まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
脚本が白紙に戻る可能性があったが、早くも稽古は再開となる。
アビ子先生とGOAさんを中心に、たった数日で前回の脚本を修正し、完成版まで仕上げてくれた。
急遽スケジュールをそこに注力することになったため、お二人は別の仕事に追われているらしく、このまま舞台の初日まで来れないだろうとも言われている。
でも、すれ違いによって起きていた問題は解消され、しっかりとバトンを繋いでくれた。
力を貸してくれた吉祥寺先生や母さんと父さんだけでなく、ルビーたちも舞台を楽しみに待ってくれている。
だから、あとは僕たち次第なんだけどな。
「なんだこれ… むしろセリフが減りすぎだろ…」
鳴嶋の言う通り、一目で脚本の変化が分かった。
説明じみた台詞が削られて、基本的に僕たちの『動き』や『表情』でどうにかしなければならないところが多い。
「しかも鴨志田さんが演じる
主人公であるブレイドが登場しないシーンもだいぶ増えている。
そのため、キザミが主役級の見せ場も追加された。有馬や姫川さんがフォローできるシーンでもないし、鴨志田さんは2.5次元におけるプロの役者で、あの性格からして容赦はしないだろうな。
「役者の演技に全投げ、とんでもないキラーパスね…」
有馬ですら冷や汗をかいていて、今まで以上に脚本サイドからの期待を感じてくる。
彼女が演じるツルギは、主人公のブレイドの相棒枠でもあるから、演じる難易度が前回の数倍になっているだろう。
「いいね、これくらいシンプルなほうが好みだ」
「GOAさんらしい脚本っすね」
「役者は身体で表現してこそだよ」
「セリフより動きに集中できそうだね」
「また連日ハードになるぞ」
姫川さんたち劇団ララライ組は、
1度撮影すればいい映像とは違って、舞台は何日も続く。
特に有馬の体力が持つといいが。
「うんうん、鞘姫の解釈一致してきた!」
「フッ、出番が増えたか。ここの真のトップが誰か証明するチャンスが来た」
前回の脚本では引き立て役だったが、鞘姫たちも一気に見せ場が増えた。彼女たちの実力とライバル意識を考えれば、それぞれの見せ場を使って、本気で主役級くらいに輝こうとしてくる。
今までと違って、主人公以外も目立っていいとゴーサインが出ている。
キャラクターの性格に合っているなら、アドリブもよし、どのキャラも我が子のように愛しているアビ子先生らしさもある脚本だった。
「まっ、俺が1番強いけどな」
それでも姫川さんは、僕たち全員に挑戦状を叩きつけるかのように、ブレイドを演じている時の声を響かせた。
「足をすくわれないといいですね、ブレイド」
どんなバラエティ番組でも冷静沈着な みたのりおさんも、彼に対しては熱くなっているようだ。
「これでハンデはなくなったよ、かなちゃん?」
「あらあら好戦的ねー 鞘姫らしくないわよー?」
黒川や有馬も相変わらずだ。
やっぱり有馬は凄いな。
舞台は初めてなのに、ちゃんと勝つつもりでいる。
僕も負けていられないな。
「マジかぁ… 本番まで3週間もないのによぉ……」
「ああ、お互いに課題は多い。だから間に合わせるぞ」
そう言いながら脚本を読み込んでいる僕たちに、2人の女性が近づいてきた。
「2人とも頑張り屋だから大丈夫でしょ!」
「メルトは最初ちょっとどうかと思ったけどね!」
そう言われてしまった鳴嶋は困った表情を見せるが、心の中だと悔しいだろうな。
『も~ こゆきったら』って
「ごめんごめん。今はメルトも上手くなってきてるから! もちろんアクア君も!」
「どうも」
「ど、どうも…?」
やはり鳴嶋は、年上の女性と話すのは得意じゃないのだろうか。
学年が1つ上の有馬や黒川とは平気そうなんだけどな。
「アクア君、早速共演シーンで試していい?」
「ん、ああ、そうしようか」
新しい脚本で、黒川との共演シーンがいくつも増えた。
それも、とびきりの感情演技が必要な場面だ。
「新宿クラスタで集まるわよ~!」
「はーい!」
「メルト君、行こっか!」
「は、はい!」
劇団ララライ以外、いわゆる僕たち鏑木組でありながら、向こうで有馬がすっかりまとめ役になっている。姫川さんがマイペースな人だから、その分あいつが仕切っているんだろうな。
「おっと、先を越されたか。あとで鳴嶋は貸してくれる?」
「いいわよ。そっちもタイマンがあるでしょうからね」
鴨志田さんにも呼ばれていて、だいぶ鳴嶋も重要度が上がってしまっている。前回までの脚本だと、主人公が関わらないシーンはいろいろカットされていたんだけどな。
「タイマンって言い方、面白い子だねー」
「そうかしら? さ、行くわよ」
鴨志田さんに対する有馬のそっけない反応に、僕はどこか安心しながら脚本をめくる。
「じゃあ、こっちも始めよっか!」
「ああ、そうだな」
そこからは黒川主体で合わせていった。
物語の序盤、刀鬼は鞘姫の護衛役として登場する。
彼は鞘姫のために命を捧げる覚悟があり、彼女を守り通すことを己の使命としているようなキャラクターだ。
鞘姫の懐刀であり、己は道具でしかない。
人間味がなく、感情や意思をほとんど見せない。
だが心の中では、女性は守る対象であり戦場に立つべきではないという考えを持っているし、戦いを好まない鞘姫の考えに賛同している。
今回もツルギと戦うことは積極的ではないし、物語が進んでからもよく言い争って、そっちのカップリングがファンの中で人気なんだが。
それでも、彼が最も愛してる女性は鞘姫だと僕は断言する。
彼女を守るために、死闘を何度も経験してきた。
ブレイドたちも領土を侵略しにきたんだろうと、本気で戦いを挑む。
しかし、『戦いの
刀鬼は、鞘姫を守り通せなかった。
どんどん冷たくなっていくだろう手のひらを握る。
機械的に戦っている彼が、これをきっかけに心の底からの感情を見せる。
『大切な人を失って、怒りと悲しみに駆られる』
絶望して
悔しくて、悲しくて
無力な己が
そんな彼の激情を、僕は演技で再現できるのだろうか。
及第点だと言われ続けてきた程度の感情演技なのに。
過去に誰かが演じている姿を参考にしただけの、見本通りの演技にすぎない。
僕ですら『普通だ』って思うんだから、見ている人はもっと感じるだろう。
「アクア君?」
「……クライマックスも確認しておこう」
刀鬼はブレイドに敗れ、新宿クラスタと渋谷クラスタの戦いは終わる。
『鞘姫は奇跡的に目覚めることができた』
まさしく、夢のような奇跡だろう。
温かさを取り戻していく手のひらを握る。
不安からの解放
強い喜びと希望
マンガの1コマを思い出しながら、その表情を再現する。それに、幸せな感情を引き出して、嬉し涙を流すこともできる。
ここの感情演技はまだ何とかなりそうだ。
10秒ってほど早くは泣けないけどな。
こうして一通り確認し終わったが、黒川は少し考え込む表情を見せていた。
当然だろう、この子の本気の演技に僕が付いていけていないんだ。このまま本番を迎えると、クライマックスがイマイチに終わってしまう。
あちこちで稽古の様子を見ていた金田一さんも、厳しい表情で近づいてきた。
「刀鬼、そこがお前の1番の見せ場のはずだ。後半は及第点だが、前半はもっと改善するんだ」
低い声でそう指摘される。
僕は深く頷いた。
「分かっているだろうが、本気で感情をひねり出せ」
「……はい!」
まるで空気が震えたようで、激情をぶつけられた感覚だった。
さすが、あの姫川さんを育てただけはある。
「鞘姫、あとでブレイドやツルギとも合わせておけよ」
「わかりました!」
『続けろ』と言い残して、金田一さんは別のところに向かっていった。
僕は脚本に視線を落とす。
もっと刀鬼の感情を考察するべきか、それとも自分が持ちうる感情の引き出しから探すべきか。
壁にもたれかかって座った黒川は高速でペンを動かし、さっきまでのことをまとめ始めた。ほとんど指摘されなかったのは、この子の考察や演技のレベルが高く、あとは自信を付けさせるだけでいいからなんだろう。
「キザミ、その場面はお前の持ち味が出ている」
「...え?」
どうやら鳴嶋は褒められたようだ。
「その調子で演じていけ」
「はいッ!!」
あの子に合っている役ということもあるかもしれないが、それでも褒められたことは自信に繋がって、どんどん伸びていくだろう。
「ツルギ、もっと目立っていいぞ。特にブレイドには遠慮するな」
「はい! そうさせてもらいます!」
高校やアイドルのこともあるだろうに、疲れを全く見せずに笑顔を浮かべる有馬もさすがだな。『かなちゃんスマイルいい…』って黒川もペンが少し止まっていた。
「ブレイド、お前もこの2人にはいろいろアドバイスしてもいいぞ」
「なぁ俺にも何か、細かいところでもあるなら、指摘してくれ」
普段から演技にはストイックなのかもしれないが、周りのララライ組が驚いているように、今回の姫川さんは凄く気合が入っている。
金田一さんは『わかった、もう一度そこの場面を見せてみろ』って、鳴嶋や有馬も巻き込まれているが、2人とも入念に指導をしてくれる機会が得られて嬉しそうにしている。
早く僕もさっきの反省をして、有馬や姫川さんとの合わせに間に合わせないといけないな。
感情演技以外なら、周りのレベルについていける自信はついてきた。だが、感情を高ぶらせ、怒り狂うような演技が、僕の課題だった。