まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
忘れ物がないことを確認してから、スマホの画面を見る。
『じゃあ17時に
有馬の家の前でいいか?』
『わかったわ』
『風邪を引かないような服装にするんだぞ』
『子ども扱いすんな』
こういうメッセージのやり取り、スタンプのやり取り。
普段からしていることなのに、今日はいつもの何倍もドキドキした。
冬は暗くなるのが早いから都合がいい。
学校や事務所以外で、アクアと2人きりで外を歩くことなんて、めったにない。だって普段はルビーたちと一緒だもの。
五反田監督の家からの帰りも、事務所からの帰りも、よくクリスさんに車で送迎してもらえるから。
「よしっ」
役者として、アイドルとして、おしゃれには気を使ってきたつもり。
ママもそういうことは私が赤ちゃんの頃から徹底させてたみたい。
これはこれでクールビューティーな感じでイケてる。
髪型も大人っぽいソトハネヘアのスタイルにした。
ギャップも狙えてるんじゃないかしら。
とっくに170センチを超えているアクアと違って、最近やっと150センチを超えた私としては、ロリ&ガーリー路線が素材をMAXに活かせると思うけど、それだと目立ってしまうから。
外を歩く時の変装とか危機管理とか、そういうことをアイさんやミヤコさんたちに教えてもらった。昔にストーカー被害があったから、苺プロではそういう対策を念入りにしているみたい。
ハチ公前広場で待ち合わせだって、やってみたい気持ちもあるけど。
今日だってデートとして誘ったんじゃなくて、スーツケースを一緒に買いに行くって名目だけど。
私も、アクアも、芸能人だけど。
アイさんから『芸能人だって生身の人間だよ。好きな人の前では可愛く見せたいよね』って笑顔で言ってくれたし。
「ま、待った……?」
ちょっとくらいはデート気分に浸ってみたい。
街のあちこちにカップルがいて、なんとかを隠すにはなんとかってやつよ。
「それはそうだろ」
返ってきたのはそんな言葉だった。
そっけない態度に、心の中で頬をプクプク膨らませる。
もう子どもじゃないから理由は分かってる。
だから、ちゃんとあとでフォローして、私をべた褒めしなさいよ。
「もし何かあったら呼ぶんだぞ」
「……ええ」
先導して歩き始めたアクアは全身黒い服装で、髪型はおしゃれにセンターパート分けにしてたはず。
イケメンってところを隠しきれてなくて、アイさんの苦労話がよく分かるわね。
そんな彼に付いていきながら、私の目の前に白い息が映った。
アクアはどれくらいの時間を待ってくれてたんだろ。
今だって最大限の注意を払いながら、私を守ろうとしてくれてる。申し訳ないなって気持ちもあるけど、嬉しいって感情で胸の奥がポカポカする。
いくつか暖かそうなカフェを見かけるとはいえ、さすがに今日は大手チェーン店を避けるべきよね。
だったら自販機で缶コーヒー?
でもあいつ結構グルメだし。
スタバでブラックコーヒー飲んでる姿とか似合うし。
そんなアクアが路地を通るように曲がったから、私はキョトンとしながらも少し遅れて付いていく。
立ち止まってメニューを見つめている姿があって。
「ちょっ……!?」
私は慌てて自分の口を抑えた。
だってあれ居酒屋なのよ!?
まるでどっかのお医者さんのように『お酒は20歳から』って、普段から自分で
「うぅ~」
将来的にはオシャレなバーに連れて行ってもらって、ほどよく酔った私をおんぶしてくれて、おうちまで運んでもらうって。
そんな夢もあるにはあるけどね!
「……気のせいだといいが」
アクアはそう小さく呟いて、軽く空を見上げた。
そこにはカラスが止まっていて、こいつとかルナって昔から鳥が好きなのよね。
「えっと……」
もしかして記者か何かにでも付けられていたのかしら。
そう思って、慌てて冷静になる。
片膝をついてスマホを操作する横顔を、私は心配そうに見つめることしかできない。
真剣な表情で、目元がキリッとしてて、カッコいい。
しかも今は私にだけ過保護になってくれてる。
「……行くぞ」
「……ええ」
また浮かれてそうだった気持ちを抑えて、私は小さく頷いた。
歩きながら、一応私も背後の気配を探ろうとしてみるけど、たくさんの人たちが歩いていることしか分からない。
こうして2人きりのデートに誘ったこと、やっぱり迷惑だったのかしら。学校の行き帰りのように、せめてルビーもいたら、いくらでも誤魔化せるのに。
「そうソワソワすると目立つぞ」
いつの間にか近くにいたアクアの
「そんなに心配しなくてもいい。僕たちがいるから大丈夫だ」
ちょっ、ちょっとぉ~~!!
なんなのよこの幼馴染、ルックスも中身もイケメンすぎるわよ。
女の子の扱いに手慣れすぎてない?
私、ころころお手玉にされてない?
こんなエスコート能力を、苺プロの男子は学んでいるの? それともクリスさん直伝?
スーツケースや旅行品の専門店に着いた時だって。
「どういうのがオススメ?」
「そうねー、容量が大きくて、運びやすそうで、できるだけシンプルで、この辺で好きな色を選んだら?」
私のアドバイスに頷いてくれて、『じゃあ白にするか』ってアクアが手を伸ばしたから、ドキドキしすぎて記憶が一瞬飛んじゃった。
あの紙袋を見るに、私が買おうと思っていた雑貨もいくつか買ってくれたはず。
私はバッグからお財布を出した記憶もないし、代わりに出してくれたんだと思う。
今は白いスーツケースを引っ張っていて、あの色は私のサイリウムカラーで選んでくれたのかしら。
まあマザコンでシスコンなアクアもさすがにスーツケースを赤色にするとも思えないから、妥協かもしれないけどね。
「さて用事も終わったし、どうする?」
「その、ちょっとお腹すいちゃったかもー」
そんなアピールをしてみた。
普段ならストレートに『どっかで食べて帰りましょう』って言えるのに、今日の私は調子が変だ。アクアのせいだ。
これがデートじゃなくてお買い物って分かってる。
安全のためには早めに帰るべきってのも正しいんだろう。
でもこんな風に2人きりで街を歩く時間が、もう終わっちゃうなんてイヤだった。
「なら肉でいいか?」
「ん、お肉好き!」
さすが幼なじみ、私の好みを分かってるじゃない。
そう言ってみたものの、これから個室のお店を探すのも苦労するでしょうね。
こうなったら私のお
パパから今日は遅番って聞いてるし。
しかも綺麗に掃除しておいたし、私の部屋に案内しちゃうとか。
いやいや、昨日のテンションの高い私は、一体何を考えていたのかしら。まだ18歳にもなってないのに。
「ここにしよう」
「うわ、高そうなお店ね。予約しないと厳しいんじゃない?」
『ま、何とかなるだろ』ってアクアはドアを開けて、私が入るまで待ってくれてた。
お店の中は和風って感じで、
でもまだ早い時間とはいえ、休日は予約でいっぱいな気もするわ。
「予約の『月村』です」
「はい、2名様ですね、お待ちしておりました」
そんなやり取りを店員さんとしていて。
個室に案内されて、足元の荷物入れに帽子やバックを入れておく。
「………あれ?」
あ、あれれー? おかしいぞー?
「………え、これって」
しっかり偽名を使って予約してるじゃん!?
私は心の中で大声で叫んだ。
さっきの会話なんだったの?
私が帰ろうって言ってたらどうするつもりだったの?
デートコースも完璧で、予定を聞いてきたのはほとんどお店の近くだった。でもスーツケースの時もそうだけど、何もかも決めてるんじゃなくて、私にも意見を求めてくる。
「女の子の扱いに手慣れてない!?」
用意してくれた個室で、そこそこの音量で叫んでやった。
「……そうか?」
「やってることが金持ってる業界人のそれよ!」
あっ、やっぱりセンター分けカッコいい。
じゃなくて。
「私やルビーに内緒で、どっかの女と… つ、付き合ったりしてないでしょうね!?」
「生まれ… から、誰とも付き合ってないぞ」
ちょっと言い
「今日は髪型、いつもと違うんだな。似合ってる」
「そ、そっちこそ、目立ちすぎで、えーと、モデルとしてスカウトされたらどうするのよ!」
つまり天才? アクアはイケメンの天才なの?
「そうなっても仕方ないだろ。あの母さんと父さんの息子だしな」
「はいはい、目の保養になる家族だものねー」
だんだんといつも通りに話せてきた。
さすがのアクアも、今は気を張りつめていなさそう。
『失礼します』って店員さんが個室の外から声をかけてくれたから、一応マスクをつけ直しておく。
運んできてくれたお肉は大量で、どれも高級そうな黒い器に乗っている。
説明によると、どれも黒毛和牛らしい。
しかも食べ放題で予約してくれてて、お代も払ってくれるみたいで、私のためにデートプランを立ててくれたことが嬉しかった。えっと、ここまでしてくれるからにはさすがにデートでいいのよね。
とりあえず『舞台お疲れ様』って声を合わせて、ウーロン茶で乾杯した。
「あんた一体どこで、こんなエスコート能力を学んできたのよ、クリスさん?」
「父さんの影響もあるとは思うけど、あの人は昔から母さんを外食には連れていかなかったんじゃないか」
早速お肉を焼き始めてくれて、すぐに焼けた牛タンをお皿に乗せて手渡してくれる。アクアの分ができるまで少し待ってから、軽く塩をつけて口に入れると、めっちゃ美味しい。食レポなんてできないくらい美味しい。
「そう? アイさんたちも、こういうところ来てたんじゃないの?」
「
私は幸せそうに食べるアイさんの姿をよく見てきたけど、言われてみれば何かのイベントくらいでしか、一緒に外食するような機会がなかった気がする。
事務所ではクリスさんの作ったお弁当を食べていることが多いし。
「そっか、ホント愛し合ってるわよね」
「そうだな。昔からずっと支え合ってきて……な」
そうそう、昔から気づいたら2人でイチャイチャしてるものね。
もう何年も前なのに、アイさんとクリスさんの結婚式はよく覚えてる。
将来の夢が役者のことでいっぱいいっぱいだった私の中に、『いつか私も誰かと結婚したい』って思いが生まれたきっかけでもある。
「美味いか?」
「ええ、おかげさまでね」
私もトングを握って、お肉を焼き始める。
あんたみたいに上手くできないとはいえ、こっちはエサを待つ雛鳥じゃないんだから。
「今日はチートデイだとしても、また明日からは減量ね」
「若いうちに味わっておくといいぞ。歳を取ると、胃もたれできつくなるし」
それは斉藤社長のことでも言っているのかしら。
カルビとかハラミとか、焼き肉に行っても確かにママとパパはほとんど食べないわね。
なんだかんだあの2人も最近はほとんど喧嘩しなくなって、私が出てる作品の話で盛り上がってくれて、この前なんてまた一緒に暮らそうかって相談もしてた。
そんなきっかけを作ってくれたのも、アクアたちのおかげなのよね。
あのまま子役の事務所にいて、周りの役者を全て敵のように思っていたら、どうなっていたことか。
「ねぇアクアは……」
私の将来の夢を考えれば、いつか自分の翼で飛び立たないといけないから。
いつまでも甘えてちゃいけないってことは分かってるけど。
「えっと、将来のこととか……考えてる?」
隣を一緒に飛んでいてくれる未来も、私は欲張ってしまいそうになる。
「……いいや、何らかの形では芸能界には関わっていくつもりだけど、ハッキリとは」
意外だった。
しっかり者のアクアはもう定まっていると勝手に思っていた。
アクアは努力家で、器用でいろいろできるからこそ、逆に迷っているのかもしれないわね。
昔からそういう悩みとか、すぐ隠そうとするんだから。
「未来に向けて、ちゃんと考えないといけないよな」
「……ま、あんたまだ高1だし、ゆっくり悩めばいいんじゃない? あー、私もそろそろ高3なのよねー」
高校のこと、勉強のこと、舞台のこと、宮崎旅行のこと、他にも共通の知り合いのこと、どんどん楽しい会話は続いていく。
美味しいものを食べていると口が軽くなるのもあるけど。
とても気が楽で、一緒にいると安心できる。
こいつが楽しんでくれると嬉しくなる。
「この私が焼いてあげたお肉、美味しい?」
「当然、推しからのプレゼントだぞ」
アクアが自分だけの夢を見つけられることを願ってる。
このまま幼なじみの関係を続けるべきなのよね。
アクアも、これからどんどん人気俳優になるんだもの。