まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
稽古期間から含めれば長く、しかしあっという間のように感じた舞台がまた1つ終わる。俺含め劇団ララライにとっても、鏑木組との共演や2.5次元は良い刺激になった。
昔のワークショップの時から、アクアには底が知れない感覚があったけど。
あの
どこか一歩引いて調整役に回ることが多そうなあいつも、1対1の真剣勝負となれば、熱いやつだった。
技術と経験と意欲と知識と名声を兼ね備えた役者と、本気の演技でぶつかり合うことは、本当に楽しいと思う。しかも今の実力に満足せず、努力を続けるようなやつらだ。
アクア、有馬、鳴嶋、黒川、他にも不知火とか、数年のうちに新人賞を取って、それすら踏み台にして、俺たちが競っているようなところまで上がってくるだろう。
でもそれは、多くの役者を蹴落とすことでもある。
弱肉強食の世界で、名声を上げ、確かな実力で、勝ち続けなければならない。
といってもアクアたちは子役の頃からこういう世界で生きてきて、鳴嶋もそのうち大人になっていくとは思う。
そういえばルビーは将来どうするんだろうか。
母親のようにマルチタレントになるのか、それともアイドル引退をきっかけに芸能界から去るのか。
「まぁ、まだ先のことか」
俺なんかよりずっと芯の強い子ではあるけど。
それでも、芸能界の闇に一切巻き込まれず、光の道を歩いていてほしい、そんな綺麗事で理想を俺は本気で願っていた。
☆☆☆
かつては金田一のオッサンやマネージャーに言われるがままに毎日走り回っていた俺だけど。
そこそこの人気が出てからは、ある程度スケジュールに口出しができるようになっていた。
不知火もいろいろな番組や撮影に引っ張りだこで、もはや女王のような存在らしい。
何倍も年上から頭を下げられ、出たい役を選ぶことができ、休みたいと思えば半月ほど休暇を得られる。
俺にとって『みたのりお』のように、同年代のライバルの存在はモチベに関わる。不知火はそういう意味で、ルビーと有馬とメムさんのB小町には期待しているんだろう。
あいつの好みからしても、『推しのMEMちょと共演したい』というのはもはや口癖にまでなっている。
まぁ俺も人のことを言えないか。
「タイキ君またね~!」
「またね!」
「また遊んでください!」
なぜなら『今日は暇なんだよね? みんなで缶けりやろうよ!』『OK』というやり取りだけで、すぐさま行動してしまったからな。
「ん、帰り気をつけろよ」
10人ほどの小学生たち、しかも暗くなる前の帰宅だから、今日は1時間程度しか遊べてはいないけど。
「カラスが鳴くよ~ か~えろ~♪」
『うたのおねえさん』もやれそうなルビーと、委員長ポジなルナちゃんがいたとはいえ、元気よく走り回る子どもたちに元気を吸われるようだった。
この高揚感が、我ながら面白くて。
お客さんたちに舞台演技を見てもらう楽しさにも似ていた。
そのうち、俺もオッサンみたいに若手指導をすることが増えていくのだろうか。
鳴嶋とかにアドバイスするのも楽しかったし。
「笑えるな」
普通からズレた性格をしている自覚はある。
だからこそ演劇に向いているとも言われてきた。
自分はただの演劇人間で、舞台の上で芝居をしている時に、最も生きている感覚が得られることは、今もたぶん変わってはいない。
もし何もきっかけがなかったら、舞台役者として人生を捧げるだけだった俺だろうけど。
今は小学生と遊ぶのだって、面白く感じるんだ。
時間を作って、アクアたちとB小町のライブに行くことだって趣味の1つと言える。
確か『推しはいいぞ~ なんたって、推しがいると世界が輝く!』だったな。
マジでルビーを推せるだろ。
「あの車、何人乗りか?」
通り過ぎていく車を思わず目で追ってしまい、もし買うならどういう車がいいか、そんなことまで考えていた。
今日もルナちゃんは寒そうにしてたし、子どもたちの送り迎えくらいできたらカッコいいと思う。
彼女たちの父親のクリスさんのようにな。
ルビーと子ども3人組を乗せるだけなら5人乗りでいいが、アクアや不知火たちが呼び出された時も考えれば、もう少し余裕が欲しいか。
大手のCMで稼げば高級車だって買える。
俺は運動神経もよくて免許も余裕で取れてしまうはずだから、今のうちに考えておくべきだな。
他にも今日の
道の途中で男がこちらを見ながら立ち止まっていた。
どこかで会ったことがあるような気がして、思わず俺まで立ち止まってしまった。
「すみません、姫川大輝… さんですよね」
「あー、似てる人違いです」
立ち塞がっている男にそう言われるも、とりあえず誤魔化してみる。
星とか夜空を連想しそうな美形が揃う星野一家と違って、俺は普通だしな。
「僕、先日の舞台、何度も観ましたから」
そう言われると頭をかくしかない。
こういうのは初めてではなく、大体は女性のファンが多いんだけど。
目の前の男は、ファー付きの黒いコートで、黒いサングラスをかけていて、どこか痩せ気味で、くすんだ金髪だった。
どこか古びた本を手に持っていて、難解そうな漢字が書かれている。行書だったか楷書だったか、古典で見るような文字で、たぶん黒川やアクアでも読めないだろ。決して俺の勉強不足じゃないはず。
「ここで立ち話をするのもなんですから」
「そこでいい?」
軽く話すだけだから、河川敷のベンチでいい。
どこかのバーで飲みながら話す関係でもない。
そうして、いくらか話してみると、この男の名前はミキで、演劇評論家をやっているらしい。
評論家がどういうものか俺は知らないけど、舞台について知識は深く、俺たちの評価をしてくれているようだ。
「……どうも」
そう返事をしておいたものの、知らない誰かがどう評価しているなんて特に興味がない。
ミキという男の言い回しは独特で、半分も内容が分からなかったし。
「あー、そろそろ、いい?」
「すみません。つい熱く語りすぎてしまったようです」
どうやらまだ逃がしてくれないようだ。
そのうち俺のお腹の音が鳴ったら、それを理由に切り上げよう。
すっかり暗くなってきていて、周りにいた人の声もいつの間にか聞こえず、怖いくらいに静かだった。のんきに1羽のカラスが地面をつついているくらいか。
「大輝さんは恋愛リアリティーショーにも出ていましたよね?」
「一応……」
アクアやルビーたちと海外旅行に行けたんだよな。
もうすぐ行く宮崎旅行も楽しみだ。
「あなたほどの役者が出演したのですから驚きましたよ。出演者に興味があったのでしょうか?」
「……星野アクアとか……あいつの父親みたいに、底が見えない役者だし」
それも嘘ではないしな。
この前の舞台にも出ていたから、演劇評論家もさぞ注目していることだろう。
「……星野…ですか……」
「ん?」
ミキという男は笑みを保ったまま、なぜか黙ってしまった。
もうこの隙に帰っていいだろうか。
「……その時に出ていた星野ルビー、あの子はアイドルになったようですね」
「ああ、大人気だな」
デビュー前のファンからすれば、自分のことかのように誇らしく感じる。推しが笑うとこっちまで幸せになるもので、推し活は素晴らしいものだな。
「ですが残念なことに、こういった評価もあるようですよ」
『アイの時代の方がよかった』
『B小町を名乗るな』
『母親のように嘘つきだろ』
『他の子をセンターにしろ』
「といったような評価がね」
悪意を感じさせない笑みを浮かべたまま、ミキという男はそう語った。
「へぇ……」
そういうアンチコメントの
真面目な子ほど真摯に受け止めようとしてしまい、もしも謝ったらそれを悪と見なして、さらに炎上する。
意識的に見ないことなど、俺たち芸能人は上手く生きていくしかない。
ルビーもそういう世界にいる。
しかし、推しがあれこれ勝手に言われるのは、ファンとしては腹が立ってしょうがないな。
「それ話してどうする? B小町のアンチか何か?」
「……いいや、その逆ですよ」
笑みを崩さないまま、ミキという男は立ち上がって、川の方向に少し歩いてからこちらへ振り向いた。
闇のような暗さと、サングラスで、いまだその瞳は見えない。
「星野ルビー、彼女はアイの後継者にふさわしく、価値のある命だろう」
それには素直に頷けるが。
しかし、なぜか温度差を感じた。
「だが、残念ながら不動のセンターにはなれない」
「……というと?」
たぶんそこそこの年齢のこいつと違って、俺は初代B小町の頃をそこまで詳しく知らない。
でも、ルビーと有馬とMEMちょの仲が良くて、楽しそうにアイドルやっていることは分かる。親友であり、ライバルとしてこれからも共に歩んでいくはずだ。
「アイが隠し子を産んだように、あの子も思いきった行動に出るかもしれない。そうなった場合、果たして他のメンバーに勝つことはできるでしょうか」
こいつが言っているのは、すべて可能性の話だ。
舞台役者が演技している時みたいな説得力があるように思えた。
過去にどこかの劇団に所属でもしていたのかもな。
「もしかすると、すでにどこかのファンと、付き合っているかもしれない」
「んー、まあ……」
その場合に1番に思い当たるのがアクアだな。
もしそれでルビーが幸せになれるなら、俺も祝福してそうだ。
「キミはこのままで本当にいいのかな。今までのように、もう2人きりで会えなくなるかもしれないのに」
どこか悪魔のささやきのようだったけど。
しかし俺は首を少し傾けるだけだ。
「ん? 2人きりって?」
別に俺たちはデートとかしたことがない。
俺は役者として、ルビーはアイドルとして、それぞれの場所で頑張る姿を応援し合う。今はそんな友達の距離感が心地いいと思っている。
それにしても、さっきから想像して作ったような話が多く、悪意を持って騙そうとする嘘を含むことも感じてきて、何よりどんどん話が飛躍していた。
こいつの話を聞く義務なんてないんだ。
知らず知らずのうちに、俺も冷静じゃなかったらしい。
「……正直に話せば、僕はアイに裏切られたんです。彼女は僕たちファンに嘘をついて、子どもまで隠していた。だから僕はキミにそんな思いをしてほしくない」
「アイさんとルビーの境遇を、重ねてるのか知らないけど…… もう帰っていい?」
答えは聞く必要もないな。
この男が執着しているのはアイさんなんだろう。とはいえ、クリスさんが常に一緒にいて隙も見せないから、協力者を求めて俺に接触してきたわけか。
俺は演劇のこと以外、からっきしだけどな。
星野一家を相手にするなら大した戦力にならないだろ。
まぁ欠伸をするかのようにカラスも鳴いてるから、そろそろ俺も帰ろうかと思って、男に背を向けた。
「カラスが鳴くよー かーえろー」
こんな感じの音程だっただろうか。
ルビーの方が何倍も歌が上手いし、あの子は声も綺麗だよな。
「逃がさないよ……おや……?」
男からは『なぜだ……なぜ発動しない……』と呟きが聞こえてきて、まさかあの本はオカルトか何かだったんだろうか。
怖いなー、宮崎旅行に行った時、神社でお祓いしてもらおう。
「愛梨さんや清十郎さんのことを知っている、と言っても?」
唐突な言葉に、俺は再び立ち止まってしまう。
こいつの言葉を信じるなら、俺の両親の知り合いなんだろう。
役者の経験がありそうなのもそういう理由か。
「じゃ今度、2人の墓参りしてやってくれ」
思い出話ならオッサンに聞けばいいな。
普段堅物なのに、酒を飲ませて酔わせたら口が軽くなるし。
「今はいいけど、いつか僕の助けが必要になるだろう。どうしようもなく空っぽなキミが、本当の意味で愛されることなんてないからさ」
「俺とお前は、他人にすぎないだろ。それを決めるのは、少なくともお前じゃない」
背を向けたまま男に伝える。
それに、これは受け売りだけど。
「キミは僕の……」
「俺の推しは、愛を伝えて誰かを元気づけたいって、みんなに幸せになってほしいって本気で思ってる」
昔からオッサンたちや劇団ララライの人たちが近くにいて。
お人好しな星野一家、可愛らしい子ども組、不知火たち役者仲間、他にもたくさんの人と関わって生きてきた。
「だから俺は空っぽではなくて、愛されないこともなくて」
5年以上も育ててもらって親父や母にも感謝してて。
愛された時間はあったと信じている。
「俺も、誰かを愛したいと願って、生きてる」
これからも
だからいまだ呼び止めようとする声に、振り向くことはしない。
「高千穂ってとこ、星がしっかり見えそうだな」
今日のところはキラキラと輝く夜景でも写メっておくか。
そしていつものように
『君の光で色づく町に
星が降る
見えるよ
君が照らす世界 』