まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
一度状況把握をしてから再び眠ったのが、最後の記憶だ。
左手に包帯がグルグルと巻かれていて、輸血もしてくれたらしいので体調は万全だ。久しぶりにこんなに長く眠った気がするので、ボーっとするが、そのうち意識はハッキリするだろう。
目覚めたからには身の回りのことをやるけど、とはいえ入院患者なので少なかった。
病院で用意してくれる朝食を食べつつ、退院まで安静にしなければならない。アイはこういう生活を数週間に渡って頑張ってくれたのだと、改めて感謝したくなってくる。
ささっと食べ終わって片付けてから、スマホで情報を少しは集めておく。
やはりアイたちのドームライブは延期で、それを望んでくれる声がとても多い。ストーカー被害に遭ったアイドルに同情する人や、彼女を守った男性を英雄扱いする人もいて。
そんな好意的な人たちとは逆に勝手な憶測も…… まあそういうのは勝手に言わせておけばいいか。
どっちにしろ、俺とアイと子どもたちの関係については世間にバレていない、と思いたい。もし秘密がバレたとしても、家族4人みんなが生きていればなんとかなる。
ベッドに座ってのんびりしていると、連絡通りアイたちが飛び込むように入ってきた。誰かが頼んだのか、そもそもそういう段取りなのか、ここが個室で良かったな。
3人ともあまり眠れてなさそうだ。
「パパっ!」
「瑠美衣、心配かけたね」
飛び込んでくる瑠美衣を片手で優しく受け止めて、泣いている彼女をいっぱい撫でてあげる。
「愛久愛海、2人を支えてくれてありがとう」
「無事でよかったよ」
息子も目が潤んでいて、うちのお兄ちゃんはホント頼りになる。アイや瑠美衣の精神的な不安を、少しでも彼が支えてくれたのだと思う。
「クリス君、生きてるよね?」
宝石のように綺麗な瞳から涙が溢れていて、たくさん泣いたらしく目元は真っ赤だ。こんなに表情を崩すなんて、ドームライブまでには体調面でも精神面でも癒してあげないとな。
「ちゃんと、生きてるよね…?」
「生きているよ。アイもおいで?」
といっても右手は瑠美衣を撫でていて。
左手は使えない状態だ。
どうしようかと悩んでいると、アイは隣に座り込み、腕を回して抱き着いてきた。そして、俺の胸に耳をくっつけてくる。
「ん、ちゃんと動いてる」
「安心できた?」
心音を聴くと安心できるって、育児の勉強をしているときに見かけたけど、大きくなってもそれは当てはまるのかもしれないな。
「ごめんね、私のせいで」
「アイのせいだけじゃない。俺ももう少し上手くできたかもしれない。いろいろと重なってしまったんだ」
まだ気にしていたらしく、さらにぎゅっとしてくる。
「アイ、瑠美衣、愛久愛海、そして俺も、家族みんな生きているんだ。今はそれを喜ぼう」
「「ん…」」
「……そうだね、父さん」
これからまた忙しくなるだろうけど、今は家族4人でこの静かな時間に癒されよう。
「よかった、ホントによかったよ…」
「パパが生きててよかった…」
「嬉しいならいっぱい泣いていいよ」
アイと瑠美衣は安心したように、ぎゅ~ ってしてくる。
動かせる右手だけでは、交互に2人をよしよしするのは忙しい。こんなことになるなら、やはり怪我なんてしたくないな。家族を心配させてしまったのもあるから、俺を刺したヤツはしっかりと法で裁かれてほしい。
さて、どこか怖い表情をしている息子には伝えておかないと。
「愛久愛海、俺はもう大丈夫だから、ね?」
「……分かったよ。父さんがそう言うなら」
復讐なんて考えなくていいんだ。
キミにはもっと前向きで楽しく、幸せに生きていてほしい。アイがずっと願っているように、俺も瑠美衣と愛久愛海が元気に育ってくれればいい。
まあ万が一にでも、もしアイが怪我をしていたならば、俺が犯人と協力者を
☆☆☆
アイや瑠美衣や愛久愛海はお昼ご飯のこともある。それに安全のこと、彼女たちの体調のこと、しっかり備えておくことにして、惜しみながらも俺の両親と一緒に帰っていった。
今は俺の実家に泊まっているらしいが、斉藤さんやミヤコさんは相当忙しいだろう。まだまだメディアも騒がしく、安全のためにもアイは休業、瑠美衣や愛久愛海も幼稚園はお休み。
買い出し、引っ越しなど、また俺の両親にはお世話になりそうだ。
俺も退院は数日のうちにできるだろうけど、取り調べとかあるんだろうか。ちょっとやりすぎちゃったかもしれないと思うと、憂うつになってきた。
そういうことを考えていて、気分転換に屋上まで来たが、一刻も早く家族の側にいたい気持ちが高まるだけだった。
「早く帰りたい」
俺の実家の方向を見ながら、そんな欲望が口に出てしまった。
正直なところ、隠している情報が漏れすぎている。宮崎の病院のこともそう、今回は細心の注意を払ってきた住所までバレた。しかもあのストーカーは、俺とアイの関係を少し知っているようだった。
疑いたくはないが。
苺プロ、だろうなぁ……
とはいえアイたちに聞いている限り、ここまでの過激な思想を持っている人はいない。芸能界で活躍する彼女たちの考えを信じるなら、苺プロの誰かは悪意なく、情報を話してしまっているわけだ。
つまり首謀者は、数少ない情報から調査をして、推理で住所までたどり着いた。
「どんな執念だ、才能や努力の無駄づかいすぎるだろ」
背中越しに俺は声をかけた。
俺は振り返って手すりに背中をつける。
「はじめまして、でいいのか?」
「そうですね、はじめまして」
俺と似たような金髪碧眼の男だ。
たぶん年齢も近く、20歳くらいだろう。
「月村栗栖だ。そっちは?」
「カミキヒカルと申します」
『是非ともお会いしたかった』と言われたが。
「カミキヒ… はて?」
昔どこかで聞いた気がする。
カミキヒ君? でも同級生にいないはず。
「すまない、初対面で合っているよな?」
「……そうですよ」
彼は、嘘っぽい表情を崩さない。
とはいえ身内に嘘のプロがいるので、だいぶ分かりやすい。なんだか残念そうだが、もしかして芸能界の有名人だっただろうか。服装を見るからに、芸能人っぽくてプライド高そうだからな。
いいや、さっさと話を終わらせよう。
「単刀直入に聞くが、撃退されるなんて予想外だったか?」
「素人であっても、女性1人くらいは、と思っていましたよ」
おかげさまで、ドームライブは延期して、何よりも家族を泣かせちゃったのだが。
「わざわざ何の用だ? コソコソやってればいいのに」
その才能からか、目の前の男は自信に満ちあふれている。今回の件も、いくら取り調べをしたとして、首謀者とは分からないよう完璧にしているからだろう。
「貴方に興味が湧いて会いに来ましたが、やはり面白い人ですね」
迷惑すぎるのだが。
たぶん表情にも出ているだろう。
「1つ聞いてもいいですか?」
「勝手にどうぞ」
勝手に質問してくれ。
どうせ帰らせてくれない。
「最悪の場合、彼女は死んでいた。しかし貴方が守り、代わりに死にかけました」
「……それで?」
こうして首謀者に会ったとき、俺はどういう感情になるだろうと思っていた。怒りに身を任せて、殺意すら湧いてくるのではないかと不安にもなった。
実際は呆れが強かった。
「貴方は、自分や彼女の命に対して、重みは感じましたか? 」
「軽いだろ、誰の命であっても」
人は簡単に死ぬ。
前世は戦いの日々で俺も殺してきた。日本は比較的平和だが、それでも事件は起きていて、世界に目を向ければ具体例なんてたくさん挙げられる。
「失ってからでは遅いから、守ろうとするんだ。俺の中で優先順位をつけて、そういう意味で、価値みたいなことは感じているかもしれない」
失ってようやく価値に気づいたとして、そんなの後悔しか残らない。だから、大切なものは必ず守り通す。
「ならば、貴方の命の価値はどうですか?」
目の前の男は、ますます何かを期待するように会話を面白がっている。
「おかげさまで分かったよ。俺の命の価値は、家族や両親、周りの人たちが教えてくれるらしい」
アイと瑠美衣と愛久愛海があんなに心配してくれたんだ。自分だけではハッキリと分からなかったが、ちゃんと命は大事にしようと思った。というか、怪我ですらナデナデしづらい。
「愛のおかげなんだろう。一緒に生きたいって、自分の命の価値ですら感じた」
そう俺は呟いた。
ところで、さっきから黙って聞いている男は作った表情で本音を隠しているようだが、何か嫉妬でもしているのだろうか。
「で? お前の考えは教えてくれるのか?」
「……才能に溢れ、価値を認められた人の命は価値があり、それを自らの手で奪った瞬間こそ、自分の命の重みを」
これ以上聞くのも面倒だったので、邪魔するように大きくため息をついた。
「申し訳ないが素直に言うぞ、分からない」
「ッ!?」
目に見えて動揺したな。
誰かに似たようなことでも言われたのか?
「俺とお前は、他人にすぎない。お前の価値観を肯定も否定もする気はない」
俺は、ひとりごとを続ける。
「つまり相談相手が間違っている。今時、いろいろ相談に乗ってくれるサービスもあるぞ」
俺は背を向けて、また空を見上げた。
話しすぎてすっかり夕暮れになってきている。
「俺も、彼女たちも、別にお前をどうこうする気はない」
「……貴方たちを再び殺そうとするかもしれないのに?」
振り向いてほしいのか知らないが。
怒りの感情どころか、こいつに興味がない。
対面して分かったが、自分自身で武器を握ったことすらない。実行犯に任せるだけで、自分で戦う度胸はない。コソコソとストーカーやっているだけで、いちいち警戒するほどの恐ろしさがなかった。
「これからもみんなで一緒に苦難を乗り越えていくさ」
『アイドルのストーカーってお前だけじゃないだろうし』と呟いて、空を見上げた。
俺たち家族の周りには、両親や斉藤さんやミヤコさん、他にもバイト繋がりの知り合い、苺プロの事務所の人たち、たくさんの『仲間』がいる。
「……」
「俺がお前を放っておくのは、単純に現代社会では面倒になるからだ。お前だって蚊が飛んでいたら軽く払っておいて、いつの間にか忘れるだろ?」
―――その程度の存在なんだよ、俺にとって
言い方は悪くなってしまったが、こっちは最愛のパートナーがストーカーされた側だ。これくらい言っていいだろう。
「1つアドバイスするなら、友人か先輩か、仲の良いガールフレンドでもいるだろ。誰かにゆっくり、自分の命の価値でも教えてもらっていけばいい」
『全ての魔法は愛から生まれた』と教えられたが、今の俺はこう断言できる。
「愛はどんな魔法より輝いている」
「ッ…… それでは」
一瞬だけ殺意は感じたが、足早に去っていく。
今後もちょっかい出してきそうだが。
冷静でないから、ますます脅威に感じなくなった。
「結局、ただのストーカーだったが」
夕暮れの空には黒い影が飛んでいて。
『カァーカァー!』と怒っている。
「どんな因縁なんだろうな」
彼女はさっきの男を決して
ああいう存在に復讐されるほどのことをしたらしいが、やはり雨宮先生関連なのだろうか。
数日後、事件の犯人の供述により、とある芸能人がストーカーの共犯者として逮捕されたらしく、SNSはそういうネタで炎上していたが。
俺たちは引っ越しやドームライブの準備で忙しかったから、そんなことは気にしていなかった。
☆☆☆
その日、ドームライブで振替公演が行われた。
夜空に輝く一番星は世界を照らすようで。
そんなアイドルの姿に多くの人々が注目した。
あんなにも輝いている彼女は、この規模の会場の観客だけではなく、日本全国のファンから応援されている。一時は命を狙われた彼女が、生きていてくれて、輝いている姿はとても尊く思えるだろう。
「会場のみんな! 来てくれてありがとう!」
彼女は大歓声の中、それに負けないように叫ぶ。
「全国のみんなも! いつも応援ありがとう!」
彼女がこんなに叫んでいる姿は新鮮だ。
「勇気づけてくれる声! すっごく元気づけられた!」
全身に力を入れて声を出すように感謝を伝える。
「これからも私は! みんなに愛を伝えたい!!」
今の彼女はこんなにも多くの愛に囲まれている。
「愛してる~~~~~!!」
愛が世界中に届くくらい彼女は心の底から叫ぶ。
俺たちファンも心の底から叫ぶ。
「「「愛してる~~~!!」」」
赤色のサイリウムを全力で振ってエールを送る。
「ありがとう! みんなの愛が届いたよ!!
私たちの愛が! 星のように輝いてる!!」
彼女は天高く 人差し指を上げてポーズをする。
とても幸せそうな自然な笑顔を見せて。
「もらった愛を込めて歌うね! HEART's♡KISS ♪」
――― 今、新しい伝説が生まれようとしている
【あとがき】
初期構想段階から書きたかったこと
・愛や幸せでアイをいっぱい甘やかしたい。
・ドームライブで愛を心から叫ぶ姿を叶えたい。
・アニメ1話をハッピーエンドにしたい。
・苦難が多すぎる星野親子を幸せに導く家族が欲しい。
(・どんな事情があろうと、黒幕は赦せない。)