第一話 入学式
「蓮都様、蓮都様、今日からいよいよ高校生活が始まりますね。準備はよろしいでしょうか?」
「…………」
「私はす、少し緊張していますが、正直胸躍る気持ちです。あ、いえ、蓮都様の護衛はもちろん忘れていませんよ?しかし、しかしですね!華の女子高生になり、テンションが上がってしまうのは仕方がないと言いますか……」
全く止まる気配を見せない女の声を、完全に無視して、夜神蓮都は空を見上げた。
すると空はピンク色に染まっていた。桜が舞っているのだ。
春。
入学シーズン。
蓮都は真新しい制服を着て、ボーッとしながら桜の下を歩いている。この道のいく先は、国立魔法大学付属第一高校だ。
彼と、後ろの一組の男女は同じ新入生。それぞれ胸に八枚の花弁をデザインした第一高校のエンブレムがあり、その影響かチラチラと周りの視線が集まる。____が、それは一先ず気にしないでおこう。
それよりも先に優先すべきは、まだ騒々しく話している少女を止める事だ。
少女は身長百六十センチくらいだろうか。茶色がかった髪に、騒々しい口調からは想像できない整った顔立ちの、少女。朝霧楓(あさぎりかえで)だ。
「あー、楓」
「はい、何ですか蓮都様?」
「さっきから、ちょっとうるさい」
「え、ええええ!?」
オーバーリアクションとも取れるほどに後ろへ下がる楓は、あからさまにしょんぼりしていた。更に小さく「す、すみません!」と謝る始末。
そしてやはり蓮都に付き添う形で同じく後ろを歩いていた少年がははっ、と笑いながら楓へと近寄る。
「お前ってほんと学習しねぇよな。これで何度目だよ」
「う、うるさいわね!ほっといてよ単細胞!」
「なッ……!」
こちらは蓮都より身長が五センチは高いであろう(蓮都は百七十八センチ)。顔はイケメンの分類に入り、楓と同じように表情がコロコロ変わるのが特徴。その少年の名は、水無月蒼夜(みなづきそうや)だ。
「単細胞ってなんだよ!バカ女!」
「そのままの意味ですけど?え、わからないの?そんなあんたにバカって言われたくないわ、ハゲ!」
「ハゲてねぇよ!!ふさふさだろ!」
などと、やはり二人はやかましい。言い争いから取っ組み合いへと発展している自分と同い年の彼らたちを見つめ、
「はぁ……」
とため息をついた。
この二人のおかげで鬱陶しい視線が倍増している。もはや頭が痛くなってきた。
「……喧嘩はいいが、あまり周りに見せつけるなよ。ケンカップルさん」
「「なッ………」」
そこでハッ、と蓮都の言葉で我に返ったのか、二人は距離をとり赤面しながら視線を泳がせる。二人はいわゆる恋人同士なのだが付き合う前から喧嘩が多く、それが今でも改善されていないのだ。
だが、何にせよ。
_____静かになったな。
蓮都は再び前を見た。
桜の舞う通学路。楽しげに笑い合っている学生たち。だが、ここの生徒は普通ではない。
なぜならここは、普通の学校ではないのだから。
国立魔法大学付属第一高校。
毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいる高等魔法教育機関として知られている。そしてそれは、優秀な魔法技能師(略称「魔法師」)を最も多く輩出しているエリート校ということでもある。
そこは、
徹底した才能主義、
残酷なまでの実力主義、
それが魔法の世界。つまり、
「全員がライバルってことか」
蓮都は新学期の楽しげなムードに浮かれている生徒たちの姿を眺める。すると背後にいた二人が隣に並んできて、蒼夜が言う。
「いやいや、蓮都様ほどの実力者が平和ボケしている奴らの中にいるわけないっすよ」
続いて楓が勢いこんで、
「そうですよ!第一、影でこそこそ人を見下している時点で器量が知れます」
薄く笑い、先ほど通り過ぎて行った生徒たちの背に視線を移す。彼女があざ笑っているのはその生徒たちの会話だろう。「補欠なのに張り切っちゃって」や「所詮、スペアなのに」などと言う言葉が普通の会話で飛び交っていた。
ちなみに魔法教育に平等という言葉は存在しない。
エリート校に通う事になるとはいえ、誰もがエリートと言う訳ではなく実際には第一高校に在籍する生徒の内、わずか半数程度。多くの生徒たちからそれらを識別するには制服に刻まれているエンブレムの有無。先ほど少年たちに視線が集まっていたのはそれを確認するためだ。
八枚花弁のエンブレムを持つ一科生を花冠(ブルーム)、エンブレムを持たない二科生を雑草(ウィード)と呼び、雑草を意味するウィードは差別用語として校則で禁止されている。だが、入学の時点から優等生か劣等生かで分けられてしまい、必然的に一科生が二科生を蔑んでしまう事が多い。
無論、二科生の中には一科生を越える「何か」を持っている者もいるはずだが、一度生まれた差別意識は簡単に埋めようがないのも事実であった。
「まあ、大丈夫ですって。何も心配いりませんよ」
その言葉に蓮都は蒼夜を横目で見る。
「別に何も心配してない。てか、まずその言葉遣いをやめろ。特に学校で様を付けるなよ、絶対に!」
「で、ですが…」
不満そうな楓に無言の圧力をかける蓮都。渋々、二人はそれを承諾した。そこで何か思い出したように楓がこちらを見上げてくる。
「あ、一つ聞いてもよろしいですか?」
「ん?」
「なぜ蓮都様は入学試験、手を抜かれたのです?蓮都様なら主席は間違いないはずですが…」
(……さっそく様か)
小首をかしげる楓。それを蓮都はちっこい楓を見下ろして、
「俺はここで力を見せるつもりはない。てか、お前らも手を抜いといてよく言うよ」
そう言って、蓮都は笑ってみせる。またまた二人は不満そうだが、蓮都は初めからそのつもりだった。
平凡な目立たない生徒として三年間を過ごす。
それがここでの自分の設定であった。
「じゃ、行くか」
「待って下さい、蓮都様」
「…………」
それに、蓮都も蒼夜も黙ってしまう。
蓮都はもう、うんざりしきった顔でため息をついて歩き出す。すると背後から蒼夜が申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの、楓には俺から……」
「頼む」
その二人の会話を見ていた楓は、わからないという顔をしているが、気にせず蓮都は先に学校へと向かった。
入学式まで予定より早く着いたため、学校の敷地内を歩いていると、中庭に置かれた三人掛けのベンチに腰を据えた一人の人物を見つける。
スクリーン型の携帯端末に視線を向けているせいで顔ははっきりとわからないが、エンブレムは無いようだ。
だがこの時、蓮都は直感していた。只者ではない、と。
彼の非常に落ち着いた雰囲気、そして彼の纏うオーラがその全てを物語っている。正直、エリート校とは言え、つまらないだろうとなめていた自分が間違いだと気づかされた。
少し面白くなりそうだ。
そう思うと、自然と口角が上がる。
蓮都が踵を返してその場から立ち去ろうとした時、一瞬だが顔を上げた彼と視線が合った気がした。そのわずか一瞬、ものの数秒にも満たない瞬間になぜか色々と見透かされたような気分になる。しかし、優等生と劣等生の二人はそれぞれ抱くものを胸の内に秘めて無関心を装い離れて行く。
これが二人の始めての出会いとなった。
♢ ♢ ♢
(さて、これからどうしたものか)
蓮都は舗装された道を歩きながら、時間の潰し方を考えていた。携帯を取り出し、現在の時刻を確認する。入学式まで、あと一時間。
「………ふむ」
寝るか、と蓮都がそう結論付けた時、
「新入生ですね?どうかしましたか?」
後ろからそんな声がする。女の声。しかもそれは聞いたことのある、女の声だ。蓮都は振り向き、そちらを見る。すると一人の女性が立っていた。
綺麗な黒色のフワフワした巻き毛ロングの髪、赤い瞳。忘れるはずがない、真由美だ。
七草真由美(さえぐさまゆみ)。第一高校の現生徒会長であり、十師族の中でも四葉と並んで最有力と見なされている「万能」の七草の血を引く才女。
女性として小柄な彼女であったが、ルックスやプロポーションなど文句の付けようがない美少女だ。
そんな彼女は困ったような顔で、こちらを見つめている。久しぶりに会った少年に、どう声をかけたらいいのかわからない____そんな顔でこちらを見つめ、
「……入学おめでとう、れんくん。ようこそ第一高校へ」
苦笑気味にそう言う。そしてそれに、蓮都はどういう態度で彼女に接するかを考えた。
「ありがとう……ございます…“七草先輩”。…お久しぶりです」
と、頭を下げた。すると彼女の瞳の奥が少し波打ったように見えた。
「ああ、そうなっちゃうのね」
「そうなる、とは?」
「昔みたいに接してくれないんだ」
それに蓮都は平常心を保ったまま応える。
「あの時とは違います」
「…………」
「もう、自分も何も知らない子供ではないので」
その返答に真由美の表情はほんの少し怒ったような、それでいて悲しげな色を帯びていた。
蓮都はその真由美の顔を見つめる。だが、彼は何も言わない。いや、彼女に言えるだけの力を自分は持っていない。
なにせ、自分と彼女との距離は昔とまるで変わっていないのだから。それどころか、その距離は少しずつ離れている気がする。
すると真由美は微笑む。それは昔とは違い、無邪気なだけでなくどこかはかなげな美しい微笑だった。
「………本当に久しぶりなのに、なにも言ってくれないの?」
「言える言葉を持っていませんから」
「…………」
真由美はまた黙ってしまう。二人の間に気まずい沈黙が流れる。心地良い風だけが二人の髪をもてあそんでいた。それから沈黙に耐えきれなくなったように、真由美が言う。
「そういえば、入試成績第二位だと聞いたわよ。あなたなら主席も狙えたでしょう?」
「過大評価し過ぎですよ」
遮るように蓮都は言った。真由美がこちらを見つめてくる。しかし、彼女がなにを言いたいのかは、いまいちわからなかった。いや、わかったところで、どうしようもないことだ。
蓮都は顔を上げて、
「……七草先輩は、この十年でお美しくなられましたね」
と言ったところで、しまった、と蓮都は思う。今のは本当に自分が思っていた本心だ。するとそれに、一瞬真由美は驚いたような顔になり、それから少しだけ嬉しそうに笑った。
「そして乱暴者だったあなたは、お世辞を言うことを覚えたの?」
「お世辞などでは…」
いたずらっぽく笑う彼女に少し焦りを見せてしまう。
「でも、れんくんに綺麗って言ってもらえるのは嬉しいわ」
などと言い、少しだけ恥ずかしそうに彼女は赤面する。蓮都はそんな真由美に見惚れてしまった自身を叱咤した。
「……では、人を待たせていますので失礼します」
「え、あ……うん」
表情は変えず、真由美にそう告げて足早にその場を後にする。あれ以上、耐えられるほど自分が大人だとは思えなかった。あれほど自分に言い聞かせてきたことが、今日のこの一瞬で無駄になる所だ。
「はは」
(何やってるんだ、俺は…)
誰にも見えないように、拳を握った。
♢ ♢ ♢
講堂に入ると、その光景に一瞬目を丸くした。座席の指定は無いはずだが、見事に前半分が一科生、後半分が二科生と綺麗に分かれているからだ。ここまでくれば最早笑いが込み上げてくる。だが、ここで自分一人が目立つような事をしたくなかったので、蓮都もその自然の流れに乗ることにした。
「蓮都さ……じゃなかった。蓮都くん」
控え目な声をかけてきたのは楓だ。この数分で何があったかは知らないが、言葉遣いが改善されていた。
手招きする彼女の左隣には蒼夜がおり、そしてその反対側が空いていることから場所を取っていてくれた事がわかる。蓮都はその心配りを有難く頂戴する事にした。
(ここの椅子、座り心地がなー…)
と、心の中でボヤきつつ、重くなる瞼を閉じようとした、のだが、
「蓮都くん」
楓が言う。
「ん?」
「なにか、ありましたか?」
それに蓮都は振り返り、少しだけ心配そうな顔の楓と興味を示している蒼夜を見つめてにやりと笑って、こう答えた。
「別に。いつもどおりだ」
そうこうしている間に入学式が始まった。今年の新入生代表を務める司波深雪(しばみゆき)と名乗る少女は可憐な美貌と堂々とした態度から全員が見惚れているようだ。その答辞内容と言えば「皆等しく」とか「一丸となって」とか、結構際どいフレーズを連発していたが、誰も気に留める様子は無かった。
そんな式の終了に続いてIDカードを受け取る。
「蓮都くん、何組ですか?」
すでにカードを受け取っていた楓と蒼夜がワクワクしているような、そしてドキドキしているような顔で問い掛ける。
「A組だな」
蓮都の答えに、
「私は……B組です….」
「俺はC組っす」
ガクッと効果音が聞こえてきそうなほど、二人は落ち込んでしまう。別のクラスになったとは言え同じ一年生の、しかも場所的に近いクラスに二人は配されているのだからいいじゃないか、と蓮都は思うが二人には違ったようで、
「こ、これは何者かが意図的に仕組んだことよ。そうじゃないとおかしいわ!」
「お、確かに。それは一理あるな!」
「………ねぇよ」
さすがの蓮都も呆れた顔でツッコミを入れてしまう。高校入学というイベントに浮かれているのはわかるが、馬鹿げたことは言わないで欲しい。
はあ、と短いため息をついたところで蓮都は校門へ向け歩き出した。
「あ、蓮都くん。ホームルームへはどうしますか?」
「んー……いいよ。眠いから帰るわ」
手をひらひらと振りながら、再び歩き出す。
そして夜神蓮都は、晴れて高校一年生になった。
詰め込みすぎました(^_^;)
達也たちの活躍は次の話か、その後からになる予定です!
間違いなどありましたらご指摘お願いします。感想や、アドバイスなどもしていただければと思います!