まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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第8話(運命の日)

 

 今日はドームライブの日だ。

 

 すでにリハーサルをやったらしいアイと違って、その規模について俺自身はあまり実感がない。瑠美衣や愛久愛海、それと両親のためにチケットを確保してくれているから、行ってみてのお楽しみだ。

 

 アイの気持ちや体調も万全なようで、早めにミヤコさんの送迎で会場に向かうことになっている。むしろ俺たち3人のほうが緊張しているんじゃないかってくらい、プロのアイドルは準備万端だった。

 

 そろそろ出かける時間になったとき。

 

「ルビー、アクア、ちょっと来て?」

「「うん」」

 

 アイは子どもたちの額にキスをして、2人一緒にぎゅっと抱きしめる。そして、心の底から『愛してる』って、穏やかな笑顔で伝えた。

 

「私、ママの子どもとして生まれてよかった」

「僕も幸せだよ、母さん」

 

 『そっか』って呟くアイは、泣いてしまいそうだな。

 家族が欲しいって伝えられた時も、産むときに大変だった時も、そして今もずっと子どもたちの幸せを願っているから。

 

「頑張ってくるね?」

「楽しみにしてるよ、ママ!」

「僕も楽しみにしていたよ、ずっとね」

 

 アイは立ち上がって、こちらを見つめてくる。

 

「クリス君、いつも支えてくれてありがとう。キミのおかげでここまで来れたんだよ」

「アイの頑張りが1番だよ。まぁ力になれたのなら、どういたしまして」

 

 アイの輝きが増していくのを最も間近で見れて、こんなにも幸せなことはないだろう。俺の背中で隠して、長めのキス…… 今日くらいはパパとママを甘えさせてほしい。

 

 離れてから、アイは大きく頷いた。

 

「じゃ、行ってくるね! またあとで!」

「「「いってらっしゃい」」」

 

 アイは元気いっぱいな姿で、リビングから玄関へ向かう。秘密を守り通すように、そして宝箱にしまうように、扉はゆっくりと閉じていく。

 

「うー、また緊張してきた」

「楽しみだけど緊張するよな」

 

 そわそわとしている瑠美衣や愛久愛海はソファに座って、スマホを手に持っただけで起動はしていない。

 

 あとは子どもたちの準備だけど、それも基本的に自分たちでやってくれる。だから、時間を決めてゆっくりしてから出かけることにする。どうせ3人揃って早めに会場に着いてしまいそうだから。

 

 とりあえず、俺は早めのお昼ご飯のお皿洗いだな。

 

 ゆっくりと玄関が開く音がした。

 時間通り、ミヤコさんとマンション下で合流するだろう。

 

 今日も安全に送り迎えを頼んで……

 

 

―――明確な殺意を感じ取った。

 

 

 

 視界が赤く染まる。

 

 

 

「……あ”?」

 白い花びらが舞っていて。

 廊下は血で赤く染まる。

 

「なんだよお前!?」

なぁ??

 ますます左手に力が入ってしまった。

 そのせいで血が溢れるように出てしまう。

 

 視界は悪いが、戦いで目は閉じない。

 

「あ”あ”あ” なんなんだお前ッ!!」

 手に刺さる刃物が抜けないよう拳ごと握り込む。

 

あまり騒がないでくれないか??

 面倒だから殺したくなる。

 

(いって)ぇ! クソッ、なんだよこれ!!」

 

「…… で、静かにしてくれない?」

 

 殺意や怒りを抑えて、俺は一旦落ち着いた。

 

「なんで! お前は急に! 目の前にッ!!」

 

 ナイフを持ってない手で、自分の腕を握って無理やり動かそうとしてくるが、非力すぎる。

 

 黒い服でフードを深く被って、このナイフだけでなく、ご丁寧に白い花束まで用意してきた。突発的な犯行ではなく、明確な殺意で狙って来たのだろう。殺すつもりでナイフを向けて、実際に振り下ろしていた。

 

 そんなことより。

 少しアイを突き飛ばしてしまった。

 

「…………え……」

 

 アイが刺されていないのは確かだ。

 でも転んだ時に怪我をしていないといいけど。

 

「そうかッ! お前がアイをッ!」

 

 どう黙らせようか。

 こんな廊下で殺すと、後片付けが面倒だが。

 

「ガァ!!??」

 

 とりあえず腹に拳を打ち込んでおくと、その痛みに耐えられなかったようで目の前の男は(ひざまず)く。

 

「ッッア"ア"ア"!!??」

 

 他に凶器を持っていても面倒だから、両腕は踏み潰しておいた。

 

「うるさいな」

 

 痛みによる絶叫の声が廊下によく響く。

 足元の男の表情は、恐怖に染まる。

 

「ころさないで…くれ……」

 

「人をナイフで殺そうとしておいて、今更そんな(ぬる)いこと言われてもな」

 

 溜め息は出るし、出血で意識が飛びそうだし、顔に血がかかって見えづらいし。

 しかもこいつが無駄に逃げようとしたせいで、左手のナイフが抜けてしまったじゃないか。

 

「まあいい。黙っていれば、わざわざ殺さないから」

 

 痛みも酷いのか、無抵抗なのは助かる。

 まだ両足は無事で戦えるだろうに。

 

 警察と救急車でも呼ぼうと思って、ポケットの中のスマホを探そうとしたけど……、そういやリビングに置いたままだ。

 

 そんなとき。

 

キャァァァーー!?

 

 青ざめた表情のアイが悲鳴を上げた。

 

 状況が分かってきたら、我慢できないだろう。

 こんな光景を見るのは初めてで仕方ない。

 

「血が…… いっぱいでて……」

「大丈夫だよ。立てそうなら、2人と一緒に隠れて」

 

「そんな… 刺されて……」

「一度部屋に戻るぞ!」

 

 俺も焦っていたとはいえ、瑠美衣や愛久愛海にも、イヤな光景を見せてしまったか。

 

「ほら、アイも戻っておいて」

「やだ… クリス君も一緒じゃないと……」

 

 こんなにも泣かせちゃったな。

 とはいえ、こいつの見張りも必要だが。

 

「お前がッ! お前のせいでッ!」

 

 足元でまた叫び始めた。

 どうしよう、まだ歯向かってくる。

 

「なんだ、まだやるのか?」

 

 こいつもう1発殴っていいか。

 正当防衛? 過剰防衛? 調べておけばよかったな。

 

「ちくしょう! アイドルが子供なんて作りやがって! ファンに嘘をつきやがって! 俺たちを裏切りやがって!!」

 

 なんだか叫んでいるが、聞く価値もない。

 

「お前なんて! 死んで……ァグ!!?」

 

 俺は刺されていないほうの片手で、足元にいたやつの胸倉を持ち上げる。

 

「自分の正義でも主張していたか? 俺たちにはどうでもいい」

 

「ガハッッ!?」

 廊下の壁に向かって蹴り飛ばしておいた。これで気絶して、記憶もある程度ぶっ飛んでいると助かるんだが。

 

「さてと、面倒なことになったが」

 

 ストーカー相手にブチギレなご様子のカラスが飛んできたので、後は任せてよさそうだ。何か因縁でもあるのだろうか。

 

「アイ、もう大丈夫だよ」

 

 俺は片腕で少し顔についた血を拭いてみて、無事な片手でアイを立たせる。

 

「一緒に部屋へ戻ろうか。歩けそう?」

「……血が……どうしたら……」

 

 まずは震えているアイを安全なところに避難させて、スマホを取りに戻らないといけない。

 

「部屋に戻って! 止血をするんだ!」

 

 愛久愛海や瑠美衣がタオルや道具をあれこれ持っていて、しかも傘立てを使って部屋からドアを開いた状態にした。応急処置まで知っているなんて、愛久愛海は賢いな。

 

「クリス君… し、しなないよね……?」

「アイ! キミが彼を救うんだ! 今の僕だけでは無理だ!」

 

 愛久愛海に叱られて、アイは真剣な瞳を見せる。

 どうやら震えは止まったらしい。

 

 実際治そうと思えば治せる。

 とはいえ、警察や救急車が来てからのことを考えれば、誤魔化しきれないからこのままのほうがいいだろう。騒ぎを聞きつけて、そろそろ他の住民も部屋から出てきてしまうかもしれない。

 そう考えると、あまりアイが子どもといる場面を見られるのもあれだし、他に共犯者がいそうだし、やはりまずはアイと瑠美衣と愛久愛海の避難だな。

 

 

 アイに寄り添われて、みんなで部屋の玄関に戻ってから。

 

「父さん、そこに座って」

「パパ……痛いよね……?」

「平気だよ。タオルを貸して、自分で止血するから」

嘘つかないでッ!!

 

 俺って相変わらず嘘が下手らしい。

 アイに叱られたことは初めてかもしれないな。

 

「すわって…じっとしてて……」

「アイ、僕の言う通りに手伝って」

 

 素直に俺は座り込んで、2人がかりの治療を受け入れる。止血とはいえさすがに傷口を圧迫されると、痛いものは痛い。まあそんなことより、タオルどころか、アイや愛久愛海の綺麗な手や服までどんどん赤く染まってしまっている。

 

「とまらない…とまらないよ……」

「俺は頑丈だから。これくらいで死なないよ」

 

 戦うためには、自分の体調は分かるようにする。

 こういう傷くらいなら日常茶飯事だった。

 

「お兄ちゃん……私も何か……」

「それなら。タオルだけじゃなくて衣類でもいい、追加で持ってきてくれ」

 

 愛久愛海は止血するべくアイに指示を出しながら、自分の小さな手で手際よく治療してくれる。救急車や警察もすでに呼んでくれているはずだ。

 泣きながら頷いた瑠美衣も(つら)いだろうに、自分にできることを聞いて手伝ってくれる。

 

 なら、他にすべきことといえば。

 

「そういえば、ライブはどうする?」

キミのほうが大事っ!!

 

 再び叱られたけど。

 今日は俺のせいでいっぱい泣かせてしまった。

 

「もっと…自分のことも…大事にしてよ……」

「………だが」

 

 少し自分のことを軽く考えすぎていたらしい。こういう怪我は前世で日常茶飯事のことだったけど、アイたちにとっては当たり前じゃない。

 それでも、ドームライブは斉藤さんやアイの夢なんだ。延期にできるかどうかも分からないのに。

 

「せっかくの晴れ舞台なのに…… いや、ごめんな」

「クリス君のせいじゃない……」

 

 そんな表情じゃ、どれだけ嘘を重ねても、アイドルとしてステージには立てないだろう。もしここで刺されていたのが俺ではなく、他の家族であっても、その無事を確認できるまで安心できないと思う。

 さっきのストーカーのせいで、自分が原因だと気にしているようだ。

 

「1番悪いのはストーカーで、アイのせいではないよ。俺ももっと上手くできたかもしれない」

 

 一緒に会場へ向かえば、早く気づけたかもしれない。

 もっと強ければ、俺も無傷で撃退できたかもしれない。

 魔法で治して、後から考えればよかったかもしれない。

 

 咄嗟の判断で最善策は分からなかった。

 だって、1つの目的しか見えていなかったから。

 

「なんにせよ、キミを守れてよかった」

 

 心の傷までそう簡単に治せない。

 アイにとって、痛いのは(つら)いことだから。

 

「…おねがい……死なないで……」

 

 それがアイの願いなら。

 

「ん、絶対に生きる。約束だ」

 

 意外と血を流しすぎているらしい。

 我慢して、まだ意識を保つこともできるけど。

 

「ごめんね? 俺って不器用だから、もっと上手くやれたかもしれない。この後はいろいろと忙しくなると思う。もし、万が一のことがあれば」

 

「今は生きることだけ考えて……」

「おねがい…パパ……絶対生きて……」

「父さん、今は僕たちに任せてほしい」

 

 家族みんなでお願いされたからには、遺言じみたことは必要ないか。

 

「なら、少しだけ休むから。起きるまでいろいろ任せるね」

 

 救急車やパトカーの音も聞こえてきた。

 3人を信じて休ませてもらおう。

 

「うん…… 約束守ってね……?」

 

「ああ、約束を守るよ。絶対に生きる

 

 まだまだ生きていたい、そんな願いを自覚した日だった。

 

 

 

 

 

 報道された内容を大まかにまとめる。

 

・マンション内の廊下で、男性をナイフで切りつけた男が殺人未遂の疑いで逮捕された。

・被害者男性は病院に搬送された。

 

・警察の調べに対し、容疑者の男は黙秘を続けている。

・マンション内の監視カメラはあらかじめ破壊されていたとのこと。

・アイドルグループB小町のメンバーであるアイさんを狙った犯行とされており、容疑者の男はストーカー行為を行っていた可能性が高いとのこと。

 

・警察では引き続き、事件が起きた経緯を詳しく調べている。

 

 

 

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