まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
僕たちは続けていることがある。
例えば、稽古が始まるまでランニングだったり。
メンバーは僕と有馬、それと鳴嶋だな。
「2人とも…やっぱ体力ありすぎだろ…」
「役者も身体が資本よ。アイドルなんてもっとハードだし」
有馬たちは酷暑の中でもライブをしていたほどだからな。
鳴嶋と出会った頃は想像できなかったけど、努力家なようで、最近はこのペースに付いてこれるようにもなっている。
「ああ、知ってる… 講師の先生も…言ってた…」
体力は急激に増えるものでもない。
数ヶ月前の『今日あま』の撮影が終わってから、雨の日だろうと毎日ランニングをして、事務所のレッスンも増やすように頼んだらしい。
「ふ~ん じゃ、ペースあげようかしら」
「のぞむ…ところだ…」
「稽古中にぶっ倒れても困るからやめておけ」
別に有馬も体力が無限にあるってわけじゃないんだ。
他にも、木刀を借りて素振りだったり。
稽古場で時間を見つけてよくやっている。
「
「よくやるわねぇ」
「上手くいけば、原作再現で盛り上がると思うけど…」
木刀がぶつかったため、鳴嶋は貰ってきた
他にも左手のマメが潰れないようにテーピングもしていて、僕たちは剣道部の新入部員みたいな経験をしていた。
「診た限り、冷やしていれば痛みが引く程度だろう」
「じゃないと困るし、よかった~」
昼からの稽古も休むつもりはないらしい。
元医者としては、無理をしないで休んでほしい気持ちもあるんだけどな。
「大丈夫そうなら、
安心した様子を見せている姫川さんに頷いて、僕たちは控え室に移動する。
先に休んでいるメンバーが多く、僕たちが入ると『お疲れ』ってあちこちから声をかけてくれる。スマホを操作している人たちもいれば、談笑している人たちもいて、思い思いに自由時間を過ごしていた。
僕と有馬と鳴嶋は、舞台が初めてで、こうやって遅れを取り戻すしかない。それに黒川や姫川さんがよく付き合ってくれている。姫川さんもこの舞台のためにだいぶスケジュールを空けているようだ。
僕たちもソファを借りて、残りの時間でしっかり休むことにした。
「今日は、私が自分でお弁当を作ってきたんだよ」
「おぉー 黒川さんもすげーな」
「アクア、俺の分は?」
「私のも」
「ほら」
僕は姫川さんや有馬にお弁当箱を手渡す。
この2人は放っておいたらすぐ外食するし、それでは栄養バランスが偏る。今日は母さんや父さんが朝から出かけていたから、僕がルビーやルナの朝食も含めて作っておいた。
お昼からルビーは友達と遊びに行くと言っていたけど、恐らく不知火に乗せられてファストフード店だろうな。ルナも合わせて、明日はランニングに連れ出すことにしようか。
「あんた、料理できたのね」
「そうだよ、お母さんと料理教室にも通ってるんだ」
そう言いながら黒川は、
しっかり食べておかないと、また昼から稽古がハードだしな。
「へー、やるじゃない」
「来週の土日は、私が作ってあげてもいいよ? アクア君の分もね?」
本音は食べてほしいんだな。
最推しは有馬で、子役時代の僕も推しだったようだし。
「アクアに作ってもらうから別にいいわよー じゃなくて、クリスさんやアイさんにね」
『今度、料理習おうかしら』って有馬が遠い目で呟いた。
学校のことだけでなく、役者のことやアイドルのこともあって、練習する暇がなかったのは仕方ないと思うが。
「……なあ、あの子も料理できんの?」
姫川さんもあまり料理をしないんだろうな。彼の家庭事情に詳しくはないが、料理を教えてくれる人も身近にはいなかったから。
「お手伝いはよくしてくれる子だ。1人で作るとなると、簡単なものだろうな。目玉焼きとか」
いろいろお手伝いをしてくれて、楽しそうにルビーは大根おろしとかも作ってくれる。母さんや父さんが別の県に行く時くらいは、ルナも家事を手伝ってくれるし、可愛らしい妹たちだ。
「暇な時、いつか教えてくれないか?」
僕は誰かに教えれるほどでもないし、姫川さんとはめったに時間も合わないだろうけど。
「ああ。そのうちな」
「さすが
未来の可能性のために、投資しておくべきだ。
まあ、あくまで可能性だがな。
「ならさ、お菓子を作ってきてあげよっか?」
「すごいわねー 女子力高いわねー でもダイエット中なのー」
黒川が『食べてもらいたいのに!』って。
有馬が『うわっ…私の女子力、低すぎ…?』って。
それぞれ心の中で思っていそうな表情だな。
「低カロリーのお菓子ならいいんじゃね」
そんなとき、鳴嶋がポツリと呟いた。
「鳴嶋君もそう思うよね!」
「えー、でも、お菓子作りって大変なんでしょー?」
「レシピ見ながらだと結構簡単だよな」
黒川も、うんうんと笑顔を浮かべた。
有馬は、どうにか誤魔化せないかと焦り始めた。
「我ながら、ホワイトデーのお返しとかで好評なんだよなぁ」
そんな言葉がとどめとなったようだ。
「かなちゃん、来週作ってきてあげるからね!」
「あははー 楽しみにしてるわねー」
黒川が喜び、有馬は無表情となる。
ちなみに今日の帰りに『演劇の時代』という本を通販サイトでポチっていた。
どうやら対抗するべく、ネタを仕入れているらしい。
☆☆☆
今日は、居残りで稽古をするのは断らせてもらった。鳴嶋や姫川さん、劇団ララライの何人かは、もう少し稽古をしてから帰っている頃だろう。
久しぶりに母さんが作るシチューが食べられて嬉しかったな。
ルビーもとても幸せそうだ。最近は僕や有馬が稽古で忙しいから、なかなか家族全員が揃って晩御飯とはならなかった。
2人とも間食をしなかったようで、ルナも腹ペコで待っていてくれていた。
そして有馬やメムさんが、今日は
「じゃ、撮影を始めよ~!」
「ルビーちゃん、楽しみにしてたんだねぇ」
「まったく、どんなものを用意したんだか」
今日は『何が入っているか分からない箱』に手を入れて、2人のリアクションをルビーが楽しむ動画らしい。有馬もひと踏ん張りということで、アイドルにふさわしい表情を作ってから付いていく。
配信歴も長いメムさんがリードしてくれているから、B小町チャンネルも順調のようだな。
「それで? 稽古は順調なのかな?」
麦茶のコップを片手に野球観戦を楽しんでいるルナにそう尋ねられた。僕が読書に集中できていないことはお見通しなんだろう。
もっと刀鬼の感情を考察するべきか、それとも自分が持ちうる感情の引き出しから探すべきか。
黒川からプロファイリングの本を借りてきたが、なかなか上手くいかない。
「分かってて言ってるんだろ」
「お兄ちゃんの妹でいることも長いからね」
2人で仲良くお皿洗いをしてくれている父さんや母さんだけでなく、僕が悩んでいることにはルビーも気づいているはずだ。
生まれ変わってから数えても、僕たちはもう10年以上も家族なんだな。
「といっても詳細までは知らないよ。さすがの私でもね」
相変わらずの神様っぽい発言だな。
「カラスは建物の中まで入ってこないしな」
そう言えばルナってカラスの神様でいいのか?
デザートのブルーベリーを食べていて、目がよさそうだ。
それはさておき、どう伝えたものか。
「感情演技、それも…
言いづらそうに伝えると、どうやら聞いてくれていたらしく、『なるほど~』って母さんと父さんが相槌を打つ。
「そういうとこもクリス君に似たのかな?」
「そうか? アイが襲われた時、だいぶ怒ってたはず」
『そういうとこだよ~』って今日も2人がスキンシップしていてほほえましい。
あの時のことがもう10年も前になるんだな。父さんが怒っている表情なんて、僕は見たことがない。
「家族のためなら、神にだって挑みそうな人だよ…あの時もそうだったし…」
『誰かのために怒る』ということか。
それが今回の感情演技のヒントになりそうな気がする。
「多かれ少なかれ『遺伝的な要因』も、親から子に受け継ぐものだからね。そこもお父さんとお兄ちゃんが似ているところかもしれないけどね」
僕と父さんが似ているっていうのは嬉しいことだ。ただ、あの大きな背中に追いつける自信はない。
「キミも昔からお
そう言ってほほえんだルナは、ブルーベリーをつまんだ小さな指を向けてきた。
気恥ずかしいがそれを口に含むと、甘さと酸っぱさを感じる。
「前世は、流されるように生きていただけで…… あまり感情的になったことは……」
だから無感情を装っているから序盤の刀鬼は演じやすく、クライマックスで怒り狂う刀鬼は演じづらいんだろうな。
いや、雨宮吾郎と星野愛久愛海の境界線が曖昧になっている。
思わず、さりなちゃんと会うまでの俺を前世として扱っていた。
「それは夢がいくつも叶って、折り合いがついただけだよ」
折り合い、か。
確かに雨宮吾郎としての記憶は、どんどん遠い過去になっていっている気がする。前世で叶えられなかった未練のようなものも、ほとんど思い当たらないほどだ。
「例えば、あの子を看取った時、あの涙も本物だったじゃないか」
さりなちゃんのことか。
生まれ変わって幸せでいてくれるルビーのことでもある。
今は、愛されていると実感させてくれる母親も父親もいる。
「言われてみれば、そうだったな」
僕は一度、目を閉じた。
俺は、何一つできなかった。
結局は命を救えなかった。
亡くなるかもしれないって時に、ご両親に会わせることだってできなかった。
――― その感情、使うぞ
絶望して
悔しくて、悲しくて
無力な己が
パズルのピースが揃うように、考察してきた『刀鬼』の感情にぴったりと当てはまる。
ふつふつと燃え上がる『怒り』が、己を支配するようで。
まさしくトラウマを自ら掘り起こすようなものだ。
「思い出せたよ、ありがとう」
あまり気分のいいものじゃないな。
だがコントロールして、この感情を使ってやる。
「どういたしまして…… まあ神としては当然だけども」
再びブルーベリーを向けてくるので、その甘い果実を口に入れた。
「ああ、ルナのおかげでな」
「ん、もっと私を褒めるといい」
母さんによく似た髪を撫でると、気持ちよさそうな表情を見せる。
2人目の妹の前世はどうだったのか、それはほとんど知らないけど、本人が言っているように『遺伝的な要因』もあるんだろう。
さっきの『どういたしまして』は、家族としての言葉で、人間らしい感情だったはずだ。
僕だって、家族に努力の成果を見せたいという気持ちがある。
ルナにも、ルビーにも、父さんや母さんにも、集大成ともいえる演技を見せられるチャンスなんだ。ギリギリまで稽古を頑張らないとな。
そうして日々は流れ、舞台『東京ブレイド』公演の日がやってくる。