まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
また、読み直してて思い付いた内容を1話分追加しました。
この日、この時間、完璧だね。
ルビーちゃんにスケジュールを聞いておいてよかった。
そして、かなちゃんのお父さんの車もない。
職場の人に電話をかけてみてよかった。
周囲に張り込みをしているような人がいないことは、1時間ほどかけて確認してる。
だから安心してインターホンを押すことができる。
「やぁ」
声が届いているか分からないけど、きっとかなちゃんはカメラ越しに私の顔を見てくれているはず。
だって苺プロでそう教えられているんだよね?
「……なに?」
ほんのちょっと待つだけで、ドアから顔だけ覗かせた。
周りを警戒しながら、私を家の玄関まで入れてくれる。
アポも取っていないのに優しいね、かなちゃん。
瞬時に目だけ動かして、ベージュのワンピース、ブラックのレギンス、グレーの靴下まで確認しておく。
かなちゃんは家事の時も形から入るタイプだから、頭には白い三角巾、オレンジ色のエプロンを身に着けていた。
床に置かれたバケツにはピンク色のゴム手袋がかかっていて、窓掃除でもしていたのかな。
「お掃除してたの? えらいね? 手伝おっか?」
「そろそろ終わろうとしていたから遠慮しておくわ。というか何の用よ、黒川あかね」
かなちゃんにそう尋ねられて。
目的はいくつかあるけど。
「女子高生が、お友達の家に遊びに行くの、珍しくないと思うよ?」
とりあえずこれも本音だからね。
だってルビーちゃんたちとよく遊んでてズルいもん。
いつもお泊まり会してそうでズルいもん。
私なんてインタビューの収録をしてから、かなちゃんに5日も会えてないのに。
『ふーん、そういうものなのね』と素直に信じ込んじゃってリビングに案内してくれる辺り、かなちゃんも学校で友達少なそうだね。
エプロンを畳んで、三角巾を外して、代わりにトレードマークなベレー帽を頭に乗せる。そして姿見で髪を軽く整えてる。
そんなかなちゃんの一挙一動を、私は自然な雰囲気のまま見つめ続けた。
今日もかわいいなぁ、かなちゃん。
「旅行のためのお買い物をしてて通りがかったんだ。ほら、おみやげだよ」
思わず息が荒くなってたのがバレないように、新たな話題を出しておく。私はソファに座らせてもらって、テーブルに紙袋を置いた。
「ありがと… ってなにこの黒い箱、どこのデパ地下帰り?」
かなちゃん喜んでくれるといいな。
松坂牛入りデミグラスハンバーグ、しかも電子レンジで温めるだけで食べれるやつにしたからね。かなちゃんお肉好きだもんね。
「うわ、美味しそう。これ高かったでしょ?」
「私もこの前の舞台でいっぱい貰ったから平気だよ」
『ま、ありがとね』って改めてお礼を言ってくれて、かなちゃんは冷凍庫に片づけに行った。今思えばちょっと多かったかもしれないけど、かなちゃんのお父さんも食べてくれるでしょ。
それより目視で確認できる感じだと、まだ150cmちょうどくらいかな。肩口までのボブカットも相変わらずで、かなちゃんずっと可愛い。
こっちを振り向いてくれて目が合うと、内心ドキドキしてしちゃう。
「ん、髪ちょっと切ったのかしら? やっぱりロングもよさそうね」
かなちゃんもソファに座りながら、『でもこの髪型で通してきたし』って小さく呟いたけど。
「えっ、あー、うん、舞台も終わったから美容院行ったんだ」
かなちゃんが気づいてくれた。
かなちゃんが褒めてくれた。
ぱっちりおめめが可愛くて、かなちゃんかなちゃんかなちゃん。
「私も伸ばしたほうが、多少は大人っぽく見えるかしら」
「えっと、かなちゃんは今の髪型が似合ってると思うよ」
どうしてももじもじしちゃう。
でも、かなちゃんのことを応援したい気持ちは本物だから、ちゃんと伝えなきゃ。
「誰かの真似するな、そう言ったの、かなちゃんでしょ」
かなちゃんのおかげで、私は前向きになれたんだよ。
☆☆☆
子どもの頃の私は、人見知りで怖がりで、得意なこともなかったと思う。
だから、かなちゃんが憧れだった。
とても自信家で、楽しいシーンでは満面の笑顔で、悲しいシーンでは大粒の涙をこぼして、そんな演技力があって。
たとえテレビで大人の役者に囲まれていようと、まるで太陽のように輝いてた。
カッコよくて、かわいくて、まぶしくて。
『わたしもかなちゃんみたいになりたい』『わたしもかなちゃんと一緒にテレビに出てみたい』という気持ちはよく覚えていて、それがきっかけで児童劇団に入った。
あのオーディションのことは、1番最初の日記に書き残している。
だって、かなちゃんに初めて会えた時のことだから。
といっても、楽しい出会い方じゃなかったけどね。
出番を待ってる時に、偶然スタッフさんが内部事情をバラしちゃったのもあって。
―――今回のは出来レース、最初から私を選ぶことが決まってるみたいね
―――つまり良い演技する子役より、有名な子役を使うってこと
あの頃から、かなちゃんは大人びていた。
同い年なのに、お姉さんみたいに頭を撫でてくれて。
―――その帽子、その髪型、私の真似なんかしないの
―――あんたも可愛いんだから、自分磨きしなさい
そのあとのオーディションもがんばったら、お母さんだけじゃなくて、かなちゃんも褒めてくれたし。
それから私はもっとたくさん勉強するようになった。
恥ずかしがる暇もなくて、児童劇団の先生にいっぱい教えてもらいにいってた。
劇団ララライのワークショップに行ってみた時は、プロの演技を目の前で見れて、舞台にも興味が出た。
しばらくして、かなちゃんは子役事務所から苺プロに移籍した。最初はあまり大きくないとこで心配になったけど。
ワークショップでもアクア君は大人顔負けな演技力だったけど、また凄くなってて、よく参考にするようになった。
かなちゃんと天才子役コンビで有名にもなって。
2人のファンとして嬉しい反面、一緒にいるのが羨ましくて、もっとがんばろうって。
演技に関する本から心理学の本、お父さんの部屋にある難しい本まで、いっぱい勉強してる。
☆☆☆
というわけで。
「ねっ、ちょっと恋バナしようよ。あっ、これ読み終わったからあげるね」
私の推し同士、かなちゃんとアクア君が結ばれたら理想的だよね。
そのために本を読んで勉強してきたんだ。
「『恋愛の科学』…… えーと、私アイドルなのよねー」
そうやって、いつも通りはぐらかすけど。
チラチラと視線が本の表紙を見てる。
アクア君も有名になるほど、もっとモテモテになると思う。本心を隠そうとしていても、ホントは不安なんだろうね。
「女子高生が恋バナするの、珍しくないと思うよ? ほら、今度宮崎行くでしょ? なんなら、その予行演習でアクア君役をやってあげようか?」
『どうだ、有馬』って声と雰囲気を似せてみる。
この演技で乙女顔をちょっとでも私に向けてくれるなら嬉しいし、かなちゃんと恋愛ドラマ風な稽古とかやってみたかったし。
「結構上手いと思うけど...それはあいつの、よそ行きの声色ね。プライベートにしてはお茶目な可愛さが足りないのよねぇ」
「えっと、『これでいい、有馬?』」
なんだか本格的な演技指導が始まっちゃった。
結構ノリ気なのか、前髪をアクア君みたいに整えてくる。
それはそれで、かなちゃんの可愛い顔が目の前にあって嬉しかった。
まぁ結局、100点満点を貰えなかったのは、本物には勝てないってことだよね。
「にしてもさすがに身近な人には、バレてるものなのかしらねぇ」
「子役の頃からの幼馴染、アクかなとして通ってそうだけどね」
かなちゃんを差し置いて、アクア君が恋愛リアリティショーに出演する話を知った時なんてね。
一刻も早く私が監視、もとい確認しなきゃって思った。
姫川さんにあらかじめ出演候補者のリストが送られてきててよかった。
「週刊誌も本気で追いかけてないと思うよ」
「そう願いたいものね」
何か思い当たることがあるのか、ちょっと心配そうな表情を見せる。
もしスキャンダルネタなんてものに扱われるようなことがあったら、私が何とかしてあげたい。もし私の力だけで無理そうなら、最終手段はお父さんのコネを使うことにする。
「まぁ本格的なことは高校卒業してから考えるつもり。アイさんたちみたいに隠し通すとしてもね」
「アクア君の手綱を握るの、早い方がいいと思うけどな~」
同年代の男子にしてはすごく大人びていて、役者同士で話すのも楽しい。
遊びならお堅いだろうけど、将来を考えて本気で付き合うなら、ああいう人は引く手あまただと思う。
まぁかなちゃんが彼を好きだったから、私は自然と一線引いてるけどね。
「わかってるわよ。あいつがモテることくらい」
唇を尖らせて、年相応な表情も可愛い。
青春しててほほえましいなぁって思う。
「学校でもあいつの周りには可愛い女子が多いし、何よりルビーも本気で恋してる」
「そうっぽいよね」
恋愛リアリティショーの時も、美男美女な兄妹どころか、本物のカップルのようだった。
演技だからアクア君もデートのように振る舞ってくれたというよりも、どうやら女子のエスコートに慣れてそうだ。
アイさんたちの影響なのかな?
かなちゃんやルビーちゃん以外の誰かと付き合っていたことも考えづらいし。
深くは分析してないけど、何か引っかかるものがあるんだよね。
「ルビーは誰が見たって顔がいいし、声がいいし、明るいし、天性のアイドルよね。もし本気になれば役者としてもすぐ登ってこれる」
言ってることは嫉妬の気持ちを吐き出しているようで。
でも、かなちゃんの表情は明るかった。
「そんなやつだから、ライバルとしてふさわしいわ」
アクア君のことが好きだから、嫉妬もしちゃうけど。
ルビーちゃんのことも好きだから、きらいにならない。
「青春してるなぁ~」
「あんたにしては単純な言葉ね」
私、どういうイメージ持たれてるんだろ。
それよりも伝えなきゃ。
かなちゃんは自分が思っているより魅力的なんだって。
「私の推しのかなちゃんだって、かわいくてカッコいいもん。ルビーちゃんに負けないくらい」
「…あんがと」
想いを言葉にすると恥ずかしい。
かなちゃんも赤面してて照れてくれてるのかな。
「その…あかねも可愛いわよ。誰が見たって顔が良いし頭も良い。役者としての実力もあるし、優しくていい女よね」
名前を呼んでくれた。
いっぱい褒めてくれた。
いつでも脳内再生できるよう記憶した。
「えへへ かなちゃんすき~」
なんだか自分の頬がとろけてるみたい。
きっと幸せな気持ちだ。
かなちゃんのためなら、私なんでもする気がするよ。
「いつでも協力するから言ってね。アクア君が好む服、好みのメイク、ドキドキするシチュエーション、全部プロファイリングで教えてあげるからね。
「そこまで母性を出されるのは予想外なんだけど!?」
そう言われても、この衝動は自分でもよく分からない。
かなちゃんに幸せになってほしいのはホントだ。
まだ分析して言語化できそうにないけど、こういうのが愛って感情だと思う。
だから、あんまりアクア君がモタモタするようなら、かなちゃんとは私が家族になっちゃうかもしれないよ。