まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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番外編44 (愛久愛海視点, 日常④)

 

 昨日は家に帰って、すぐに尋ねた。

 奇妙な存在から()られている感覚について。

 

『その勘の鋭さは父親譲りなのかな。あれらに無闇(むやみ)に関わらない方が、キミたちのためだ』

 

 そう教えてくれるルナは、妹としての表情や声ではなかった。ここが異質な空間のように思え、神としての忠告なんだろう。

 

『そんなに心配しなくていいさ。どちらかというとキミは目的じゃない。むしろ神秘に関わるほど、キミの周りの子まで普通の人生を送りづらくなるかもね?』

 

 僕だけならまだしも、知り合いまで引き合いに出すところがズルいな。

 それでも、ルナを含めて愛する人たちが何かに巻き込まれようとしているなら。

 

『え? 知りたいって? ふむ、死者の記憶を赤子の体に移す、そんな外法(げほう)を編み出した者たちだと言っても?』

 

 オカルトの世界のような話で、まさしく藪蛇(やぶへび)だとは思ったけど。

 僕やルビーが自分自身でそういう経験もしたから。

 

「僕が生まれ変わった意味が、そんな存在から家族を守ることならば、どんな手を使ってでも守り通すだけだ」

 

 そう伝えると、ルナは大きなため息をつく。

 いつの間にか(うち)のリビングの温かさを再び感じられるようになっていた。

 

「まったく…… もう少し神を敬う気持ちを持って、この私を頼ってほしいものだよ。すでに万全の状態なんだから」

 

 やれやれという表情で、小さな指をまるで魔法の杖のようにフリフリと揺らした。

 でもこいつ最近よくコタツムリになるせいで、運動不足でぷにぷにな気がするから、今度ルビーを連れて早朝ランニングだな。

 

「あれも彼らなりの善意なんだよ。私たちを一族で祭り上げようって特殊な人たちさ」

 

「つまり、あれか、ルナたちのストーカーなのか」

 

 僕がそう呟くと、ルナは苦笑いを見せる。

 

 そうなると、こいつ以外で狙われているのは父さんか、それとも母さんかルビーなんだろうか。

 いや、どういう目的だろうと、いつも通り身内で対策すればいいだけだな。

 

「まぁ私もこの人生が気に入ってるからね。高千穂に行った時、お断りに行くつもりだったよ」

 

 のそのそとコタツムリに戻りながら、僕にミカンを手渡してくる。文句も言わず自然と皮を剥き始めてしまうんだから、僕は妹たちに甘いんだろう。

 

 そんな妹の1人から『頼ってほしい』なんて言われたら、僕は任せるしかないな。

 

「その時にちょっとした『落とし前』も付けるから、お父さんとお母さんには内緒にしてほしいな」

 

 その紫がかった黒髪もあって、人差し指を唇に当てた表情は母さんによく似ていた。ちょっと大人びた目つきなのは父さん譲りでもある。

 

 今は父さんと母さんは別の県へ収録に行っているけど、あの2人に隠し事が通用するとは思えないな。こちらが相談する気になるまで、無理に聞いてもこないだろうけど。

 

「そうそう、カノジョとのデートは楽しかった? 今度会ったらお義姉ちゃんって呼んだほうがいいかな?」

「付き合ってないし、あいつは現役アイドルだろ」

 

 母さんはもうこの年齢には、僕たちを出産していた気もするが、それはそれだ。

 

「ところでお兄ちゃん、今度ステーキ作ってよ。もちろん黒毛和牛で」

「口止め料というわけか?」

 

 愉快そうに頷いて、テレビのリモコンに小さな腕を伸ばしているから、僕が手渡してやる。

 

 相変わらず、ちょっと生意気で可愛い妹だ。

 

 

☆☆☆

 

 

 ひとまず早急に対処すべき問題も任せることになって、週明けから学校に通う日々がまた始まる。

 今日は登校中も生徒会室でも、ルビーが有馬に根掘り葉掘りデートの話を聞こうとしていたな。

 

 帰宅してから2人は、メムさんとB小町ちゃんねるの動画撮影をする予定だ。

 時代劇の視聴に夢中なルナの夕飯も任せていいだろう。

 

 そして僕は久しぶりに五反田さんのところを訪れていた。

 

「また玄関が空いてたぞ… っと電話中か」

 

 座ったままこちらに身体を向けて、『気にするな』という感じで手のひらを向けてくる。

 

 缶コーヒーの香りのする部屋にゆっくりと入り、デスクトップPCを起動した。

 共有データを見るとだいぶ編集が溜まっているようだな。

 

 仕事の電話っぽいから、あまり聞かないようにして、僕ができる範囲で作業を行っていく。

 

「おう、また時間作って見てやるよ。それじゃあな」

 

 そう言って、五反田さんは電話を切ったようだ。

 

「玄関空いてたぞ」

 

「聞いてた。ったく、あれだけ言ってるのによ」

 

 さっきの電話が終わり次第、確認に行くつもりだったんだろう。

 五反田さんの母親は、この人がいる時は鍵を閉めないことが多いらしいからな。

 

「買い物?」

「近所のおばちゃん仲間で居酒屋に行くんだと」

 

 だから今日はキッチンに、ラップがかかった料理があったのか。

 

「電話は良かったのか?」

「半分仕事、半分愚痴みたいなものだ」

 

 ならいいか。

 軽く耳にしたのは『片寄』だったが、最近有名な女優だろうか。

 

「ちなみに悩みの種は、お前らの母親だな」

「母さんが?」

 

 作業を中断して彼の方を向くと、五反田さんがニヤニヤしていた。

 僕はまるで釣り餌に食いついた魚だな。

 

「去年度はアイと片寄はノミネート止まりだったがな。片寄はいつか勝とうとしてるってわけだ」

 

「勝つということは、最優秀賞狙いというわけか」

 

 母さんですらまだ主演女優賞は1度きりだけど、片寄さんは同年代の女優としてライバル意識を持っているんだろう。身近なやつらでイメージすれば有馬と黒川のような関係だけど、あいつらみたいにじゃれ合いはなさそうだ。

 

「そういうわけでその編集、敵に塩を送ることになるぞ。100年後も評価されるような作品で頼むって話だ」

 

「別に敵ってわけじゃないし、ノミネート止まりの監督に、そろそろ花を持たせてやってもいいぞ」

 

 『本音を言えよマザコン』『それは僕にとって褒め言葉だ』って言い合いをするくらいには、五反田さんとは同世代の男としての話が合う。

 

 お互い作業を再開して、少しくらい経過したくらいだ。

 

「……舞台よかったぞ」

「……オッサンのツンデレは受けないと思う」

 

 僕は再びデスクトップPCの画面に視線を向けた。

 子どもっぽく、どうしても頬が緩んでしまっているはずだ。

 

「舞台は専門外なんだが、お前と姫川のあの決闘シーン、あれ特撮でも撮っていたのか?」

 

「あの舞台において、ぴったしだっただろ」

 

 演出家の要望、脚本の意図、そしていかに魅せるか。

 五反田さんの教え通りに演じることができたと思う。

 

「姫川や有馬に匹敵するほどの強烈な感情演技、それもできていたな」

 

「今日は、やけに褒めるじゃないか」

 

 『そろそろ何かで主演もやらせてやろうか?』『本命の作品だといいな』って軽く言い合いもした。

 

 そうやって話しながら作業を続けるけど、片寄さんの演技も輝いて見えるものだった。どんな場面であろうと目立っているから、編集泣かせだな。

 

「にしても有馬も、アイドルやりながらあの完成度なんだろ? 鏑木(かぶらぎ)のやつが酒の席で大はしゃぎだったぞ」

 

「あいつは元々才能があって、しかも相当の努力家で、母さんの演じ方も取り入れて、どんな経験も(かて)にするやつだから」

 

 僕が五反田さんから教わった技術すらも、どんどん取り入れているはずだ。

 あの子がホントに大きくなったよ。

 

「あの箱入り娘でお嬢様だったやつが、でかくなったもんだ。アイや片寄と競う未来も、そう遠くないかもしれないな」

 

 僕もそんな未来が想像できた。

 数年後には有馬や黒川が、母さんたち大女優に挑んでいると思う。

 

 そういえばルビーはどうするんだろう。

 何度か演技をした時には才能の片鱗を見せていたけど、あの子は前世からアイドルに一直線だしな。

 

 何にせよだ、みんなのこれからの活躍を見てみたい。

 それは僕の本心だと思う。

 

「そしてお前は、姫川たちと競うってわけだな」

 

「そうなるだろうな。あの人も、月9とかよく出てるし」

 

 意外にも、すんなりと頷けた。

 それは先日の舞台で意識していたことだからなのか。

 

 これからも彼は役者に専念していくはずだ。

 そんな姫川さんに勝つことができるのだろうか。

 

 鳴嶋もこれから本格的に伸びていくかもしれない。

 他にもたくさんのライバルがいる業界だ。

 

「……もし受賞したとして、確かにすごいってのも分かるけど」

 

 確かに母さんが表彰されるようなことがあれば、家族揃って大はしゃぎしてきた。

 でもそういうことがあろうとなかろうと僕たちは母さんを推している。

 

 僕も周りの人たちに褒められる方が、何倍もモチベになると思う。

 

「また大人みてーな顔して、ガキが夢見なくてどうすんだ」

 

「僕だって、夢なら見てる」

 

 父さんのように、『愛する人を守り通す』って夢がある。少しでも手が届く範囲を広げるためにも、強くならないといけない。

 

「お前の抱えてるも()も何となく分かるが、すごい役者になりてーんだろ、顔に描いてる」

 

 そう言われて、画面にうっすらと映る顔を見ても、自分ではよく分からなかった。

 

 確かに僕は、様々な役者たちと共演することに楽しみを感じている。

 でもそれは向上心とはたぶん遠くて、あくまで引き立て役で、自分が主演をやっている姿はどうにもイメージできない。特に『推し』が目立とうとしているなら、無意識に大人として一歩引いて、そこにスポットライトが当たるように演じてきた。

 

 だから僕にとって、役者というのは趣味なんじゃないか。

 こういう編集作業も、マネージャー見習いも、父さんとの特訓も、今のところやめる気はない。

 

 有馬や黒川や姫川さんのように、役者として今後の人生を捧げるほどの熱量があるんだろうか。

 

「……これはまだ、企画すら通していない話なんだが」

 

 静かな部屋に五反田さんの声が響く。

 

 

星野アイの過去を題材として、映画を撮ろうと思ってる

 

っ!!!

 

 その話を理解した頃には、僕は思わず立ち上がっていた。

 

 

 慌てて五反田さんの方を向けば、またニヤニヤしている。

 母さんの過去となれば、B小町全盛期、つまり俺と彼女たちが対面した時期も含むだろう。それ以前も、母さんの側には父さんがいたはずだ。

 

 愛や幸せに満ちていて、そんな作品の主演の1人を僕が演じる。2人とも照れたように笑ってくれるだろうか、それとも褒めてくれるだろうか。

 

「星野栗栖、そいつの役者も探していてな」

 

僕が誰よりも上手く演じられる

 

 俺が… 僕が、若手役者の中では父さんのことを最も知っている。

 

 その役は誰にも譲らない。

 たとえ姫川さんであろうと、どんなプロの役者であろうと。

 

「僕に()らせてほしい」

 

「今後のお前次第だが、候補には入れておいてやるよ。今はそれよりもだ」

 

 そんな五反田さんの目をじっと見ていたら。

 突然スマホを向けられて、カシャッと音が鳴った。

 

「ほら、役者やりたい顔だろ?」

 

 そう言って、撮影した写真を僕に見せた。

 

「そうらしいな」

 

 我武者羅に頼みこもうとしていて、必死な表情だ。

 なんだか笑いが込み上げてくる。

 

 僕にも役者として譲れないことが、ちゃんとあるんだな。

 

「まぁそっちから頼みたくなるようになっておくさ」

「はんっ! 俺はどっかの拝金主義と違って、身内贔屓(びいき)しないぞ?」

 

 なら芸能界での『評価』と、役者としての『実力』の両方を手にしておくだけだ。

 

 今思えば簡単なことだったな。

 こういう()りたい役を貰う時に、それらがあることは『便利』なんだ。

 

 憧れの父さんを演じることや、母さんと親子共演も、姫川さんとの再戦も、黒川との稽古も、有馬の演技を近くで見ることも、いろいろやりたいことができるはずだ。

 スケジュールに口出しできるほどの役者になれば、ルビーたちのライブにも顔を出せるだろう。

 

 身近にお手本がいるんだ、母さんが僕たちの参観日にはよく来てくれたように。

 

 なんだか今までのモヤモヤが晴れた気分だった。

 

「……ありがとう、五反田さん」

「……そういうのは1番になった時にでも取っておけ」

 

 

 どうやら僕も欲張りらしい。

 

 

 

 

 

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