まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
愛久愛海の撮影に、いつも通り瑠美衣も連れて行った日のことだ。
結局のところ瑠美衣は、少しずつアイドルのトレーニングを始めるにあたって、子役の仕事は減らしている。ボイストレーニングというか、歌唱力を早いうちに改善しておきたいからだ。
愛久愛海は引き続きあちこちの現場で重宝されるようになり、今では『一発撮りの天才子役』として広く浅く有名になっていた。
苺プロにそこまでの歴史はなく、今のところ子役部門は愛久愛海と瑠美衣だけであり、その演技力の高さに対して安めに起用できる。しかも同年代に比べて知識量も多く、同年代の中でとても落ち着いていて、撮影で望んだ演技をしてくれるからだ。
そんな努力家な彼でも、『泣く』といった感情演技はまだ少し苦手そうにしていた。
そういうシーンでは『10秒で泣ける天才子役』がやはり輝いている。そのため、異性ということもあり、長所も違っていて、2人は天才子役として双璧のように扱われていた。
そんな有馬ちゃんが、今は俺の子どもたちと一緒にいる。
「一緒に遊ぼう?」
「ボール? なんで私まで?」
撮影が早く終わって、しかし有馬ちゃんの迎えが遅れるということらしく、それならばと一緒に連れてきた。普段こういうときは、公園などのベンチで何時間か待っているとのことだが、共働きで忙しい ご家庭なのだろうか。
「えー、ずっと座ってるの暇でしょ?」
「ふん、私は女優よ。こういう時間も勉強するの」
「もしかしてボールで遊んだことないのか」
愛久愛海の指摘に、有馬ちゃんが食らいつくようにベンチから立ち上がった。やがて、少女はシュンとした表情を見せる。
「撮影で少しだけ……」
「なら、遊んでみるといいぞ」
優しい声で愛久愛海がそう提案して、笑顔で頷いた瑠美衣が子ども用のサッカーボールを軽く転がす。
有馬ちゃんはそのボールに向かって、ゆっくり前へ歩いていく。
「……えいっ!」
気合の入った声に対して、とても恐る恐るボールを蹴った。コロコロと転がっていって、その距離を埋めるように歩み寄った愛久愛海が、しっかりと受け取ってくれる。
「ど、どうよ!」
「ああ、ナイスパスだ。 次はルビー!」
「ちょっ! いじわる!」
今度は愛久愛海が、瑠美衣の少し横にボールを蹴る。とはいえ、今となっては娘は身体を動かすことが好きなので、軽く追いついてボールを止める。
「かなちゃん、少しペース上げていくよ!」
「はわわわわ……」
少し浮かすようなパスに有馬ちゃんは対応しきれず、膝にポスンと当たって転がってしまう。慌てて走って追いかけて、まるでゴールキーパーのようにボールを両手で抱え込んだ。
少女は安心した表情と、自然な笑みを浮かべる。
「そのまま投げてきていいぞ」
「どうなっても、知らないから!」
有馬ちゃんも勢いが出てきたようで、両手で精いっぱい投げた。
「よっと」
愛久愛海は器用に身体で受け止めて、華麗にリフティングすら何度かやってみせた。有馬ちゃんはビックリして大口を開けている。
「ルビー、止めてみろ!」
「なんか気合入ってない!?」
お兄ちゃんから飛んでくる少し強めのシュートを、瑠美衣は両手でボールをしっかりキャッチした。
「逆回りにしてみるか?」
「なら、お返し!!」
今の妹の出せる本気のシュートが向かってくる。
愛久愛海はボールを器用に片手で受け止めた。
「良いシュートだ」
「お兄ちゃんに勝てないか~」
「なんなのよ!? この兄妹!?」
有馬ちゃんがツッコミを入れるように叫んだ。
さすがは天才子役で良いリアクションだな。
同年代に比べて2人は身体能力が高い気がするが、まあまだまだ発展途上だな。
「まさかさっきの私もやれっての!?」
「あー、普通にやるか」
「そだね、かなちゃん初めてだから」
ぐぬぬ、と有馬ちゃんは悔しそうだ。
負けずぎらいな少女は頑張った。
汗いっぱいで楽しそうにボールを追いかけて。
「どうだ、楽しいか?」
「そうかも、ね!!」
「ナイスパス、かなちゃん!」
元気よく返した。
「そこまで! 休憩しよう!」
ある程度の時間が経過したので、俺は3人に少し休憩にするよう呼びかける。
何をやるにしてもやはり体力は大事なので、瑠美衣や愛久愛海と一緒にこういう遊びは続けてきたが、有馬ちゃんのご家庭はあまりしないらしい。
「ぜー ぜー ……」
「麦茶でいいかな?」
俺から紙コップで受け取って、有馬ちゃんは一気に飲み干して、紙コップを向けてくる。俺はそれを受け取って水筒から注ぎ直して、少女は2杯目はゆっくり飲み始める。
「アクアとルビー、あんたたちこういうのをいつも?」
俺や有馬ちゃんがベンチに座っていて、瑠美衣や愛久愛海は涼しい顔で立ったまま麦茶を飲んでいる。
「そうだね。いい運動になるよ」
「いざって時に動けるようになれるからな」
まだ幼い頃からは程々にしようとは思っているが、2人とも楽しんで運動してくれるから、こういう遊びは軽いトレーニングの一貫になっていた。
「パパなんて凄いよ。この前は木登りしてたよね」
「あれな、他の子のボールが引っかかったって」
2人が指差した大木を、有馬ちゃんが見て。
「ほんとぉー?」
半信半疑な様子なので、実演してあげるか。
「おっ、見せてくれるって」
「一瞬だから見ていろよ」
「えっ、ホントにやるの?」
俺は木に向かって走り込んでいく。
軽くジャンプして太い枝を握り。
腕の力で身体全体を持ち上げる。
枝の上に立って、体重をかける前にジャンプ。
これを繰り返していけば1番上にまで登れたので、あとは地面に降りてくるだけでいいだろう。
しかし癖で足音が鳴らなかったため、インパクトにはちょっと欠けてしまったか。もしこれが番組だったなら、意識して鳴らしたほうがいいだろうな。
「「ね?」」
「ニンジャだーー!?!?」
感情がいっぱい出ていて良いツッコミだな。
俺はシンプルな演技だったのに、さすがは天才子役。
「あー、まあパパだから」
「父さんだから不思議じゃない」
「こんなの見たことないわよ! テレビ出なさいよ!」
「そう? たまにいるよ。例えば女子高生で」
俺の子どもの頃も、黒髪の女子高生がこんな風にボールを取ってあげていたし。
「友達のぴえヨンもできると思う」
「何よ!そのゆるキャラみたいなやつ!」
まさか、ぴえヨンをご存知でない。
「あったあった! 壁登ってたよね!」
「ボルダリングで父さんも出演していたな」
最近苺プロに所属したネットタレントで、キャラ付けのためにヒヨコのマスクを被っている人だ。
事務所で出会って意気投合してから彼とは仲良くなった。すでに相当な稼ぎらしく、ゲスト出演した時にぴえヨンに勝利すれば、近くのスーパーの商品券や、お肉屋さんの割引券を譲ってくれる。
「そだ、動画と言えばさ」
瑠美衣が何かを思い出したように手を合わせた。
「かなちゃん、ピーマン体操やってたよね?」
瑠美衣のスマホから軽快な音楽と可愛い声が聴こえてきた。
「それだけは流さないで!?」
「えー、可愛いのに~」
有馬ちゃんが不満そうなので、瑠美衣は再生を止めてスマホをポーチにしまった。
「歌も羨ましいくらい上手だよ?」
瑠美衣の純粋な瞳に、うつむいた有馬ちゃんが『嫌いなの』と小さく呟いて。
「ピーマン嫌いなの!!」
「「可愛いかよ」」
有馬ちゃんは恥ずかしそうに叫んだ。
なかなか可愛い理由だったらしい。
「自信持っていいと思うよね、お兄ちゃん?」
「ああ、僕もそう思う」
有馬ちゃんはチラチラと愛久愛海を見る。
「ねぇアクアも、上手かったと思う?」
「アイドルやれそうなくらいにな」
『ふふん』と有馬ちゃんはデレデレと頬が緩む。彼の中における最大限の褒め言葉だと伝わったからだろう。愛久愛海は前世の頃からアイドルのファンで、家族でアイの次にアイドルについて詳しいからな。
「ピーマン体操、良いと思ったのにな~」
瑠美衣の髪がふわりと揺れる。
鼻歌を歌いながら少し踊って見せた。
「どうかな☆」
「すごい……」
ウィンクをすると、まるで星が輝くようだ。
有馬ちゃんは素直に驚いている。
「あんた、最近出演してないと思ったら」
「そ、アイドル目指してるから!」
有馬ちゃんの表情は曇っていって、そんな少女の肩に手を置いて愛久愛海は『有馬もすごいところがあるよ』と元気づける。
彼に視線を向けられた瑠美衣は笑顔を崩すことなく、しっかりと頷いた。
「ぴーまんー」
アレンジを入れて踊りながら。
瑠美衣は1曲90秒ほどを歌いきった。
「さっきの曲は、ピーマン体操でした♪」
「ギャップぅーー!?」
有馬ちゃんがいいツッコミを入れてくれた。
「すごいけど、スゴいのよ!!」
「つまり有馬は歌が上手い」
「パパ、私アイドルになれるかな……」
「ボイストレーニングを続ければ、もっと良くなるよ」
『カラオケの点数もちょっとずつ伸びているよね』って、瑠美衣の頭をナデナデしてあげる。イメージが崩れないよう話さないようにはしているけど、俺とカラオケに通い始めた頃はそんなにアイも歌が上手ではなかったから。
「ほら、アイドルはいつも笑顔だよね?」
「うん! 私がんばるね!」
アイの教えをしっかり吸収しているんだ。
今から努力していけば十分間に合う。
「というのがルビーの現状だな」
「歌が上手くなれば、完璧ってことじゃない」
身震いした有馬ちゃんが言うように、究極で完璧のアイドルになれる。持ち前の才能だけでなく、アイが付いていて努力を重ねているんだ。もしかすると、アイの輝きを超えるかもしれないほどに。
「上等よ」
有馬ちゃんは、挑戦的な笑みを浮かべる。
「あんたたちは、やっぱり私のライバルにふさわしいわ」
そういう考え方もアイドルは合うと思う。
愛久愛海も、俺と似た考えのようだな。
「今は子役の事務所なんだよな? もしそこを出るとき、苺プロに興味ないか?」
「でもあそこって、ほぼアイドルや、ネットタレントでしょ?」
有馬ちゃんにそんな正論を返されるけど、愛久愛海の瞳が星のように輝いたような気がした。それはアイによく似ていて、嘘と真実を織り交ぜるような技量で。
「女優部門ができてトップレベルになるさ。なんたって、あのアイがいるからな」
彼は『有馬はどうだ?』と真剣に伝えて、真っ直ぐ見つめる。
「なら、その人次第で考えてあげるわ」
彼女は『アクアとルビーもいることだし』と呟いて、照れた様子を見せる。
有馬ちゃんのこれからに、苺プロ所属の選択肢ができた日だった。そもそも入ってくれるかどうか、どういう立ち位置になるか、それは少女の選択次第だけど。
この子が瑠美衣と一緒にアイドルをやって、センターを競うライバルになってくれると嬉しいな。