物事というのは、決して思い通りにいかないものである。
そんなことは生きていれば誰だって自然と理解するもので、「仕方ない」と諦める人も多くはない。というより、すべて自分の思い通りにいく人生などつまらないし、困難があったほうが面白いとも思う。
だが、本日何度目かわからない“予定外”はさすがに気が滅入る。
(………この状況は、一体何なのだろう)
誰か説明してくれ、と蓮都は願った。もちろん、そんな願いは叶うはずもなく今の状況に流されつつある。
「なぁ……達也。俺、この後用事があるから先に行ってもいいか?」
「ダメだ、もう蓮都も関係者となっている。最後まで居てもらうぞ」
「マジか……」
蓮都の頼みを一蹴したのは達也。すぐに伺う、と約束した摩利に心の中で謝罪して蓮都は目の前で向き合いながら対立している、1-Aと1-Eの生徒に視線を移す。
事の発端は、意外にも美月が啖呵を切った事からだった。
楓と蒼夜に先に帰ってもらおうと、外で待っていた二人に近づいていったのが、不運の始まり。そこには二人の他に、達也をはじめとするエリカ、レオ、美月が話をしていた。
最初は断りを入れてすぐに生徒会室に向かおうとしたのだが、そこにクラスメイトを引きつれた深雪が現れ、「お兄様と帰りますので」とクラスメイトに別れを告げた。
_____が、一度反りが合わないと分かった相手と深雪が帰る事を「はい、そうですか」と受け入れられるほど、彼らは大人ではなかったらしい。「親睦を深めるため」とまわりくどい言い方をして、深雪を引き止めた。
どうやら(主に男子生徒だが)彼らは深雪と一緒に帰りたいようだ。
困る深雪を見かねてか、一科生のわがままな態度に我慢ならなかったのか、定かではないが、ここで美月が容赦なく正論を叩きつけた。いや、キレたのだ。
そして、今に至る。
「しっかし、美月が一番に怒るなんて…意外だなー」
蒼夜が後ろ頭をかきながら、本当に意外そうに言い争っている美月を見る。
「あら?女何て誰にも分からないものよ」
結構な近距離で蒼夜にそう言う楓は、ふふふ、と意味あり気に笑う。ふーん、と興味なさそうに蒼夜はそっぽ向くが、明らかに赤い顔をしている。喧嘩の絶えない二人だが、こういう点はまだ初々しいのだ。
などと思っていると、
「うるさい!他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」
「同じ新入生なのに、今の時点でどれだけ優れてるっていうんですかっ?」
ますますヒートアップしている状況に、今更気がつく。
「知りたければ教えてやるさ!」
「おもしれぇ!だったら教えてもらおうじゃねえか!」
完全に売り言葉に買い言葉。一科生を挑発するレオに頭を抱える。
これは、本当にマズイぞ。
「いいだろう。よく見るといい…これが____実力の差だ!!」
森崎は腰のホルスターにから素早くCADを引き抜いた。
魔法の世界にも法律は存在する。それは、学校外における魔法使用を細かく規制している。その中にある、自衛目的以外の魔法による対人攻撃を森崎は行おうとしているのだ。
森崎は拳銃型のCADの銃口を迷う事なくレオに照準し、起動式を展開。しかも、レオに向けられた魔法構築が見事なまでに速い。
(アレは特化型か…!)
CADには通常、汎用型と特化型の二種類がある。汎用型は最大九十九種類の起動式を格納できるが、使用者にかかる負担が大きい。一方、特化型は起動式を九種類しか格納できないが、使用者の負担を軽減するためのサブシステムが備わっていて、より高速の魔法発動を可能としている。
そんな特化型CADに納められている魔法は、攻撃的な魔法に違いない。
そこで蓮都の顔つきが変わる。
(少し冗談がすぎるぞ、森崎)
蓮都は反射的に左腕に巻かれたブレスレット形態のCADに手をすべらせていた。出遅れたとはいえ、今からならまだ間に合う。右手を伸ばして魔法を発動する寸前、蓮都はそれをやめた。
何故ならば_____、
「この間合いなら、身体動かしたほうが早いのよね」
森崎のCADは、エリカの警棒状のCADによって弾き飛ばされたからだ。当たり前のようにやってのけた彼女だが、あれは彼女の身体能力があればこそのもの。そんなエリカは笑みを浮かべてており、その姿に動揺や焦りの色はない。どこか風格すら漂わせる彼女は、どうやらこの手の事に慣れているようだった。
今や、視線の先でエリカとレオがギャアギャアと騒ぎまくっている。仲のいい事で、と言いたくなるが蓮都はその言葉を飲み込んだ。
この時点で隙がなかったとは思っていない。その僅かな隙を付き、周りの一科生数人が一斉にCADを構える。
「全員、CADを下ろせ。今すぐにだ」
右手を一科生たちに向け、蓮都は静かな威圧感を放つ。
「これは警告だ。起動式も展開している、抵抗するな」
「何だよお前、俺たちに命令するな!」
男子生徒の一言に、蓮都は思わず笑う。この生徒は勘違いしている、と。
「命令?違うな。これは警告だと言ったはずだが?…もう一度だけ言うぞ」
その瞬間、重く、暗く、おぞましい“何か”が空間を支配する。これは魔法の発動の予兆ではない。だからと言って、ただの殺気とも説明がつかない。もう、強いとか、弱いとか、そんなレベルではなかった。
恐怖だ。恐怖しか感じない。
「今すぐCADを下ろせ」
「そ、そんな事を言う権限。君にはないはずだ!」
冷や汗を流しながら、震える口で何とか男子生徒は言葉を紡ぐ。蓮都はやれやれ、と言う様に肩を竦め呆れていた。
「……勧告はしたからな」
一触即発の空気が流れる。だが、またまた意外な事に、先手をとったのは男子生徒たちの背後にいた女子生徒だった。
それを確認した蓮都だったが、魔法を発動するのではなく、伸ばしていた手を再び下ろす。理由は簡単、その必要がなくなったからだ。
パァンッ、と展開中だった起動式が、サイオンの弾丸によって砕け散る。
「止めなさい!」
その声に、ある者は硬直し、ある者は衝撃で蒼白となった。それもそのはず、生徒会長である七草真由美が現れたのだから。彼女が来たのならもう大丈夫だろう。蓮都は安心して続くであろう言葉に耳を傾ける。
「自衛目的以外の魔法による対人攻撃は校則違反以前に犯罪行為ですよ!!」
凛とした響きの中にある優しさがこもった声。彼女らしいな、と思いつつ歩いて来る人物へと視線を移す。微かに心が落ち着くのを感じる。
ああ、やっぱり彼女なのか。
何度消そうとしても消せない。何度忘れようとしても思い出す。
彼女は大切な人だ。……でも、だからこそ____、
一瞬、彼女と目があったがゆっくりと瞼を閉じる。それはまるで、全てを拒絶するかのように。
「君たち、1-Aと1-Eの生徒だな。事情は聞きます。ついて来なさい」
冷たい声でそう告げたのは風紀委員長の渡辺摩利。その手に持つCADは既に起動式の展開を終えていた。
当事者たちの生徒は硬直し、何も言えない。
だが、一人。達也は、ごく自然な態度で摩利の前に歩み出た。そこで、軽く一礼し言葉を告げる。
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「はい。森崎一門の“早撃ち(クイックドロウ)”は有名ですから、後学のために見せてもらうだけのつもりだったんですが、あまりに真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」
達也の発言に、誰もが言葉を失う。森崎は目を丸くしており、蓮都も「へぇー」と興味深そうに達也と摩利のやり取りを見つめる。
摩利は、エリカが手にする警棒と、地面に転がった森崎の拳銃型デバイス、更に他にCADを使おうとしていた生徒たちを一瞥してから、達也を見て冷笑を浮かべた。
「ではその後ろの1-Aの女子は?攻撃性の魔法を発動させようとしていたのでは?」
「あれはただの閃光魔法です。威力もかなり抑えられていました」
今度は全員が言葉を失う。
起動式を当ててみせる、と言う事は、魔法式を構築するための膨大なデータの塊を“意識して”“理解する”こと。それは展開する本人でさえ、膨大な情報量を処理するだけで精一杯だ。それを達也は普通にやってのけて見せた。これを異端と言わず、何と言う。
「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「……誤魔化すのも得意なようだ」
そして、それを分析の一言で片付けた達也に対し、摩利は皮肉を投げかける。ただ、それも一瞬の一言で、今度は視線を蓮都へ向けた。
「それで、君は約束をすっぽかしてここで何をしている?」
「特に何もしてません」
「嘘をつくな!」
しれっと言い放つ蓮都に摩利は思わず喰らいつく。はは、と笑う蓮都に摩利は額に手を当てていたが、気にしないでおこう。
「冗談です。渡辺先輩……いえ、委員長。今回は司波くんの言う通り、森崎くんたちが悪ふざけをしていたようなので、それに便乗してしまいました。自分が起動式を展開していたのが、その証拠です」
摩利の事を委員長と呼んだのは、蓮都なりの風紀委員の一員である自覚のようなもの。自身の非を隠さず述べたのもその為だ。
摩利は予想外の言葉に、言葉を詰まらせる。
結局、その場は深雪の深々とした謝罪と、生徒会長である真由美が助け舟を出す形で、何とか収集がついた。
♢ ♢ ♢
そもそも約束は破るためにある、と誰かが言っていた。もちろん、そんな言葉は本気にしていないが、蓮都は目の前からくる鋭い視線にいたたまれなくなっていた。
あの騒動の後、満面の笑みで近づいて来た(と言っても、目は笑っていなかった)摩利に捕まり、蓮都は生徒会室へと連行された。清潔感漂う部屋の中央にあるのは、会議用の長机、しかも今では珍しい木製だ。
生徒会室に入ると他に二人の生徒がおり、自分以外に男子生徒がいないのが気になったが席に着いた。
「ねぇ、摩利。もう許してあげてもいいじゃない」
摩利をたしなめるように真由美がそう言う。摩利はというと、「そういう事ではない」ときっぱり断ち切っていた。
「約束はこの際どうでもいい。だが、風紀委員ともあろう者があんな騒ぎを起こしてもらっては困るんだ。第一_____、」
「はい、摩利、ストップよ、ストップ。話が進まないじゃない」
真由美に指摘されて、いまだ納得がいかない顔をしていた摩利だったが、短いため息の後に話の主導権を真由美に渡す。
そこで、真由美がこの場にいる生徒の紹介を始める。
摩利の右隣に座っている長髪の生徒の名は市原鈴音(いちはら すずね)。大人びた落ち着きを纏う彼女は、少しきつめの印象があるが、美少女より美人の容姿を持つ。真由美は「リンちゃん」と呼んでいたが、イメージと合わない。
最後に摩利の左隣の生徒の名は中条あずさ。真由美よりも更に小柄な上に童顔で、真由美に「あーちゃん」と呼ばれ、潤んだ瞳で反発している彼女は拗ねた子供にしか見えない。先ほどの「リンちゃん」とは違い、こちらのあだ名は納得がいった。
「なるほど、貴方がそうですか」
口を開いたのは鈴音。じろじろと見られるのはこれで何度目だろう。
「貴方、とは?」
それが自分を指しているのは明確であったが、一体どういう意味なのかは理解できなかった。彼女の様な女性が適当な事を言うはずも無く、蓮都はその言葉にある真実が気になってしまう。
「会長がわざわざ入学式前の僅かな時間を割いてまで会いに行った相手が貴方だったのだな、と思っただけです」
鈴音は冷静かつ真面目な表情を崩さぬまま淡々と述べる。
「ちょっとリンちゃん!?もしかして…私の後をつけてたの!?」
どうやら真由美も知らなかったようで、心底驚いたような声を上げた。蓮都は蓮都で、リアクションを取るタイミングを失っていた。
「つけてません、偶然見かけたんですよ。誰にも行き先を告げず、ふらふらっと姿を消した会長を探していたら見知らぬ男子生徒と話をなさっていたのを見つけたんです。遠目からでしたので、夜神くんか自信はありませんでしたが、会長のその反応を見るかぎり当たっているようですね」
はめられたな、と言うのが蓮都の感想だった。
真由美は自分の落ち度にようやく気がつき、言葉を詰まらせている。助け舟を求めるように、視線を摩利やあずさに向けるが、摩利は面白がっており、あずさなど顔を真っ赤にしていて当てにならない。そして、何を思ったか蓮都にも視線を送ってくる。
視線が合い、助けて欲しいオーラ全開の真由美を見て、蓮都は関わると危険だと叫ぶ本能を無視して言葉を発しようとした。だが、それより早く摩利が手持ちのカードをきったのだった。
「ほう、公然とナンパするとはいい度胸じゃないか真由美。風紀委員長として、いささかどうかと思うが……蓮都くんの先輩として、また真由美の親友としては、二人の仲をとりもってやるのがすじというものか…」
(……………え?)
「そうですね。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
いよいよ雲行きが怪しくなってきた。真由美もあまりのことに、ぽか〜んと固まってしまっている。
「……ハッ、ち、ちょっとリンちゃん、摩____」
「さすが市原、わかっているな」
我に返った真由美が口を挟もうとするも、無駄なもよう。恐れ入ります、と一礼する鈴音や摩利の目を見るが笑っていない、本気でどうにかするつもりだ。
「二人とも、話を_____」
「やはり、最初は二人きりで過ごせる場所を探さないとな」
「それでしたら、こことここがいいのではないかと」
「おっ、さすがいい手際だ」
校内のマップを見ながら二人の話はヒートアップしていく。それを見ていた蓮都は諦めのため息をつき、居づらいのかあずさも背中を小さく丸めていた。
「もう!二人ともいい加減にしてっ!!」
それから間も無くして真由美の怒声が鳴り響いたのは余談である。
「コホン……そろそろ話を進めてもいいかしら?」
ね?と言うように黒い笑みを浮かべて摩利と鈴音に投げ掛ける。二人は黙って首を縦に振った。
「夜神蓮都くん、今回風紀委員の新たな役員を引き受けてくれてありがとう。風紀委員はただでさえ動いてばかりの仕事が多いけれど、それ以上に忙しくなるかもしれません。それでも大丈夫ですか?」
最終確認なのだろう。まだ今なら間に合うかもしれないが、答えは変わらない。
「はい、精一杯勤めさせていただきます」
その言葉に蓮都以外が笑みをこぼす。新たな役員に彼女たちなりに不安だったのだろう。
「風紀委員の他の役員たちとの顔合わせは後日するとして、今年度の生徒会メンバーはここにいる摩利以外の生徒と、もう一人、副会長のはんぞーくんを加えたメンバーです。よろしくね」
パチン、とウインクをする真由美に了承の返事を返す。「はんぞーくん」と気になるあだ名が出てきたがあえて置いておこう。
「それで、悪いんだけど明日の放課後にまたここによってくれる?その時には、はんぞーくんが居ると思うから」
「わかりました」
「今度はきちんと来るんだぞ」
「………もちろんです」
執念深いと言うか何と言うか、摩利の言葉に蓮都は苦笑する他なかった。席を立ち、生徒会室の戸で踵を返し一礼すると引き戸の取ってに指を掛けた時、
「蓮くん」
自分のあだ名を呼ばれて振り返る。もちろん、このあだ名で呼ぶ人物は一人しかいない。
「また、明日」
と、にこやかに手を振る真由美に対し、蓮都は目を丸くしていた。が、直ぐに切り替えると、ぺこりと頭を下げてその場を後にする。
(蓮くん……か)
態度を一変させた自分に、昔のように接してくれていることに驚きつつ蓮都は一人、帰り道を歩いて行った。
今回は鈴音やあずさが登場!
生徒会メンバーが好きなので、これから出していけたらなと思います。
てか、森崎の扱いが……。ま、まあ、森崎くんもいつか活躍してくれますよ。……たぶん。
感想や、アドバイスがありましたらよろしくお願いします!