まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

49 / 108
番外編10 (今日あま①)

 

 『今日は甘口で』は数年前に話題になった少女漫画で、どちらかといえば女子向けなのに、男女問わず人気があった。

 メインヒロインの境遇は重めで、主人公は不器用ながら優しい。そんな2人のやり取りは温かく、苦難を乗り越え、感動シーンも多くある。

 

 すでに完結してブームは過ぎ去っただろうけど、いまだ名作の1つとして語られている。そのネームバリューだけでも、視聴しようとする人は少なからずいるだろう。

 

 ただ、今回のドラマは、いわゆる『実写化』のジャンルになる。

 

 この世界から見てファンタジー要素のある作品も、ドラマや映画は撮影されがちだ。しかしたとえ現代ものであろうと、何かと批評され、SNSを中心に批判的な印象を持たれる。

 

 漫画も2次元の作品であり、アニメ調に描かれていることが多い。だから3次元で再現した場合に、違和感が残りやすいのだろう。

 例えば髪色が現実にありふれたものでないなら、なおさらコスプレ感も出てしまう。

 

 だからプロデューサーの鏑木さんたちは、今回の作品に無理にコストをかけようと思っていないのだろう。

 

 『予算が少ない』という大人の事情もあり、苺プロ以外の役者さんたちは男性モデルが多く、主役以外は演技が未経験らしい。しかも人数を増やすためか、原作に出ていないキャラすら登場する。更にはスケジュールもギリギリで、演技指導を行う時間もない。

 これだけ課題があって、最低限モデルの顔売りはできるということだけど。

 

 とはいえ完璧を目指さずとも、失敗させるつもりもないはずだ。

 

「カブラギさん久しぶりだね」

「ああ、星野さん、今日はよろしくね」

 

 あの『子どもの成長を見守るような親』の瞳を見れば安心できる。

 アイとも昔からの知り合いのようで、プロデューサーとして、よく企画を持ってきてくれていたらしいし。

 

「昔みたいに名前でいいのに」

「今じゃキミは大女優、大事なお客さんのようなものだよ」

 

 というのは建前らしく、『すっかりお母さんしているじゃないか、アイ君』って言って、彼は親戚のおじさんのような穏やかな表情を見せた。

 

「アクア君とルビーちゃんが出るなら、来るかもとは思っていたけど、家族で勢揃いなんだね。みんな楽しみな子たちだ」

 

「でしょでしょ~ アクアもルビーもルナも可愛いでしょ~」

 

 子どもっぽくキャッキャと興奮しているアイも可愛らしい。スーツを着て、髪をくるくると後ろでまとめているけど、まだ女子高生の役もやれそうだ。

 

 俺の隣に立っている月愛も、静かに笑っている。

 

「やっぱりコネは作っておくべきだね。苺プロから かなちゃんを呼んだと思ったら、キミたちまで来てくれた」

 

 アイをすんなりと出演させてくれたけど、鏑木さんはむしろラッキーと捉えていて、かなり豪胆な性格らしい。まあこっちから頼んでいる側なので、事前に予定されていたギャラ程度でいいのもある。

 

「かなちゃんも知り合いなんでしょ? しっかりとキミが教え込んでいると見た」

 

「ちょっと教えたくらいだよ? あとは かなちゃんの可愛さ!」

 

 アイは横ピースで可愛く語った。

 

 鏑木さんが『相変わらずまぶしいねぇ』と呟いた時、そろそろ撮影が始まるようだ。

 部屋が暗くなっていき、一気に周りが静かになっていく。

 

 撮影場所にいる多くの人たちが緊張している。

 愛久愛海や瑠美衣は、かなちゃんを送り出してから見守っていた。

 

 簡易的な椅子に座っていただいてる原作者の吉祥寺先生も、手のひらを組んで見つめている。

 

 今回は若い役者さんが多いから、最初のシーンから順番に撮影していく予定だ。大幅な撮影場所の移動も避けて、合成で背景は補うらしく、ちょっとした小道具が用意されているくらいだ。

 

 俺や月愛の隣にやってきたアイは、軽く腕に触れてくる。かなちゃんもすっかり我が子のように思っていて、応援もしてるけど親目線の心配もある。

 

 俺たちの視線の先には。

 ぽつんと膝を抱えて座り込んだ少女がいて、その表情が一気に変わる。

 

 

 そして、撮影が開始された。

 

「人間はきらい。だってみんな、自分のことしか考えてないから」

 

 古びた絨毯の上には、果物の缶詰めやお菓子の袋が散乱していた。

 親に虐待された過去をもち、人間不信や拒食症だということを、数少ないセリフや演技で伝える。

 

「明日から学校か...」

 

 膝に顔を埋めて、その瞳だけはカメラを空虚に見つめる。暗く、(つら)く、光を吸い込むような闇を感じさせていた。

 

 あれはアドリブだろうけど、『誰か私を助けて』と伝えているかのように、俺たち全員を見つめているように思える。

 

 

 『カット』という監督の声で、肩の力を抜くように何人かが息を吐いた。

 

「さすがだな、有馬」

「当然よ」

 

 愛久愛海が台本を手渡しにいっている。

 

 今日はマネージャー見習いもしてもらうから、さっきの雰囲気から打って変わって、かなちゃんがニコニコだな。

 

「すごい...」

「お気に召しましたか」

 

 声を出した吉祥寺先生に、鏑木さんは声をかけた。

 

「え、ええ。期待していた以上と言いますか。さすがは『10秒で泣ける天才子役』と言うべきか」

 

 キャラを我が子のように思っている漫画家さんのようで、特にヒロイン役には思い入れがあるのだろう。

 

「今でも、同世代の中で1,2を争う実力でしょう。それに、育ってきた環境もね」

 

 2人揃って俺たちを見てくるけど、幼馴染の存在が大きいと思う。

 

 『緊張するけどワクワクしてきた~!』『はしゃぎすぎよ』って瑠美衣と かなちゃんが笑顔で話しているのを、愛久愛海が優しい表情で見守ってくれている。

 

「では、引き続きご覧になられてください」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 鏑木さんの丁寧な言葉に、吉祥寺先生は作り笑いで頷く。

 口出ししづらい状況にされていて、内心は不安もあるだろう。例えば大人の事情で増えたキャラたちとか、緊張している男子たちは演技についていけるのかとか。

 

「そうそう。知っての通り、特別ゲストも来てくれたんですよ」

「あれが、星野アイさんですか…」

 

 俺たちの隣にいたアイは『行ってくるね♪』って自然な笑顔を見せてくれて、スキップするかのように向かっていった。

 

 そして、まるで彼女のオーラが切り替わったように、誰もが惹きつけられる。

 

「どうしたの? 緊張してる?」

 

 そんな風にアイは新人役者たちに話しかける。

 やはり彼らは、目に見えて緊張している様子を見せた。

 

 瑠美衣や かなちゃんに付いていくように、他の役者が撮影場所へ集まっていくのに対して、主役のメルト君とはまだ話している。たぶん『何かあった?』という世間話から、役に適した感情演技を引き出していると思う。

 

「まぶしいほどに惹きつける、スターの演技」

 

 鏑木さんは小さな声で、吉祥寺先生に聞かせるように語る。

 

「もし彼女の完璧で究極な演技が、共演者をも巻き込むとしたら…」

 

 撮影が開始されようとするところで、一度言葉を切った。

 

 

 担任の先生としてアイは教壇に立った。

 教室を模したセットにて、緊張して座っている子たちを見渡して、祝福するように笑顔を浮かべる。その瞳にはキラキラと星が浮かんでいるようで、この瞬間は誰よりも輝いている。

 

「改めて、みんな入学おめでとう」

 

 そんな台詞からスタートして、たった3分程度の撮影だ。

 

 実際にドラマが放送される時には、メインキャストたちの心の声が再生される予定らしい。だから、その1人1人にスポットライトが当たるようにカメラが向けられていく。

 

 今回のドラマでアイは端役で、登場するのはこの場面だけ。

 各個人の撮影の間も、共演者の視線を集め続けた。

 

「よし、次に移るぞ」

 

 監督さんの声で、人懐っこい笑みを浮かべてアイが教壇から降りると、リラックスした雰囲気になった。

 

 それからメインキャストたちの録音作業が開始されて、彼らも緊張はあっても焦りはなさそうだ。

 台詞もちゃんと覚えてきている。そこはまあ、彼らが真面目なのもあるけど、アイのネームバリューもあって自分なりに準備してきてくれたんだろうな。

 

「ん、いい表情になってる。自信を持ってね!」

「はい!」

 

 アイは担任教師という役に入ったまま、役者1人1人に声をかけている。

 本読みや演技指導や練習の時間もほとんどなかったけど、見ていて感じてくるのは。

 

「みんな()りやすそうだよね、お父さん」

 

 月愛の言う通り、スタッフさんたちは親切そうで、どうやらベテランの人が多いようだ。普段の撮影より役者1人1人が演技しやすい順序で、しかも、脚本やキャラクター性も個人に合わせていると思う。

 

 それでも、お世辞にも完璧からは程遠いけど。

 『見どころはあるドラマ』には完成しそうだ。

 

「素直な子たちですね。これからが楽しみだ」

「でしょ? 彼らの事務所も、僕のお気に入りだから」

 

 俺が声をかけると、満足そうな表情で鏑木さんは頷いてくれた。

 

「でもやっぱり1番のお気に入りは、今も昔もアイ君だよ」

 

 『だから、彼女を守ってくれたキミに感謝している』と彼は伝えてくる。

 

 まあ俺にとっては当然のことだから、感謝されたとしても会釈で返せるくらいだ。例えば『どういたしまして』とも違うし。

 

「そろそろお姉ちゃんの出番だよ」

「ん、かなちゃんと一緒のシーンだな」

 

 月愛が気を利かせてくれて、俺たちは撮影に視線を戻した。

 

 

 録音作業も終わって次のシーンの準備もできたようだ。

 

 こういう恋愛作品には、よく『同性のお助けキャラ』な友達がいる。

 その役として瑠美衣は かなちゃんに絡んでいるけど、あの子自身の魅力で演技している。

 

「隣の席だもん! 仲良くしようよ!」

「……陽キャ苦手だ」

 

 あの明るいクラスメイトは、まるで温かさで包むように、友達として側にいてくれる。そんな安心感を感じさせる。

 

 アイとはまた違った輝きを瑠美衣は発揮していて、メインヒロインとして負けてたまるかと かなちゃんも役を演じた。

 だんだんとヒロイン側も歩み寄っていくけど、今のシーンでは内面的な温度差で対比的な輝きを見せる。

 

 

「やってくれるねぇ」

「原作再現どころじゃないですよ、これ!」

 

 役者に向かって、やりすぎだなんて注意もできないわけで。

 さすがの鏑木さんも苦笑いしていて、吉祥寺先生はキラキラと目を輝かせている。

 

「あとは かなちゃんがお膳立てしてくれるでしょ」

 

 鏑木さんは『本当に便利な役者だよ、アイ君やあの子は』と言葉を続ける。

 

 そして、次のシーンの撮影に向けて、準備が終わると。

 

 深呼吸してメルト君が向かっていく。

 その先には かなちゃんが位置についている。

 

 

 少女は冷たい瞳を地面に向けていて。

 心の奥底で救いを求めるような雰囲気を纏う。

 

 そんな氷を溶かすべく、少年は挑戦するように1歩を踏み出した。

 

「なぁお前さ、そんな顔してて楽しいの」

 

 少しぶっきらぼうに、それでいて彼自身の優しさも見せていると思う。

 

「何の用?」

 

 少女は大丈夫だというように嘘をつく。

 まるで『もっと食らいついてこい』って釣り餌を用意してあげるように。

 

「あー、お前も教室から逃げてきたのか?」

 

 リードされながらも、メルト君は演技を十分にこなすことができている。

 

「その… 私は気分転換かな?」

 

 かなちゃんはもっと自然に笑顔を見せることもできるけど、今のシーンに合う作り笑いを完璧に見せる。

 

「っ!えっと…  なんだ、笑えばかわいいじゃん」

 

「もう、からかわないでよ」

 

 彼は可愛さに()でドキッとしたようだけど、スタッフさんが上手くカットしてくれるだろう。

 それにしても、イケメンな表情作りは得意分野らしい。

 

 ほんの少し照れを見せる かなちゃんはというと、愛久愛海を思い浮かべることでの感情再現だろうな。あの子の好きなタイプそのものだし。

 

 

 ともかく、静かな世界で、ヒーローとヒロインの物語の始まりを感じる。

 少なくとも俺は、漫画で見たシーンを思い返すことができていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。