まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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番外編11 (今日あま② 愛久愛海視点)

 

 想像以上に良い現場だったな。

 脚本や演出は役者に合わせていて、カメラの撮り方も上手く、スタッフさんたちの手際もいい。

 

 そして、撮影後に母さんたちと話しているのは、鏑木さんというプロデューサーだ。良くも悪くも仕事人間な人だと聞く。テレビ局の番組に限らず、こういったネットドラマのように、適したところで役者を活躍させようとする人らしい。

 

 今回の撮影は大人の事情がだいぶ絡んでいる。主役のメルトたちは知名度アップを狙っていて、苺プロからはルビーや有馬も同じくそういう目的だ。

 

 最低限の目的さえ果たせばいいだけで。

 成功すれば儲けもの、といった企画だったのだろう、元々は。

 

「……満足した」

 

 くぅ~、母さんは流石(さすが)だったな~

 女性教師を意識したスーツ姿が似合っているし、まだまだ女子高生の役だってやれるくらい可愛いし、制服姿のルビーとはまるで姉妹のようにキャッキャしててほほえましいし。

 

 ともかく、母さん自身の演技もどんどん洗練されていて、その影響力は周りの新人役者までキャラに没入させるほど。

 五反田さんも言っていたけど、脚本や演出家の想像を超えて作品を良くしてくる役者だ。

 

「ニヤニヤしすぎよ、このマザコンでシスコンが」

 

 付箋が大量に付いた脚本で、腕をパスッと軽く叩かれる。

 

「それは僕にとって最大の褒め言葉だ」

「はぁ~ そういうとこだけ自信家よねぇ~」

 

 こっちは前世からのドルオタで、しかもさりなちゃん推しだぞ。

 まあ有馬に指摘された通り、緩んでいた頬を引き締め直しておく。

 

「1話、どうなると思う」

「当然ランキング上位ね。『今日あま』自体の人気もあって、それに私やアイさんが出てるもの」

 

 自信家可愛い。

 僕が推している人の共通点かもしれない。

 

「良くて星3だけど」

「ああ、5段階評価でな」

 

 実写化の成功の確率は低い。

 上からすれば、大量に予算をかけるには博打すぎる。

 

 有馬が出演するにあたって、動いた金もそう多くないはずだ。それは苺プロに対するコネもあるだろうし、アイドル活動をするにあたっての広告料もあるし。

 

 まったく、意外と有馬って作品自体の評価を気にするんだから、鏑木さんも斉藤さんも気づかってほしいものだ。仕事として割りきるしかないところだけどな。

 

「その、ちょっといいか?」

 

 話しかけてきたのは今回の主人公役の鳴嶋メルトで、どこにでもいる男子高校生みたいな雰囲気だ。事前に調べておいた演技はまさしく『ナルシスト』というべきで、もっと自信家だと思っていたが。

 

「さっきの話、ホントなのか?」

「そうねー、大根役者をおでんにしてみせたってところかしら」

 

 その独特なたとえ方は置いておくとして。

 僕は『さすがに言いすぎじゃないか?』って、有馬に目で伝える。

 

「大根役者って… いや、そうだよな…」

 

 やっぱり初対面の若い子に、有馬のストレートはきついと思う。

 そういう真っ直ぐな球をキャッチするのクセになるから、僕は好きだけどさ。

 

「綺麗ごとを言ってても仕方がないでしょ、似たような立場で」

 

 なるほど、有馬らしいな。

 わざと強調していたから、鳴嶋も気づいたか。

 

「でも似たような立場って言っても、有馬は確か」

「そうね~ 世間じゃいまだに『天才子役』だの、『元天才子役』だの、しつこい限りだわ」

 

 『私は天才子役なんて名前じゃありませ~ん』とわざと面白く言うから、思わず僕たちは笑ってしまう。

 

 こいつは、人付き合いにおいて遠慮なんてしないよな。

 

「ま、いきなり最高の演技なんて求めないわよ。ピーマン体操って調べてみなさい、私の黒歴史だから」

 

 それピーマン嫌いだからってのもあるだろう。

 僕は可愛らしいと思うけどな、昔の有馬も。

 

「言った通り、台詞は覚えていたじゃない。演技に集中する余裕もそこそこできたでしょ?」

「それはホントに感謝してる。事務所の人にも口酸っぱく言われたし」

 

 顔合わせのとき、『最低限台詞を覚えるくらい台本を読んで来なさい。アイさんの前で恥かかないように』って伝えていたけど、それをこなすくらいに鳴嶋は真面目なようだ。

 あの裏でいろいろ考えていそうな鏑木さんが、鳴嶋を主人公役に持ってきただけはある。

 

「あとは暇な時にでも原作を読んできなさい。ファンが期待するのは、あんたの顔だけじゃなくて、『今日あま』のヒーローなんだから」

「分かった、台本も含めてしっかり読んでおく」

 

 鳴嶋の目には、有馬の台本が映っているだろう。

 終盤の盛り上がりどころには間に合いそうだな。

 

「ここだけの話、あんただけは『見れる演技』はできているわよ。私がリードしてあげるから、引き続き頑張んなさい」

「ありがとう。また駄目なとこあったら遠慮なく言ってくれ」

 

 そう言って頭を下げようとする鳴嶋のおでこに、有馬は人差し指をチョンと当てた。

 

「共演者なんだから、あんたも遠慮しないの」

「っ! ああ、えっと… これからもよろしく」

 

 さすがは陽キャのイケメンスマイルだ。

 嫉妬するくらい似合っているじゃないか。

 

 鳴嶋もだけど、若い子はどんどん成長していくものだ。

 

 

☆☆☆

 

 

 それから何度か撮影があったり、母さんが毎度付いてきたがったり、1話がネット限定で配信されたり、予想通り良くも悪くも『今日あま』が話題になったり。

 

 そして、撮影のない日のこと。

 僕たちは五反田さんのところを訪れていた。

 

「おう来たか、アクかな」

「なんだよ、その芸人コンビみたいなまとめ方」

 

 部屋のスペースを見つけてカバンを置いてから、学ランのボタンをいくつか開ける。相変わらず暖房が効きすぎだし、ゴミの片付けが苦手なようだし。

 

「アクかな… なんてステキな響きなのかしら…」

 

 もじもじと可愛いことしてないで、有馬も座ればいいのに。

 

「ルビーはどうした?」

「あいつは友達と勉強会だ、受験生だからな」

 

 結局、僕にはクラスメイトはいても、友達ができなかった気がする。

 せめて高校ではできるといいな。

 

「迎えには父さんが行ってくれるって」

「相変わらずの過保護な家族だな」

 

 五反田さんの母親もなかなかだと思う。

 この人が掃除できない理由だろうし。

 

 僕はデスクトップPCを起動してから編集作業を始める。

 

 演出や脚本を学ぶにあたって、家族ぐるみの知り合いとして五反田さんを頼った。母さんと父さんが世間に秘密を明かすまで、あまり交友関係を広めないようにもしていたから。

 

 僕は『一発撮りの天才子役』なんて呼ばれたこともあったけど、役者として『知識量』を強みにするしかなかった。同年代でも演技が上手い子はたくさんいて、僕はどんどん置いていかれたように思える。

 

 僕には『特別な何か』がない。

 

 有馬は、周りをサポートしつつ万能的にどんな演技でも輝いてみせる。ルビーは、役に没入することで持ち前の魅力で人を惹きつける。

 劇団ララライの黒川あかねも万能的な演技が上手いと聞く。少し年上の姫川さんなんて、演技の迫力は日本で最高峰かもしれない。

 

 有馬も隣でノートパソコンを開いて、ブルーライトカットの眼鏡をかけている。役者としてはあんなにプロなのに、まるで新人の会社員のような姿だ。

 

「いつも通り、ソフトを全部開いておいてくれ」

「わ、わかったわ」

 

 中学に上がってから、有馬も時間を見つけては、五反田さんのところで学びに来ていた。まだまだ操作はぎこちなくて、でも『編集の人はこういう作業してるのね』って勤勉な姿を見せる。

 いろいろなことに真面目で、そんなところも好きだ。

 

 僕がマウスを動かすと、ひじがちょっと触れ合う。

 分からないところがあったら遠慮せず聞いてくる。

 

 

 どんどん推しの子が大人になって、魅力的に思えてくる。

 父さんもこういう気持ちだったのかな。

 

 

 『そういや』って五反田さんの声で、慌てて僕たちは画面のほうを向いた。

 

「アクアも陽東高校を受けるのか?」

 

 ブラックコーヒーを飲みながら、そう尋ねてくる。

 僕は水筒のお茶で喉を潤しながら頷いた。

 

「ああ。芸能活動をするにあたって都合がいい」

「へぇ、それじゃ芸能科か?」

 

 普通科だと時間の融通が利きづらいし。

 ルビーが心配だし。

 また有馬と通えるし。

 

「そうだけど、そんなに意外か?」

「いや? 役者をやりてぇって顔に書いてあるな」

 

 そんな顔をしているだろうか。

 僕は思わず自分の顔に手を当ててみる。

 

「そんな顔してるか?」

 

 というか、すっかり星野愛久愛海としての僕になっているよな。

 父さんに似てるって言われるのが嬉しいし。

 

「え、アクア、違うの?」

 

 有馬が青ざめた表情で見つめてきたので。

 

「俺、役者をやるつもりで芸能科を選びました!」

 

 我ながら、だいぶ昔の俺を思い出すような反応だった。

 若かりし頃はテンション高かった気がする。

 

「ははっ、それなら面接も大丈夫そうだな。試験のほうはどうなんだ?」

 

「こほん、過去問も全部見たし、模試もほぼ満点だ」

 

 高校入試を、元医大生が現役中学生として受けているのはチートすぎるだろうな。なんなら高校範囲だって教えているのに、それでも有馬は心配そうに見つめてくる。

 

「絶対に受かりなさいよね」

「ああ、約束する」

 

 安心させるため、僕は有馬の頭を撫でる。

 この女の子も繊細なんだよな。

 

「ん……」

 

 こいつの髪ってサラサラだな。

 それに、いい香りがしてくる。

 

 

「………コーヒーがなくなった」

「おやついるかい!!」

 

 五反田さんや彼の母親の声で、慌てて僕たちは少し離れた。

 

 顔に手を当てながら作業に戻るけど。

 やっぱりこの部屋、暖房が効きすぎだ。

 

 

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