まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
今日から数週間、東京ブレイドの舞台が始まる。
俺たちもスケジュールをしっかり空けて、その初日からやってきていた。両親や斉藤さんたちも、日を空けてから観にいくと言っている。
スマッシュヘヴンの時も賑わっていたけど、初日公演となると今日はすごい盛り上がりだな。
「2人とも早いねぇ~」
「お待たせしました」
「そんなに待っていないわよ」
「えっと、こんにちは」
お互い関係者席に座れるのもあって、今回も吉祥寺先生やアビ子先生を誘った。前回と違うのは、瑠美衣と月愛も一緒に来ていることだ。
「お久しぶりです! 今日あまの時はありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ」
瑠美衣がハキハキと挨拶をしてくれた。
こういう明るいところが魅力の1つなんだよな。
「それと はじめまして、ルビーです!」
「は、はじめまして」
年下相手でも初対面は緊張するらしく、彼女は吉祥寺先生の背中に少し隠れながら『美少女三姉妹…』って小声で呟いた。
アイもまだまだ若々しくて可愛いし、何より3人が似ているって思ってくれるのが嬉しいな。
「星野月愛だよ。苺プロを今後ともよろしくね」
「こちらこそ?」
「よろしくお願いします?」
俺やアイにとっては友人ではあるけど、月愛の言う通りビジネス的にも良好な関係を続けたいのも確かだな。
「この公演が上手くいったなら、続編も期待できるんでしょ?」
「そうなれば嬉しいですけど」
「なるほど、アクア君たちを次回も… 抜け目がないわね…」
少し頬が緩んだアビ子先生と、意図が分かった吉祥寺先生の様子を見て、月愛はほほえんだ。
「すごい子たちが揃ってるし、上手くいくでしょ!」
「お兄ちゃんたちが出るもんね!」
ステージアラウンドの演劇ということもあって、大舞台で行うライブのようなものだ。愛久愛海や かなちゃんが出る公演を俺たちはとても楽しみにしていた。
瑠美衣は、大輝君との約束もあるだろうしな。
「…でも私が散々口出ししちゃったわけで… あの脚本で本当によかったのかなって…」
「アビコ先生、緊張してるみたいなのよね」
なるほど、だからあまり浮かない表情だったのか。
「あれ、私って舞台見るの初めてじゃん。なんだかそわそわしてきた」
「よく考えたらアクアも舞台は初めてだし、私も緊張してきたかも」
演じる役者たちよりも、瑠美衣たちは緊張を見せているかもしれない。
やっぱりアイが緊張するのは、子どもたちに関することが多いな。
「脚本は納得いくものになったんでしょ?」
「それはそうなんですけど… もし自分の作ったものが、世界で自分だけしか面白いと思わないものだったら…そう思うと…」
吉祥寺先生が元気づけようにも、アビ子先生は不安そうな表情を見せたままだ。
そんな彼女に『大丈夫ですよ』って男性が声をかけてきた。
「僕もあの脚本の
知っている声だったらしく、アビ子先生は顔を上げて、最初は少し気まずそうにしていたけど。
「だとしたら、この世界に、最低でも2人は面白いと思ってる人がいることになりますよね?」
彼の言葉に、アビ子先生は目を見開いて、サッと素早い動きで吉祥寺先生の背中側に隠れてしまった。
頬が赤く染まっていたのは気のせいじゃないだろう。
「あ、あれ? 割と仲良くなれたと思ってたのに」
「気にしないでください。男子の免疫ないだけなので」
吉祥寺先生のフォローに対して、『それもありますけど』って小さく声が聞こえてきた。
そして、ゆっくりと姿を見せてから、真っすぐと顔を見つめる。
「……その、前は、
「あぁ、そのことでしたか。あの時はすれ違っていただけです。水に流しましょう」
彼は優しい表情を見せて、安心させるように大きく頷いた。
「実は僕、アビ子先生の大ファンなんですよ。本誌の連載開始からずっと読んできました。だから、その、あなたと一緒に脚本を完成させることができたこと、それを光栄に思っているくらいです」
そう言い切ってから、『すみません、だいぶ熱くなってしまいました』って照れたように頭をかいた。
しっかり聞いて、白い頬っぺが真っ赤に染まっていたアビ子先生が、再び吉祥寺先生の背中に隠れていった。
ほほえましい光景だな。
「えっと… 皆さんとお話しの最中でしたかね?」
「大丈夫ですよ、いい感じのが見れたので!」
「推しっていいですよね、お兄さん!」
親指を立ててサムズアップをしていて、アイも瑠美衣も満足そうにしていた。いい感じに緊張も解けたみたいだ。
今回の脚本を書いてくれたらしいGOAさんと軽く自己紹介をしてから、俺たちは劇場の中に入っていく。
席に座った後、貰ったパンフレットを開ける。
最初はキャスト一覧で、衣装やメイク、それにウィッグによって別人のようだ。どこか自然で、あまりコスプレという感じもない。
知っている名前に注目すると、星野アクア、有馬かな、姫川大輝、黒川あかね、最近会った子だと鳴嶋君も出るんだよな。
愛久愛海が演じる役は『刀鬼』で、敵幹部といっていいポジションだ。原作シーンのいくつかを思い返すと、かなり重要な役だと思う。
本格的に役者として活動を始めたのは高校入学前後なんだし、『うちの子すごいな』って耳元で話すと、『ホントだね』ってアイも笑顔で頷いてくれた。
「お兄ちゃんの顔がいい! しかもいつもよりワイルドでカッコよすぎる~」
「相変わらずのお姉ちゃんだね」
瑠美衣は頬がゆるゆるになっていて、月愛も興味深そうにパンフレットをめくっている。
月愛の言う通りお兄ちゃん大好きっ子だけど、瑠美衣は主人公を演じる大輝君の紹介ページもワクワクしながら見ているようだ。
うちの子達も、この子達も、だいぶ大きくなったな。
「かなちゃんもかわいいし、あかねちゃんもきれいだね」
アイは『ねっ!』と顔を近づけてきて、あざとい小悪魔のように、計算された上目遣いをしてくる。
俺は再びアイの耳元に顔を近づける。
「アイが1番かわいいと思ってるし、綺麗だよ」
「ふふん 私もキミが1番だからね」
というやり取りをしているのを、隣にいる吉祥寺先生たちからは見られていた。3人とも顔が赤くて、あまり恋愛経験がないんだろうか。
こうして待っている間に、どんどん関係者席にも人が増えていっているけど。
「なんか周り、雰囲気ある人多いね~?」
「関係者といっても、家族や友人だけじゃないようだね」
瑠美衣がキョロキョロとしながらそう呟いて、月愛が相づちをうつ。
まだ上映まで時間があるから、話していても問題はないと思う。
「最前列じゃなくても、ちゃんとモニターで見れるんだよ」
「へぇー、てか前のほうもどんどん人が入ってきてる」
アイの指差した方向にあるモニターで、前回と同じく役者たちの表情が拡大されるだろう。
「座席数は約1300、このまま満員御礼となるでしょう」
「だそうよ、先生」
「嬉しいですけど、私だけの力じゃありませんからね」
GOAさんたちは製作者視点から見ているようだ。
ここから全体を見渡すことができて、ぎっしりと一般席は埋まっていっている。
歩いている人々の中でふと特徴的な角のカチューシャが目に入ったけど、どうやらMEMちょも友人と観に来てくれたらしい。
「ふっふっふ、偉い人になったみたいで気分がいいね」
「私は偉い神でもあるけどね」
「そういえば私、社長令嬢ってやつじゃん。今気づいたよ」
母と姉妹で3人揃ってドヤ顔が可愛らしい。
確かにアイって斉藤さんの義娘だけど。
アイドルの頃からマルチタレントの今でもずっと稼ぎ頭でいるから、そういう肩書きに思い当たなかったんだろう。
「ママも私たちもお嬢様ですわ?」
「おほほ、そうですわよ?」
「お母さんもお姉ちゃんもぎこちないよ」
月愛に指摘されると、『だね~』って2人揃って笑い合った。役を演じる時ならともかく、自分には合わない口調だったようだ。
「あっ、監督さんがいるよ」
「ホントだ。久しぶりに見た気がするよ」
「愛久愛海が呼んだんだろうな」
アイが瑠美衣たち2代目B小町の先生なら、五反田監督が愛久愛海にとって役者の師匠だと言える。編集技術もよくお手伝いをしていて、かなちゃんとよく彼の家にも行っている。
そんな彼にも演技を見てもらいたいということは、それだけ本気なんだろう。
他にも、前のほうで関係者席に案内されているのは鏑木さんか。それと確か雷田さんだったかな。テレビ局のプロデューサー、舞台の責任者のはず。
関係者の中にはそういう芸能界の偉い人たちもたくさんいる。愛久愛海たち若手にとっては、今後の芸能活動に関わってくる正念場になる。
親目線としては、ちょっと頑張りすぎないかと心配だけどな。
「そろそろかな~」
「楽しみ~」
俺たちは家族として来ているから、推し活の気持ちだ。アイドルのライブのように、サイリウムを振りたい気分くらいにな。
瑠美衣がアイドルになって、愛久愛海が役者として大舞台に立って、月愛はいつか社長かな?
何にせよ、元気に育ってくれていることが幸せに思う。
だから今日は、晴れ舞台に立つ息子をいっぱい応援してあげるつもりだ。