まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
第0話(近況報告)
中学を卒業し、俺は高校へ入学した。
そしてアイは本格的にアイドルに専念するようになった。
アイの輝きはますます磨きがかっているため、あちこち呼ばれてライブの頻度も多くなった。中学生にして同級生のアイドルの追っかけは世間的にどうなのかと思うけど、俺の両親は余裕があるくらいにお小遣いをくれるほど心の広い人たちだ。
いつまでもおんぶにだっこはあれなので、高校生になってアルバイトを始めた。何かをゼロから創作するより、マニュアルの範囲内で臨機応変に働くというのが意外と性に合っていたため、シフトもがっつり入れて良い稼ぎにはなっている。
音楽関係だけでなく、モデルや食レポのお仕事、そんな人気上昇中のアイの稼ぎと比べれば、俺はその半分にも満たないだろう。
お互い別々の場所でどんどん忙しくはなっているけど、アイとの関係も続いている。たとえ会えない日であっても、夜から朝にかけて寝落ち通話をして『おやすみ』や『おはよう』を言い合うだけでも、幸せという感情が溢れてくる。
それでも。
「クリス君、久しぶり!」
「ああ、久しぶりだな」
やはり会えた時には、こんな風にスキンシップをしたくなる。社会に関わるようになって、社交辞令的に話す人も多くなったけど、俺にとってアイは特別に思える。
モコモコな上着と、ロングスカート、以前にも増して大人びたファッションを好むようになっている。似合っていて、でも背伸びしてるなとも思う。それがアイの意志ならいいんだけども。
「おちつくなぁ~」
「今日もお疲れ様、練習だった?」
俺も、アイからかなり重めの好意を持たれていることには気づいている。
でもアイが想いを明確な言葉にしてこないのは、たぶん曖昧な愛情のまま『愛してる』と言い出したくないのだろう。まるでスープのようにグツグツと煮込んでいる最中だと思っている。
お互い恋愛観は拗らせてるのかもしれないが、まぁそれが俺やアイだからいいじゃないか。
「そー、ワークショップ? 劇団ラララ?
「たくさんの人と、それなりに関わることになるな」
一言二言であればずっと楽だろう。しかし学校の授業にもあるように、小グループを作ってちょっとした会議みたいに、テーマに基づいて意見を話し合うとなると。
「良さげな人たちか? 何かイヤなことがあったら斉藤さんやミヤコさんに言うんだぞ?」
アイドルの仕事は充実しているようだけど、ストレスも貯め込みがちなので愚痴を吐き出させつつ、彼女の身体を洗面所まで運んでおく。
「は~い! クリス君ったら、私のことが心配で仕方がないんだね☆」
「ああ。やっぱり過保護か?」
そう聞くと『そうなの?』って返ってきたから、これくらい重い感情のほうがアイにとって心地いいんだろう。
中学3年になる前には、B小町メンバーの数人から『いじめ』もあったから心配にもなる。その時は本気で苺プロへ殴り込みに行こうかと思ったくらいだ。
そんな時でさえ、アイは涙を全く見せずに我慢していたしな。
「それでワークショップだと、本職の役者さんもたくさん?」
「ん! ほとんどのみんな良さげな人だし、金田一オジサンとか面白い人もいるよ?」
アイが名前をたぶん正確に覚えて、しかも親しみを持っているのは、よほど凄い人だと予想できる。というか劇団ララライとなると、確か最近かなり話題のところだったはずだ。
「少しオジサンの演技を参考にしてみたら、みーんな驚いてたね」
「さすがだな」
なんだかその凄そうなワークショップのメンバーですら、アイの輝きによって焼き焦がされてそうだな。誰かが自信なくさないといいけど。
「でも長くなりそうな舞台誘われても、ちょっと困るんだよね。あきらめてくれないかな~」
いろいろな番組に出ているけど、目標に向けて、アイドルの延長線でやっているところはあるようだ。
本人はMVみたいなものと言っていても、食レポの料理やCMの商品より、ずっと目立つのがこの女の子だ。SNSの反応を軽く見る限り『広告塔』としては完璧で究極だろう。
「舞台よりさ、ちょっとしたドラマとか出て、高校の制服着てみたいし ……あっ通販で買っておけば、いつか使えそうかも♪」
今は目的のためにもアイドルに集中したいということ、で合っているのか?
あれ、なんだか『使える』とか言っていたが、正しくは『着る』のではないのか?
ソファに彼女の身体を座らせて、俺は一度キッチンへ向かう。
「そうそう、同じくらいの年で張り合ってきた金髪男子もいて、なんだろう、ああいうのがライバル? 宿敵?」
他のアイドルでさえあまりそういう対象として見た様子がないから、その金髪男子も凄い人なのだろう。『張り合ってきた』という言葉からすれば、向こうにライバル意識があるのかもしれないけど。
「カミキヒ君… だっけ? まあなんでもいいや」
演技でアイと並んでも輝ける同年代は、世間的にお似合いかもな。
「あっ、別に何もないからね? 何度かご飯誘われるけど、いつも断ってるからさ。……えっと、ごめんね?」
手が止まっていて、表情にも出ていただろうか。
まさか年甲斐もなく年下の男子に嫉妬するなんてな。
「ホントごめんね、
「……まあ少し」
気にしてない、というのは嘘になるからな。
「私は浮気しません、約束しよ?」
「ああ。俺も浮気しない、約束だな」
俺たちって、仲直りがホント早いよな。
ギクシャクした間は話せなくなるのイヤだしな。
優しくほほえんでいるアイは、ぽんぽんと音を立てないくらいにソファの隣を叩いている。いろいろとテーブルに運び終わったので、俺はそこへ座り片腕で抱える様に彼女を引き寄せる。
まるでガラス細工の花瓶を持つように、優しく。
「こうやってギュ~ってするの、クリス君だけだから」
「そう言ってくれると嬉しいな」
最近、俺からも独占欲がでてきてヤバいかもな。
どんどん輝きを増す宝石を手放したくない感じ。
お互いの息づかいの音が心地いい。
「ねぇクリス君……月が綺麗……だよね?」
さて、どう返したものか。
「………分かってくれるか! だって、今日の星空指数めっちゃ高いからな! 十五夜でこの数値出ちゃったらお月見するっきゃないよな! 今年は究極の中秋の名月だぞ!」
とりあえず誰かさんを真似るように、親指をグッと立てて力説した。
『そだねー』ってアイは頷いてくれて、テーブルのお月見団子へ手を伸ばしてくれている。
「んー、うまうま~」
「そうか。 ところでそろそろ20時だから南東方向、これから1番月が綺麗に見える頃合いだな」
『ほへー』ってアイは相槌を打ってくれて、急須から注いで緑茶を飲んでくれている。
申し訳ないが、俺は望遠鏡の最終調整をしなければならないからな。まあそれと並行してちゃんと返事を考えるけどさ。
「今日もペガススの四辺形が見えているな、とはいえ1番明るい星はアンドロメダ座に属しているのが面白いよな」
「ペガサス見えるの? どれどれ~?」
いつの間にかウサ耳のカチューシャを身に着けているアイが隣にやってくる。
近所のお兄さんが引っ越す際に、使い込まれた天体観測道具をいくらか分けてもらって、なぜかその中に混じっていた物だ。決して俺が購入した物ではないけど、アイは可愛い。
風もないのにウサ耳がぴょこぴょこと動いているのは気のせいだろう、漫画の世界じゃあるまいし。
「よしっ、なら説明しようか!」
「はぇ~~!?」
アイを再びソファに座らせて、彼女の可愛らしい頭を抱え込む。
そして小顔の真横で、俺は指で見るべき方向を示していく。
「よーく見てろよ?」
「うん、見てるね?」
分かりやすくアンドロメダ座から説明して、その隣同士の星座としてぺガスス座を紹介する。
そうして、この2つの星座に属する中でも明るい星を結ぶように選び、ペガススの四辺形や秋の大四辺形と言われているわけだ。2つの星座が隣り合って、まるで繋がっているみたいだな。
「う~~、う~~」
「おっ、20時になったか。やっぱ今日の星空指数高いな」
本当に、綺麗で可愛らしいな。
かなり大人びてきた。
それにしても、『月が綺麗ですね』か。
かの夏目漱石が、英語の『愛している』を日本文学的なニュアンスで訳した言葉だな。そして、様々な説があるが、その返しとして代表的なのは『死んでもいいわ』
もし俺が『月が綺麗ですね』と正解を言ったとして。
『死んでもいいわ』と返事がくるかもしれない?
そんな不安からとても寒気を感じた。
こんなにも温かいアイがいなくなってしまうなんて、たとえそれが嘘や冗談であっても受け入れるものか。逆に、俺がアイを守る戦いの中で死ぬわけにもいかない。
でも、本当の愛を求め続けている女の子が、『私はキミを愛してる?』と尋ねてきたんだ。普段の生活やアイドルの仕事を通して、この3年でかなり前へ進んだようだ。
ならば、俺もはぐらかすことなく、ちゃんと向き合うべきか。
「かぐや姫は読んだことあるか?」
「うん、なんとなくだけど……?」
それでいい。
そんなに複雑じゃない話だしな。
「もし愛する人を残して、どこかへ連れ去らされる女の子がいたら……」
俺は夜空の星に向かって、手のひらを伸ばす。
「俺なら全力で守り通す。ずっと側にいて幸せにしてやる」
そんな風に、彼女からの『愛してる?』に
俺からの『愛してる』で返事をした。
アイの16歳の誕生日まであと3ヶ月だ。