まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
ご飯やケーキを食べ終えて、ちゃちゃっと後片付けしておいた。
初めは両親の手伝いからだったけど、1人で家事を行うこともあってもう手慣れたものだ。IHや食器洗い機、電子レンジ、現代は便利なもので溢れていて簡単すぎる。
アイはソファに座っていて、『少しだけ時間をちょうだい』って今はひと休みしていた。ルーティンのようにSNSやネットサーフィンをしていると思うけど、あまり真剣には見ていないと思う。
それに、身に着けているネックレスを時折り指でいじってて、そんな姿を見るのはちょっと気恥ずかしくなってくるな。
「ねぇクリス君、なにか欲しいものはないの?」
俺も手持ち無沙汰になって、さてどうしようかと考えていた時、背中越しにそう尋ねられた。
数ヶ月後に俺も誕生日があるが、まあアイからのプレゼントなら何でも嬉しいし、無理せず高くないものでそれこそ5000円以内…… アイもこういう気持ちだったのだろうか。
「こんなプレゼントもあるなんて思ってなくて、ちょっと心がパンクしてるというか…… 他にもいっぱい貰いすぎちゃってるよ?」
「俺もたくさん貰っているよ」
例えば生きがいだ。
「こうして話し相手になってくれて、アイがアイドルやってるのを観れて、最初にサインだって書いてくれたし」
生まれ変わって、いざ戦う必要がないと分かった時、いろいろと燃え尽きた気がする。確かに前よりずっと平和で、楽しいことや美味しいものがいっぱいあるけど。
しかし、やりたいことは特に見つからない。
だから。
「欲しい物とは違うけど、友達のライブを観に行こう、こうやって友達の誕生日を祝おう、それって俺からすれば生きがいになっているから」
『友達、いや親友か?』と訂正しておいた。
それでもだいぶ不満そうなのだけど。
「むぅ~ むーー!」
頬っぺたをプクプクさせたアイはソファから近づいてきて、俺のお腹辺りへポンポンと軽くずつきしてくる。
全く痛くないやんわり加減だが、なんというか反動で、アイが痛くないといいけど。
アイにとって痛いことは酷く
昔転んだ時も泣かないほど我慢強いけど。
「ぷんぷんしてます、私を撫でましょう」
「かしこまりましたよお嬢様」
やがて、背中へ腕を回して抱き着いてきた。
どうして女の子ってこんないい香りなんだろう。
「ねっ約束……覚えてる?」
「今日、手伝ってほしいことがある?」
こくりとアイは頷いて。
大きく息を吸って吐いてから。
星のように輝く瞳で見上げてくる。彼女が言葉にして伝えてくるなら、俺もそれに見合う覚悟を示さないとな。
アイは一度ネックレスを箱に収めてから、ハンドミラーで少し前髪を整えていた。そして、まるでライブが始まる前のように、彼女は再びしっかりと深呼吸する。
「じゃあまず、部屋に連れていって?」
「仰せの通りに」
こうしてお姫様抱っこで運べるのも、鍛えておいた成果だな。
アイに部屋の照明のスイッチをつけてもらう。
俺には見慣れた光景だけど。
「なんというか、本ばっかで、ほとんど物がないね。あっ、私のCD、サインも飾ってくれてるんだ」
アイをベッドに座らせるように下ろす。
好きな女子に自室を見られるのは恥ずかしい。
俺も隣に座ると、細い指を絡めてくる。
静かな部屋で2人の息づかいだけが聞こえて、通話越しよりも、やはりアイと過ごす時間は安らぐ。
こねこねとお互い指を少し動かすだけでも、幸せで、自然と笑みがこぼれてきた。
でも今日はお互い踏み出すわけだ。
アイも緊張しているらしく、何度も深呼吸が聞こえてきて。
「クリス君って、本当に私のこと好きじゃないの? 異性として」
数年前にも言われた気がする問いかけを受けたが。
こうも早く大人っぽくなっちゃうなんてな。
理性で抑えていた
「好きだよ。意識すると抑えられる自信はない」
「そっか、私の求めていたような答えで嬉しいなぁ~」
そう言ってから、まるで逃がさないかのように、目の前まで顔を近づけてくる。
これほど急に迫ってくるのは少し予想外だな。
「私といるとき、何も我慢しなくていいからね?」
目の前にいる女性の表情や声は蠱惑的で。
「今はいろいろ考えなくていいよ? もっと素直になっていいんだよ?」
そしてアイはベッドの上で、いわゆる女の子座りにゆっくり体勢を変えていく。とても柔らかそうな足で、黒タイツに包まれていて妖艶で、しなやかな動き。
「よいしょっ と」
その輝きをずっと追うように見てしまい、そして顔を上げれば。
「だから…… 私をあげるから、キミをくれない?」
一方的なお願いだけど、こういうのが愛だろう。
目の前に俺の欲しい人がいて、欲しがっている。
「俺をあげるよ。だから貰うぞ?」
距離はどんどん縮まっていって。
「んっ…… えへへ」
可愛い顔は少しピンク色に染まって、湿った唇に白い指で触れている。
そんな幸せそうな姿がとても愛らしく思えた。知識としてはあったが、いざやってみると心がパンクしそうになって、なんというかよく分からないな。
たぶん、これも幸せという感情なんだろう。
我慢せずアイは勢いよく飛び込んでくる。
そして今度はアイから。
「ぅん……ぁ……」
絡めるような舌の動きを受け入れる。思わずこちら側からも絡めてしまう。
まるで美味しいものを味わうかのように、味なんて全く分からないはずなのに、なぜか美味しいと思えるものだった。
「……… ぇへ」
ごっくんと飲み込み。
そして彼女はペロリと舌なめずりをする。
小悪魔のような女性に育ってしまったようだ。
でもそんなところも可愛い。
「ねぇ、愛してる?」
「ああ。愛してる」
我ながら愛が
でもこれくらいがアイは心地いいのかもな。
「えいっ♪」
おもむろにアイがテーブルのリモコンに手を伸ばす。
ピーという音が鳴ってすぐに部屋は真っ暗になる。
月や星の光がカーテン越しに照らしているくらいだ。俺はそれなりに夜目がきくほうで、そしていたずらっ子のような笑みを浮かべたアイの顔が目の前へ迫ってきている。
「どーん☆」
されるがまま、軽く両肩を押す力に
「わっ、めっちゃドクドクしてるよ。
ん~、どれくらいのリズムだろね~?」
「なんというか恥ずかしいな。音楽知識で解説されると」
割れ物のように華奢な身体なので、俺は無理に動けない。
逆にアイはもぞもぞと動いて、綺麗な星のような瞳が俺の視界いっぱいに映る。
「私にドキドキしてる?」
「心配せずともアイは魅力的だ」
睫毛も綺麗だ。
瞳と瞳が触れそうなくらい近づいてくる。
お互いに吐息を浴びせながら。
どんどん闇に惹き込まれそうで―――
「あのさ、幸せな家族が欲しくない?
すぐに私とキミで子どもつくってさ?」
ちゃんとお願いは聞き届けた。
俺は一度目を閉じて、真っ直ぐに見つめる。
「………なるほど」
さて、どうしたものか。
まさか『すぐに』と言われるなんて。
「これが手伝ってほしいことだよ~?」
星のように輝く瞳が揺れている。
動揺を嘘で隠しきれていないな。
「それがアイの意志なら、約束は守るよ」
「よかったぁ~」
アイとの約束通り。
俺はどんなお願いでも叶えたいけど。
「…………だが」
「うん、キミの考えてることも分かるよ。私が心配?」
医療は驚くほどに発達している。だが100%上手くいくとは限らない。俺の力も、魔法も、全く役立たないほどに何もできない領域だ。上手くいってほしいと心の底から願っているが、上手くいくとしてもアイにとって
「もう16歳だけど、まだ16歳だから?」
「そうだな、万が一ってことはありえる」
もう少し待てば、もう少しは安全になるかもしれない。それでも、今すぐ子どもをつくりたいのなら本気で向き合うけど。
ちゃんと言葉で伝えて確認しないといけないことがある。
「説得できなそうなら……睡眠薬を盛ることもちょっとだけ考えたよ?」
そんな選択も隠していたらしい。
それほど迷ったなら話してほしかったな。
「だいじょーぶ。そんなことしないから」
「それくらい本気、ということだろ?」
この返事は正解だったみたいで、アイは頷いてから『ご褒美だよ』ってキスされる。
「もしキミの知らない間に子どもを作ったとして、キミの子だよって言っても、クリス君は受け入れてくれると思う」
「ああ。受け入れるよ、アイと子どもを」
それは確信できる。
「だったらさ?」
揺らいでほしいのだろうが、俺はまだアイに聞いてもらいたいことがある。
今ならまだ選択ができる段階だから。
「望まれて生まれてほしいよね? そうだよね?」
「そうだな。それが子どもにとっても、俺とアイにとっても幸せだろう」
彼女は焦るように、俺の身体に触れてくる。
自分の胸を押し付けるだけでなく。
「ねぇクリス君、気持ちいい?」
「まあ、お望み通りな?」
俺も男だ、好きな女の子相手には反応する。
でも、ちゃんと伝えないといけないことがある。
「なあ、アイも不安じゃないのか?」
「……え? そんなの……あれ……?」
俺が感じている不安よりも、子どもを産んでくれるアイは、心の中で何倍も不安を抱えていることだろう。
覚悟は感じるけど、不安は嘘で必死に隠している。
お互い依存は強いと思っていたけど、今のアイは俺に甘えすぎている。
今のままでは、アイの心が耐えられない事態が起きたとき、支えきれないかもしれない。
「万が一ということもあって俺は不安だ。子どもをつくりたいのも本音だけどね」
無事にすべて上手くいったら、今よりもっと幸せだろう。俺だって、いつかはアイと結ばれて、子どもができたらなと期待していた。
「アイがどんな選択をしても、俺も一緒に責任や苦難を背負うから」
「そんなの…… キミが導いてくれて、愛してくれれば、それで……」
アイを心の底から愛してるからこそ。
だから俺は、アイの全てを受け止めるだけだ。
「いや、それじゃダメだ」
自分だけで決めたつもりになって、不安を隠して、俺に選択のすべてを
「俺とアイで一緒に悩んで、一緒に選ぼうよ」
「わたし……も……」
俺をどこか遠い景色のように見ていた瞳が、真っすぐに見つめてくれるようになった。
「俺もアイや生まれてくる子どもと、家族になれるのは嬉しい。全力で支えるけど、どうしても子どもを産むのは、俺はアイにしか頼めないから」
不安がないはずはない。
嘘を重ねて必死に我慢しているだけだ。
「つらいこともたくさんある。もしかしたらがあるかもしれない。それでも、アイはすぐに子どもをつくりたい?」
アイの頬に触れて、俺と一緒に悩ませる。
ゆっくりと、少し先の未来を考え始めてくれる。
幸せなこともあれば、つらい可能性も思いつくだろう。
「それでも……家族が……ほしいよ……」
ポツ、ポツ、と雫が落ちてくる。
そして、アイの本音を伝えてくれた。
「お母さんが…お父さんまで……いるの……ずるいよ…」
涙を貯め込んだ花瓶が限界なように。
感情がどんどん溢れてきている。
「繋がりがほしい……今のままじゃ…不安なの……」
泣いているところは初めて見る。
歩いていて転んでも、トラウマをふと思い出しても、いじめがあっても、どんな時でも少女は涙は見せなかった。たぶん涙を嘘で隠してきたけど、今はそんな嘘も完全に崩れている。
「ごめんね……こんなわたしで……重いよね……」
「いいよ、それもアイらしい」
様々な表情を見せてくれて、どんなところも俺の大切な幼馴染で、俺の愛する人だ。
自分の心の中の奥底に保管した愛を探し続けるくらいに、愛情を大切にしたい女の子だから。
「俺はキミを愛してるから」
「私も…愛し……って言いたいのに……なんで……」
アイの瞳は、いつもの星のような輝きも見せていないけど。
それでも。
潤んでいて、水晶のように綺麗な瞳だった。
「なんで……お母さんは……おいていったの……」
「俺は離れていかないよ。愛してるから」
いたくない程度に強く抱きしめて、離れないように。
「キミは…ずっと……そばにいて……いい子にするから…」
「どうしても…いつか愛して…くれなくなるの…怖い……」
「でも…産むの…もしかしたら……ある、んだよね……」
ようやく不安を吐き出してくれる。
それを全部受け止めて、しっかり頷きながら、アイの背中を優しく撫でる。
「アイはどうしたい? 俺や子どものために、何よりもアイ自身の幸せのために、一緒にがんばれる?」
決して強制はしない。
ゆっくり迷っていい。
不安や
焦らず、ゆっくりと。
そうやって、一緒にたくさん迷って。
「……おねがい…いっしょに求めて…家族を…子どもを…」
『わかったよ』って。
『大丈夫だよ』って何度も背中を撫でる。
何度だって、これで不安が少しでも楽になるなら。
「アイも俺の前で何も我慢しなくていいからな」
ゆっくりリズムを刻むように背中をトントンと、泣いているアイをあやす。
「子どもはアイに似て可愛い子なのかな? いや、俺とアイなら、どんな子でも可愛がってそうか。子離れできるといいけど」
何も相談していなくて両親や斉藤さんたちにはきっと叱られる。片やアルバイト、片や未成年のアイドル、稼ぎだってそんなに多くない。子育ての経験もなく、今の生活との両立だって大変なことだろう。しかも世間には隠し通さなきゃならなくて。
たくさんの苦難が待ち受けていることだろう。
「アイと家族になるのは幸せなことだと俺も思う。でも大変なこともいっぱいあるだろう。だからこそ一緒にどんな苦難も乗り越えよう」
「……うん、いっしょに、ね?」
こくりと頷いて、顔を上げてくれた。
たぶんアイの目元は真っ赤だな。
「えへへ…やっぱりクリス君がいい
誰にも取られなくてよかったぁ~」
「心配せずとも、アイがずっと俺の推しで、幼馴染で、これからは家族だぞ」
にしてもアイから告白させてばっかりだな。
いつか心の底から実感できるよう、何度でも俺から愛を伝えよう。
「アイ、俺と家族になって、元気に子どもを産んでください」
「……はい、私と一緒に家族をつくってください、クリス君」
もう何度目か分からないが、距離は縮まっていく。
息が続かないんじゃないかと思うくらい、とても長いキスだった。
「さてと……ごめん、そろそろ限界だ」
俺はアイの身体を一度持ち上げてゆっくりと下ろす。
『きゃっ』と愛らしい声も俺をドキドキさせる。
綺麗な髪は夜空のように広がり、星の瞳が再び輝いている。
「はじめてだから……やさしくしてね……?」
「ん、もし
「えっと、その……愛してる」
「……ありがとう、俺も愛してる」
本物の愛情は、ちゃんとアイの心の中にもある。