まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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第3話(質問)

 

 月日は流れていった。

 アイはデビューに向けて日々練習しているようで、学校では疲れた様子を見せている。体育の様子を見る限り身体を動かすことは好きなほうだけど、それでもまだ中学生で働くことになったんだ。

 

 斉藤さん以外の人たちと関わる機会も増えていっているはずだ。

 

 授業中でも怒られないために真面目に起きていても、見られていない範囲でこっくりこっくりしている。

 部活動との兼ね合いで勉強との両立ができないクラスメイトもいるけど、アイは定期テストの点もギリギリ平均にキープするくらいには保っているのは褒めている。

 

 でも今日は雨も降っていて特に体調がよくなさそうだった。そんな場合でも周りに気づかれないよう嘘で無理をして、ますます疲れを溜め込みがちな子だ。

 

「なぁ(うち)来ないか?」

 

 レッスンがないという放課後に、俺はそう尋ねてみた。

 

「ん~、雨宿り? でもお母さん…たちは?」

「今は海外出張だな。心配しなくとも友達1人連れてくるくらい、むしろ歓迎する人たちさ」

 

 祖父母の話題を聞いたこともなく、両親は恐らく駆け落ちのようなものなのだろう。その年齢からも、たぶん若い頃に俺を産んでそのまま結婚したと思っている。

 

「それじゃあ…お願いしよっかな?」

 

 悩んだ様子も見せたけど、承諾してくれてよかった。

 

「ああ。すぐそこだし」

 

 そう言って一軒家を指し示せば、アイは驚いた様子を見せる。

 俺が朝早くから登校するのは前世から早起きの癖があるだけでなく、中学校が近いこともある。

 

 よく送っていったことはあるけど、アイが暮らしていた施設は遠くて大変そうだったな。今は斉籐さんの家から電車で通っているようで、迎えに来てもらうのがいいか。

 

「えっ、つまり……え?」

「ほら、遠慮せず上がっていって」

 

 傘を折りたたんでから玄関のカギを開けて、アイを先に通した。母親の趣味であちこちインテリアがあって、それらをキョロキョロと見ている。

 

 洗面所からタオルを手渡して、背中を押すようにリビングへ通す。

 

 借りてきた猫のようにソファにちょこんと座っているので、冷蔵庫から麦茶をコップへ注いだり、クローゼットから夏用の掛け布団を引っ張り出してきたり。

 

「ほら、あまり身体を冷やさないようにな」

「ん、ありがと」

 

 軽く拭き終わったタオルを受け取り、代わりに掛け布団を手渡せば、顔だけ出してくるまった。

 それと了承して隣に座らせてもらったが、少女は肩に触れるくらい近づいてくる。

 

「……ねぇクリス君って、本当に私のこと好きじゃないの? 異性として」

「恋愛感情ということか? 考えたことがなかったな」

 

 ずっと年下に恋愛感情を押し付けるわけにもいかない。アイと一緒にいる時間はとても楽しいけどな。

 

「む~、クリス君ってホント変わっているよね」

「良い意味で、だといいな。人なんて、別にそうそう変わるものでもないし」

 

 たまに身体の年齢に引きずられることもあるが、数十年生きてみてもますます要領がよくなったくらいだ。身体を鍛えることや魔法の鍛錬なんて、もうルーティンのようなものだし。

 

「そう、なのかな…… グループのみんなともこのままなのかな」

 

 今のところ、仲間というよりは同僚という関係でしかないのだろう。

 

 どうやら身体的な疲れだけでなく、精神的な疲れもあるらしい。

 治癒魔法は身に着けているが、精神魔法なんて繊細すぎて個人的にも禁術だと思っているし、さてどうしたものか。

 

「ほら、私って可愛いから、嫉妬されちゃって」

「あまり気負うなよ」

 

 仮面を被るように明るく見せたが、そんな嘘くらいなら簡単に見抜ける。

 

「どんなに嘘をついて上手くやっても、人間関係はなるようになるしかない。そこそこ上手くやって気楽にしていいよ」

 

「そっかぁ~」

 

 掛け布団を両頬に当てて、まるで風船から空気を抜くように、大きく息を吐いた。人は我慢し続ければ、張り詰めた風船のようにいつか割れてしまうものだ。

 

「ねぇ、いろいろ聞いていい?」

「知っていることや、話せる範囲なら」

 

 不思議と、今のアイはいつもより幼く見えた。

 その表情は珍しくてむしろ好ましいものだ。

 

「クリス君って聞かないと自分のこと話してくれないよね。あっ、こうしよ、お互いに1つずつ質問を出し合うってやつ」

 

 その提案を了承する。

 俺の話で面白いことがあればいいのだが。

 

「まず私から、好きな食べ物は?」

 

「ステーキ、パフェ、お刺身、味噌汁、あと野菜全般も好きだな。好きなものが多すぎて迷うな」

 

 どれもこれも美味しいのがわるい。

 いつもスーパーであれこれ目移りしてしまう。

 

「パフェいいよねー、アイスとかプリンも好き! じゃ、嫌いな食べ物は?」

「あれ、1つずつ質問? まあいいか。干し肉やジビエ……納豆もあまり好きじゃないな」

 

 いくら保存が効くからといっても、普通に焼肉やステーキを食べたほうが美味い。畜産業が発達していることもあって、スーパーにある肉ってとにかく美味いし。

 

 ふむふむ とアイが相槌を打ってくれる。

 

「次は俺から…… 嫌いな食べ物は?」

 

 いざ考えてみると、ありきたりな質問しか思い浮かばなかった。アイもクスクスとほほえんでいる。

 といっても、何となく予想はつくけど、この少女も自分から悩み事は相談してくれないし。

 

「ご飯……、特に白米かな?」

 

 俺は小さく頷いて、続きを促す。

 

「乾いたお米がある時とか、ガリッてなるよね。そういうの怖くて、食べるのがゆっくりになっちゃうんだ」

 

 意外と小学校の昼休みは短く、給食の後片付けもクラスごとにある。食べるのが遅い子は他にも何人かいたけど、アイは野菜嫌いというわけでもないので、たまに冷やかしてくる子もいたわけだ。

 

 そういう子たちをやんわりと注意したり、食べきれない時は一緒に回収場所へ行ったり、そんな関係に過ぎなかった。

 嘘をついて上手くやることもまだ慣れていなくて、忘れ物をした時も少女は真っ青に震えていた。

 

「出されたら食べるんだけど…… ガラスとか入ってたらきっと痛いからさ。あっ、だったらお赤飯も苦手かもね、アハハ……」

 

 そう言って、少女は無理して顔を上げた。

 

「ああ。苦手でも食べようとしてて、えらいな」

 

 幼く小さな身体が寄りかかってきたので、ちょうど左手の位置にある頭を撫でる。

 

 それにしてもガラス入り白米を食べたという経験は、一種の拷問なのではないか。給食にはあまり出ないが、殻付きのアサリの汁物といった料理も苦手と思うだろう。

 

 たぶんあくまでトラウマの1つだ。

 もっといろいろな傷を、この子は笑顔の裏に隠している。

 

「じゃあ、次は私…… 愛してる?」

「ああ。愛しているよ」

 

 どのような形であれ、この少女は愛に飢えている。

 でもまだ実感はできないから、言葉であっても伝えてほしいということだろう。

 

 星のように輝く瞳で俺を見上げてきた。

 

「鍛えてるんだね」

「いざって時に戦えなくて、後悔するわけにはいかないからな」

 

 何かを守るなんて、大それたことでもない。

 鍛えてないと落ち着かないだけだ。

 

「えっと、よく教室で空を見てるよね? あれはどういう?」

「空が綺麗だからだ。星が出ている時なんて特に」

 

 戦火で空がまるで血の色のように染まることもない。他にも魔界は毒ガスが漂っているのではと思うくらいの空だったな。一定以上の魔力がなければ、そこへ立ち入ることすらできなかった。

 

「そっか、クリス君って結構ロマンチストだよね」

「そう?」

 

 声色から褒め言葉だと思うが、というかアイの中でロマンチストは高評価なんだろうか。近所に住んでいた『中秋の名月オタクのお兄さん』はちょっと引くくらいに星や月について語っていたけど。

 

「こっちから質問するけど、アイドルは楽しい?」

「ん、結構好きかも…… 嘘じゃなくて、本当の気持ちで愛してるって、いつか言えるようになりたいし」

 

 その紫がかった黒髪を撫でる手を止めれば、『む~』って声がするので、何度も続ける。

 魔力なんて全く使っていなくとも、これで精神的に安らぐのなら、これも一種の魔法なのかもしれないな。

 

「ねっ、クリス君は、子ども何人欲しい?」

 

「……ん?」

 

 なぜ急に子どもの話なのだろうか。

 質問されたからには答えようとはするが。

 

「いや、すぐには思いつかないな。将来的に経済状況から考えて人数を決めるべきか? 大学に行きたいというかもしれないし、まあ何にせよ―――」

 

 生まれてよかったと幸せになってほしい

 

 俺がそう伝えるとアイは一度立ち上がってから、俺の首の裏へ両手を回してくる。まるでアメジストのような瞳が、大きく視界に入り、本物の星が見えた気がした。

 

「ねぇ、私が16歳になったとき、手伝ってほしいことがあるんだけど、いい?」

 

 目の前の女性はそんな願いを伝えてきた。

 

「ああ、高校1年の頃くらいか、俺ができる範囲ならいいよ。ちなみに何を?」

 

 『な~いしょっ♪』と言うと、アイは俺の膝を枕にして横になった。顔をお腹側へ埋めるような向きなのだが、その位置は異性として平気なのだろうか。

 

 アイにそういう知識があるのかは知らないが、『女性』とこれだけ密着すれば、反応してしまうのもやぶさかではないとかなんとか。

 

「本当? 嘘じゃない? もし嘘だったら」

「約束しよう」

 

 まるで強大な魔力を感じたようなゾクゾク感があったけど、俺の言葉で安心したのだろう。アイはリラックスしたように身体を預けてくれて、しっかりとした重みを感じた。

 

「いつもありがとぅ」

「ああ、どういたしまして」 

 

 やはり疲れが溜まっていたためか、穏やかな寝息をたて始めた。

 

 身体に負担をかけない程度に軽く治癒魔法をかけておく。でもどちらかというと精神的な疲れが癒されたことが大きそうだ。本当に不可能を可能にできるのは、やはり愛なのだろうか。

 

 本物の愛が見つかった時、アイは俺よりずっと強くなるかもな。

 

 




 
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