まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
『今好き』、その特別編に協力してもらって、2代目B小町の発足が周知された。メンバーは瑠美衣とMEMちょ、そして かなちゃんだ。
最近にしてはメンバーが3人のアイドルグループで珍しいけど、それぞれ星野アイの子、登録者40万人規模のyoutuber、元天才子役で演技派女優だからな。
B小町のネームバリューも合わせて、SNSなどのフォロワーがどんどん増えている。
3人とも気合が入っていて、アイも混じってよく合宿をしていた。初ライブとなるジャパンアイドルフェスに向けて、追い込みの時期だ。
いわゆるJIFには、アイたちも参加したことがある。人によってはアイドル戦国時代と呼ぶくらいに、アイドルブームは続いていた。
そんなお台場で開催される祭典に、新規グループで出ることができるのは、まあコネというやつだ。
プロデューサーの鏑木さんには昔からお世話になっているし、今ではこの業界でかなりの発言力を持っている。
俺と愛久愛海と月愛の3人はそんな鏑木さんに誘われて、お寿司屋さんを訪れていた。
『そこそこのお店だけどね』って聞いていたけど、和風とシックを合わせた高級感があるし、東京の夜景が見える個室まで用意してもらえた。
「さっ、遠慮せず食べて」
「ありがとうございます。ごちそうになります」
「「ごちそうになります」」
俺に合わせて、2人ともちゃんとお礼を言ってくれる。
鏑木さんは軽く頷き、日本酒を注いでから豪快に飲んだ。
追加で注ごうかと俺や愛久愛海が目配せしたけど、彼はそれを手で制してくる。
「今日はほぼプライベートなんだ。気楽に飲ませてもらうよ」
そう言って、透明な白魚のお寿司を指でつまんで口に入れた。リラックスした様子で味わっていて、俺たちもあまり気を張る必要もなさそうだ。
「栗栖君はあまり飲まないんだったね?」
「そうですね。送り迎えもありますから」
俺の答えに残念がることもなく、彼は再びお酒を注いでいる。
「最近は飲まない子たちが増えた気がするよ。キミやアイ君は特殊かもしれないけどね」
鏑木さんの言う通り、2人揃って生き急いだ自覚はある。
でもそのおかげで愛久愛海と瑠美衣と月愛に出会えたんだ。
「ルナちゃんを見ると、昔のアイ君を思い出すよ」
鏑木さんから視線を向けられても、月愛は気にせずお寿司を食べ進めている。もちもちな頬っぺで、しっかりモグモグしている姿がほほえましい。
アイ譲りの黒髪を母や姉のように伸ばしていて、容姿もかわいらしく、自然体でも視線を集める。
ただ、小学生の頃のアイを思い浮かべると。
「昔のアイは白米が苦手でしたけどね」
「そうだったね。一度、寿司屋に誘った時も断られたよ」
俺や愛久愛海もお寿司へ手を伸ばして口に入れるけど、寿司ネタもシャリもさすがは職人さんって感じで美味しい。
その間に鏑木さんは軽く襖を開けて、追加の日本酒を受け取ろうとしている辺り、この店の常連なんだろう。確かご結婚もされていて娘さんもいるから、よく家族で来るのかもしれない。
「あの頃は僕も若かった」
その飲みっぷりはまだまだ若く見える。
酔った様子もあまり見せていないし。
「一目見てアイ君には可能性を感じたよ。見た目の可愛さも、いい子なことも、たまに見せる女性っぽさもね」
食レポやモデルもやるようになったくらいで、中学3年の頃だろうか。アイは勉強との両立も頑張っていたし、俺も休みの日にはライブに何度も行った。
「でも周囲と馴染めないことが多くて、お弁当を食べるのにも時間がかかっていたかな。今思えば、白米が苦手だったんだね」
『コンビニでパンを買ってあげたら喜んでいたよ』と教えてくれて、俺は『ありがとうございます』と心の底から感謝を言葉で伝える。
俺にも具体的な悩みを伝えないくらい我慢強い子だった。迷惑をかけたくなくて、疲れも見せないようにするくらい。
だから、苺プロ以外で気にかけてくれている人がいることが嬉しい。
「中学生にしては服装も大人っぽくて綺麗だった。どう言うべきか、恋は人を変えるというかさ」
人はそう簡単には変わらないと思っていたけど。
「アイ君と相思相愛ってやつ?」
「はい。愛されていますし、愛してます」
俺の答えに満足してくれたのか、鏑木さんは笑みをこぼした。この人もアイのファンだろうから、雨宮先生に問い詰められた時を思い出す。
「アイ君のマネージャーをしているんだったね。また今度、夫婦セットでオファーをかけてみようかな」
すっかりプロデューサーの顔をしていて、明るくて若々しい表情を見せている。
この人がプロデューサーの番組に出演することが何度かあったけど、ここ数年は月愛の子育てを優先させてもらっている。
「今じゃアイ君は大女優でマルチタレントだ。こっちから苺プロさんにお願いするようになるまで売れてる」
「それで、今度はお兄ちゃんたちをターゲットに?」
月愛は優雅に湯飲みを持って、そうつぶやいた。
さらに表情を柔らかくした鏑木さんは声を出して笑った。
「ははっ、この業界は貸し借りの世界だからね。今後も苺プロさんにはしっかり恩を売っておかないと」
苺プロがどれだけ大きくなっても、今後もこの人には頭が上がる気がしない。
先日も、2代目B小町がデビューする情報まで出してもらったからな。
「アクア君、ルビーちゃんとMEMちょにも伝えておいてね。『今好き』の評判いいよって」
「恐縮です」
愛久愛海はそう謙遜しているけど、放送の度にSNSのトレンドになったくらいだ。成立したカップリングは1組だけど、それぞれの出演者にファンができている。
この子も高校生になって、五反田監督たちだけじゃなくて、さらに多くの人脈を築いていきそうだ。
「謙虚な子だね。鴨志田君なんて自信家で、すぐ女の子に声かけちゃうよ?」
鏑木さんの声が上機嫌で、さすがに少し酔ってきているみたいだ。飲むペースも早いから、ほぼプライベートって言ったのは本当なんだろう。
「何の話だったかな、まあ『今日あま』ではアイ君、『今好き』では姫川君だ。こういう貸し借りで、鯛が釣れるのはPとして最高なんだよ」
たぶん『海老で鯛を釣る』のようなことを言いつつ、彼は相当高そうなマグロのお寿司をぺろりと食べた。
今はアイも大量のオファーの中から選んで出演している。昔は壱護さんが自ら取りに行っていたらしいけどな。
「ところで、ルナちゃんは役者に興味がないのかな?」
「ないよ。私は芸能の神様でもないし」
月愛の答えに、鏑木さんはもったいないというような表情を見せた。
アクアや かなちゃんの子役時代の売れ行きを考えると、この子も十分ポテンシャルがあるからな。
「だって私は苺プロ次期社長の予定だもの」
「ほぅ...苺プロさんは将来も安泰のようだ」
酔いが覚めたようで、興味深そうな表情を見せた。
月愛の可能性も感じてくれたんだろう。
「なるほどね。アクア君、ルナちゃん、僕ができることなら力を貸してあげるよ」
いわゆる腹の探り合いのようなこともなく、優しく2人に語りかけてくれた。
「では、劇団ララライの舞台を経験してみたいと思っています」
すかさず愛久愛海がそうお願いをした。
「劇団ララライか...」
鏑木さんは懐かしむような様子を見せていた。
俺たちが発言を待っていることに気づいたようで。
「いやなに、僕も大学の時に入っていたんだよ。その伝手でアイ君をワークショップに誘ってね」
「そうなんですね。俺たちも一度ワークショップに参加したことがあります」
確かにずっと昔にそういう話を聞いたことがあって、その時も鏑木さんがアイに機会をくれたんだな。
「あかね君や姫川君の影響もある感じ?」
「はい。舞台の本格的な演技に興味がありまして」
愛久愛海を横目で見ると、まっすぐな瞳だった。かなちゃんの他にも、新しい同年代のライバルができたのかな。
「最近は他のところから役者を呼ぶことも多くなってるから、ちょうどいいね」
『ちょっと失礼』って、たぶん彼はスマホにメモを残してくれている。愛久愛海は『よろしくお願いいたします』と軽く頭を下げた。
「有馬かなも出してみたら? 面白そうだよ?」
「ふむ、あかね君と因縁があるようだし、アイドルとの両立になる...かな君なら大丈夫?」
「はい、あいつなら」
面白がっている月愛が提案して、鏑木さんが楽しそうに賛同して、愛久愛海が当たり前だというように頷いた。
あまり舞台には詳しくないけど、かなちゃんの体力が持つといいな。
「お姉ちゃんとMEMちょが出る番組も考えないとね。今度、貴方が担当できる番組を調べておくよ」
「妹さんは遠慮をしない子だね。僕がキャスティングの窓口になるのは確定事項のようだ」
「あいつらの出る番組は吟味しないと」
「社長やミヤコさんたちにも見てもらわないとな」
家族や身内、みんな欲張りだよな。
誰かの幸せのためなら、とことん考える。
「キミたちは有望な投資対象だけど、おかげさまで忙しくなりそうだ」
そう言って笑った鏑木さんはスマホを机に置いて、生き生きとした表情で食事を再開した。
プロデューサーが子どもたちに期待してくれてて、親としてはとても嬉しい。
夏にはジャパンアイドルフェス、その後には劇団ララライで舞台があるだろう。
アイと一緒に見れるのが俺もホントに楽しみだ。