久愛海も賢くて、育児の負担は元々少なく、家事のことも慣れたものだ。
俺自身が今後どうしていくかはまだ決めていなかった。
☆☆☆
2人が幼稚園に通い始めて、ある日のこと。
瑠美衣がしょんぼりしていた。
お遊戯会ということで、踊りの練習をしたらしい。瑠美衣のことだから、練習の合間にB小町のダンスを実際にやってみたのだろう。それが上手くいかないどころか、転ぶのが『怖かった』って話してくれた。
まだ身体ができていないから、本格的なダンスのレッスンはやっていない。いつかは判明することだったから、この件についてはアイに任せることにした。
前世のトラウマに関わることだと思うけど、それを癒せるのは愛だと思うから。
そんなママと娘のコミュニケーションを視界に入れつつ、俺と愛久愛海はキッチンのテーブルで向き合っていた。
彼も遠い目をしていて、忙しい日々らしい。
「それで、幼稚園はどう?」
「すごいなんてものじゃないよ。本を読もうとしても連れ回されるし、子ども同士の喧嘩はすぐ起きるし、外で危なっかしいことも多いし」
『すごいな、小児科の人たち』って小さく呟いた。
俺も経験したことだから、ある程度想像ができる。今の愛久愛海にとって、身体年齢の同年代とは接しづらくて、それでも彼は陰ながらサポートしているのだろう。
「やっぱり、愛久愛海もなんだかんだ周りを見てしまうタイプだったか」
「いくらなんでも子ども1人あたりの先生が足りないんだ。僕は改善を要求する、社会に」
それは本当にそう。
少子化もあるけど、子どもたちのトラブルも複雑になっている。どうしても保護者は我が子には過保護になってしまうので、こういう時間帯の連絡の頻度も多いだろう。夜遅くまで仕事をしている幼稚園をよく見かける。
「愛久愛海は優しいな」
「そうかな? パパのほうが優しいよ」
誰かに言われても首をかしげるの、そっくりかもな。
「手の届く範囲でいい。それでも救われる人はちゃんといる」
俺たちは欲張りだから、全てを救いたいって思ってしまう。でもそうしているうちに、疲れてしまって、本当に大事なものを失ってしまうかもしれないから。
「助けた人が、今度は誰かを助けてくれるかもしれない。それでいいと思うよ」
昔助けた少女が成長して、その愛に救われる人がいるように。
すでに親子で仲良くダンスする姿を見て。
愛久愛海は笑顔で頷いてくれた。
「僕は、父さんの息子になれてよかったよ」
「一応人生の先輩だからね。これからも相談に乗るよ」
前世持ちの苦労は息子も経験するだろう。
それでも、自分なりに楽しんでほしい。
幼稚園のお遊戯会は、なんというかお祭りだった。瑠美衣はみんなと踊るのを楽しんでいて、愛久愛海は上手く混じれていない子に声をかけていて。
生き生きとしていて、輝いていた。
☆☆☆
残念ながら今夜は曇っていて、星も月もほとんど見えない。
けど、確かに夜空の中には存在している。
「起きてきたんだ」
「うん、ちょっと、目が覚めちゃった」
まるで試してみるように足音を抑えていたけど、気配はしっかり感じる。それが最愛の人なのだから、たぶんアイはずっと俺をビックリさせられないだろうな。
万が一があってはいけないから、俺は部屋に戻って、換気で開けていた窓やカーテンもしっかり閉めておく。
「昔から空見るの好きだよね」
「昔からアイのほうが好きだよ」
アイがいる時は彼女をよく見る。
こんなに可愛らしい女性なのだから。
「ん」
ギュッ て抱き着いて。
長めのキスをする。
「む~ やっぱりヒール履いてないと大変」
「そこもアイの可愛いポイントだよ」
結局アイの身長は150cmちょっとのままで、俺は175cmくらいになった。自分からもキスしたいって、つま先立ちでしてくれるところも可愛らしい。
「お互いそのうち20歳になるな」
「そっか、お酒も飲める年だね」
とはいえあまり喜んではいない。
今のアイは しんみりモードだな。
「何かあった?」
「んー、ちょっとお母さんのこと思い出してた」
彼女が施設に入って以降、アイの実の母親とは会っていないらしい。後見人の話をする際に連絡した斉藤さんによれば、生きてはいるみたいだけど。
「結構お酒を飲む人で…… 酔っちゃった時は大変だった」
よしよし とアイの頭を撫でた。
さらに抱き着いてきてくれる。
「お母さんが連れてくる男の人も飲んでた。空き缶がすごく多くて、朝起きたら匂いすごかったかなー」
アイは潔癖症というわけでもないけど、子どもだった頃の少女にはイヤな気分だっただろう。たぶん20歳になっても、アイは人付き合いくらいでしか飲まないかもしれない。
「お母さん、元気してるのかな?」
「アイの活躍を見てくれていると信じよう」
断言はできないけど。
愛が彼女の母親にまで伝わっていてほしい。
「うん…… そうする」
「よしよし」
お互いの息づかいの音が心地いい。
こういう時間も幸せに感じる。
あっ とアイが小さく声を出した。
「ごめんね? クリス君にお酒飲まないでほしいってわけじゃないから」
「まあ俺も飲むまで好きか嫌いかは分からないけど、お互い酔いすぎないようにしないとね」
俺は人付き合いで飲まされる側だった。
一応前世では酔いづらい体質ではあったけど。
「ちゃんと、酔いすぎないようにするから」
「ん…… クリス君は優しいね」
酔っても理性は失わないようにしたい。
痛いことは
「愛してるからね」
「私も、愛してるよ」
アイは不安そうな瞳で見上げてきた。
「ねぇ、私って頼りないかな?」
「そんなことないよ。今だって頑張ってくれていて、頑張りすぎちゃいそうなことが心配だ。アイは我慢強いから」
芸能界で売れるということは、また苦難も多くなるだろう。斉藤さんやミヤコさんたちが付いていてくれるとはいえ、俺自身はいつでも隣にいてサポートしてあげられるわけじゃないから。
「でも、クリス君が やりたいこと、ホントはいっぱいあるんじゃないかなって」
アイは不安そうな表情だ。
「私、束縛? っていうのかな、そういうのちょっとあると思うから」
ちょっとだっけ?
まあそんな愛の重さが心地いい。
「ルビーもアクアも幼稚園に通い始めて、送り迎えはいつも任せることになっちゃうけど。でもいろいろと、えっと、飲食店とかyoutuberとかスーツアクターとか、気になるんでしょ?」
「あくまで仕事の中では、だよ。1番やりたいことは家族のためになること」
もし金銭面で余裕が続くなら、別に専業主夫でいい。とはいえ今後何があるか分からないから、長期的に稼ぐような手段も考えておきたいってだけで話題に出しただけだ。
「うちのママさんが頑張って稼いでくれるから、買いたい物も買えて、料理も自由に作れる。心の底から感謝しているよ」
『だから
「じゃ、じゃあ、その……」
アイの頬っぺが赤くなってて可愛らしい。
今はこんなにも照れ屋さんになったんだな。
「明日…… すっごく甘えていい?」
「いいよ。俺としても大歓迎だから」
瑠美衣と愛久愛海が幼稚園、明日はアイが休み、タイミングとしてはいいだろう。
まあさすがに3人目は未定にしておこう。
☆☆☆
それからまた数ヶ月後。
ようやく、B小町のドームライブが決定された。
斉藤さんの夢であり、B小町の夢でもあったことだ。
そんなある日のこと。
俺たち家族4人と、俺の両親、それに斉藤さん夫妻を交えて、ちょっとした祝賀会を行っていた。斉藤さんのお宅を貸してもらえることになったけど、成長中の企業の若手社長ということで、かなり高級なお部屋だな。
「かぁー! 酒がうめぇ!」
「いやはや全く、めでたいことです!」
父さんも斉藤さんも、お酒を飲んですっかり上機嫌だ。同年代ということもあって何かと話が合って、時間が合えば一緒に釣りに行く仲になっているらしい。
女子たちは向こうで、キャッキャとミヤコさんに絡んでいる。女三人寄れば姦しいと言うが、俺はとても4人の姿が好ましく思える。美女や美少女が揃っていて、とてもキラキラした光景だな。
「それで? 当日の曲に―――がないのですが?」
「いやいやB小町と言えば、―――だろ」
「まあまあ2人とも。ソロ曲の―――でしょう?」
「僕は今からでも―――を入れてほしいな」
大人たちも絡み酒ってわけではないので、俺も愛久愛海も男たちの会話に入っている。共通の話題と言えばB小町の話で、その中でもやはりアイのことだ。愛久愛海ですら前世の頃からの最初期ファンらしいので、まだ幼児でありながら話に食らいついてくる。
普段のアイの可愛らしさも話しつつ、ファン4人で会話が白熱した。
「それにしても、やはりドームって大変なのですか?」
「そりゃあな。専門の会社挟んで、ようやく枠をとれる。B小町が相応しいかどうかだけじゃなく、俺達スタッフの練度や実績すら試される場所だ」
酔っていることもあって、少し早口に熱く語っている。
左手に瓶、右手にグラス、自分でワインを注ぎながら彼はぐびぐび飲んでいる。その動作自体は安定していて、仕事柄よく飲むらしいからお酒に強いらしい。
「自分の育てたアイドルをドームに連れていく。それが俺自身の夢だった。それだけじゃなく、会社全体の目標としても掲げてきた」
『B小町全員とは行かなかったがな』と小さく呟いて、グラスの中身を勢いよく飲み干した。いろいろと理由はあるらしいが、メンバーに何人も移り変わりがあった。
俺以上に、斉藤さんはB小町の現状には気づいているだろう。以前からアイの輝きが飛び抜けている状態であり、他メンバーをメインとした曲よりも非常に売り上げが大きい。それでもまあ、他グループであればセンターを担当できるほどの実力や容姿は各自持っている。
どっちにしろドームライブという節目も迎えることができるので、あと数年の間には、B小町は解散するかもしれないな。
「まっ、今はドームを祝いましょう」
「苺プロのますますのご活躍に」
「B小町の今後の活躍に」
「それと子どもたちの成長だ! 乾杯!」
『乾杯』と、再びグラス同士で優しく音を立てる。
ドームライブか。
とても楽しみになってきたな。