まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
宮崎県高千穂でのMV撮影も2日目、今日がメインでもある。
いつも以上にリテイクは最小限にしなければならないわ。
それはスタッフさんたちの真剣さにも出ていた。
言っちゃなんだけど、よくもまあ東京から離れたこの土地に、相手側はここまでのプロたちと撮影スタジオを用意しているものね。
ドラマパートの撮影は高千穂のあちこちでできるといっても、芸能人でもトップ層の依頼を受けるような高級路線だと思う。プロの料理人が田舎で経営してるフレンチレストランのようなものよ。
ホント苺プロの人たちは、楽曲や旅費などなど莫大なコストをかけてくれる。いくら2代目のネームバリューがあるとはいえ、私たち3人に会社の存続を託しているほど。
上等じゃない。
配信サイトでshort MVをアップロードすれば最低2000万再生は稼げるほど、そんなMVにしてみせるわ。
そのためにも、起きてから脳内でシミュレーションを繰り返していた。
今からダンスパートを撮る『POP IN 2』という曲は、まさしくアイドルとして王道って感じで。
「やっばぁ! 私たちかわいすぎ~」
ルビーはフリフリでピンクなスカートでウサギみたいに飛び跳ねてて。
「ちょっと攻めすぎたかなぁ」
メムさんはほぼショーパンで太ももの魅力を見せつけてて。
「はしゃいでると、衣装がしわしわになるわよ」
対する私は、苺ショートケーキなエプロンで普段より幼く見えちゃってそう。
「わわっ、そっか」
「かなちゃんはいつも冷静だねぇ」
ルビーやメムさんより10cm以上は小柄で、そんな『有馬かな』という素材を最大限に活かしてる衣装だとは思うんだけど。
「2人も緊張してる?」
「そりゃ当然だよ! ママたちにも見てもらえるからドキドキでワクワク!」
「ルビーはいつも通りね。運動会かっての」
どうしても私のダンスは小さく見えてしまう。
そしてアイドルとして王道な曲だからこそ。
ドルオタな純粋さとか、幸福感とか、あと執念とか。
そういうのがルビーやメムさんに比べて、私は演技の引き出しが足りていない。2人は
東京にいる間のレッスンだと私は出遅れていたと思う。
アイさんみたいに、自然っぽくダイナミックに、計算高く表情を洗練させて、アイドルとしての完璧さが求められているのに。
今回もあいつが見てくれてる。
恥ずかしいパフォーマンスはできないってのに。
「有馬。」
「えっ!? アク……」
ってあんたかーい!!
耳元の低音ボイスに振り向いたら、黒川あかねだった件。
他にもフリルやみなみまで控え室にやってきてる。
さすがに男子組は来てないようね。
「そろそろ始まるって言いに来た。ところでMEMちょさん、何かお飲み物を持ってきましょうか?」
「お構いなくだよぉ」
「ひゃ~ 3人ともかわええなぁ~」
「でしょでしょ! あとでみんなで写真撮ろ!」
ますます賑やかになったわね。
ところで黒川あかねの舐め回すような視線が気になるんだけど。
「みんな、先に行っててくれる?」
「ん、わかった~」
「えっとぉ、かなちゃんをよろしくねぇ」
どういう意味よ。
なんだかみんなから子ども扱いされてる気分だわ。
「リボンちょっとゆがんでる。ベルト締めすぎて
先日のことといい、最近の黒川あかねから母性を出されてる。
大事な撮影だから直してくれるのは感謝するけどね。
「そこ座って。帽子の角度も調整するから」
「はいはい」
分析とか観察とか、名探偵レベルに上手い子なのよね。
しかも几帳面だから櫛も出して髪を整えてくれる。
『それと』って細い指が私の両肩に触れた。
「表情が固くなってるよ。もっとリラックスして」
「はぁ…… 恥ずかしいところ見せるわね」
そう言われて、素直に私は気を引き締め直す。
生まれてから何年も役者やってても緊張癖は直らない。
「まぁでも、ステージに立てば自然とスイッチ入ってたと思うよ」
『ほら』って手のひらを向けてきた。
別に1人で立てるってのに。
「そんなに私と手を繋ぎたいのかしら。控え室にファンが混じってるわよ」
「幼なじみなんだから特別にファンサしてよ」
私はしっかりと手を握って立ち上がった。
ま、これで借りを返したことにさせてもらいましょうか。
控え室を出てスタジオに向かう。
大きいライブのような時ほど、私のせいで台無しになったらどうしようって思ってしまう。
最悪は私のミスだけならまだしも、ルビーやメムさん、たくさんの人に迷惑がかかるかもって。
でも私って案外単純なのよね。
スタジオの光に負けないくらいに、白いサイリウムが輝いていると。
「これじゃ身内限定ライブじゃない」
普段のファンの数よりずっと少ないけど。
身内全員がサイリウムを振って、私の登場を待っててくれるんだもの。
きっちり指導してくれるアイさんも、授業参観に来る母親みたいなノリだし。
なんなら社長やミヤコさんまで娘を連れて楽しみに来た顔しちゃって。
これでどうプレッシャーを感じろっていうのかしらね。
こういう現場が多くて、私はホント恵まれてるわ。
「今日も楽しもうよ!」
「一緒にがんばろぉ!」
そう言って手のひらを向けてくるから、私は両手それぞれで握りこんでステージに上がった。
周りがお人好しな人だらけ。
だから楽しもうって思えるし、頑張ろうって思える。
「最高のMVにするわよ、あんたたち」
「「おぉ~!」」
今の私にできる完璧で究極なパフォーマンスをするだけ。
だからファンのみんな、安心して見てなさいよ。
ふと目が合ったアクアが持っているのは、また赤と白と黄色で3色か。
あんたは相変わらず箱推しかい。
このスケコマシ
もっと私を見なさいっての。
☆☆☆
お菓子パーティーとかパジャマパーティーとか、簡単な昼食をとりつつ『トワイライト』のドラマパートの撮影も行った。昨日みたいにアクアたちも参加してきたから、はしゃいだルビーのやつがお菓子を食べすぎちゃいそうで危なかったわね。
その後に撮ったダンスパートも合わせて無事に最高のMVを作ってくれると思う。
そして日が暮れるまでに外ロケの続きを行うことになったけど。
冬の川で撮るのは久しぶりに身体を張ったわね。
あとの残り時間で、私たちは観光スポット巡りをしていた。
まだ予定されていたスケジュールの範囲だってのに、アネモネさんたちからのご褒美なのかも。
1人ずつ鳥居の前で撮影してもらって、SNSに乗せたい組で撮影も始めたから、先に私は階段を上がってきていた。
少し遠くにはクリスさんとアイさんとあゆみさんが椅子に座ってて、楽しそうに話してる。
前のほうを見ればまさしく神社って感じね。
芸能の神様だとかで、何度か話には聞いてた。
「ここが芸能で有名な……」
「
私の呟きに返事をしてくれたアクアは、姫川さんやメルトの男子組で行動しているみたい。
昨日の夜は『明日もあるだろ。早めに寝ろよ』ってASMRにしたいような声で、結局は部屋に戻らされちゃったのよね。
「有馬さんおつかれっす!」
「ええ…… 3人は絵馬を書いてたのね」
すでにかかっている絵馬をいくつか読ませてもらうと、役者志望な願いが多かった。
芸能の神様で有名なところなだけはある。
そういえば男子組が揃うと、この旅行でどういう話をしているのかしら。
部屋では恋バナだとか、私たち女子の話だとか、そういうのだと思うとちょっと照れてくるわね。
「料理が上手くなりますように、っと」
「姫川さん、すっかり料理にハマってそうだな」
「昨日も会席料理とかレシピ本で盛り上がったよな~」
女子力ぅ!?
アクアはともかく、この2人も料理が趣味なのね。
いや、確かにこの前メルトは『お菓子作りが簡単』なんてことも言ってたけど。
「……あんたたちは何を書いたの?」
「みんなが健康に過ごせますように」
「もっと体力がつきますように」
そう言いながらアクアやメルトも自分の絵馬を見せてきた。
あんたら芸能人でしょ。もっと具体的な目標あるでしょ。
そんな私の視線をアクアは感じ取ったのか。
「交通安全、芸能、縁結び、夫婦円満、そういうご
縁結び! とてもいい響きね!
ここって芸能に全振りかと思ってたわ。
「まぁどこかの神様みたいにどんな願いも聴いてくれるんじゃないか、なんだかんだと言いながら」
それもそうね。
芸能人だからって芸能な願いにこだわることもないのかも。
絵馬と油性ペンを渡してもらったけど、私はどうしようかしら。
B小町として考えれば、今回のMVが売れることだし、もっと長い目で見ればドームに行くことだし。
役者としても山ほど目標はあるし。
ママとパパの夫婦円満も願いたいし。
アクアの言う通り健康も大事だし。
縁結び的なことも気になるし。
でも見られると恥ずかしいし。
ああもう!こうなったら!
「どうか、いろいろと叶いますように!」
「その手があったか」
「欲張りでいいと思うぞ」
「サインまでしっかり書いてるな」
アイドルとしてサインは当然でしょ。
ほら、アイさんも『みんな元気でいますように』ってサイン付きよ。
頑張ろうって気持ちも込めながら、私たちは絵馬を奉納した。
☆☆☆
月が綺麗な夜だった。
浴衣姿の金髪な男女が寄り添い合ってソファに座っていて。
「ねぇせんせ、私もう16歳になったよ?」
あの子の言葉が何を意味するのか、私には分からない。
昔からそういうときが結構きつい。
なにより。
どうしても、あのまぶしい横顔が脳裏に浮かんでしまう。
『手っ取り早くトリコになれ』という歌詞の時の。
とびっきり恋する純情乙女な表情に。
私は酷く嫉妬してる。