まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう   作:ヒラメもち

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番外編46 (月愛視点, 日常⑥)

 

 視界いっぱいに透き通るような瞳が映り込んだ。

 

「せんせ、治してあげて!お医者さんでしょ!」

「俺は獣医じゃないんだけどな」

 

 あぁ、これは夢か。

 あのお節介な神によって、人の身に転生してからはよくあることだ。

 

 この『虚像』では経験した過去が映ることもあれば、人としての欲望が理想の世界を創って幸福を感じられる場合もある。

 その逆で、(つら)い記憶をもとに無意識に創った『ここに似た場所』に迷い込んでしまって、(つら)い感情を再体験することもある。

 

 

 雪が降り積もる世界で、あの冷たくなっていくものが2つある。

 私の伸ばした腕は、黒い翼のようで、決して届くことはない。

 

 運命を変えるほどの覚悟を、かつての私は持っていなかった。

 

 

 そういう時は慌てたように身体が目を覚ます。

 本能的に(つら)い夢は思い出したくないからか、さっきの夢を忘れようとすらしている。

 

 部屋の温もりと、よだれを垂らしてグースカ寝ている顔が真横にあるおかげで、とても心が安らぐし。

 

 老いたカラスや赤子の姿と比べて万全の状態とはいえ、こういうところは弱くなったと感じる。

 

「まぁ……」

 

 わるい気もしないけど。

 

 身体を起こせば、スマホを触っているお兄ちゃんと目が合った。

 お父さんとお母さんが県外に行っているから、お姉ちゃんの希望で1部屋に固まって眠っていた。

 

「今日は珍しく早起きだな。昨日はお昼寝もしていなかったのに」

 

「それはこの身体が成長のために睡眠を求めているかどうかというだけ、お兄ちゃんも経験しただろう」

 

 お兄ちゃんにすら、いまだに赤ちゃん扱いされている気がした。どうにか神としての威厳を思い知らせるためには、やはり身長が欲しいところだ。とりあえず目標はお姉ちゃん以上だな。

 

「まったく、まだ朝のおつとめより早い時間だよ。お兄ちゃんこそもっと眠るべきじゃないかな?」

 

 お姉ちゃんなんて誰かが起こすまでいつもグッスリだ。

 柔らかい頬を軽く指で押しておく。

 

 温もりのある毛布を外套(がいとう)として使いながら、衣服を積んである場所まで向かう。

 

「僕が見ているところで着替え始めるとか… 姉妹揃って外ではやるなよ」

 

「信頼しているからだよ。お兄ちゃんは照れ屋だから」

 

 兄妹であろうと必ず背中を向けて見ないようにするからね。

 

 ウサギの桃色パジャマを脱いで、黒色のジャージ姿に着替えた。

 お父さんもお母さんも新しい服を買おうとしてくれるけど、手入れがよくてまだ新品も同然の衣服だ。とある人が『物は大切にしなされや。生かして使いなされや。』と言うように、まして悪戯(いたずら)な付喪神が宿ったものでもない。

 

 それに、気に入った衣服を買ってもらうにしても、すぐ背が大きくなってしまっては勿体ないじゃないか。

 

「ほら、着替えたよ」

「まったく、ほらルビーもそろそろ起きよう」

「ふぇ~ あと5分~」

 

 髪は軽く手櫛で直しておくけど、学校でもないから結ばなくていい。

 私にとっては大した運動でもないからね。

 

 マフラーや手袋もしっかり装備してから。

 

 お兄ちゃんもまだまだ眠そうなお姉ちゃんを何とか起こして、いつもの公園までやってきた。

 朝早くから老若男女問わず、あちこちで有酸素運動を行っている。健康維持のためもあれば、マラソン大会に向けた訓練の人もいるようだ。

 

「じゃあ普通にランニングを始めようか。各自のペースに任せるけど、あまり公園から離れすぎないようにすること、たとえ呼び止められてスカウトされても受けないこと」

「は~い! お兄ちゃん!」

 

「さむぅ……」

 

 いくら文明が発達して防寒具を身に着けたとしても、この乾燥した寒さは慣れる気がしない。着ぐるみでも着るか、全身を羽毛で覆いたいくらいだ。

 

 この子たちをあまり神秘には近づけないようにしているけど、別にお父さん譲りの魔法なら使ってもいいでしょ。

 

「ルナも普通にランニングしろよ。神様パワーとかなしで」

 

「……当然だよ、なんたって身体の成長のための運動だからね」

 

「そういえば神様なんだっけ」

 

 お姉ちゃん、まさか今まで忘れていたなんてないよね。

 

「あれだけルビーと子ども組に走り回されてて、それにしてはあまり筋肉がついていないと最近思ってな」

「言われてみれば、お風呂の時とか…」

 

「そんなにじろじろと、乙女に失礼だよ」

 

 思わずそんな言葉を口にしてしまっていた。

 我ながら、こういう態度では威厳を感じないだろうな。

 

「こほん、この身体でできる範囲で追いかけるから、お兄ちゃんもお姉ちゃんも先に行ってて」

 

 別に体裁を整えるまでもないが。

 なんだか少し()ねたような口調にもなってしまった。

 

 お兄ちゃんとお姉ちゃんは優しい表情を浮かべて、『ごめんごめん』って謝ってくる。

 

「ペースは任せるぞ。疲れたら歩いてもいいからな」

「あ~ お兄ちゃんと一緒に走りたいのに! スタートから速すぎ~!」

 

 元気よく走り出した2人の背中は大きく見えた。

 相変わらず、お節介で仲良しなお兄ちゃんとお姉ちゃんだよ。

 

 やれやれ、この気持ちは『遺伝的な要因』なのか、それとも『人間らしさ』なのか。

 

「なめんな、追いつくつもりで走ってやる」

 

 成長というのはなんだかワクワクすることのようだ。

 自分のことも含めてね。

 

 

☆☆☆

 

 

 風呂から出て、お姉ちゃんと一緒に軽く柔軟運動もしておいた。

 

 お母さんにアイドルの英才教育を受けているだけはあるね。

 お姉ちゃんが軟体生物か何かのように見えたよ。

 

「ルナの髪、ママそっくりで綺麗だよね~」

「あまり遊ばないでくれる?」

 

 キッチンで昼食の準備しているお兄ちゃんを見ていたら、いつの間にか櫛で整えるだけでなく、紫色のリボンで2つ結びにまでされていた。

 

 そこまで身なりは気にしてこなかったけど、こういう髪型が現代の流行なんだろうか。

 

「かわい~! 放クラの果穂ちゃんみたいに小学生アイドルいけるでしょ! ママも入れて5人同士で対バンとか楽しそう!」

 

「面白い試みではあるけど、私はアイドルにはならないよ。次期社長の予定だからね」

 

 この私とお母さんが協力しなくとも、お姉ちゃんたちなら頂点に立つとも思うし。

 

 人としてできる範囲で、誰かの運命をより良い方向に向けられることに興味がある。今までは世界を観測し、正しい運命に導くようなことしかしてこなかったから。

 

「ルナがやりたいことやるのが1番か~」

 

「2人とも、これはまだ企画段階でもない話なんだが」

 

 残りは黒毛和牛ステーキを焼けばいいというところで中断して、お兄ちゃんがそう伝えてくる。

 

「五反田監督のところで、母さんのドキュメンタリー映画を撮るみたいだ」

「えっ、ママの映画!? なんかすごそう!」

 

 2人とも前世から推しているだけはあるね。

 エプロン姿のお兄ちゃんは自慢話かのように教えてくれて、お姉ちゃんもウサギのように飛び跳ねて喜んでいる。

 

「今話すということは、お父さんやお母さんには内緒にしておけばいいのかな?」

 

「いや、企画が進んだら話すつもりだ。僕たちの知らないことは聞くしかないだろう」

 

 (ぬか)喜びさせたくないといったところか。

 

「ママの映画ってことは、B小町の成り立ちから2回目ドームまで? パパとの馴れ初めからプロポーズ、結婚式まで? 3時間で終わる? なんなら3部作にする?」

 

 お姉ちゃんも興奮して、お兄ちゃんに畳み掛けるように話し始めた。

 

「というか映画なら、最高なママとパパを演じられる役者が、ママとパパ以外で必要じゃん!」

 

「まだ見た目も若い2人なら何とかなりそうだけど、母さんと父さんに捧げる映画なら、僕たちが演じるべきだろ」

 

 『さすがお兄ちゃん!』『ルビーならできるよな?』って2人で抱きつき合っている。

 恋人役もしくは夫婦役として、演技をするまでもなさそうだ。

 

 映画を通して真実を語ることに、お父さんやお母さん本人より意欲的だろうね。お姉ちゃんは役者としての実力が本職に届かなくとも、何年もかけて側で見てきた役だし。

 

「映画ならルナが生まれる前のことも見せてあげられるよね!」

 

「いくらかお父さんから聞いてるけどね。楽しみにしておくよ」

 

 お姉ちゃんたちが赤子だった頃まで知っているけど、2人の盛り上がりに水を差すこともないだろう。

 

 キミの生きる支えになっていたアイドルのことが気になって、わざわざこの辺りまで探しに来たことが懐かしいよ。

 カラスの姿で建物に入ることはできなくて、やっと見つけた時には普通の公園のベンチで、少女は膝枕をされてスヤスヤと眠っていた。人々が好むような『偶像』の姿ではなくて、どこにでもいそうな女の子で、特別な魂を持つ子に守られながらね。

 

 お母さんが『あの者たち』に目をつけられた時だって、お父さんは常に守護をしていた。

 

 本来の運命において、いまだ未完成と言える技術で無理やり記憶を移すだけでは、それぞれの魂はいつか崩れてもおかしくなかっただろう。

 だから正しい運命に導くためとはいえ、あのお節介な神が転生させてくれたことは、なんと幸運なことか。

 

 感謝するべきだ、ほんと。

 こんな風に目の前で見守ることができるなんて。

 

「というわけでルナ、僕たちの幼少期は頼めるか?」

「……ん?」

 

 お兄ちゃんからのそんな要望だった。

 それを少し時間をかけて理解してから。

 

「……ふむ」

 

 今回だけはいつも通り『私は芸能の神様じゃない』って断るのは、なんだか勿体ない気がした。

 

「その役なら、考えてあげなくもないよ」

 

「そうか、ルナが適役だと思っていた!」

「ルナありがとう! 愛してる!」

 

 2人とも畏敬(いけい)の念を少しも抱いていないようだけど。

 まぁ私を頼ってくれるのは嬉しく感じた。

 

「五反田さんもよく愚痴ってるんだよな。いい子役が見つからないって」

「そうなんだ。まぁあの頃の私って周りの子に比べて大人びててさ、いかにも天才児って感じだったもん。そこらの子役には任せられないよね~」

 

「自分のことそんな風に思ってたの?」

 

 『え~ 本当のことだよね?』『コミュ力の高さとか確かに天才だよな』って、お兄ちゃんは前世から相変わらず甘いな。

 

「ちなみに僕も天才児で、ミステリアスで聡明な子どもだったからな。カメラワークや編集も上手くやれば、ルナが1人2役でいけるだろ?」

「お兄ちゃんも天才だ! ルナに天才私たちを演じてもらおうよ!」

 

 お姉ちゃんは全肯定ってくらいだし。

 

「私利私欲が全開じゃないか、この双子め」

 

 そんな欲張りな兄と姉を『しょうがないな』と思える辺り、かつて恩を受けたことがあるとしても、我ながらなんと慈悲深い存在なんだろうね。

 

 頼まれたからには『本物』を撮ってもらうだけだ。

 私が見てきた通りに、生意気で可愛い双子を演じてやる。

 

「あとはオタ芸のできる赤ちゃんも探さないとな」

「ベビーカーでライブに行ってたこともあったね~」

 

 あの時は本人たちやお父さんより、私の方が心配に思うほどだったよ。

 

「ラストシーンとかでママとパパにも出てもらえば、前に話した家族共演も実現できそうだよね!」

 

 キラキラと笑顔を見せてくるお姉ちゃんに、お兄ちゃんは目が潤んでいた。

 

「ああ、叶えような」

「私まで出るのだから、相応の現場を用意してもらわないと」

 

 

 愛に救われた少女は、愛を伝える夢を実現することができなかった。

 お人好しな青年は、愛した子を救えなかった苦しみを背負った。

 

 今はそんな子たちが芸能の道に進み、暗闇に生きる誰かを照らすくらいに輝いて、真っすぐと未来を向いている。親譲りな欲張りでもある。

 

 

「今度かなちゃんにも役者のこと聞いておこうっと! また忙しくなりそうだけど楽しみ~!」

 

 お姉ちゃんは幸せそうに笑って立ち上がった。

 そして私の腕を引っ張って、お兄ちゃんの腕も引っ張って、キッチンに歩いていく。

 

 私は料理なんてやったことないのにさ。

 聞かずとも『教えてあげる!』と分かるような強引さだよ。

 

「こういうなんでもない日も幸せだよね! パパとママがいたらもっともっと幸せだし!」

「だな、明日の夜は何か作って待っておこうか」

「そうしようか」

 

 お姉ちゃんと一緒に、私も自然と頷くことができていた。

 

 

 

 

 人は愛を抱く生き物であり、時には愛によって誰かを傷つける。

 

 それでも、我々は誰かを愛したいという感情を持つ。

 愛する誰かが幸せになってほしいという願いを感じることは、喜ばしいことなのだろう。

 

 

「……愛してる

 

 思っていたより小さな声になってしまったけど。

 

「「ん、愛してる」」

 

 無事に届いたようでよかった。

 

 

 

 

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