まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
番外編28 (愛久愛海視点, 東ブレ①)
少しずつ朝晩が冷え込んできた時期だ。
僕と有馬はスタジオまでやってきていた。
ここまで父さんに車で送ってもらい、助手席に座っている母さんと一緒に『いってらっしゃい』って伝えてくれた。2人で『いってきます』って伝えて、そんな何気ないやり取りすらも幸福に思えた。
外はそこそこ風がある。
制服もそうだが、ちょっと
今日は顔合わせと本読みということだが、服装は自由でいいと聞いている。そのため有馬も、都会で見かけそうな可愛い系ファッションなワンピースを着ている。
僕もとりあえず持っている私服で
少し歩いて、スタジオの玄関に入った時。
「アクア君おひさ! 来るの早いね!」
その声に振り向くと、見知った顔が年相応の笑顔を見せていた。
上品な服で髪を伸ばしたらしく、どこか大人びている。
「ああ。久しぶり、黒川」
「黒川あかね……」
秋から別の舞台で主演をやっていて忙しいようだったし、夏のライブで会って以来だな。
有馬はフルネームを低い声で呟いた。
「海外旅行は楽しかったかしらー 黒川あかね?」
「アクア君やみんなと楽しかったよ? かなちゃんとの"競"演は何年ぶりだろうね?」
2人はニコニコと見つめ合っていて、共演を喜んでいると思いたい。
「アクア君とも4ヶ月ぶりの共演で嬉しいな~」
「私たち同じ事務所だものー 現場が同じ時が多いのよねー」
さて、まだ時間がそこそこあるな。
「あれ? アイドルと役者で関係を匂わせていいの?」
「あら? こいつは私たちのマネージャー見習いでもあるのよ?」
ちょうどよく見知った顔が入ってくる。
あまり陽キャに話しかけるのは得意ではないが。
「久しぶりだな、
「………おす」
どうやらガチガチに緊張している表情だった。
『劇は私の本業だから、なんでも頼っていいよ?』『人気マンガの実写化、つまり2.5次元はこっちが本業なんだけど?』って仲良く話している2人のせいでもないだろう。
今回の舞台の規模は凄いのに、僕もかなりの役を貰えているからプレッシャーは感じている。
「トレーニングしているのか?」
「あ、ああ。でもなんで」
この数ヶ月で体付きがよくなっているからだ。舞台に出演するにあたって、以前よりも体力がついていると思う。
「見れば分かる。僕も筋トレは趣味だからな」
「相変わらず、なんかすげぇな」
少し表情が柔らかくなった。
同年代の知り合いがいると分かれば、少しは気が楽だろう。
ほら、いくら天才役者と呼ばれている2人も、『鞘姫と刀鬼って恋人設定だったんだよね。今後どうなるのかな?』『あらー? ちゃんと読んでる? つるぎと刀鬼のカップリングが人気なのよ?』って、年頃の女子たちとしてマンガについて語り合っている。
そして、笑顔でこっちを見てくる。
僕たちまでカップリング論争に巻き込む気か。
「有馬… さんお久しぶりです。それと黒川さん、はじめまして」
鳴嶋は丁寧なお辞儀で挨拶をした。
「久しぶりね」
「はじめまして、鳴嶋君」
黒川が知っているのは、『今日あま』を見たからだろうな。まあこの子なら、興味本位で共演者の全員を徹底的に調べ上げることもできるだろうが。
「それなりに芸能界に
「私も普段通りでいいからね」
「いや、その……」
もしSNSでエゴサとやらをしていれば、そういう評価をだいぶ気にしているんだろうな。後悔するほどに落ち込んだり、映像を見返して反省したり、共演者の輝きで自信をなくしたり。
「あの時の演技は… 言い訳もするつもりはなくて……」
それでも僕たち役者は、『演技で見返すから』って鳴嶋のような結論に至る。
「前よりかはマシになってると思う。だから、もし駄目なとこあったら遠慮なく言ってくれ」
練習を続けて、知識をつけて、努力する天才たちに食らいつくしかない。
鳴嶋もすっかり役者の表情をするようになったな。
「まったく、あんたねぇー 勘違いしないでほしいのは」
有馬はそう言いながら、鳴嶋に近づき始める。
しっかりとその瞳を見つめて。
「あの時も台本覚えてきてて、私の演技に付いてこれた。この私が評価してあげたんだから、自信を持ちなさい」
鳴嶋のおでこに、有馬は人差し指をチョンと当てる。
「今回も期待してるわよ、メルト」
「……ああ、よろしくな!」
鳴嶋には、陽キャのイケメンスマイルがよく似合う。
せっかくの仲間なんだ。
若手役者同士、仲良く挨拶回りをしようか。
「よしっ、道場破りに行くとするか」
「打倒、黒川あかねのいる劇団ララライね」
「えっと、ソニックステージの力を見せつけてやる!」
「なら、私たちは受けて立つよ」
こういうのはノリだな。
こっちは舞台が初めてだから、それくらいの気概で挑ませてもらう。
☆☆☆
続々と、今回の共演者が集まっていく。
僕たちは顔合わせが始まる前に、1人1人に挨拶をしていくが、みたのりおさんといい、劇団ララライの役者の中でも有名どころがほとんど集まっているな。
人気脚本家のGOAさんも来て下さっていて、しかも原作は大人気漫画の『東京ブレイド』で、今回の舞台はかなり気合が入っているようだ。
予定時間の15分前ほどに入ってきたのは鴨志田
そして、10分前に入室してきたのは3人だ。
1人は雷田さん、今回の総合責任者をしてくれている。陽気でフレンドリーな人で、鏑木さんとも知り合いらしい。
金田一さんとは昔に1度会ったことがあるが、劇団ララライの代表で、今となっては演出家としての大御所となっている。
真剣な表情で、台本を読みながら入ってくるのが今回の主演で。
「あれが姫川さん……」
「姫川大輝……」
鳴嶋も、有馬も、息をのむ。
19歳で劇団ララライの看板役者であり、月9の主演を担っていて、しかも帝国演劇賞で最優秀賞に輝いた人だ。
そんな彼が僕たちに向かって歩いてきた。
やがて、台本を一度閉じた。
「よっ」
まるで写真を撮る時かのように、姫川さんはピースで笑顔を見せる。
「「
「おっす、
「茶化すな」
僕は『ドルオタとしてだからな?』って周りに伝えておく。
鳴嶋は意外そうな表情を見せていた。
「ふふっ、気合が入ってますね」
「まあな」
姫川さんのモチベが上がっている理由は、黒川の予想通りなんだろう。
こんな風に普段の姫川さんは相変わらずマイペースな人だが、さっきまで見せていた表情のように、いざ演技となれば若手の中では最上位の実力者だろう。
しかも前回と違って彼が最も得意とする本業だ。
こんな大舞台で再び、"競"演できるなんてな。
『東京ブレイド』はいくつかのチームが抗争を繰り広げ、いつしか互いに友情や愛情を深めていく、そんな王道バトルマンガだ。
主人公側の新宿クラスタには、姫川さんと有馬と鳴嶋など。
敵側の渋谷クラスタには、僕と黒川と鴨志田さんなどが、それぞれ所属している。
今回の劇はこの2チームが戦う『渋谷抗争編』を柱にシナリオが展開する。
「フフフ、かなちゃんとの共演が楽しみだな~」
本人の前じゃないと、共演をすごく嬉しがっている黒川だが。
問題は、想像していた以上に台詞の量が多い。
台本は全部覚えてきたが、いかに感情演技を乗せられるかどうか。
「アクア君、どうかした?」
「いや、大丈夫だ。今は演技を見よう」
劇団ララライにはレクリエーションのようなものはない。
1ヶ月ほどの稽古にあたって厳密なスケジュールもなく、演出家の金田一さんが的確に指示を出す。
顔合わせからすぐに本読みに移って、そして金田一さんに呼び出されたことで、姫川さんや有馬が早速
昔に参加したワークショップで、母さんと父さんの演技を最初に見せられた時のようで、ちょっと胸の奥がチクチクとした。
共演するシーンの多い女性役者たちに絡まれていた鳴嶋も、真剣な表情で座り込んでメモとペンを取り出している。
「そだ、ライブよかったぞ」
「ありがと。でもあんたにとっては脇役なんでしょう」
有馬は丸めた台本で、トントンと自分の肩を叩く。
「いや、そんなことは」
「決めたわ。この舞台で、あんたたちやあいつらに見せつけてやる」
有馬は挑戦的な笑みを浮かべる。
ぐるりと見渡しながら。
僕や黒川を見ながら一瞬止まって。
目の前の姫川さんすらも超えてやるって。
「この私が、1番輝けるってことをね」
「へぇ、俺も全力が出せそうか」
2人の役者たちのスイッチが入ると、まるで世界の色が変わったようだった。
姫川さんの『楽しもうぜ』という執着が、有馬の『私を見ろ』っていう輝きが、魂にまで訴えかけてくる。
始まるぞ。
「ウチは剣主の1人、つるぎ様だ! その刀は田舎侍に過ぎた
そう言って少女は男に臆することなく、刀を向ける。
「さぁ! その盟刀を捨てて逃げるか、私と戦うか、選びなッ!!」
挑戦的な笑みを浮かべた男も、刀を向けた。
「なら、強いほうが刀の相棒になる。それでどうだッ!!」
「はんっ! 私と
刀がぶつかり合う。
小柄な有馬は、
高身長の姫川さんは、静かに狙い澄ました一撃を入れようとする。
初めて共演するだろうに、ほとんど顔を見ないで、息がぴったりだ。
そこそこの台詞量なのに、勢いが途切れることなく聞き取りやすい。1つ1つの所作に感情が乗っていて、まるで情報の塊に思える。やはり動きで魅せる演技のレベルが最高峰な姫川さん、そんな彼に有馬がほぼ対等に付いていけている。
「かなちゃん… 舞台はじめてなのに……
自信…覚悟… アイドルやって何か掴んだの…?」
素早くペンを動かしながら、真剣な表情で黒川が考察を始める。
母さんが何年も
しかもオファーが決まってから数ヶ月、恐らくあいつは武道の動きを学び、そこそこ戦い慣れている様子すら見せている。
「あいつの独学も多いだろうが、有馬には先生が2人いるからな」
「2人って…… そうか!」
今回のオファーが分かってから、時間はたっぷりとあった。
母さんの側には基本的に父さんがいる。
アイドルのレッスンの合間に、練習相手として頼んだのだろう。
「星野アイさんと栗栖さん、たった1度きりの演技だったけど、目に焼き付いてる」
僕も戦い方を教えてもらう機会があるけど、いまだ父さんの本気を見たことはない。
厳密には、見えないと言うべきか。ストーカーが襲ってきた時、僕たちが瞬きをしている間に駆けつけて、母さんを守り通してくれた。
「有馬のやつ、稽古の前から仕上げてきたぞ」
「ドキドキしてきたよ。かなちゃんは昔よりもっとすごくなった」
負けずぎらいで、有馬へのライバル意識が強いらしい。
ニヤニヤと笑いながらペンを動かし続けている。
僕と黒川がタッグで、姫川さんと有馬と競うシーンが、舞台のクライマックスにある。この舞台において、現時点で黒川や有馬の演技力は恐らく互角だが。
僕が姫川さんとほぼ対等に目立たなければ、黒川は全力を出すことすらできない。
「このままじゃ負ける… 大差で……」
こんな努力家な天才たちの中で、どう戦っていけばいい。
いや、まだまだ使える武器を全部使いきっていないんだ。
姫川さんにも、有馬にも、黒川にも、誰にも。
「負けてたまるか」
僕も、どうしようもなく頬が緩んでしまう。