まぁ我慢強い勇者ならどんな苦難も乗り越えてアイドルを推せるだろう 作:ヒラメもち
私はアクアと付き合っている。
今の関係を言葉にすれば、幼馴染だったり、恋人同士だったり、彼氏彼女だったり、カップルだったり、そういう感じのやつ。
私にとっては初恋で、初めての彼氏だ。
アクアと一緒だと安らぐし、顔を見ればドキドキもする。
お忍びデートする時なんて、あちこちの個室の飲食店に連れていってくれる。
エスコートすごく紳士的だし、私を安心して楽しませてくれようとするのが嬉しい。1歳年下でカッコかわいい容姿だってのに、大人な魅力もあるのよね。
でもエサを待つ雛鳥のままじゃなくて、今度は私からデートに誘ってみようと思ってる。とりあえず恋愛の話が書かれた『恋愛の科学』って本を読み返すことにした。
黒川あかねが置いていったものだけど、世間一般のカップルのことも学ぶべきだと思って。
付き合って1ヶ月から2ヶ月くらいは、『恋人と何でも幸せに感じる』と書いてある。
確かにそうだ。あいつの家で過ごしたり、学校や事務所で会ったり、ライブの時にがんばって探したり、他にもバレンタインデーなんて例年以上に幸せだった。あと私の家に招待して……まあいろいろとね。
でもそのページには続きがあった。
付き合って3ヶ月を超えると、少しずつ落ち着くようになっていく。相手の良いとこだけじゃなくて、イヤなとこも見え始める時期みたい。
まさに今が3ヶ月程度なのよね……
更には半年ほど経過すれば、相手にドキドキしたり、ときめいたりすることが減ってくる場合が多くて。
他の人との関係を優先してるうちに、別れを意識する人もいれば、キープしたまま浮気をする人もいるんですって。
アクアのことは信じてる。
だけど、あいつの周りには可愛い子が多くて、学校でも芸能界でもモテる要素だらけ。
私のイヤなところを知って愛想を尽かすんじゃないかって。
以前のママとパパみたいに、たとえ結婚していたとしても、疎遠になっちゃうんじゃないかって。
だから不安を抑えきれなくて、それとなく周りの女性に電話で相談してみた。
『えっ……アクアに
『そっか……浮気調査なら
慌てて2人は止めたし、話は誤魔化した。
まぁいざという時の味方がいてくれることには安心して、なんとか夜は眠れたけど。
「これはこれでいいんだけど……」
「……ん? 何か言ったか?」
結局は事前にデートに誘えないまま、今日は事務所で過ごすことになってしまってる。
せっかくみんなのスケジュールを確認して、2人きりと分かっていたのにね。
しかもアクアは五反田監督の手伝いしてて、私は雑学本を読むだけで時間が過ぎていく。そりゃ一緒に休日を過ごせるだけでも、おいしいのよ?
だけどグルメでも、せっかくの2人きり、せっかくグルメってやつよ。
ともかく、一緒にランチでもと思ってたら。
「そろそろ休憩にして食べるか」
「そ、そうね!」
アクアがお弁当を作ってきてくれてたし。芸能人としての体型維持まで考えられてるし。ちゃんと美味しいし。
くっ、準備が完璧すぎるのよ。
私も時間を見つけては料理の練習してるけど、なかなか時間が取れないのよねぇ。アクアの他にも同年代だと黒川あかねどころか、なんならメルトのやつまで料理上手という噂で悔しい限りだわ。
「えっと、アクアはまだ忙しい?」
「それなりにやるべきことはあるな」
そりゃそうよね。見てたからわかるわ。
頑張りなさいとか、何か返事をしなきゃと思ってたら。
「でも急ぎじゃないからな。カナのことが優先だ」
「うっ、じゃあ……」
言い方とかタイミングとかズルい。
人差し指をつんつん、もじもじしてるの見られてて、ドキドキが止まらない。
「デート…とか……行く?」
「ああ、どこに?」
アクアは私の様子を楽しんでるのか、いつもいつも余裕ぶってるんだから。
「遊園地とか……東京タワーとか?」
「春休みで激混みじゃないか? 今から行くには少し遠いしな」
あーもう、私のバカ~
朝から誘えてたら頷いてくれたかもしれないのに~
「うぅ、まあ変装の準備も必要だし、個室あるとこが安心よね……今の時間ならカラオケとか……私の家とか……?」
「家なら、こことそう変わらないだろうけど……あー、そういう誘いじゃないよな?」
私はぶんぶんと手を振る。
今日はそういう心の準備はしてなかったわ。
「ち、ちがうわよ? 今日はパパも帰ってくる日だし」
「まっ、今日のところはカラオケに行こうか」
顔が熱い。
本格的じゃないのは何度か経験もしてて、いつもアクアに可愛がられるというか、一方的だもの。
ちなみに本格的なことは、20代半ばになってからという約束にしてる。私自身もまだそういうことは考えられてないけど。
アクアが真剣で、本気で、『カナの安全のためだから分かってほしい』、そう言ってくれるのが、また惚れちゃうのよねぇ。
「また今度だな」
「ん!」
撫でてくれて、アクアが笑顔を見せてくれると、私は尻尾を振る子犬みたいに喜んでしまう。
我ながらチョロいんだけど、全部全部アクアのせいよ。
それから予約を取ってから、事務所のミヤコさんの部屋の後片付けして待つ。
軽い変装で昼間から歩くわけにもいかなくて、タクシーを使って移動したけど。
これVIP個室ってやつね。
「どうした?」
「あっ、思ってたカラオケな部屋と違ったから!」
確かにデートだからこそ、私たちのことを知ってる人と、ばったりドリンクバーとかで出くわすわけにもいかない。ルビーやメムさんたちと行った店より、高級感あふれる個室でビックリしただけ。
巨大ソファもフカフカで、どっかのビジネスホテルのような壁紙ね。
「子どもの頃によく来てたんだ。母さんたちと一緒にな」
「なるほど、納得だわ」
アイさんとクリスさんの関係、そして親子関係も秘密にしていた頃のことだと思う。子役時代にアクアやルビーと撮影現場で会う時もクリスさんだけで、徹底していたんでしょうね。
「それにしても、フリルのついたブラウス、チェックのミニスカート、今日は清楚系だな。デートするつもりだったんだろ」
『似合ってて可愛いな』ってイケメンがイケボで言われて、私は頬っぺどころか身体全体が熱くなる。
こいつ最初から気づいてて、私が誘うの待ちだったというわけね。
「アクアだってカッコいいわよ。なんでそんな黒ジャージ着こなせるのよ」
「それ褒めてるのか? デートの予定だったら、多少の
褒めてるのに。
だって、爽やかイケメンなのに、細マッチョなのよ。部屋着にしてる『Twins』とかいうシスコン表明だったり、『とっとり鳥の助』のキャラTだったり、どんな服も似合う。
でもこれじゃいつも通り、私がドキドキさせられてばっかりだ。
「にしてもアクアったら、現役アイドルで天才役者な『有馬かな』を独占して、カラオケデートだなんて贅沢よ~ このこの~」
「だな。時間は有限だ」
アクアはタッチパネルを手に取って、ポチポチと操作し始める。
すぐさま画面にデカデカと映ったのは『ピーマン体操』と『有馬かな』の文字だった。
「ちょっ!?」
私が驚いているうちにイントロが流れ始め、本能的にマイクを手に取ってしまう。
「ピーマン体操始まるよ~!」
もう何年も前の歌なのに、口は自然と動いていた。
「ピーマン♪ 食べたらスーパーマン♪
みんなもおどればピーターパン♪」
身体が勝手に動いて、ポーズすらとるし。
黒歴史だけど、すごく練習した曲ではある。オリコンで1位を獲得して、音楽番組で出演して何度も歌った。幸いなのは、画面はカラオケにデフォルトに入ってるやつということだった。
もしも踊る天才子役が映っていたら、私の姿は全国のカラオケ店で公開され続けていたことになるわね。
歌いきると、91点とかいう、可もなく不可もなく。
持ち歌なら97点は狙える私が、なんか子役時代の私に負けた気分だわ。当時は微妙に音程を外す歌い方だったせいで、メロディーラインが掴めなかった。
「成長したカナのピーマン体操、レアだな」
「でしょうね!? この歌は過去に置いてきたもの、カバーアルバム出せないし、する気もないし!」
まったく、アクアがオタクな表情の満足そうだったから、仕方なく歌いきってあげたのよ。
「じゃあ次はあんたの番……」
「すまん、もう5曲は入れた」
そんなアクアの言葉で慌てて振り返って画面を見れば、子役時代にピーマン体操の人気にあやかって、イマイチ伸びなかった曲一覧があった。
「なんでカラオケに残ってるのよ! データ容量もったいない! あーもう!」
再びマイクを握ると、アイドルスマイルを自然と浮かべられる。
それに、私の歌と踊りで夢中になってくれるのは嬉しい。スカートの揺れとか、目で追っちゃってて可愛いわね。
アクアだけのために大サービスなのよ。
全部歌いきってやったわ。
「はい、私やすみ~ 次アクアの番、決定事項でーす」
ぬるめのお茶を飲みながら、アクアにマイクを手渡す。
「僕はそこまで上手く歌えないぞ?」
「別にいいわよ。私しか聴いてないんだから、好きに歌いなさい」
ルビーとメムさんもあらかじめのレッスンで矯正しないと、独特な歌い方なのよね。旧B小町の歌なんて、アイさんたち全員の声真似とかいう、無茶しようとするし。
「最近の曲でもないが」
「持ち歌? 期待しちゃうわねぇ?」
てっきりB小町の曲から選ぶと思ってたわ。
まっ、あれこれ言っちゃっても、私は心の広い姉御肌ですもの、腕組みして親方しててあげるわよ。
『月光花』という曲名も、イントロも聞いたことないわね。
というかアクアがマイクを持ってる横顔、カッコよ。
「悲しげに咲く花に
君の面影を見た
大好きな雨なのに
何故か今日は冷たくて」
あれ、だいぶ上手くない?
最序盤のバイオリンやピアノといい、バラードっていうか、だいぶ落ち着いた曲だと思ってた。でも伴奏のメインはバンドらしく、響いてくるものがあった。
「季節はめぐり 森は染められ
風は奏でて 想い溢れて
月の欠片を集めて
夢を飾り 眠る
時の砂 散りばめても
あの頃へ 還れない
『生きる意味探している 誰も
1曲の時間は短いのと、採点としては92点だったけどね。
メッセージ性もあって、歌い方も女子ウケで、なんていうか男性アイドルやってておかしくないじゃない。
「聞いてない! 歌まで上手いなんて聞いてないのよ! あんたは一体何ができないのよ!」
「踊りはさすがに無理だぞ」
尋ねてみれば、昔に見てたブラックジャックというアニメの曲らしい。見たことはなくても、大まかな話の概要くらいなら知ってるけど、趣味まで高尚というかなんというか。
「こほん、次はカナの番だな」
「お? なに? 照れてんの? 私の前で歌って照れたの?」
『照れてない』とか言い訳してるけど、いつものキレがないわね。
このまま粘ってアクアの歌をもっと聴きたいところだけど、あまり残り時間もないわけだし。
今日のところは、こうしましょうか。
「それなら、B小町の歌で……デュエットとか?」
「カナこそ照れてるじゃないか」
このあとめちゃくちゃ一緒に歌った。
アクアが楽しんでるのが嬉しくて、私も楽しくて。
不安に思ってたあれこれが何かすら忘れちゃってたわ。
こういう幸せな時間も、『大好き』と『愛してる』も、繰り返して重ねていきたいって思うし。
今日もまた1つ、アクアのことを知った。