まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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番外編29 (愛久愛海視点, 東ブレ②)

 

 学校に通ったり、放課後から夜にかけて稽古をしたり。

 顔合わせから数日が経過したが。

 

 僕たちはどうにも()りづらいと感じていた。

 

 理由はいくつかある。

 まず、本読み段階から感じていたが、1度の台詞が多い。

 

 動きつつ仕草を交えながら、聞き取りやすく伝えるのはなかなかに至難の技だ。舞台に慣れていない僕や鳴嶋が実力不足が目立ってしまっている。それに、主役の姫川さんは途方もない量で、暇さえあれば常に脚本を読み込んでいた。

 

 そしてもう1つの理由は。

 

「なんだか解釈違いだよ……」

「原作からだいぶカットされてるしな」

 

 舞台慣れをしているはずの黒川も本領を発揮できていないことだ。漫画の鞘姫は本来、内気で戦うことに葛藤を抱いている。それが劇の尺を省略するためか、好戦的な性格に置き換わっていた。

 

 黒川本人だけでなく、原作を読み込んできた人たちが困惑しているが、役者としては脚本家や演出家に従うのが基本だ。

 

 ただ、このまま疑念を残していても、有馬や姫川さんたちと差をつけられるだけだろう。

 

「まだどうにかなる段階だな」

「えっ、アクア君まさか?」

 

 『今日あま』のドラマの時は時間もなく、無茶ぶりも多かったが。

 

「すみません、脚本について質問してよろしいでしょうか。演出の金田一さんの意見も踏まえてお伺いできたら」

 

 こういうのは素直に聞くべきだ。

 医大の時も質問しなければ分からないことだらけだった。

 

 そわそわとしている黒川も付いてきていて、優しそうなGOAさんはともかく、強面(こわもて)な金田一さんに緊張しているのだろうか。

 

「なにかな?」

「おう、言ってみろ」

 

 だってあの姫川さんのお父さんで、しかも僕の母さんと仲の良い人だぞ。

 よほど失礼でもなければ、真摯に教えてくれるはずだ。

 

「僕も感じていることですが」

「鞘姫のキャラクターについて… なのですが、原作よりも…」

 

 僕の言葉に続けて、黒川が勇気を出して質問してくれた。

 

「そう、だね……原作よりも好戦的な性格にしたからね…」

 

 どうやらGOAさんも悩んだところだったらしい。

 彼は親切に詳しく話してくれた。

 

 鞘姫の葛藤を演劇に取り入れた場合、尺を取りすぎてしまう。漫画ではコマ1つで伝えられた表情であっても、舞台で遠い席のお客様までじっくりと伝えるには、相応の長い時間が必要になる。

 鞘姫が目立てば、他のキャラが目立たなくなるということ。

 

「全てを原作通りにするなら、脚本家という職業は要らない。盛り上げるところをしっかり定めて、そのために要素を取捨選択していく」

 

 そこまでは真剣な表情で語り。

 『いわゆる汚れ役って思ってるよ、僕の仕事は』と苦笑いした。

 

「引っかかってる部分があるなら、今からでも少しくらいなら直すけど……」

 

 そんな貼り付けたような苦笑いを続ける。

 1人のキャラクター性を変えるだけでも、積み木が崩れるように、大幅な修正が必要になるだろう。

 

「役者を甘やかすな。今回のメインはバトルだと決まったんだ」

 

 金田一さんが演出家の立場として、僕たちにきっぱりと告げる。

 新宿クラスタと渋谷クラスタの対立構造を明確化し、魅せたい部分を魅せるために、鞘姫の取捨選択は必要な判断だったと。

 

「黒川、この劇においてお前の役割は、人物の深さを魅せることじゃない。人物たちの対立を分かりやすく明示する舞台装置としての説得力だ」

 

 役者全員を統括する演出家として、頭を下げることはできないが、『今回は脇役なんだ』と伝えているようだった。

 

「……はい。ご教授いただきありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 役者として納得はできるが、やるせない気持ちだな。

 僕ですら、鞘姫というキャラクターがかわいそうに思える。

 

 黒川も自分の演じるキャラに感情移入するタイプだから、ますます感じるはずだ。

 

「まったく」

 

 ゆっくりと、稽古に戻ろうとする僕たちの前に、有馬が堂々とした仕草で現れた。

 

「しんみりしちゃって、そんなんじゃ張り合いがないんだけど」

「心配してくれてるの? 大丈夫だよ、バトルは本気で()るから」

 

 有馬に対抗するように、黒川はすぐにこの脚本通りのキャラ作りを模索し始めている。

 あの子なら数日のうちには掴めるだろうし、それができると信じて、金田一さんもその役に起用したのだろう。

 

 僕も刀鬼というキャラクターとして、黒川が演じる鞘姫を見て理解を深めようとしていたとき。

 

「なぁ、この漢字、なんて読むんだっけ?」

 

 姫川さんは相変わらずマイペースだな。脚本はしっかりと読み込まれていて、付箋とフリガナだらけだな。

 

 黒川はいくつかのパターンを演じてみて、それを有馬が批評する。

 そんな様子を見ながら僕たちも共演シーンの読み合いをしていると。

 

「お前たち、一旦集合だ」

「「「はい!」」」

 

 金田一さんが全員集合の合図を出した。

 

 どうやらスペシャルゲストが来てくれたようだ。

 東京ブレイドの作者の先生、だいぶお若いんだな。

 

 それに、見知った顔もいた。

 

「こちらが作者のアビ子先生! ……と付き添いの吉祥寺と申します」

 

 『今日あま』の作者である吉祥寺先生は、漫画家仲間なのだろう。僕や有馬と目が合うと、嬉しそうに軽く手を振ってくれた。鳴嶋ともお互い、ぺこりと頭を下げていた。

 

「イケメンと美少女がいっぱい……」

「気持ちは分かるけどね……」

 

 小柄なアビ子先生はまるで人見知りな子どものように、吉祥寺先生の後ろに隠れたままだ。

 

「さぁさぁ、ごゆっくり見学なさってください」

 

 簡易的な椅子で申し訳なさそうだが、2人には座ってもらっている。

 

「お前たち、再開するぞ」

「「「はい!」」」

 

 金田一さんの号令で、僕たちは声を出して頷いた。

 

 原作者のアビコ先生が見てくれているんだ。

 気合を入れ直さないとな。

 

 引き続き、僕は姫川さんと台詞を読み合ったり、木刀を用いて軽く動きながら演技をしたり。

 

 脚本通りの鞘姫として戦闘狂になっているせいなのか、黒川が嬉々として攻撃を仕掛け、それを楽しんでいる有馬が反撃していたり。

 

 あいつらに見習って、僕や姫川さんも本格的に()ろうとしたとき。

 

「ぜ……全部って!? この脚本の全部ですか!?」

 

 なんだか向こうが騒がしくなってきたため、僕たちは再び稽古を中断した。

 

 アビコ先生はこの脚本がお気に召さなかったようで、雷田さんやGOAさんだけでなく、編集者さんも揃って、どうにか(なだ)めようとしている。

 腕を組んでいる金田一さんが口を挟むことができないなら、僕たちはもっとどうにかできる立場ではないが。

 

「あれはマズいな」

「黒川が抱いていたような疑念を、アビコ先生も感じたようだ」

 

 自分の作り上げたキャラクターを、我が子のように愛しているタイプに思われる。原作を読んだだけの僕だって、特に鞘姫はこんなキャラだっただろうかと思うほどだ。

 単純明快な思考のつるぎも、どこか説明口調になっていたし。

 

「ちゃぶ台返しかしら」

「全部修正って… あと1か月しかないのに……」

 

 黒川の言う通り、ただでさえ短いスケジュールで稽古は行われている。例えば僕たちは学校、姫川さんはドラマ撮影などなど、毎日は稽古に来れない役者も多い。

 

「事前に何とかしておいてくれよ」

 

 脚本を強く握りしめた姫川さんのように、役者全員がこの舞台に真剣に取り組んでいる。今後どうなるか不安にも思い、行き場のない感情が湧いてくるのも仕方のないことだろう。

 

「2.5はよくトラブるし、時間かかるんだよねー、大人たちで伝言ゲームっていうかさ」

 

 鴨志田さんは黒川や有馬に距離を詰めながら、教えようとしているようだ。

 

「私も聞いたことがあるわ。原作者と脚本家の間には多くの人が仲介して、やっとメディアリミックスができる。それが売れっこ同士なら尚更にね」

 

 例えば、あの編集者さんがそうだろうな。

 他にも雷田さんも実際にゴマすりをしているし。

 

「そうそう、詳しいじゃん。さすがは天才役者の有馬かなちゃんだ」

 

 褒められて、ふふんと胸を張るのはいいが。

 

「『今日あま』の時は、企画側の意向が強く反映されていたが」

「アビコ先生は、譲歩をしない人みたいだよね」

 

 そう言いながら、僕と黒川で割って入った。

 有馬って意外とチョロいんだよな。

 

「……とりあえず、役者組は解散だ」

 

 姫川さんは金田一さんの合図を()み取ったらしい。

 

「ん」

 

 彼が親指で合図をして、他の役者たちも自分の荷物をまとめ始める。

 

 彼を先頭にして僕たちは廊下に出た。

 稽古場よりひんやりとしていて、どこか空気も心地よく感じる。

 

「なんだか大変なことになっちゃったね」

「原作者の許可ないと、勝手にやることもできないからなー」

「偉い人たちに任せるしかないってことよね」

「そう...だね...」

 

 女性陣がそう話していて、ここにいる全員が似た気持ちと分かって、少しは気が楽になってくる気がする。

 

「……まっ、何とかするだろ」

 

 立ち止まって扉の方向を見ていた姫川さんも、こちらへ振り返り、リラックスした表情を見せた。

 

「行きたいやつで、(めし)食いにいかね?」

「おっ、飲みに行くんすか? 良いバーとかご存じで?」

 

 鴨志田さんはともかく、姫川さんってまだギリギリ未成年じゃなかったか。

 もしそういう店の常連だったら、ルビーの兄として不安なのだが。

 

「……鉄板焼き行くから、飲みたかったら飲めばいい」

 

 姫川さんはそう言って、僕とすれ違いざまに『最近は行ってないから怖い顔するな』って告げてくる。

 

「お肉食べれる?」

「私も行きます」

 

 食いしん坊な有馬が釣られて、黒川も意外とノリ気だし、僕も家族ラインに連絡しておくか。元々はまだまだ稽古の時間だったから、父さんに迎えに来てもらう時間よりだいぶ早い。

 

「メルト君も来る?」

「はい、そのつもりです」

 

 化野(あだしの)さんに誘われて、ドキッとしている様子で鳴嶋も頷いた。

 

「アクア君、またあとでね」

「ちょっ、あんたねぇ!」

 

 黒川と有馬が仲良くじゃれ合いつつ、女性陣は更衣室に向かっていった。

 

 僕たちも着替えて合流だな。

 

「おいおい、鳴嶋はいつの間にララライの子と仲良くなったんだよ。それで、アクアはどっちと付き合ってんの?」

「いや、別にそういうんじゃ……」

「どちらとも付き合っていませんが」

 

 鴨志田さんという陽キャの腕が首に回され、鳴嶋や僕は絡まれ始めてしまった。

 僕はともかく、鳴嶋はあまり恋愛関係の話は苦手そうにしているのが意外だな。

 

「立ち話もなんだ、さっさと行こうぜ」

「我々大人組で割り勘にしましょうか」

「おおっ、太っ腹っす!」

 

 ララライの人たちが助け舟を出してくれた。

 

「俺も未成年だけど、奢ってくれるのか?」

「ご冗談を」

 

 姫川さんのお茶目な提案を却下し、みたのりおさんは眼鏡をクイクイとさせながら歩いていく。他の人たちもどんどん歩いていって、鴨志田さんも話を掘り起こしはしないらしい。

 

「僕たちも行こう」

「……ああ」

 

 脚本の問題もありつつ、僕や鳴嶋はこのメンバーの中で実力不足を感じていて、お互い前途多難だな。

 

 それでも、ルビーがアイドルとして輝いたように、僕もみんなに最高の演技を見てほしい。

 残り期間でできることを増やしていくしかないし、どうにかアビコ先生も気に入る脚本になればいいんだが。

 

 

 

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