まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
家族のことだけでなく、youtuberとしてのキャラ付けのこともあって、『MEMちょ』と名乗って配信を始めることになっている。
瑠美衣やかなちゃんは中学校に通っていることだし、平日に予定が合えばアイが付きっきりでレッスンをしてくれている。ボイストレーニングや表情の微調整などなど、毎日続けるといいことも彼女は意欲的に聞いていたらしい。
そして3人が揃った土曜日のこと。
「合宿だ~! お泊まり会だ~!」
かなちゃんやMEMちょを
「はじめまして、メムさん」
「よろしくね、アクア君!」
軽めの朝食の準備をしてくれている長男が、エプロン姿で挨拶をした。かなり身長も伸びて、そこそこに俳優も続けていて、我が息子ながら見た目も心もイケメンに育っている。
MEMちょも小さな声で『本物だ~』ってキラキラと目を輝かせた。
万が一に本名を言わないように、瑠美衣やかなちゃんは普段から『メム』って愛称で呼んでいるようだ。その話を愛久愛海も聞いていたんだろう。
「嬉しいな~ 合宿って青春っぽいよね」
「だな」
日本全国で大人気なアイも、この土日はみんなで過ごせるようスケジュール調整をしてもらっている。それにしても俺たちは16歳の頃から、青春の思い出が子育てだった気がするな。
「アイさん、栗栖さん、2日間お世話になります!」
「ん、くつろいでいってね!」
「遠慮しないで過ごしていいから」
ぺこりと頭を下げてくれて、礼儀正しい子だな。
「メムちゃん、もっと気楽でいいのに~」
「だって、アイさんたちのおうちだもん」
「私もそういう頃があったわね~」
かなちゃんはよく泊まりにくるから、すっかり
「朝から元気いっぱい、それでこそアイドルだよ」
「ルナちゃんは眠そうだねぇ」
「さっき起きたとこなんでしょうね」
ソファに座っている月愛はタオルケットに頭からくるまっていて、ふわぁ~ って あくびをする顔だけ出していた。
「それで? そんなにお兄ちゃんが気になる?」
「ぎくぅ!?」
かなちゃんは、どうやら愛久愛海の背中をチラチラ見ていたようだ。キッチンに立っている彼は、軽く頬を指でかく仕草をした。
「わかるよ~ エプロン姿のお兄ちゃん、家庭的って感じでいいよね!」
「な、なんのことかしら」
「ふふ、まるでゆでタコのようだよ」
『あんたのほうこそミノムシじゃない』『ピーマンとどっちが可愛いかな?』『ピーマン体操が懐かしいね』って、今日も3姉妹のように楽しそうに話している。
「お兄ちゃ~ん、朝ごはん作ってくれてありがとう~」
「どういたしまして、ルビー」
愛久愛海の背中に抱き着いて、瑠美衣はおでこをスリスリする。
それをアイが真似したいらしく、背中から俺へ腕を回してくる。
「はぁ~、朝から兄妹でイチャイチャと」
「夫婦も仲が良いんだねぇ」
かなちゃん、だいぶ羨ましそうだな。
俺やアイの見ているところだと、どうにも照れて恥ずかしがるから。
「やれやれだわ、さっさと荷物を置きにいきましょ」
「おや、そっちはお兄ちゃんの部屋だよ?」
月愛に言われてかなちゃんはピタッと足を止めてから、何もなかった様子を見せて瑠美衣の部屋へ向かっていった。
「も~ メムちゃんもいるから、今日明日は私の部屋って話だったじゃん」
「え? 『今日明日は』って?」
ハテナを浮かべるMEMちょを背中をぐいぐい押しながら、瑠美衣も向かっていく。
「お兄ちゃんがモテモテってことだよね?」
「ノーコメント」
うちの長男が月愛にからかわれているけど、妹と幼馴染のワガママを聞いてよく添い寝してあげている。可愛らしい美少女2人の頼みだから、男として断れないだろう。
「クリス君、おんぶして~」
まっ、俺の奥さんが1番可愛らしい。
☆☆☆
シリアルやヨーグルトや果物で軽めの朝食を取った後、俺たちは軽装に着替えて公園に移動する。
瑠美衣とお揃いなサイドポニーに髪を結んだアイも変装していないけど、その姿を見ても騒ぎになっていない。だいぶ戦闘特化の俺と違って、月愛が器用に魔法を扱ってくれているから。
それでも迷いなく歩いてきたのは、ジャージで見慣れたヒヨコマスクの男だった。
「来てくれてありがとう、ぴえヨン」
「キミの頼みだからね」
俺たちは力強い握手をする。
『ぴえヨンだ!』『あの方には敬称を付けなさい!』『やっぱり本物!?』って、2代目B小町メンバーが楽しそうに話している。
「ぴえヨンは元プロダンサーで、振付師の仕事もしていたから、サポートに呼んだんだ」
「それに、体力作りについても詳しい人だよ」
俺や愛久愛海が紹介すると、ぴえヨンは『今日はよろしく』って甲高い声で軽く手を上げて挨拶した。
「それじゃあトレーニング始めよっか!」
「「「よろしくお願いします!」」」
アイドルのタマゴたちの明るく元気な声が、空に響いた。
各個人に適したペースで公園を走ったり。
疲れきった段階で、歌いながら踊ったり。
どんなにヘトヘトでも笑顔を維持したり。
「さすが、アイさんはパフォーマンスが完璧だねぇ」
「あの人も体力は並のはずよ。それでも崩さないの」
「だね、ドームの時も何曲も歌って踊ってたもん」
アイの背中を見ながら、3人も同じ曲を数回踊り続ける。
「腕が下がってきてるよ!」
「「「はい!」」」
ズレが目立つようになった場合は、ぴえヨンが指摘する。誰かに対してってわけじゃなくて、全体を元気づけるような声がけなのが良いな。
きついだろうけど、夢に向かって楽しそうにトレーニングしてくれている。
だから、そんな彼女たちの笑顔を守るためにも、俺たちも努力を続けないといけないな。
「そろそろ、こっちも始めようか」
「……ああ」
筋トレをしていた愛久愛海が立ち上がって、リラックスするように大きく息を吐いた。ベンチに座っていた月愛が歩いてきて、彼の後ろで立ち止まる。
手のひらに氷でナイフを造り出してから、俺は地面を蹴って走り出した。
「………ッ!」
愛久愛海は身体を逸らすように回避しながら、俺の手を抑え込み、まるで片腕を刀にするように振り下ろしてきた。
俺は抵抗するべく、わざと荒々しく腕を動かすが。
愛久愛海は全身に力を入れながら、こちらの動きをしっかり止めてくる。
「………よし」
一旦離れてもらってから、俺は気配を隠して移動し、月愛はゆっくり歩き始めた。
愛久愛海もまた、月愛の隣を歩いている。
「…………ッ!!」
どうやら間に合わないと判断したらしい。
片腕を盾にするように動かしてくる。
ナイフが刺さっても、急所ではないから十分合格だな。
「ッ!? …… ふぅー」
「よく耐えたね、えらいえらい」
俺はナイフを寸止めしても、月愛が魔法で体感させたようだ。周りにアイたちもいるから実際には刺さないけど、気まぐれでこういうこともする。
愛久愛海は地面に座り込んで、大きく肩で息をする。
「……油断している時ならば、もっと間に合わないな」
「ああ、殺気をいち早く感じ取ること、それと反射神経も鍛えるしかないな」
しかも素人の動きを再現していたので、もう少し訓練していた相手なら、護衛対象を守りきれていない可能性すらある。
ナイフを持った相手じゃない場合すらあるし。
「やぁ」
「しまっ!!?」
愛久愛海が顔を向けると、寸止めされた拳がある。
あの巨大な筋肉のパンチが当たっていたら、今の愛久愛海では ひとたまりもないだろう。
「休憩にしようか」
「……はい」
ヒヨコマスクの優しい声に、愛久愛海は暗い表情で頷く。
「大丈夫、キミは強いよ、ここがね」
そう言ってぴえヨンは親指で、自分のハートを差し示した。
俺が刺されたこともあって昔から焦りはあったようだけど、本格的に鍛え始めてからどんどん愛久愛海は成長している。ぴえヨンの言う通り、強い意志力はすでに持っているから、あとは継続的な努力をしていけばいい。