まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
番外編9 (今日あまの撮影に向けて)
かなちゃんが陽東高校の芸能科に入学して、愛久愛海や瑠美衣は中学3年に進級した。
いわゆる受験生ではあるけど、その高校は一般科もそこそこの偏差値とされている。どこかの芸能事務所に所属していれば応募できるので、よほどの点数でないなら瑠美衣も合格できるだろう。
愛久愛海が勉強を教えてくれていることだし、瑠美衣も意欲的ではあるから、親として全く不安はない。
そもそも、子どもたちがのびのびと成長してくれているだけで、俺とアイは幸せだしな。
とある平日の夜のこと。
「ここに2があるのなんだっけ?」
「xが2個あってyが1個だよね? ここからなんだっけ?」
瑠美衣と肩を並べているアイが可愛らしい。顔立ちや身長だけじゃなくて、キョトンとする仕草が似ているものだから、まるで姉妹のように見える。
「じゃあ一緒にやってみようか」
伊達メガネをかけた愛久愛海がそう言うと、アイや瑠美衣が『は~い、せんせ~!』って明るく返事をする。
頬が緩むのを感じながら、俺は漫画のページに視線を戻した。
「なかなか面白いものが見れそうだね、このシーンとか」
「そうねー、でも私、仕事とプライベートは別々に考えてるのー」
俺と同じく、月愛やかなちゃんも『今日は甘口で』という漫画を読んでいる。
今度ネットドラマを撮影することになって、かなちゃんが主演として選ばれた。単行本14巻分を6話分にまとめる予定らしいけど、そんな脚本は一体どんなカオスなのやら。
付箋が大量に貼ってあるから、丁寧に次のページへめくってみる。
親に虐待された過去をもち、人間不信や拒食症になってしまった女の子がヒロインで。
どうにも昔のアイの表情を思い出してしまって、読むことに集中できていなかった。
「んー ちょっと休憩~」
そう言ってアイは立ち上がりながら、ぐぐぐって腕を伸ばした。
そして、ゆったりとしたルームウェアを着ている彼女がこちらへ近づいてきた。その綺麗な太ももを見せながら横向きに膝に座ってくる。
「それ面白い?」
瞳に星を浮かべながら、尋ねてくるけど。
うちの奥さんはホント鋭い。
「そう言われても、まだ1巻の途中だぞ」
『ここから感動ものだといいな』と俺はつぶやいて、他の単行本の上に積み上げておいた。
かなちゃんも役作りするにあたって、まるで自分が体験したことかのように、この表紙に描かれたヒロインのことを研究するかのように考察するのだろうか。
「肩もみして~」
「はいはい」
アイが華奢な背中を向けてくるので、布越しに肩もみを始める。
定期的に魔法やマッサージもしているけど、芸能人として日々の精神的な疲れはあるのだろう。
「お兄ちゃ~ん! 私も私も~」
「私も…… 予約していいかしら?」
「分かった、順番でな」
演技であれだけ目立つ かなちゃんも、プライベートとなると奥手だよな。
「んあぁ~ 癒される~」
「癒されるねぇ~」
瑠美衣やアイがリラックスした声を出していて、かなちゃんも休憩するべく
「どうせならお兄ちゃんが主演やってほしいよね」
月愛はいたずらっ子な笑みを浮かべながら、そう言った。
「僕は最後の6話に出るストーカー役で、真逆の存在なんだけどな」
愛久愛海が苦笑いしているけど。
枠が余っていると聞いて、苺プロ繋がりのバーターとして全力で役を取りにいったくせに。
「お兄ちゃんたちとドラマ出るの久しぶりだな~ 共演嬉しいな~」
「あんたはヒロインの友達の役だから、ストーカー役のアクアと共演シーンないでしょうに」
瑠美衣もかなちゃんもワクワクしていて、なんだかんだこの3人みんなで同じドラマに出演するのは、出会った時以来になる。
「でもいいな~ 私もそのドラマ出たいな~」
「スケジュールはいっぱいなんだけど」
「お母さんのお願いだよ? マネージャーさん?」
月愛に言われた通り、アイのワガママを叶えたい。
1話分の出演くらいなら行けるだろうか。
「詳しくは言えないですけど、あまり良い役者は揃わなさそうですよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 役者のみんな演技上手だから☆」
アイも数多くの作品で演じてきて、主役脇役問わず、周りを引き込むような輝きは健在だ。それでいて、周りのレベルを引っ張り上げるようなこともできる。
昔バーターで脇役として出ていたような頃は、目立ちすぎてよくカットされていたけど。
「どうせならみんなでドラマに出たいよね!」
「ママとも一緒に共演した~い!」
たぶん、子育ての経験もあるんだろう。
俺たちの膝から離れて、アイと瑠美衣は肩を並べてキャッキャと『今日あま』を読み始めた。
今日のお勉強会は中断だな。
「これは序盤から荒れるわね」
「ああ。母さんはいつも通りだし、ルビーのやつも仕上げてくる」
愛久愛海やかなちゃんは、母さんや瑠美衣に比べて『自分に才能がない』って思ってそうだけど、俺からすれば十分凄いと思う。
『それにしても』って、かなちゃんが笑みを浮かべて呟いた。
「昔はあんたも天才子役と呼ばれていたのに、
「僕にはこれくらいの役がちょうどいい。そのほうが
愛久愛海もかなちゃんも、自分の役作りに熱心なことが伝わってくるし、よく五反田監督のところで演出についても学んでいるし。
「
「あらあら、圧倒的な光の前では無駄なことよ?」
それに、2人ともホントに楽しそうに演技をするからな。
愛久愛海が芸能科を受ける予定なのも、役者を続けている理由も、こういうところにあるのだろう。
「見て、良いのが撮れたよ」
「どれどれ?」
スマホを見せてくる月愛を撫でていると、かなちゃんが赤く染まった頬でこちらを見てくる。2人とも良い表情で語り合っていたと思うけど。
「おや、プロの役者が演技で照れているのかな?」
「別にさっきの演技じゃないわよ!!」
うがーって、かなちゃんが威圧してくるけど。
「「
月愛と全く同じ感想が出た。
かなちゃんがぷるぷると唇を震わせた。
「そんなに面白かったか?」
「たまに中二病なところあったわね! あんたのせいで乗せられたじゃない!」
ぷんぷんと かなちゃんは腕を組んで、ボスンと愛久愛海の膝の上に座った。
「も~ かなちゃん、そこもお兄ちゃんせんせの可愛いところだよ?」
「うっさい、全肯定ブラコン」
そう悪態をつくけども、待ちに待った肩もみをされ始めて、すでに頬が緩んでいる。
「へぇ…… ん、このヒロインをかなちゃんが演じるんだよね?」
ほんの一瞬だけ暗い瞳を見せて、アイがそう呟いた。
「どこまで本気を出すかは、主役の男子次第ですけど」
「そっかそっか、私も楽しみにしてるね!」
『ね、アクア?』って、笑顔でアイは呼びかけた。
「ああ、僕も楽しみだ」
「ふふん、なら私の実力を見せてあげるわ」
うきうきと かなちゃんの声が
『わかりやすいなぁ』と俺たちは内心思った。
最近は同じ学校に通えてなくて、一緒に過ごせるのが嬉しいのだろう。
「さて、そろそろ配信の時間だな」
「メムちゃんも応援しなきゃだね!」
俺はスマホを操作して、放送予定のチャンネルをテレビに映す。
「大画面で見てるの、メムちゃん知らないんだろうなぁ」
「緊張するから、教えないほうがいいでしょうね」
瑠美衣やかなちゃんがそう言うけど、実質メムちゃんのライブみたいなものだから。
「アイドルになるんだから、慣れておくべきじゃない?」
そう言いながら月愛は、俺の膝の上に乗ってきた。
スカウトした手前、最初は陰ながらサポートしようとしていたらしいけど、メムちゃん自身の実力でどんどん登録者数が増えている。
「う~ ルビーもかなちゃんもメムちゃんも、来年にはアイドルか~ 私が緊張してきた~」
「ママのこういうところも可愛いよね?」
「「「「分かる」」」」
瑠美衣の言葉に、みんなで頷いた。
まあ俺としても、子どもたちが本格的に芸能界入りしていくことは、楽しみでもあって心配でもあるけど。
アイと一緒に、親として見守っていけるのは幸せだな。