まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
手のひらを軽く振って、2階に上がっていくルビーを見送った。
そして僕は、ゆっくりと足音を立てないよう銭湯の更衣室に向かう。
そこには赤い
どこかにいるというのは勘だった。
誘導灯くらいしか光源のない場所で、有馬が1人で泣いていた。きっと身体もだいぶ冷えてしまっているはず。
「あ…んた…ここ…どこだと……」
黒い上着を頭からかけてやる。
これで多少は暖かくなる。
男子側と構造はほぼ同じなようで、手探りで暖房をつけることはできた。
「またそんな……されると……こまるのよ……」
「風邪をひかれても困る」
お互いどうにも素直になれず、そんな言葉が出てくる。
とはいえ幼なじみだからか気持ちはなんとなく伝わるものだ。
僕を心配させないようにって。
泣き顔は見せないようにって。
目をゴシゴシと浴衣の
明かりは付けないことにして、僕は有馬の隣に座った。
「ルビーのことは、いいの?」
「やっぱり見てたか」
どのタイミングで話を聞いたのか分からない。また何かしら思い込んで、1人で抱え込んで、思い悩んでるんだろう。
周りに心配をかけまいと振る舞うのに、それでむしろ心配させる。
意識してもそう簡単に変えられないけどな。
「もう……遠慮しないでいいのよ」
「別に遠慮なんてしてない」
僕がそう否定するも、有馬は首を振った。
相変わらず頑固なやつだ。
「だってルビーとくっつくのが、あんた幸せでしょ……あの子すごく優しい子だし、素直で明るくて可愛いし」
「確かに一緒にいて幸せではある。推しの子に順番はつけられないけどな」
有馬のことも、ルビーのことも、両方幸せにしたいと思ってる。
仕方ないだろ、僕も欲張りなんだから。
「それに、有馬が考えてるような関係じゃない。今はたった2人の大切な妹、その1人だ」
「……でもルビーは、あんたに本気で恋してる」
あの子の純粋な恋心は前世から伝わっている。
それは有馬も分かってて、さっき僕も諦めない宣言までされたしな。
「あんたも好きなんでしょ、妹じゃなくて女の子として」
「僕は純粋にルビーの幸せを願っているし、ずっとそうだ。もはや我が子に対する愛情に達するほどに近いな」
『でもぉ……』とまだモジモジし続ける。
それが
男子高校生な身体に、僕の精神は軽く引っ張られてて。
同時に保護者のように見守りたい気持ちもある。
かつて僕が高校生だった頃ならば、玉砕覚悟で告白していたかもしれないけど。
「急がなくてもいい。まだのらりくらりしてていいって言われてる」
「それで引きずったまま……私が先に卒業しちゃって……その前にあんたが忙しくなるとか……言えずに後悔したくないから……言うわね」
有馬は何度か深呼吸をするも。
しかし何度か声を出そうとした様子で、言葉にならない。
肩にかかった黒い上着をギュッと握る。
ステージだろうと、舞台だろうと、撮影現場だろうと、あんなに自信満々に『私を見て』と演技してくるのに。
今は薄暗くて
告白して断られたらどう顔を合わせればいいのか、もし付き合えたとしてもルビーとの関係がどうなるのか。
たぶん不安にさせてしまっている。
ルビーは僕のことを褒めてくれたけど。
『すっごく努力してるのに… たぶん周りと自分を比べちゃって… いろいろ抱えこんだり… 1人で悩んじゃったり… それでも前に進もうとすること……』
それは有馬から学んだ強さだと思うから。
「昔は…… 役者のことでいっぱいいっぱいだった。ママに褒められることが私の全てだったんだと思う」
確かにトゲトゲしてた。
そして繊細そうな子だと思った。
「年下の子たちに演技で負けて、悔しくて、優しくて、かわ…… 頭から離れなかった。顔を合わせるうちに、2人は友だちにもなってくれて」
3人で公園で遊ぶような時は、僕も子どものように自然と遊べていたな。
「あんたたち家族は温かくて、羨ましくて…… 結婚式のアイさんにすごく憧れた。いつか私もパートナーと支え合って生きたいと思ったわ」
「……だな」
誰かとお試しで付き合うだとか、僕もあまり考えられなくなった。
それくらい母さんと父さんは理想的な関係だ。B小町ガチオタクの僕たち双子がいつの間にか認めてしまったほどだし。
だから僕は、きっとこの女の子も、願いを秘めてきた。
「あんたにパートナーとして隣にいてほしい……
でっかい愛情を返せるようがんばるから……
アクアのことが好き…どうか私と恋人になって……」
そうまっすぐ想いを伝えられて。
『言ってやったわよ! 煮るなり焼くなりしなさいよ!』っていつもの調子に戻ってきている。僕以外にそういう
僕は一度だけ深呼吸した。
「僕もカナを大好きで愛してる。付き合ってほしい」
「ぁ……ぇ……?」
どれだけの年数を過ごしても名前呼びをするのは照れてしまう。それほどまでに女の子として意識している。
いざ打ち明けると溢れてくるから、もっと言葉で想いを重ねよう。
「努力家で、実は繊細で、まっすぐな視線がずっと好きだ」
『う~……』と声が漏れていて、かなり赤面してそうだ。
「自分が評価されるより、作品全体が評価されるともっと嬉しがる」
『ぅ~~』と照れてくれて。
「ステージや舞台で、
『ぅ~ぅ~……』とますます照れてくれる。
そんなところも可愛らしい。
お互い鈍感じゃないから分かってた。
あとは幼なじみという関係から、どっちがいつ踏み込むかどうかだけだ。
「でも私は頑固で、自己中心的で……付き合ったら絶対面倒なタイプの女よ。服とか高いの買っちゃうし、すぐ他の子に嫉妬するし、あとピーマン嫌いだし、3アウトよ?」
「そういうとこも知ってるし、実は僕もピーマン苦手だぞ」
『そうなの!?』ってカナは顔を上げてくれた。
だんだんと目が慣れてきたことで、薄っすらと可愛い顔が見える。
「ルビーの手前、好き嫌いは無いように見せているから内緒だぞ」
「このシスコンで……浮気者が……」
ついさっき告白された側なのに、もう浮気されることを考えてしょんぼりするなんて、だいぶネガティブだよな。
「仕方ないだろ、これが僕だ」
『嫌いか?』と尋ねてみる。
イジワルだっただろうか。
まぁこれくらい真っすぐ攻めるべきだよな。
「好きよ……もしルビーとイチャイチャされても、どうにか振り向いてもらおうとするくらい、ドロッドロに依存して好きよ!」
だいぶ溜め込んでいたようだ。
「かわいくて、初めての友達になってくれて。
カッコよくて、同じ目線で役者をしてくれて。
お
最初はどこか放っておけなくて。
現場で再会する度に成長した姿を見せようとするのが可愛くて。
「こんな幼なじみ好きになるわよ! 文句ある!?」
誰に向けて叫んでるんだろうな。
こういうリアクションとか、ストレートな言い方とか、クセになる。
「実は1番の推しになりたいと思って、私はアイドルになったの。あんたにとって3番目くらいになれたかしら……」
テンションの上下がいつもより激しいな。
そういうところも可愛いと思う。
「箱推し、僕は最推したちに順番はつけられないから」
「……私だけ特別に1番の中の1番にしなさいよ」
そんなワガママを言っておきながら。
また肩を落としながらカナはため息をついた。
「ルビーとちがって、演技しなきゃ可愛くないけど。
メムさんとちがって、話を盛り上げるの上手くないけど」
「それを言うなら僕だって、少女漫画やドラマのような気の
思わず僕もため息をついた。
カナは可愛いから、本当の意味で若いやつらに告白される機会もどんどん増えていくだろう。
「これだけ私とルビーをベタ惚れさせておいて
『なにより』って、もたれかかってくる。
カナはだいぶ小柄だけどしっかりと重みがあった。
「一緒にがんばって、寄り添い支え合って、休みの時は一緒に休んで…… 私はこういう付き合いがいいの」
少し身体を起こして、ギュッと腕を抱き込んでくる。
ちょっぴり柔らかい感触に、僕は右手で自分の頬を軽くかいた。
「あんたこそ勉強も運動も役者もできて、パーペキ超人すぎるほどよ。ほっといたら、どんどん前に進んでいっちゃうわ」
「お互い様だ。カナがどれだけの数のファンに応援されてると思う。今度のライブで白いサイリウムを数えてみるといい」
アイドルオタクなルビーやメムさんに食らいついてるだけで、相当なアイドルだと思う。
もっとカナは自分の魅力を誇るべきだ。
お互い自己評価は低いのに、こんな風に身内を褒めることには熱くなってしまう。
僕とカナは笑みがこぼれる。
「アクアに推してもらいたい、最初はそれ目的だったけどね。ファンの子たちに応援されると、ついついファンサしちゃうのよねぇ」
「僕もカナがいるから子役どころか役者まで続けようと思った。そしてこれからも関わり続けたいと思ってる」
母さんや父さんに何か恩返しをしようと思って子役になったけど、カナとの共演が楽しく感じたから役者を続けることにした。
同年代のライバルも増えたし、名声が便利だからと欲張りな理由でもっと売れようとも思ってるし。
「カナはどうだ?」
「……そういうのがズルいセリフなの。私とルビー以外にどれだけ女子のファンがいるか、あんたもたまにはエゴサしなさいっての」
握った手がポンと優しく、僕の膝に置かれた。
そんな可愛い手を、僕は包み込みたくなった。
「いろいろと目標はあるわよ。ピーマン体操を超えるくらい売れること、3人でドームに行くこと、あんたの白いサイリウムを増やすこと、満足するまではアイドルをやりきるわ」
箱推しなのは認めてくれるらしい。サイリウムを増やして、またオタ芸の練習しておかきゃな。
「もちろん役者も続けていくわ。賞をどんどん取っていくのは当たり前で、アイさんたちに挑む前に、アクアや黒川あかねをギャフンと言わせるつもり。そしてゆくゆくは」
――― ハリウッドで活躍する大女優になる。
まるで夜空に向かって宣言するように、瞳はキラキラしていた。
もう母親に褒められるためだけじゃなくて、役者『有馬かな』本人の野心のはずだ。
「あっ、えっと、アクアもそこまでの役者を目指せってわけじゃなくて……通訳できるマネージャーもいい感じだし、なんなら子育て…とか」
少し離れて、ぱたぱたと身振り手振りしている。
いろいろ口にしているけど、結婚願望もあると受け取っていいんだろうか。
「えっとえっと、アクアもやりたいことあるだろうし、ルビーたちのこともあるし、全然日本で待っててくれてもいいのよ?」
確かなことは、カナも僕と関わり続けたいと思ってくれている。
「目指すさ。僕はカナのライバルだからな。ギャフンと言うのはそっちかもしれないぞ」
「ふん、言うじゃない。こっちは生まれてすぐ役者で年季が違うのよ」
軽く言い合いをしてから。
カナは髪を手櫛で整える仕草をする。
座ったまま少しずつ身体の方向をこちらに向けてきているようで。
「そ、それで、付き合う…… ってことでいいのよね? これ夢じゃないわよね?」
「なら確認してみるか?」
やがて僕たちの距離はどんどん縮まっていって。
「んっ……」
ほんの少し離れれば、カナは唇に白い指で触れていた。
「もっと……して……?」
その声はヤバいだろ。
本能のままに柔らかい身体を抱き寄せる。
「ぅ……ぁ……」
絡めとるように舌を動す。
まるで美味しいものを味わうかのように。
カナは肩を何度か小さく跳ねさせながら、真似をするように攻めてくる。
でもあまり息を吸えてなさそうで、そろそろ中断しておくか。
「………ふぅ…」
続きを期待するように見上げてくるけど。
やがて何かに気づいたような様子を見せた。
『あれっ、なんか手慣れてない?』って。
「とりあえずルビーと何度か……たぶんこれからも……」
「やることやってたわけね! 私だけお預けにして!」
両腕を組んで、ぷんぷんとして。
『ちゃんとルビーだけよね?』って恐る恐る聞いてくるから。
『生まれ…てからルビーだけだ』って返しておく。
「なら、まぁこれからは毎日……せめて週1回くらいでは約束して……」
「何を?」
イジワルに質問すれば、カナは可愛くモジモジする。
心配になるほどチョロいから、僕以外の男と2人きりにさせられないな。
「……キス…とか……」
「今日はキスまでで、その先はまた今度だな」
こくこくこくと嬉しそうに頷いてから。
今度はカナから再び距離を縮めてきてくれる。
絹のような髪に、僕は優しく手を添えた。
朝日が昇れば、僕たちの関係はまだ秘密にしておくだろう。恥ずかしいからというのもあるけど、カナを守るためにもなる。
もう少し大人になるまでは、父さんと母さんがそうしたように隠し通してみせるさ。
「ねぇアクア、愛してるわ」
「カナ、愛してる」
この静かで安らぐ幸せな時間を、少しでも長く、カナと共有していたい。
☆☆☆
宮崎県高千穂の旅行から、そこそこ経過した頃のこと。
今日は音楽番組でライブが行われる日だ。
多数の有名アーティストが揃っているところに、2代目B小町も出演する。
大盛況のライブ会場は白色と赤色と黄色のサイリウムが星々のように輝く。
いよいよだ。
箱推しのアイドルたちがステージにやって来る。
『かなちゃんかなちゃん!』
『ルビーがんばれ!』
『MEMちょさ~ん!』
「カナ~! ルビー~! メム~!」
僕も周りに負けないくらい大声で彼女たちの名前を叫んだ。
アイドル3人が、僕たちがいる方向に頻繁にファンサしてくるのは自意識過剰じゃないはずだ。
いや、さすがにカナとルビーで勝負するように過剰ファンサすぎるだろ。メムさんも面白がってファンサしてくるし。
とにかくだ。
天才役者 有馬かな
アイの
メガインフルエンサー MEMちょ
赤を基調とした衣装はデビュー時のもので今日も可愛い。
こうして何度もリアルであの子たちのアイドル姿を拝めるなんてなぁ。
――― 生きててよかった
一度生まれ変わったからこそ、そう思える。
カナもルビーもメムさんも楽しそうに手を振っている。
きっとあの笑顔は嘘じゃない。
だって予定が決まってからワクワクと待ちわびていた。
なぜなら今夜のライブは、奇跡のサプライズコラボなんだ。
3人がいるステージにもう1人のアイドルが現れる。
『アイ~~!!』
『アイ!?!?』って声が会場中に響き渡った。
「アイ~~!!」
僕も大声で母さんの名前を叫んだ。
初代B小町の絶対的エース 星野アイ
ピンク色のドレス姿でのご登場だ。
ルビーと手を繋いで親子が揃って並ぶ。
父さんも僕も涙をこらえて、夢のような光景を目に焼き付ける。
この日も最高の思い出になるだろう。
『ア・ナ・タのアイドル
サインはB チュッ♡ 』
世界を愛で包み込んで。
笑顔で楽しませてくれて。
星のように世界を照らして。
目が離せないほどに推させて。
そんな推しの子たちが元気に可愛く笑ってくれると、こっちまで幸せな気持ちになる。
ならば。
推しの子たちにも幸せでいてほしいのが、アイドルファンというものだ。
だから今日も僕はでっかい愛と願いを込めてサイリウムを天高く伸ばす。
――― 推しの子たち、ファンのみんな、