まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
夏のお台場でジャパンアイドルフェス、いわゆるJIFが行われている。夕暮れ時でもあちこちのステージが盛り上がりを見せていて、観客の熱気に包まれていた。
少しずつ涼しくはなっているけど、熱帯夜のようになりそうで、午後からの屋外ステージのパフォーマンスは大変だろう。ただ、雨天中止ということにはならなくてよかった。
2代目B小町も斉藤社長自らが中心となってサポートしてくれるから、俺とアイは、愛久愛海や月愛と一緒に観客としてライブを観ることができる。
スマートウォッチっていうんだっけ、愛久愛海が腕につけた時計を見ながら『そろそろだな』と呟いた。ウエストバッグを腰にまいて、デカデカとB小町とプリントされたシャツを着て、とても気合が入っている。
俺とアイと月愛も、駅から出てくる人たちに視線を向けた。
その中には何人か知っている顔もあって、たぶん『今日あま』に出演した子たちだったはず。かなちゃんが出るということもあって、応援に来てくれたんだろうか。
他にも、変装していたから不確かだけど、『今好き』の出演者のカップルもいた気がする。
「おまたせ」
「遅くなってごめんなぁ」
愛久愛海はこの子たちと待ち合わせをしていた。
不知火フリルって子と、寿みなみって子だったかな。
「いや、時間ピッタリだ」
「当たり前」
「前から張り切っとったからね」
愛久愛海や瑠美衣のクラスメイトで、2人とも芸能人のはず、でも変装はしていなくて堂々としているようだ。不知火さんなんて、MEMちょのグッズのTシャツだし。
そして、俺たちと目が合って。
「こんにちは」
「は、はじめまして!」
「ん、こんにちは と はじめまして」
こちらに向かって、ぺこりと会釈してくれたり、大胆に頭を下げてくれたり。
俺や月愛も、アイに合わせて軽く会釈する。
「はわぁ~ 本物や」
「そのうち、学校でも会う機会があると思うけどな」
寿さんと愛久愛海が小声でやり取りしていて、確かに高校でも授業参観や体育祭が楽しみだな。
「妹さん、写真で見た以上の可愛さ」
「せやなぁ」
不知火さんも寿さんも可愛い、と思っていたら。
アイに腕をギュッと握られたので、口に出すのはやめておく。
「まあな。崇めると喜ぶぞ」
「お兄ちゃん、なんか最近私をナメてない?」
仲良く兄妹で言い合っていると。
「言われてみればご
そう言って不知火さんが手を合わせて拝んでくれて、アイに出会えて感動している寿さんも運命に感謝するように手を合わせてくれる。
「
月愛は得意げなご様子だ。
そういうところも可愛らしいし、褒めると喜ぶ姿はアイや瑠美衣そっくりだ。
「まあお兄ちゃんも、心の中では感謝してくれてるんだよね?」
「……お節介なカラスがベトナムにまでいたからな」
(ルナってホントに神様なんだね。私たちの子すごくない?)
(そうだな。それに、愛久愛海も感謝しててえらい)
というように、隣にいるアイと目で会話していると、もう1組待ち合わせている子達がやってきた。
「よう、間に合ってる?」
「おまたせ!」
大輝君もB小町のTシャツを着ていて、ただウェストバッグは斜めがけにしていた。
黒川あかねさんは帽子やサングラスで軽く変装をしていて、大人っぽいファッションだな。
2人とも俺たちに視線を向けて会釈をしてくれる。芸能人歴からして、あまり周りが騒がしくなるのを避けているんだろうか。
「姫ちゃん、ちーっす」
「不知火、うぃーっす」
そうでもなかったらしい。
お互いに名前を呼びながら、軽いノリでハイタッチをしている。
「よく電車で来れたね」
「大変だった」
「ええ、そうですね」
切実な表情の黒川さんが大輝君を案内してくれたらしい。電車やモノレールの乗り換えは複雑だろうからな。
それにしても、ここまで芸能人が集まると、さすがに誤魔化しきれなくなる。むしろ変装していることが目立ってきた。
愛久愛海も気づいているようで。
「歩きながら話そう」
「ああ、最前線いけるって信じてるぞ、
そう言って大輝君が肩に手を置くと、『茶化すな』と愛久愛海が冷静にツッコミを入れながら歩き始める。
その恰好といい、彼は愛久愛海に準備物やドルオタの心得を教えてもらったんだろう。
月愛を抱っこしながら、俺もアイと一緒に歩き始める。
「すごい人たちに囲まれて緊張するわ~」
「私もあの子たちのファーストライブで緊張する~」
理由はともかく、どっちも緊張しているということで、寿さんとアイがほんわかと意気投合しているようだ。
アイもファーストライブは緊張したんだろうか。あの頃はあまり本心を見せなかったし、アイ本人もいっぱいいっぱいだっただろうから。
「ところで最前列にどうやって? 並ばなくてよかったの? かなちゃんの人気すごいよ??」
「当然MEMちょも」
「とりあえず落ち着け」
熱くなっている黒川さんと不知火さんを落ち着かせつつ。
こほん、と愛久愛海は咳払いの仕草を見せて話を続けようとする。
「あのステージの各アイドルの持ち時間は20分、そして10分間のインターバルがある」
黒川さんって昔は引っ込み思案だったけど、だいぶ押しが強くなったんだな。
俺たちは愛久愛海の解説を、たくさんの人で賑わっているステージを見ながら聞く。
「全員が同じステージにずっと留まるわけじゃない。午前中にどんな風に人が流れていくかは確認しておいた」
「「「おぉ~」」」
アイや不知火さんや寿さんが感嘆の声を上げた。
もし愛久愛海1人なら朝から最前列をキープしそうだけど、俺たちのことを考えてくれたんだろう。
「信じるといいよ。お兄ちゃんのドルオタ歴は長いからね」
「ああ、僕の得意分野だからな」
月愛が言うように、前世からB小町のファンで、まだ赤ちゃんの頃にも愛久愛海や瑠美衣はサイリウムを振ってアイを応援してくれたしな。
「うぅ、なんだか悔しいな。かなちゃんがアイドルになるってことすら知らなかったし」
一度しょんぼりとした黒川さんは、『見極めてやる』というように真剣な表情を浮かべた。
「MEMちょもビックリ、リアルで見れるし、もっと推せる」
「ルビーちゃんは何となくアイドル志望やろなとは思ってたけどなぁ」
「だな」
同年代の子達もすでに瑠美衣たちを推してくれていて、なんだか俺たちまで嬉しくなる。
ファーストライブまであと少しだ。
「よし、ここで待とう」
そう言って、先導していた愛久愛海が立ち止まった。
多くの観客が様々な色のサイリウムを振っていて、ずっと遠くのステージではアイドルが歌って踊っている。
その光景を見つめながら時間が過ぎるのを、今か今かと待つ。
瑠美衣と かなちゃんとMEMちょのファーストライブを、俺たちも待っていたし、何より本人たちが待ち望んでいたから。
そんなとき。
「店長、このステージっすよね?」
「ああ。2代目B小町のな」
「楽しみすね!」
俺たちと似たことをしようとしているらしく、3人の男性が話しながら集まってきた。
「だんだんと人が増えてきてますね」
「そりゃあB小町っすもん!」
「2代目B小町な」
1人の男性が強調するようにそう訂正した。
「B小町には、アイという伝説的なセンターがいたからこそ、地下アイドルから成り上がったんだぞ」
少し早口な説明だった。
アイが『む~』って表情をしている。
「まあドームに行く頃には、めいめい、たかみー、ニノ、他のみんなも良いパフォーマンスになっていたが」
「ドームの映像は何度も見たっす!」
「現地行きたかったなぁ」
彼の言葉に2人の男性が相づちを打った。
アイも『そうそう』ってニコニコする。
「でも2代目にはMEMちょがいるんすよ。かわいくておもろいんす」
「かなちゃんもいますよ。あのロリっぽさがいいんです!」
彼らの言葉に、他の周りの観客たちも頷いた。
不知火さんや黒川さんは自慢するように、ドヤ顔で頷いている。
「しかもアイの
「あの綺麗な金髪は、ハーフって噂ですよね!」
「あれは父親の遺伝だろう。アイを救ってくれた話がまた伝説になっててな」
どうやらB小町、しかもアイの熱狂的なファンの1人らしい。アイが結婚している話ならともかく、もう数年前なのに、俺のことまで覚えているなんて。
「メンバーの紹介動画、ぴえヨンとのコラボ、確かに可能性は感じている。だが、2代目を名乗るには、やはり歌と踊り、ライブのパフォーマンスを見てこそ」
「楽しみなんすねぇ」
「さすが生粋のドルオタですね」
2代目を名乗っているから期待値は高い。しかもファーストライブが、人気グループも多いステージで大規模だ。
コネってあちこちで言われるだろうけど。
プレッシャーもあるだろうけど。
それでも瑠美衣と かなちゃんとMEMちょは、本当に憧れていたし、本気で挑むし、楽しもうとする気持ちがある。
そんな子たちを応援するべく、俺たちは歩き始める。
「……こうしてステージを見るの、なんだか不思議な気分がする」
とても小さな声でアイが呟いた。
「すごくドキドキして、すっごく楽しみで、ファンのみんなはこんな気持ちだったんだね」
観客としてライブを見るのは、アイにとって初めてのことだ。
しかもそれが瑠美衣のいるグループで、2代目B小町だから。
「幸せだなぁ~~」
B小町を応援してくれたファンがたくさんいたこと。
自分も誰かの支えになれたこと。
そして、娘たちのライブを子どもたちと一緒に見られること。
「ねっ!」
「ああ、本当にな」
そういった思いを振り返りながら、改めて幸福に感じているんだろう。
そんなアイが幸せそうに笑顔を見せてくれることが、俺にとっての幸福の1つでもある。