まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
なかなか気さくな人だったので話しやすく、しかも向こうから案件に関する提携を狙っているため、話し合いは円滑に進んだ。
あとは、天童寺さんを玄関まで案内する。
「そうだ、若いのに2人も子どもがいるんですって?」
「ええ、賢くて優しい双子ですよ。ここで子役をさせてもらっています」
応接室を出て廊下を歩きながら、ちょっとした世間話をしている。
話の内容ではこの女性も、2人… の子どもたちがいるようだが、無理をして笑っている表情だった。
「息子と娘、2人とも好き嫌いとか多くてね」
「それも、天童寺さんの子どもたちの個性、ですよ……」
曲がり角の向こうで瑠美衣が肩を震わせている。
驚いて俺は思わず立ち止まってしまった。
天童寺さんも合わせて立ち止まってくれる。
「あら、どうしたの? あ、そうだ!」
『これが娘と息子、それと夫なの』と言って、スマホで写真を見せてきた。誕生日に撮った写真のようで、家族の幸せな表情が映っている。
あれこれと子どもたちのことを楽しそうに語ってくれるけど、それよりも俺は瑠美衣が気になっていた。
「でね。この前は風邪をひいちゃって、すぐ治ってよかったわ」
「それはよかったですね」
もう少し踏み込んで、天童寺さんに話してみるか。
そう考えていたとき。
「子どもなんてね、健康でいてくれればなんでもいいのよ」
そう言った。
それは理想ではあるけど。
「健康でいればいい、でしょうか?」
「そうよ。それならみんな
この女性は自分に言い聞かせているようだ。
そうやって苦難を乗り越えようとしている。
万が一のことが起きた時は、そうやって逃げるわけにはいかないだろう。あの時にアイが命を落としていた可能性があるように、何が起こるか分からないから。
「なら、もしも重い病気になったとしたら」
「……治ると願うしかないわね、そのためにお医者様がいるでしょ?」
アイが出産するとき、確かにお医者様がいることは心強かった。でも、この人の話はどうにも引っかかることがある。自分がどうするかについて話していない。
「お見舞いに通う、といったこともできると思います」
「……それで治るなら行くべきね」
少々追い込みすぎているだろうか。
それでも、親の立場として自分の考えを伝えたい。
「愛されているって実感してもらうことも、子どもにとって幸せだと思います」
それが
「……若いのね」
女性は背を向けて。
感情の無い声でそう呟いた。
「……たとえ、10年生きられる可能性がほぼ無かったとしても?」
「10年もあるじゃないですか」
生きられる可能性を信じてあげられる。
10年も愛情を伝えることができる。
「会えない時間がどれだけ続いたとして、子どもは心のどこかで、親の愛を信じてくれると思います」
少なくともアイはずっと待っていた。
瑠美衣も声を出さないよう泣いているから。
「もう……手遅れよ……」
「きっと届きます。だから目をそらさないでください、その子への愛から」
『そうだといいわね』と小さく呟いて、女性は前に歩いていって、角を曲がった。
「っ!?」
瑠美衣とすれ違う時、確かに見つめ合っていたけど。
天童寺さんは首を振って、再び進み始めてしまう。
「お母さん!!」
その言葉に、天童寺さんは勢いよく振り返った。
「さりな…? でも、そんなはずは…」
自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。現実的には あり得ないことかもしれないけど、本当に娘への愛情を持っているなら、さっきの言葉は伝わるはずだ。
「そっか……」
穏やかな表情を見せて、再び背を向ける。
「あの子が…… 貴方の娘さん……?」
「はい、星野瑠美衣です。今は苺プロ所属の子役をしていて、将来の夢はアイドルです」
『だから!』と俺は立ち止まって、背中に感情をぶつける。
娘は涙を流しながら期待しているのに。
母親が振り返ってくれないなんて
「そう……応援しているわ。それと……」
―――ごめんなさい
どうして謝るだけなんだ。
娘が生まれ変わった可能性は信じたはずだ。
もし神様がいるのなら、こういう奇跡のために、生まれ変わらせてくれたんだろ。母親は愛してると伝えて、娘は愛されていると実感できるチャンスが幸運にも訪れたんだ。俺と違ってまだ間に合うじゃないか。
「私のことはここまででいいわ。お手洗いをお借りしても?」
「ええ、構いませんよ」
このまま立ち去ることが彼女の選択なのか。
まさか愛する権利がないなんて思っているのか。
「星野さん、これからも…… どうかよろしくお願いいたします」
「お任せください。必ず幸せにします」
娘のことなのかどうか、感情のない声だけでは分からなかったけど。
彼女なりの愛で、距離を置くことを選んだって信じたい。
そうじゃないと瑠美衣が
☆☆☆
瑠美衣を抱っこする。
とりあえずミヤコさんの部屋を借りることにした。
たくさん声をあげて泣いてくれる。こんなにも
「元気そうだった! 幸せそうだった! 子どもが2人って言ってた!!」
感情を吐き出すように、俺の着ている服を力強く握ってくる。
「もっと泣いていいんだよ」
そう言って、背中をトントンさする。
瑠美衣の前世のことはまだ聞いてないけど、たぶん入院していた期間が長くて、そして両親がお見舞いにあまり来てくれなかったのだろう。たぶん前世では天童寺さんの娘だったんだと思う。
「私に…
そうらしいね。
「全然……来てくれなかったのに……」
そうだったんだ。
「ちょっとでいいから…来てほしかった……」
ちょっとでもいいのにね。
「愛して…くれて……なかったのかな……」
娘だとは分かってくれたと思うよ。
「顔くらい……見せてよ…お母さん……」
会いに来てくれなかった時間はたぶん長く、そして今日も顔を見せず謝るだけで、不満とか文句とか言いたいことは多い。それでも、お母さんは自分を愛してるって信じたい。そんな葛藤をしているのだろう。
「ちゃんと… 言葉で…愛してほしかった……」
俺は前世の両親については、もう折り合いをつけてしまったけど、まだ瑠美衣には希望が残っている。それもそれで
「私、パパとママを、お父さんやお母さんの、代わりにしてたのかな……」
「それでもいいよ。愛されていると思ってくれるなら」
前世と折り合いをつけようとした時期は俺にもある。実際のところ、過去を意識しすぎる時点で上手く未来に進めなくなるだけだった。ああすればよかったとか、もっと上手くできたかもしれないとか、ふと考えてしまうから。
「無理しなくていい。意識しなくていい。いつか、前世も今も混ざっていくから」
過去と現在と未来の境目なんて
たとえ前世があってもなくても、俺とアイの娘だから。
「パパが…パパでよかったなぁ……」
「俺も、瑠美衣が娘でよかった」
この子も、家族愛が欲しかったことは分かった。
もっと心の中を愛でいっぱいにしてあげたい。
こういう静かな時間も幸せに思ってくれるくらいに。
「私、もうちょっと信じて待つことにする」
今日のことも
「そっか」
「愛してるって、ファンのみんな、お母さん、そして『せんせ』に伝えてみせる!」
大きく頷いて、笑顔を見せる。
ちゃんと心の底からの笑顔でよかった。
アイドルになりたい理由が増えたようだ。
アイのように、瑠美衣も自分の夢を叶えてほしい。
「せんせ って?」
「入院してたとこのお医者さんでね、いつも来てくれたんだ」
心の底から嬉しそうに呟く。
ちゃんと前世に幸せもあってよかった。
「せんせのおかげで、『さりな』は幸せに逝けたの」
「ぜひとも俺からもお礼が言いたいな」
前世の頃に娘を支えてくれた恩人なんだ。
瑠美衣は服の袖で、涙をごしごしと拭く。
そういうとこもママさんに似てるんだから。
「『結婚して』って言ったらさ、『16歳になったら考えてやる~』って断られちゃったんだ。でも、アイドルになったら推してくれるって」
『ならアイドルになってメロメロにすればいいよね』って瑠美衣が恋する少女のような表情だった。現在も生きる希望の1つになってくれているようで、研修医さんにぜひともご挨拶したいな。
「俺も応援するし、瑠美衣をアイドルとしても推すよ」
「えへへ パパも私のファンだね」
瑠美衣も愛久愛海も、生まれてからずっと推しているよ。どんな未来を歩んでいくんだろうって。
だから、ちゃんと言葉で愛情を伝えたくなる。
「言った通り弟か妹が生まれると思う。今までよりもっと瑠美衣と愛久愛海とその子を、愛するよ」
「……うん、どうしても不安あるけど」
ぎゅ~ って抱きついてくる。
「パパもママも愛が
「1人増えるから瑠美衣も今の3倍は愛そうかな」
『ほら~』って笑みを浮かべる。
「私にお姉ちゃんできるかな?」
「今からそう思ってくれるなら、もうお姉ちゃんだよ」
よしよしとすれば、幸せそうな表情を浮かべる。小学校に通うくらいには成長しても、俺からすればまだまだ瑠美衣は子どもっぽく見えて、たぶんずっと可愛がってしまうと思う。
どうしても生まれてくる赤ちゃんを優先して、我慢させることもあるだろうけど、俺とアイで一緒に もっともっと愛してみせる。
「そだ、もう名前は決めたの?」
「いろいろと候補はあるよ。まあ男の子か女の子か分からないから、そこはお楽しみかな」
『え~』って瑠美衣はワクワクする表情を見せてくれる。
天童寺さんに頼まれなくとも、俺はこの可愛らしい娘を愛情たっぷりに育てると誓っている。だから、いつか