揉め事は一度冷めれば案外簡単にかたがつく。というより、蓮都に上手く丸め込まれたと言った方がいいだろう。周りからの視線によって、ばつが悪そうな顔をした森崎たちは足早にその場から退場していった。
蓮都も立ち去ろうとした時、背後から声を掛けられる。
「夜神くん」
振り向けば、深雪と残っていた二科生がそこにいた。
「ご迷惑をおかけしてしまいまして申し訳ありません。ありがとうございました」
深雪が謝罪とお礼の意を込め、深々と頭を下げる。それは礼儀作法のお手本のようで、蓮都は思わずたじろぐ。わざわざこの程度の事に、と言えば失礼だが、正直ここまで丁寧にしてもらわなくて結構だ。蓮都に対する周りの視線____ほとんどが男子生徒からだが、痛い。痛すぎる。そんな事を思いつつもそれを表に出さずに蓮都は笑顔で答える。
「大丈夫だ。気にしないで」
不自然なく、違和感なく、答えるのはこの場合意味がある。それらを行い、全てを見透かすような目でこちらを見る少年に不信感を持たれないためだ。そんな少年を前にして蓮都は改めて一つの感情を抱く。
強い、と。
他を圧倒する威圧感や、畏れるような恐怖心はない。だが、「ない」わけではなく、深くまで関わり過ぎれば牙を剥くタイプ。
逆鱗に触れないようにしなければ、と蓮都は直感的に悟った。
「それより、あんなにはっきり言っちゃってよかったの?」
先ほど、森崎の言葉に喰ってかかろうとした女子生徒が首を傾げている。彼女は明るい髪の色をしたショートヘアーで、活発的な印象を受けた。
「ああ、別にいい。たまたま一緒のクラスで、たまたま一緒に行動してただけだから。それに、大人数は苦手でね」
言葉に棘があるものの、それが事実だ。止めに入った時も、始めはにこやかに、且つ冷静に話していたが、相手の態度に痺れを切らし本来の態度をとってしまった。だが、それに関しては一切後悔していない。元々、馴れ合うつもりもなかった。表面上の関係ほど疲れるものはないからだ。
「へぇー、人は見た目によらないのね」
「どう言う意味だよ」
二カッと蓮都がはにかむと、緊迫していた場の空気が和らぐ。そして、それを合図に各々が口を開いていく。
「しっかし、一科の中にもお前みたいに気さくな奴がいるんだな」
空いていた隣の席に蓮都たちが座ると、今度は女子生徒と同じく喰ってかかろうとしていたもう一方の男子生徒が言葉を発する。
「そうか?俺からすれば君たちの方がよっぽどフレンドリーだよ」
そこで、あっ、と男子生徒が何かを思い出したようにポンっと手を叩く。
「自己紹介がまだだったよな。俺は西城レオンハルトだ。レオって呼んでくれ」
「あたしは千葉エリカよ。エリカでいいわ」
「あ、あの柴田美月です。よろしくお願いします」
「改めまして司波深雪です。よろしくお願いしますね」
と、バケツリレーのように順番に自己紹介が始まった。名前を知っていく中で、深雪はもちろんのこと、千葉という数字付きや、メガネをかけた_____おそらく、霊子放射光過敏症と思われる少女が気になる。
霊子放射光過敏症とは、霊子(プシオン)と呼ばれる魔法などの超心理現象で観測される粒子の活動によって生じる魔法師にしか見えない光が見えすぎてしまうことだ。
しかも、メガネの特殊レンズで遮断しなければならないほどなんて、と蓮都が思ったところで、待っていた彼の順番がきた。
「司波達也だ。苗字では、妹と区別しにくいだろうから、俺のことは達也でいい」
(司波達也、か……)
「俺のことはもう知っているかもしれないが、夜神蓮都だ。呼び方は好きに呼んでくれ。で、こっちが_____」
「私は朝霧楓です。よろしくね」
「俺は水無月蒼夜だ。蒼夜、で構わない」
二人もにこやかに名乗ったところで、蓮都はある疑問を浮かべる。達也が述べた、妹、というフレーズが気になって仕方がないのだ。
「もしかして…達也と司波さんは双子か何かで?」
ふとした疑問を達也にぶつけるが、どうやら相手にしてみればお馴染みのようで、
「いいや。俺が四月生まれで妹が三月生まれだから、双子では無いんだ」
さらっと返される。
つまり、達也が一ヶ月先にずれても、深雪が一ヶ月後にずれても同じ学年にならなかったというわけで、これは双子よりも低い可能性と言うことだ。
「はあー……それは珍しいな」
「そうか?別に大したことではないと思うが」
当の本人達はそれほど興味がない様子。まあ、それもそうか。
「夜神くんはこの後どうなされるんですか?」
横から入ってきたのは美月の声。どこか、気の弱さを感じられるが、女は見た目によらない。美月も実は気の強いタイプだったりしてな、と蓮都は思いながら、隣に座ると楓と蒼夜に視線を送る。
「そうだな……射撃場にでもいく予定だよ」
そう言うと、楓と蒼夜は目だけで了承の合図を出す。
「なら、あたし達と同じじゃん!自己紹介も終わったことだし一緒に行こうよ」
エリカの一言で同行が決まり、一科と二科の混合グループが食堂を後にした。
「やあ、君が夜神蓮都くんかい?」
射撃場へ向かう途中、突然聞き覚えのない声に呼ばれ蓮都は視線を向けた。その生徒の左胸にはエンブレムがあり、一科生だとわかるが、口調や纏う雰囲気から年上だと断定出来る。
「はい」
問いかけに答えつつ、蓮都はその一科の女子生徒に見覚えがあった。短く切られた髪に整った顔立ち。どちらかと言えば男性より同性から好かれやすいタイプであろう彼女は、七草や十文字と並ぶ「三巨頭」の一人だったはず。そして、現風紀委員長を務めている。
そんな人がなぜ俺を、と言う疑問は頭の隅に。蓮都は平常心を保つ。
「ちょっと私に付き合ってくれないか?」
「………え?」
パチンとウインクをする彼女に、蓮都の平常心は簡単に綻んだ。不信感を抱きながらも、蓮都はそれを受け入れる。それと同時に達也たちに断りを入れると、彼女の後ろをついて行くように歩いていった。
♢ ♢ ♢
第一高校の三年であり、風紀委員長である渡辺摩利(わたなべ まり)はカフェの一角で座っていた。無論、一人ではないのだが、目の前に座る一年生とのペアに周りの生徒は通り過ぎさまに二度見してしまっている。
こんなにも周りからの視線を集めているのに、年下である彼は気にしてない様子でコーヒーを一口。すごいものだな、と摩利は感心しつつ、まじまじと品定めするように彼____夜神蓮都を見た。
すらっとした身長に、赤毛の短髪。紫色に輝くアメジストの瞳は写し出した人物を虜にする。顔立ちも整っていて、これは完全にモテるタイプだ、と摩利は結論付ける。ほとんどの二度見していく生徒は女子生徒で、蓮都を見てキャーキャーと騒いでいる事からそれらを確証づけるには十分だった。
「俺の顔に何かついてますか?」
カップを置くと、テーブルばかり見ていた彼がすっと視線を上げて摩利を見る。ずっと視線には気づいていたのだろう。だが、それを気づかないフリをしていた蓮都は摩利からの容赦ない強い視線に、根負けしたのだ。
「い、いや。何でもない」
焦りを隠しきれていない摩利に、蓮都は追い込むことはせず、そうですか、と言って再び黙る。蓮都の態度がここまで徹底されていればもはや尊敬に値する。
「それにしても、すごい人気だな」
未だ騒いでいる女子生徒たちを見つめ、ポツリと漏らした摩利の呟きに、蓮都は眉を顰めた。
「何がです?」
「……無自覚なのか」
「???」
はあ、と大きめのため息を吐くともう一度視線を彼に向ける。今回、彼に会いにきたのはもちろん理由がある。大きくまとめれば二つの事だが、ことの発端は今日の昼食時の時のこと。
いつものように昼食を食べる為、生徒会室に訪れた摩利はご機嫌ななめだった。箸でおかずを突っつきつつ、視線をチラッと隣にやる。
笑顔で、いつも楽しそうに話をするはずの人物が、全く口を開かない。昼食も取らず、テーブルに突っ伏している親友である真由美を横目に摩利はどうしたものか、と悩んでいた。
「おーい、真由美。ちゃんと生きているのか?」
まるで腫れ物に触るようにツンツンと真由美をつついてみる。だが、今や生ける屍となった真由美にはこれぐらいでは通用しない様子。微動だにしない真由美を見て、摩利はにんまりと唇を歪める。
摩利は箸を一旦片付け、躊躇なく真由美の首をくすぐった。
「ひゃっ!ちょ、ちょっと、摩利っやめてってば、く、くすぐったい!」
「人の話を聞かないからだ」
しばらく二人でキャーキャーとじゃれ合いを始める。摩利としては真由美を元気付させようとした意図があるのだろうが、恐らく日頃の仕返しも入っているに違いない。現にノリノリだ。
「わ、わかったわよっ。ごめんなさい、これでいい!?」
くすぐりに弱いのか真由美は、はぁはぁと息を乱している。手を止めた摩利は、なぜ上から謝られなければならないのか腑に落ちなかったが、
「とりあえず許してやろう」
威張るようにそう伝えた。それに真由美は呆れたような顔をしていたが、気にしない。
「それで、今日は一体どうしたんだ。いつにも増して酷いぞ」
摩利の指摘に真由美は口ごもる。ここ最近、彼女が落ち込んだり不機嫌な日は多々あった。それらを考慮した上で、今日は一段と酷い。人目のつく場ではそれらを隠し、気丈に振る舞うはずなのに真由美はそれすら出来ていなかった。
ふむ、と言うように顎に手を当て考えるポーズをとると、摩利は気になっている事をさり気なく切りだす。
「蓮都くんと何かあったんだな?」
ビンゴ、と言わんばかりに真由美がうっと呻く。わかりやすいな、と口角を上げてニヤリと笑う摩利に自身の危機を感じたのか、そろそろと離れようとする真由美の手を握る。無論、にげられないようにしっかりと、だ。
「ぜひ教えてもらいたいな」
摩利の頼みに、そっぽを向く真由美。
「おーしーえーろー」
再び、くすぐりを再開するような構えを取る摩利を見て真由美は冷や汗を流す。じりじりと距離を詰められていく中で、逃げられないと悟った真由美は、
「教えるっ、教えるからっ!」
と、始めはいやいやだった真由美も聞いて欲しかったのか、案外簡単に口を割った。昨日の経緯を聞き終えた摩利は驚きの声を上げる。
「はー、それはどうりで真由美が荒れるわけだ。蓮都くんも美しく成長した元恋人を見て、よく平然といられたものだな」
「驚くのはそっちなの!?」
バンッとテーブルから身を乗り出す真由美。目が、そういう事じゃないだろ!と訴えかけている。
「まあまあ、落ち着け。つまり、真由美は態度が一転した元恋人とどう接したらいいのかわからない、と悩んでいて、同時に彼に現在進行形で恋人がいるのかを知りたいと言う事だな?」
「………うん、まあね…」
「で、真由美はまだ彼の事が好きなのか?」
摩利が投げ掛けた質問に、真由美は徐々に顔を真っ赤にしていく。この反応を見れば聞くまでもないか、と摩利が思ったのも無理はない。時折、蓮都の事を話す真由美の表情は乙女の顔だったと記憶している摩利からすれば明白だったのだ。
真由美は真っ赤な顔を隠すために、俯いて黙っていたが、静かにだが力強く頷く。
それを確認した摩利はにやにやが止まらない。これで当分、真由美をいじるネタが出来たと言うように、摩利は満足気な顔をしていた。
「それにしても、やるな〜蓮都くん」
「え?」
「真由美にここまで思われているんだぞ。何て幸せな男……いや、罪深き男と言うべきか」
「まっ摩利!」
摩利の一言に真由美の顔は更に赤く染まる。本当に面白いな、と摩利はまだいじりたい気持ちを隅におきゴホンッと咳払いを一つ。
「まあ何にせよ、好きならそれでいいじゃないか。そこで真由美まで態度を変える必要はないだろう?私は彼の事を詳しくは知らないが……彼が突然態度を改めたのも何か事情があったのかもしれん。本当に嫌われたのなら、声を掛けられた時点で無視されているさ」
「………そう、かしら」
「ああ」
「さすが、彼氏持ちは言う事が違うわね」
「う、うるさい!」
二人は視線が交差すると、耐えきれずに一斉に吹き出す。笑い合い、次に顔を上げた真由美の顔はどこか清々しそうだった。
「ありがとう、摩利。スッキリしたわ」
いつもの凛々しさも取り戻された真由美にお礼を述べられ、摩利は少々照れた。ほんのり赤く染まる顔を見られないように、そっぽを向きながら摩利は本日彼女に伝えるべき事を伝える。
「これから蓮都くんに会いに行くつもりだ」
「どうして?」
「前々から話していただろ。新たに出来た枠に彼を推薦しようと思ってな」
ああ、と思い出したように真由美が反応する。摩利は今現在の時刻を確認すると、お弁当を片付け席を立つ。
長話し過ぎて時間の経過がいつもより早い。足早に出口へと向かうと、半分室内から出たところで摩利は踵を返す。後ろから、ありがとう、と手を振っていた真由美も何事だと驚いていた。
「な、なに?」
「安心しろ。彼に恋人がいるか、いないかは私がしっかりと聞いといてやる」
そう言うと、にんまりと笑って摩利は生徒会室を後にした。背後から聞こえる声を無視して。
____と、言うこともあり、摩利は話を切り出すタイミングをうかがっていた。沈黙が続く中で、それを破ったのは、
「それで、俺に何の用だったんですか?」
意外にも沈黙を貫いていた蓮都であった。ほんの少し眉を寄せ、むっとした顔をしている。どうやら、痺れを切らしたらしい。その顔を見て摩利は何を思ったのか、
「君、恋人はいるのか?」
とてつもなく大きな爆弾を投下する。あまりにも突然の事に、蓮都はカップを手から滑り落としそうになるのを何とか凌ぐ。
「………先輩は不躾な質問をなさるんですね」
「おや?気に障ったのならすまない。しかし、君がこれほど女性からの熱い視線を集めているのに平然としているから、てっきり恋人がいるのかと」
「いませんよ、そんな相手。それに、この視線は渡辺先輩に対してだと思いましたが、先輩はかっこいい方ですし」
その蓮都の言葉に摩利は顔を引きつらせる。確かに、女子生徒の中には摩利の熱狂的なファンも存在する。だが、これはこれ、それはそれだ。どうやら彼には自覚がないらしい。
「まあいい。……それで、ここからが今日の本題と言うわけだが。私が君を呼んだのは風紀委員に勧誘するためなんだ」
「……俺を、ですか?」
そこで摩利は頷き、言葉を重ねていく。
「風紀委員会は普通、生徒会、部活連、教職員会。この三者が三名ずつ風紀委員として選ぶ訳だが、今年度から新たに特別枠を設けることになった。そうだな…簡単に言えば、生徒会や部活連、他の委員会とより協力できるよう、架け橋になってもらう。といっても、本業は他の風紀委員たちと変わらないから安心してくれ」
「………」
「おや、どうした?」
説明に何の反応も示さない蓮都に疑問を覚え、摩利は蓮都に問いかけた。
「お断りします」
「それはなぜだい?」
「俺はそんな大役を勤められるような男じゃないからです」
きっぱりと言い放つ蓮都の眼は真剣だった。謙遜してる訳でも、面倒だからでもなく、本当に蓮都は自分ではふさわしくないのだと言っている。だが、そんな蓮都に思わず笑みを浮かべて、摩利は口を開いた。
「急な話ですまなかったが、私は君が風紀委員入りする事を強く支持するよ」
「どうしてですか?」
先程とは質問者と回答者が逆になっている。
「風紀委員は…まあ、何だ、言ってしまえば腕っぷしがいる仕事だ。その点は君は次席で、実技も文句無しだ、力比べは大丈夫だろ。だが、何より先ほどの食堂でのトラブルの仲裁は中々出来るものじゃない。一科と二科の溝も君にはなさそうだし、そんな人材が風紀委員には一人でも必要なんだよ」
摩利の言葉や態度は嘘でも演技でもない。相手の本心を見透かそうとじっと見つめていた蓮都は、それに対して素直に賞賛を贈る。
学校生活を送っていく上で、蓮都は目立つような立場になりたくなかった。家の事情もそうだが、蓮都自身にも色々と隠し事は存在する。だが、三年の、それも風紀委員長にこうまで言われて簡単に、すみません、ともう一度断れるほど蓮都も薄情者ではない。
暫し考えている蓮都を見て、摩利が口を開こうとするより早く言葉が紡ぎ出される。
「先輩の言い分はよく分かりました。正直なところ、俺の気持ちはまだ変わりません。でも、そうまで言われて引き下がれるとも、俺は思ってません」
その言葉に分かりやすいほど摩利は表情を明るく輝かせた。
「つまり、どう言う事だ?」
ニヤリと笑う摩利につられて、蓮都も頬を緩ませる。
「今回の件、お引き受けしようと思います。少しでも先輩の期待に添えるよう、責任を持ってやらせていただきます」
摩利の顔に、にんまりと人の悪い笑みが再び浮かんだ。
「そうか、それはこちらとしても助かる。それで、早速で悪いんだが今日の放課後、生徒会室に来てくれ」
「わかりました。放課後すぐに伺います」
「ああ、待っているよ」
笑顔でそう言われた後に蓮都は「失礼します」と一礼してカフェを後にした。
授業がいつの間に始まったのか、誰もいない道を歩くなかで蓮都は入学式で掲げた、平凡で目立たない自身の設定と別れを告げる覚悟をした。
詰め込みすぎました…。
今回は摩利が登場!
摩利も好きなキャラなので、早めに出せて良かったです。
特別枠と無理矢理な感じがすごいですが、その辺はよろしくお願いします。
感想や、アドバイスがありましたらぜひお願いします(^^)