まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
すでに消灯時間を過ぎて、みんなが寝静まったような時間だ。
斉藤さんたちも今日はお酒をほどほどにして眠っていることだろう。
昨日、父さんは僕の送り迎えをしてくれてて、その間ルナは宿で過ごしていたと聞いた。だから行動を起こすとしたら、この日なんだと思う。
思い返すのは先日のルナの言葉だ。
『死者の記憶を赤子の体に移す、そんな
『あれも彼らなりの善意なんだよ。私たちを一族で祭り上げようって特殊な人たちさ』
『高千穂に行った時、お断りに行くつもりだったよ』
2人に任せれば上手くいくと信じている。
何の策もなく動く人たちではないと思っている。
現在進行形で
僕たちは守られていて、今日も平和に過ごせるはず。
「恵まれすぎだな」
生まれ変わってからは愛されているとハッキリ分かる。
なんなら前世も愛されていたんだと思えてきている。
母親は命をかけてまで産んでくれたんだし。
祖父母も大きくなるまで育ててくれたし。
あいつだって。
『今も常識で考えて分からないことは多いですが……その…ふしだらな顔は変わりませんね』
無責任にいなくなったやつのために駆けずり回ってくれて、こうして宝物を手元に戻してくれたんだ。
ったく、昔も今もめちゃピュアな気持ちで推し活してるっての。
そして何より。
「ルビー、もう寝る時間だぞ?」
「お兄ちゃんこそ何してるの? 夜ふかししちゃダメでしょ」
生まれ変わる前も、生まれ変わってからも、ずっと愛してて、ずっと愛してくれる子がいるんだ。
「考え事だ……ルビーもまだ寝ないなら上着くらい羽織ってこい、風邪ひくぞ」
「その時はお兄ちゃんせんせに
当然だと分かってて言ってるだろう。
どうしてもキミには過保護になってしまうんだから。
僕はリモコンを手に取って広間の暖房をつける。
貸し切りだからなのか、自由に使っていいことになっていてよかった。
「それに、生まれ変わってから風邪ひいたことないもん」
そんな冗談は決して嘘じゃない。
アイドルになる夢まで叶っている。
「……だな。いっぱい運動できて元気にもなった」
ホントに大きくなった。母さんに似て綺麗にもなった。
でもまだまだ甘えたがりで、余裕があるソファだってのに、浴衣姿のルビーが僕の膝に乗ってくる。
「しかもこうしたら
「明日も早いんだ。少しだけだぞ」
『むふ~』って幸せそうな声で顔を寄せてくる。
ちゃんと健康的にふっくらとした頬だ。
「なでてなでて~」
サラサラとした金髪で、『またがんばって伸ばす』とも言っていたよな。
俺にとってはもうずいぶん前のことだけど、よく覚えている。
だから、これのことも覚えているはずだ。
「昨日出かけてた理由なんだけど」
「あぁ! それぇ~!!」
アクリル板に入れて保存しているキーホルダーを、星空に向けて月明かりに照らす。だいぶ古びた感じがするけど、ちゃんとその文字は残されていて。
これを指差して喜んでくれる。
「「アイ無限恒久永遠推し!」」
2人揃って声に出して、まるで昔に戻ったみたいだ。
目の前のことに精一杯になれるようにって、ちょっとでも明るい未来を考えられるようにって、2人で推し活やって、能天気に笑っていた頃にな。
最期に『私だと思って大事にしてね』と渡してくれて、俺が『ずっと大事にする』って誓った宝物だ。
「昨日またこそこそしてるなって思ってたけど!」
こそこそとはなんだ。
堂々とお願いしたぞ。
「せんせは最期まで持っててくれてたんだよね?」
「当然だろ、さりなちゃん。仕事中だろうが肌身離さず持ってたに決まってる」
大事な形見だった。
元気になったキミが夢見た道を歩いていく姿を見届けたかったと、ずっと心残りだった。
忙しい時も、キミとの思い出を支えに頑張ることができた。
たとえ夢のような再会が奇跡的に叶ったとしても、キミがくれたものの1つなんだ。必ず大事にするさ。
「うへへ~ せんせ!せんせ!」
「なんだい、さりなちゃん」
ギュッと強く抱き着いてきて。
頬ずりまでして甘えてくる。
「ねぇせんせ、今日どうだった?」
「えらいぞ。すごく輝いていた。さすが僕の…俺の推しだ」
そっちこそ『むふ~ せんせの
ふと父さんと母さんの言葉を思い出す。
『変わらないものもあるけど、精神は身体に引っ張られやすいと思っている。実際に俺はそうだった』
『すごいすごい! うちの子きゃわ~!』
父さんは理解してくれて、母さんは受け入れてくれた。早いうちに自我を出せたからなのか、それ以外にも要因があるのか、とにかく僕たちは自分なりに育ってこれた。
愛久愛海や瑠美衣として生きてきて、変わったこともあるけど。
思い出とか性格とか変わらない一面もあって。
「ねぇせんせ、私もう16歳になったよ?」
純粋に恋する乙女を何年も待たせてしまっている。
ホント元気に育ってくれてる。
「そうだな。16歳になったなら真面目に……向き合うよ」
キラキラとする瞳をしっかりと見つめながら、僕は頷いた。
今、誰かがいた気がするが。
気のせい…だろうか……
「ふぇ!? いつもなら社会的になんとかって言うのに!」
ビックリしているルビーに僕は視線を戻す。
『うぅ、まだ心の準備が……』っていざとなればモジモジするらしい。
普段あんなに純粋なプロポーズをしてくれているのにな。
「えっとね、せんせの好きなところは」
「……ん」
「なんといっても優しいとこが大好き。
忙しいのにね、サボりだって来てくれたこと。
いろんなお話に付き合ってくれたこと。
いっぱい頭を撫でてくれたこと。
天気のいい日にお散歩させてくれたこと。
元気ない時に温かい手で握ってくれたこと。
アイドルになるの応援してくれたこと。
あとさ、ライブのチケット手に入れるためにね。前の夜から並んだっぽくて、でも次の日の夕方しれっとなんでもなかった顔してさ、チケット渡してくれたこと」
「ああ、俺も全部覚えてるよ」
「よかったぁ~ 優しいせんせが大好きで、本気で恋してた。せんせのおかげで幸せだったもん」
「……幸せだったのは俺もだよ。さりなちゃんとの時間は、俺の生きがいだった。どれだけ
「わたしのこと忘れずに覚えてくれてて、そんなお兄ちゃんも大好き」
「忘れるわけないさ」
「私と家族になってくれて。
朝はきれいにお布団かけてくれること。
おいしいごはん作ってくれること。
よく髪を乾かしてくれること。
学校一緒に通ってくれること。
2人で出かけたらエスコートしてくれること。
ライブに来てオタ芸やってくれること。
愛してるをよく言ってくれること。
すっごく努力してるのに… たぶん周りと自分を比べちゃって… いろいろ抱えこんだり… 1人で悩んじゃったり… それでも前に進もうとすること……」
「……ルビー?」
「ねぇお兄ちゃん…… 役者は楽しい?」
「……そうだ。ルビーはアイドル楽しいか?」
「もちろん! できるだけアイドルやりきるつもり! いつかドームでライブやって、みんなが知ってるアイドルになって、ママのようにみんなに愛を届けたいもん!」
『お母さんたちにも届くといいな』って、キミは素直でまっすぐだ。
その願いも叶ってほしいと僕も思いたくなるほどに。
まるで透き通った宝石のような瞳で、まるで1番星のように輝く瞳で、ルビーが見つめてくる。
「初恋のせんせでお兄ちゃん、あなたのことを大好きで愛してます」
『せんせ、だぁいすき』、あの表情も脳裏をよぎった。
あの時は返事もしてあげられず、心残りだったけど。
お互い生まれ変わって、再会できて、今ならちゃんと向き合えるから。
「僕は―――」
そう言いかけた時、人差し指を唇に当てられる。
「いつもみたいに、のらりくらりしてていいよ。私はガチ恋オタクで、全肯定オタクだもん。お兄ちゃんが幸せなのが1番だし」
そう言いながら、ゆっくりと僕の膝から降りていく。
後ろで手を組んで、そういう可愛い仕草がよく似合っていた。
「でもね、私がいつか他の誰かを好きになるまでは、ずっとお兄ちゃんを好きでいるからね?」
それがキミの選んだことなんだね。
「なら、これだけは言わせてくれ。キミのことを大切な妹だと、ずっと思ってて、大好きで愛してる。元気でいてくれてありがとう」
「えへへ、こっちこそいつもありがと。
そういうわけで、これからもアタックしかけるね!」
僕の腕を引っ張り上げるように立たせて、その勢いのまま腕に抱き着いてくる。
ずっと変わらずガチ恋してくれる
「今までよりさらに推してくるのか」
「そ! 誰かさんたちがモタモタしてるうちにね。メロメロにするつもり! 覚悟しててね!」
のらりくらりとしていられるだろうか。
こんなにも魅力的な女の子なんだ。
アイドルをやりきった後にどうしていくのか、僕以外の誰かを好きになるのか、まだルビーの未来は不確かなものだけど。
ハッキリしてるのは、きっとその未来は輝かしいもので。
兄離れにとても長い時間がかかりそうなことだ。
それに、僕だってまだまだ妹離れできそうにない。