二日目。
登校したばかりの一年A組は騒々しかった。いや、このクラスに限った事ではないだろう。昨日の入学式からか、それ以前からの交友関係かは定かではないが、既に教室でちらほらと小集団が出来ている。
おはよう、と言われれば挨拶するというごく普通の礼儀は行い、蓮都は自身の端末を探そうと机に刻印された番号を探す。夜神という姓から考えれば最初の列と言う事はない、逆に最後の列から探せば早いだろう。とりあえず、廊下側から順に窓際の席へと視線を動かす。
幸運と言うべきか、一番後ろの窓際の席となった。
集団に属するのが嫌いな蓮都は心の中でガッツポーズをすると、自身の椅子に腰掛ける。そこでひと息つくと、自然と蓮都は教室を見渡す。
そして、視線が一つのグループに定まる。そのグループは明らかに他のグループとは異なり、餌に群がるハイエナのような絵になっていた。一方的に、それも何人もから一斉に話しかけられている一人の生徒は、僅かながら疲れの色が見える。
その生徒は、昨日の入学式で堂々かつ完璧な答辞を行った司波深雪。周囲の生徒達は男女問わずそんな彼女に射止められた者たちだろう。
普通ならば優等生であればあるほど尊敬と共に疎まれ、妬まれるものだが、どうやら深雪は当てはまらないらしい。確かに魔法成績良し、容姿良し、性格良し、なら納得がいく。現に疲れの色を周囲の生徒たちに見せないように彼女は笑顔で振舞っている。
すごいな、と感心しつつ同時に可哀想にと思う。だが蓮都はそれに対する助け舟を出すつもりはない。簡単な事だ。めんどうだからだ。
無駄に関わろうとすれば、他の生徒たちも交友を広めようと近づいてくる。絶対、とは言えなくても蓮都は確信していた。
「あの、す、すみません」
頭上から掛けられた女の声に、蓮都は振り返る。そこには二人の少女が立っていた。
「私、光井ほのかって言います」
「北山雫(きたやま しずく)です」
突然の自己紹介に、さすがの蓮都も一時思考が停止してしまう。だが、それも一瞬の事ですぐに回復する。
「あ、夜神蓮都です。よろしく光井さん、北山さん」
にこりと答える蓮都に安心したのか、ほっとしたような顔のほのかと嬉しそうに微笑する雫。すると、ほのかは蓮都の席の右斜め前の席に座る。
「席が近いのでこれからよろしくお願いします。えっと………」
「蓮都でいいよ」
「はい。じゃあ、私のこともほのかで」
「私も」
蓮都は承諾する返事の代わりに頷く。二人が楽しそうに話しかけてくるのを受け答えしながら、蓮都は考えていた。
(『光井』と『北山』か…)
その両家とも蓮都は知っていた。
光井。
伝統的な魔法分類である『地』『水』『火』『風』『光』『雷』といった元素(エレメント)の属性に基づいて開発が進められた魔法師。光井は名の通り、光のエレメンツの血統である。
北山。
日本の大実業家であり、かつて振動系魔法で名を馳せたAランク魔法師である北山紅音が嫁いだ名家だ。
そんな有名な家柄が多いのは、さすが魔法科高校。さすが一科生と思えた。
予鈴が鳴ったことで席の離れた雫は自身の席へと戻る。そして、電源の入っていなかった端末が自動的に立ち上がる。それをぼんやり眺めていると、本鈴が鳴るとともに前側のドアが開く。
すると、現れた男女一組のカウンセラーの自己紹介が始まり、端末に第一高校のカリキュラムと施設に関するガイダンスが流れ、最後に選択科目の履修登録を行うと、ようやくオリエンテーションは終わった。
だが、終わった時刻は何とも中途半端で昼食まで一時間以上の時間が空いている。通常なら、即授業に入るべきなのだろうが、今日から明日にかけての二日間、魔法授業の見学などが自由に行えるのだ。
さて、何をして時間をつぶそうか、と蓮都は窓の外を見つめ、考えた。資料を眺めるのもいいが、すぐに飽きてしまうだろう、と。教室でクラスメイトと会話するのもいいが、すぐに疲れてしまうだろう、と。そして、
「ふぁ〜……」
(………寝るか)
あくびを一つした蓮都は最終的にそう結論付ける。だが、何事も自分の思い通りに事は進まない。
「あの、蓮都さんも一緒に行きませんか?」
そう、尋ねてきたのはほのかだった。ほのかの後ろから雫もひょいっと顔を出している。
一緒に、と言う誘いはどうやら空いた時間を有効的に使おうと、工房や闘技場などの施設を見学しようと言う事だろう。もちろん、断ることは出来る。だが、同時に断る理由がないのも事実だ。そして、考え抜いた結果、
「ああ、ありがとう」
これで、蓮都の行動するメンバーは決まった。
早くも行動するメンバーが決まりつつある中、蓮都は後悔の念に駆られていた。どうやら、ほのかと雫は深雪に付きまとっている生徒達の仲間だったようで、必然的に蓮都もその一人となってしまう。
まあ、いいか、と蓮都は共に行動しているメンバー達を見た。クラスの大半が占めるこのグループに属さないほうが逆に目立つ。これだけ大勢いるのだ、隅の方で大人しくしておこう。
こうして、見学が始まった。しかし、その見学する光景もまた異様なもので、
どこへ行きたいのかと深雪に尋ねられても、ほとんどの者が言葉を濁して深雪の言う事なすこと、うんうんと頷くのみ。誰も意見を言わない。更に深雪のお近付きになりたいのか、男子生徒が事あるごとに話しかけて褒めていた。
確実に、そして着実にストレスを溜めていく彼女に、おそらく誰も気づいていないだろう。
「……ははっ」
と、蓮都は誰にも聞こえない声で笑う。
それから時間が経つのは早かった。今の時刻は昼前。そろそろ食堂が混む時間だ。今だ見学を行うグループを横目に、ほのか達に一言断りを入れてグループから離れる。
早めに切り上げたのは理由があった。高校の学食としては第一高校の食堂はかなり広い方で、テーブルにも余裕がある。だが、やはりこの時期は混雑しやすいだろう、と蓮都は予感して食堂へ足を運んだのだ。
「蓮都さ……じゃなくて、蓮都くーん!」
まるで待っていたかのように____現に待っていたのだが、テーブルの一角から手を振る楓を見つけて、そちらへ歩を進める。すでに蒼夜もおり、食事の準備は万端であった。
「待ってましたよ。ささ、頂きましょう」
にこやかに言う楓の言葉を合図に、蒼夜はがっつくように食べ物を口に運ぶ。よほどお腹が減っていたのだろうが、それを哀れんだような目で見ていた楓が、
「汚い、最悪、ありえない」
とだけ、静かに言う。僅かにピクリと反応を示した蒼夜に、「ストーップ」と蓮都が先手を打つ。このままでは喧嘩に発展してしまうだろう。だが、こんな公然の場でそれだけは避けたい。
何とか二人は寸前の所で止まったが、食事が終わるまで視線の火花は散らし続けていた。
食事を終えて席を立とうとした頃、何やら騒がしくなっているテーブルを見つける。どうにも聞いたことのある声だったし、見たことのある人物たちだった。
騒ぎの中心になっていたのは、先ほどまで行動を共にしていた深雪たち。たち、と言っても主な原因は彼女ではなく、彼女にまとわりつく生徒達と、もう一方の生徒達が主であろう。
相手の側の生徒の制服にエンブレムが無いことから、二科生だとわかる。ただ、それだけで蓮都は今回の騒動のだいたいの察しがついた。
口論を広げる両グループを眺めながら、蓮都は二科生のグループの中に入学式前に少しだけ見た少年の姿を見つける。これだけの騒動、更にからまれた方側であろう彼は顔色ひとつ変えず、落ち着いた物腰でその場を一歩引いた所から見守っていた。
あの落ち着きは何だ、と蓮都が少年を探るために視線を送っていると、始めはまだオブラートな表現の会話に拍車がかかり、どんどん熱を帯び始める。
聞けば、一科と二科のけじめだの席を空けろだの、身勝手な言葉が並べられていた。さすがにこれは聞くにたえない。
「何をやってるんですか?」
気がつけば蓮都はそう両者に切り出していた。聞いた限り声色に変化はない。冷静に紡がれたその言葉の主である蓮都へ視線が集まるのはこの場面では自然な流れだった。
蓮都の登場に何を勘違いしたのか、一科生は表情を輝かせ、反対に二科生は気まずそうな表情のものになる。
「少しは周りの事を考えてくれ。ここは君たちだけのものじゃないんだ。何があったか興味ないが、これ以上騒ぐつもりなら外で続きをお願いするよ」
この蓮都の突き放したような言いように、一科生と二科生の表情は一転。一科生は裏切られたような表情に、二科生は驚いたような表情に変わる。
「すまなかった。だが、元々二科生が悪いんだ」
周囲の中で一番に謝ってきたのは、同じクラスの、それも名家出身の男子生徒。その生徒が純粋に謝っておればこの場は収まりがついたはずなのだが、その謝罪も形だけで、今だ何か言いたげの顔をしていた。
現に謝罪の後、何が「だが」なのかわからないが、再び火に油を注ぐ言動をしている。これでは収集がつかないではないか、と蓮都は心の中で悪態をつく。
「えっと、君は______」
「僕の名前は森崎駿(もりさき しゅん)。森崎家に連なる者だ。君は……確か次席の夜神蓮都だな。先ほどはすまない。けど、僕たちは司波さんに一科と二科のケジメを付けた方が言ったまでだ。ウィードと相席なんて…」
始めはただの自己紹介だったが、後半は校則で禁止されている用語を入れてくるほど森崎は強気な態度をとる。今の会話でわかったことは、プライドが高く、目立ちたがり屋で、尚且つ空気を読まない性格であるということ。だが、森崎家は百家の支流であり、「早撃ち(クイック・ドロウ」で有名だ。おそらく、プライドに担う高成績を修めているに違いない。
そんな相手が聞き分けがいいはずもなかった。
「それは司波さんが決めることだ。俺でも、ましてや君たちが決めることじゃない。彼女が彼らと食事をしたいのなら、それでいいじゃないか」
「ブルームである司波さんがウィードの中にいるべきではない。それではいずれ彼女は枯れてしまう」
「……禁止用語はそんな堂々と使わないほうがいい」
「ウィードはウィードだろ。どうせ落ちこぼれなんだから、少しブルームに遠慮すべきなんだ」
身の程をしれ、と言わんばかりに言葉をつづる森崎に、二科生の男子生徒と女子生徒が口を開きかけたが、それを蓮都が遮る。
傍観しておくべきだった、と今更後悔した蓮都は森崎と他の一科生に視線を向けた。
冷たい瞳で、もううんざりしたように顔を歪めた蓮都が、
「はっ、おまえ、めんどくさいな」
「なっ……!」
突然の蓮都の変わりように森崎を含め他の一科生、そして二科生は驚く。なぜか、楓と蒼夜は誇らしげだったが、それを気にも留めず蓮都は言葉を重ねる。
「ブルームだのウィードだの……そんな事以前にまず相手に礼を示すべきだろ。確かに、一科生は二科生より魔法の成績が優れているのは事実だ。だが、だからと言って先ほどからの身勝手で傲慢な言動の数々、許されることじゃない。恥を知るべきだ」
きっぱりと言い放つ蓮都の発言に森崎たちは言葉を失う。
一科生が二科生の肩を持つような形になっているのが信じられないのだろうが、今回は一科生の方が悪い。それに、彼らは悪目立ちしすぎている、そろそろ釘をさしておくべきだ。
「何だよ…お前ら、俺たちじゃなくてそいつらの味方をするのか!?」
「味方も何も…、そう言うことを言ってるんじゃないだろ。なら何だ、相手より優れているとわかったら偉くなるのか?普通の礼儀も忘れるのか?ここ(第一高校)では結果が全てだと言うなら、司波さんは彼らを選んだ。席を先にとったのも彼らだ。……つまり、負けたんだよ。それを受け入れろ」
それが止めの言葉だった。一方的に言われた一科生は不満そうな顔色を残しつつも、言い返せずにいた____否、返す言葉を見つけられずにいた。二科生は二科生で唖然としているため、口籠っている。
蓮都は両者を見渡して、これまでか、と理解して再び口を開く。
「よし、今回はこれでお開きにしよう。一科のみんな、わかったなら精進すればいいんだあまり気を落とすな。二科のみんな、俺では不満だろうが、すまなかった」
謝罪と共に頭を下げる。
それを見た楓と蒼夜はパニックに陥っていたが、これで何とか幕を閉じる事になった。
そんな光景を離れた場所で見つめている、一人の人影が。
「ほう…………」
感心したように呟かれた言葉の意味を、蓮都は知る由もなかった。
遅くなりました……。
これから一週間に一度の更新になるかもしれませんが、どうか温かく見守って下さい。
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