男娼マエストロと栄光の少女たち   作:しみじみしじみ

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マリーベル①

 

 今日は高名な冒険者旅団がウチの酒場を利用するということで、誰もが浮足立っていた。

 同僚たちは今夜が稼ぎ時だと言わんばかりにとっておきの香水をつけて、おめかしに執心している様子。企業努力という奴だ。

 

 開店準備に励むスタッフたちに指示を飛ばす店長――『マダム』は、カウンターから身を乗り出して俺を呼びつけた。

 

「『マエストロ』、あんたは身綺麗にしなくていいのかい? なんなら、化粧のやり方も先輩に教えてもらってもいいんだから」

「遠慮します。男娼の間で流行っているのか知らないですけど、どこもかしこもこの香りがして……閨で野郎の顔を思い出すハメになりそうなもんですから」

 

 この店にいる男娼はなよっとした奴ばかりだからなあ。

 こう、同性として嫌悪感があるというか。

 そういう態度を取ると、後輩が可愛くて仕方ない彼らの”かわいがり”に見舞われるので、顔には出さないでいるが。

 

「それにしたってすごいですね……ウチの奴ら、全員出てきてるんじゃないですか?」

「そりゃそうさ。何たってあの『シルバークラウン』なんだ、確実に客は取れる。それに、気に入ってもらって、旅団お抱えの男娼になれば、もう金を気にする生活も送らずに済む。……あんたも名前だけなら聞いたことあるだろ?」

 

『シルバークラウン』。

 今をときめく最強の冒険者旅団。

 100年は達成されないと目されていた高難易度の依頼をいくつも達成してきた、生きる伝説だ。ドラゴンなんかを何体も討伐してるとか、夢みたいな話ばかり聞く。

 

 それがどうやら、依頼の関係かこっちの方に来ているとのことで。

 大きな商機。

 マダムが見逃すはずはなく、今夜、ウチを利用する約束を取り付けたらしい。

 凄まじい手腕だ。

 

「案外、あんたの知り合いもいるかもしれないね」

「まさか。冒険者時代に仲間だった奴らはみんな辞めて故郷に帰っちまいましたから」

 

 少し前だったら、シルバークラウンの名に思いを馳せていたかもしれない。

 冒険者。かつて俺もそうだった。何より自由だったと思う。あの頃の俺ならば、憧れもしていただろう。

 

「……それに、男娼やってるなんて知られたくはないですよ」

「それもそうだねぇ」

 

 もうあの頃のような純粋な心は持ち合わせていない。

 なるほどシルバークラウン。金払いがよさそうだとか、英雄色を好むというのは本当なんだとか、その程度のことばかり頭に浮かぶ。

 

 しかしまあ、有名人が相手となると、無茶なプレイを要求されたりするんだろうか。

 こっちもプロだし、ある程度は対応できるけど、乱暴なことはされたくはない。

 治癒魔術が普及しているおかげで、多少傷がつくくらいならマダムも動かないだろうし。

 

 そのへんの目利きは自分でしなくてはならないか。

 

「俺は上にいます。良い具合に客が酔っぱらったタイミングで降りてきますわ」

「あいよ」

 

 1階は酒場。

 2階は男娼と夜を過ごすための個室がある。

 基本的に個室で待機して、頃合を見計らって客を見定め自分を売り込む。

 それが俺のやり方だった。

 

「マエストロ」

 

 声色を変えず、マダムは続けた。

 

「治ると良いね、その呪い」

「……っす」

 

 たぶん、思っても無いことだろうとは思う。

 いつものことだ。

 俺もまた、いつも通りに頭を下げて、個室へと戻っていった。

 

 

◇◇

 

 

 娼館『アダンソニア』の制服は、男娼の服らしい煽情的なデザインだ。

 胸元が大きく開いており、布も薄いため光で簡単に透けてしまう。

 着ていることを忘れてしまうくらいに軽い。

 脱がせるのは簡単で、着たまま行為に及ぶことだって出来る。

 

 抱かれることだけを考えた機能性満点でありがたいね、本当。

 

「呪い……」

 

 こんな格好をして、自分の身体を売っている。

 金に困ったわけじゃない。そうしなくてはならない理由があるのだ。

 

 愛の魔神『リリス』。

 街の外れに突如として現れたタワーダンジョンに潜む、神代の人外。

 冒険者時代に、俺はリリスから呪いを受けてしまった。

 ――一日一回、女を抱かねば死ぬ、という呪いを。

 

 おかげで当時組んでいたパーティは実質的に消滅し、俺は恋人なんていないもんだから、こうして娼館に身をやつすしかなかったというわけだ。

 マダムは俺の事情について理解してくれている。たぶん金づるだと思って手放したがらないんだろうが、表面上は身を案じてくれているので、俺としても彼女のことは信頼していた。

 

 自分でもとんでもない転落人生だとは思う。

 だけど、現状についてはそれなりに満足していた。

 アダンソニアは上流階級向けの高級店で、客の質の高さは保障されていて美人ぞろい。

 あくまでビジネスとしての関係でしかないが、綺麗な女性と夜を過ごせる毎日はそう悪いもんではない。

 

 ……まあ、いつまでもこの仕事を続けられるかは分からない。

 年を取れば客を取ることはできなくなるだろうし、もしそうなれば呪いによって俺は死んでしまう。

 呪いについての根本的な解決は、そう遠くない未来、俺がやらねばならないことだ。

 

「それはそれで、これはこれだ……そろそろ、下の雰囲気も良くなってきた頃合だな」

 

 部屋を出ると、数人の女性の笑い声が下の階から聞こえてくる。

 階段からは一人の男が上がってきた。酒に付き合っていたのだろう、赤ら顔で、こちらに気づくと笑みを浮かべる。

 

「お先、マエストロ」

「おいおい、もうか? 手が早いんだな、シルバークラウンの女性は」

「ははは! もう何人も相手を見つけてるから、遅れるなよ!」

 

 彼はそのまま奥の個室へと入っていった。

 あのまま客が来るのを待つのだ。部屋の中、ベッドの上、香木を焚いて。

 

 下に降りると、冒険者然とした姿の女性たちが男娼たちと酒を飲み交わしていた。

 客に気づかれないように、男娼たちは俺にそれぞれ合図を送る。”このお客さんは僕のだから”。要約するとそういう意味の合図。

 彼らの客は――さすがだな。どの女性も高そうなアクセサリーを身に着けている。しかも高度なエンチャントまで付いているときた。あれ一つで家が建つんじゃないか?

 

 しかし、あれだな。

 俺の座る席が無い。

 目に見える客には全員男娼が付いてる。

 今日は最初から下で接待しておくべきだったか。

 

「マエストロ」

 

 喧騒に紛れてマダムの声がした。

 カウンターのほうをちらりと見ると、彼女は顎で店の奥を示す。

 そこにはフードを目深に被った小柄の客が座っており、騒がしさから逃れるように、一人寂しく酒を飲んでいた。

 

 目立った部分は無い。この場所で浮きすぎているというのはあるが、他の客と比べても華やかさのない客だった。

 背負われた杖はみすぼらしい布切れに巻かれており、纏うオーラは熟練の冒険者そのものだったが、まあ、彼らが好んで口説こうとするタイプではないかもな。

 一言で表すなら、陰気。

 そういう印象を受ける。

 

 とはいえ、俺が付くことのできる相手は彼女くらいのものだ。

 例え客が取れずとも娼館に行けば呪いはクリアできる。だがマダムの手前、失敗はあまり好ましくない。

 どうにか口説いてみせるさ。

 俺はマダムに視線だけでそう答えて、隅にいる彼女の方へと歩いていった。

 

「こんばんは、お姉さん。隣、座らせてもらうね」

 

 そう声をかけてみるが、これといった反応はない。

 どころか”近づくな”オーラが増したような気がする。

 これはあれか?

 無理矢理付き合わされているパターンか?

 

「……」

 

 彼女は黙ったままウチで一番安い酒をちびっと舐めて、それをちょっと強めに机に置く。

 

 あれだ。

 感じ悪いわこの子。

 どうしよ、手とか飛んでこないよな?

 

「騒がしいのは苦手かい? ごめんね、シルバークラウンなんてすごい冒険者、普段見かける機会もないからさ。みんなテンション高くなっちゃって」

 

 適当におだてながら会話の糸口を探る。

 せめて反応を返してくれたら話も広げやすいのだが、取り付く島もない。

 

「あっはははは! マリーちゃん、緊張しちゃってるのかなー!? おぼこだものねー、イケメンに言い寄られちゃったら、どうしよ、顔も合わせられないよー! なんて!」

 

 客の一人が大声で叫び、何人かがバカにしたような笑い声をあげる。

 叫んだのは一層華美な格好をした女。あからさまに中心人物というか、ヒエラルキーが上の人間のようだ。

 

「……チッ」

 

 おっと、舌打ちが飛び出した。

 やめてくれないか、俺の客なんだぞ。

 彼女がキレたら真っ先に俺が被害に遭う距離にいるんだぞ。

 

「ねぇー、お兄さん! そんな芋臭い処女じゃなくてぇ、ウチと一緒に飲まな~い?」

 

 顔が赤い。かなり酔いも回っている。

 俺は笑みを浮かべながら、近くにいる男娼に目配せをした。”お前らの客だろ”と。

 

「そんなこと言わないでよぉ、お姉さまっ!」

「ほらぁ、ねっ? お酒注いであげますからぁ!」

「えー? うふふ、やだぁ、もう、私モテモテで困っちゃーうっ!」

 

 女は自分の席に座り直し、左右にいる男娼の尻を撫でていた。

 矛先は逸らせたな。ああいう輩はなんだかんだ扱いやすくて助かるよ。

 問題の俺の客は……。

 

「はぁ」

 

 ため息。

 

 ……仕方ない。

 切り替えよう。

 呪いのことはさておいて。

 

 この調子じゃ、娼館を利用する気も無いんだろう。

 それならせめて、今日は楽しかったと思って帰ってもらうべきだ。

 

 店のスタッフが酒を持ってきてくれたので、それを受け取りながら、俺は彼女の正面に位置を変える。

 たぶん、距離が近いのは好きじゃないだろうしな。

 

「……別に、あたしにつかなくてもいいわよ。抱かれる気は無いし」

 

 意外にも、彼女の方から口を開いた。

 内容はネガティブなものだったが、とりあえず、今ぐらいの距離感の方がいいのかもしれない。

 

「いいさ。こちらも無理にとは言わない。ただ代わりと言っちゃなんだが、一杯だけ付き合ってくれないか?」

 

 俺もある程度素を見せつつ、距離感を縮める。

 片手に持ったグラスを、顔の横ぐらいにまで持ち上げた。

 

 彼女はそのグラスをフードの奥からじっと見つめて――

 

「えっ?」

 

 素っ頓狂な声を漏らす。

 その瞳は、俺に向けられているような気がした。

 

「はは、意外だったか? まあ、あんまり素を出すことなんてしないんだが……この際だ、仕事のこととか忘れちゃおうってね」

 

 笑いかけてから酒に口を付ける。

 これも安酒。それほど度数は高くなく、飲みなれた味だった。

 

「そう、聞きたかったんだ。冒険者、しかもシルバークラウンだろう? この街にいても耳に入ってくるもんでさ、数々の伝説を」

「……あ、えぇ……?」

「こんな機会滅多にないからな。どうせなら今を生きる伝説ご本人の口から聞いてみたいだろ、そういうの」

 

 目の前にして分かることがある。

 彼女の内にある魔力。その凄まじい量。それは揺らぐことなく凪いでいる。完全に制御しているんだ、熟練の魔術師でも多少のブレはあるはずなのに。

 他のシルバークラウンの冒険者たちのように、エンチャントのついたアクセサリーを身につけていたりなんてこともない。その振る舞いは、経験に裏付けされた自信の表れか。

 たぶんだけど、この場所で一番強いんじゃないか?

 そう思わせるだけのオーラが彼女にはあった。

 

 マリー。

 そう呼ばれていた。

 シルバークラウンのマリー。

 聞いたことは無いな。ただ、凄腕の魔術師がいるという話は聞いていた。それが彼女のことだったりするのだろうか。

 

「伝説と言えば、あれが一番有名だな。北方にある竜牙山で三日三晩、100体を超えるワイバーン相手に戦ったって話。まだシルバークラウンが有名になり始めてすぐの頃の話だったか……」

「…………」

「あれでシルバークラウンの名が大陸中に知れ渡ったんだ。もしあの場にいたのなら、どうか聞かせてほしいんだ。もし会えたなら聞こうってずっと考えてて――」

 

 話を遮るように、彼女――マリーが立ち上がる。

 シルバークラウンの話題自体がマズかったか? 怒らせた……と、いうわけでもなさそうだ。

 フードの奥から覗く碧眼からは、怒りの感情は窺えない。

 マリーは何かを言おうとして口を開きかけ、すぐに閉じてしまった。

 しばし見つめあう、気まずい時間が流れる。

 

「……なんで」

 

 マリーは何かを確かめるように俺を見ていた。

 俺はどう反応するべきかもわからず、ただマリーのアクションを待っていた。

 

 沈黙。

 数秒。

 あるいは数分。

 手に持ったグラス内の氷が溶けて、音が鳴ると同時、マリーは小さな声で聞いてきた。

 

「あ、あんたは……いくら、なの」

「……」

「その、えっと……あんたに…………する」

 

 いくら?

 俺にする?

 

 しばらく考えて……男娼のことを言っているのだと気づいた。

 どういう風の吹き回しだ? さっきまであんなにつっけんどんな態度を取っていたのに。

 

「今夜は、俺と?」

 

 マリーは小さく頷いた。

 ……俺の顔がストライクだったとかか? 思えばずっと顔を見られていたような気もする。

 なにはともあれ、そうと決まれば話は早い。

 

 マリーにはこの店の仕組みについて簡単に説明した。

 奥のほうにある扉。その先で客は男娼の準備が終わるのを待ち、男娼側の準備が済み次第、2階の指定された個室へと入っていく。

 マリーは静かにそれを聞いていた。

 

 料金の説明についても扉の向こうのスペースでしている。

 男娼たちに差はあまりなく、基本的に特殊なプレイをしたいとか要望があればその分だけ料金が上がる仕組みになっている。

 シルバークラウンの冒険者であればなんなく払える金額だ。

 

 酒を飲み干し、カウンターへ向かっていく。

 俺のすぐ後ろにはマリーが。

 

「……うそ」

 

 先ほどマリーをバカにしていた女が、ぽつりと言葉を零した。

 喧騒が一瞬止む。誰もが俺の後ろについているマリーを見ていた。

 ありえない。そう言いたげだった。

 

「では、あとはお願いします、マダム」

「はいよ」

 

 一言二言だけ交わし、マリーをマダムに任せて俺は二階へと上がる。

 喧騒は戻ってきていたが、先ほどの女だけは、しばらく信じられないものを見るかのような目で固まっていた。

 

 

◇◇

 

 

 準備と言っても、必要なのはほとんど心の準備だけだ。

 催淫効果のある香木から漂う香りが部屋に充満したころ、マリーはやってきた。

 

「マエストロ様」

「ああ、入れてください」

 

 スタッフの声がして、俺はベッドの上から扉を見つめた。

 扉はスタッフの手でゆっくりと開かれ、それからマリーが顔を出してくる。

 

「――」

 

 先ほどまでフードを被っていたが、動きやすい服装に変わっている。

 背負っていた杖も店に預けたのだろう。その分だけ、華奢な印象が色濃くなる。

 目を惹くのは長い金色の髪。そして、恥ずかし気にこちらを見つめてくる、綺麗な碧眼。

 

 俺は思わず、言葉を失った。

 数秒、目を見開いて固まってしまう。

 

「それでは、どうぞごゆっくり」

 

 スタッフが扉を閉めて1階へ戻っていく。

 部屋の中には、マリーと呼ばれていた少女と俺が残される。

 

 マリー。

 いや、違う。

 ……『マリーベル』。

 そんな、まさか……いや、見間違うはずがない。

 

 彼女は、俺の知り合いだ。

 

「し、失礼します」

 

 マリーベルはしずしずと俺の隣に座る。

 見るからに緊張した動きで、顔も真っ赤だ。

 ――俺に気づいていないのか?

 

「……そんなに緊張することはないさ。今夜はきっと最高の夜になる」

「っ」

 

 試すように、俺はマリーベルの肩に触れた。

 彼女はびっくりしたように、一瞬肩を震わしたが、それだけだった。

 

 昔ならばすぐさま拳が飛んできただろうに。

 これから何されるか分かったうえで……受け入れたうえでここに来ていることには間違いないようだ。

 

「そんな硬く拳を握っちゃ手に悪い。ほら、俺の手を握りなよ」

 

 彼女の手を取り、握る。

 汗をかいていて、とても熱い手だ。

 冒険者らしからず細く小さな手だったが、杖を握り続けたことによるたこの存在を感じられた。

 

 その手に少しだけ力を籠めると、マリーベルは俺の方を見た。

 あの頃と比べれば少しだけ大人びているが、いまだあどけなさの残るその顔にかつての情景が重なる。

 

 マリーベル。

 それは、俺が『ムロニア・セラ魔術学院』にいた頃に知り合った、何歳も年下の後輩だった。

 史上最年少かつ首席で入学してきたとあってかなり騒がれていたのを覚えている。

 

 幼いことと、彼女の生来のじゃじゃ馬気質、それに主席という肩書があるせいで大人たちが強く出れない環境から、手の付けられない暴れん坊になっていた。

 それで、当時教師陣からかなりもてはやされていた俺の存在が許せなかったのか、突っかかってきて……それを返り討ちにしてからというもの、事あるごとに絡まれるようになっていったのだ。

 1年弱の関係か。

 その年で卒業してしまったから、期間としてはそのくらいの短いものだったが、今でも覚えているくらい濃い一年間だった。 

 

 卒業してからマリーベルと関わることは無かったが、そうか、冒険者になっていたのか。

 俺も長いこと冒険者をやってきたが、顔を合わせた記憶はない。方々を飛び回っていたから仕方ないところはある。

 まさか、こんなところで再会するとは夢にも思っていなかったが。

 

「……その、お願いすれば、特殊なプレイも受け入れてくれる、って聞いたんだけど」

 

 考えに耽っていたところを引き戻される。

 マリーベルは握った俺の手をいじくりながら、つづけた。

 

「イメージプレイみたいな……その、例えば」

 

 彼女は乗り気だ!

 思い出すのは、エッチなことには興味津々のくせして、やたら敏感で攻撃的だった幼き頃のマリーベル。

 人は変わるか、良くも悪くも。

 

 ……相手は、気づいてないとはいえ知り合いだ。

 だけど、料金はすでに支払われている。男娼と客の、ビジネスの関係は出来てしまった。

 今更正体を明かしたところで……いや、なんなら俺のことはもう忘れているんじゃないのか? 学院時代は彼女、11歳とかだったはずだから。

 

 今夜は貫き通そう。

 もし本当にこれが初体験なのなら、苦い思い出にはしたくない。

 お互い今日が初対面。今夜限りの関係だ。

 

 よし。

 覚悟はできた。

 イメプ? なんでもバッチこいだ!

 

「同じ学校に通ってる不出来な後輩を叱りつける先輩みたいな感じでとか」

 

 うお……具体的なのがスイと来た。

 

「その後輩っていうのがあたしで、その、本当は構ってほしいだけで突っかかってるけど素直になれない感じで」

「……」

「でも先輩はそんなの全部お見通しのうえで、そんな悪い子なあた……後輩に罰を与えるの」

 

 マリーベルの瞳には期待が満ちていた。上気した頬に、少し荒くなった呼吸。抱いた肩はじんわりと熱を帯びていて、彼女は俺の手に指を絡ませてくる。

 

「ほら、先輩」

 

 記憶にある彼女とはかけ離れた色気。むせ返るような色香は、香木の香りのせいか、鼓動をどんどんと早めていく。

 マリーベルは笑った。笑って、空いた手で俺の太ももに手を置いて、撫でるように滑らせた。からかっているようなその感じは昔のままなのに。

 繋いだ手を見せびらかしながら、

 

「悪い子、捕まえたらどうするの……?」

 

 ここまで妖艶に笑うような子だっただろうか。

 まるで、あの頃の俺たちのような設定のイメージプレイ。

 あるいは、あの1年間、こうなりたいという願望すらあったんじゃないか、と思えてしまう。

 

 俺は彼女を引き寄せ、抱きしめる。

 マリーベルは驚いたような顔をした後、俺を見上げた。

 

「どうかしてほしいんだろ? どうしてほしいか、お前の口から言ってみろよ」

 

 要望に応えるように粗暴な言い方をしてみると、彼女の表情は、悦んでいるような、懐かしんでいるような、複雑な色を一瞬見せた。

 だけどすぐさま、あの勝ち気で、生意気な笑みに戻り――

 

「教えるわけないでしょ!」

 

 手を力強く握りながら、そんな抵抗を見せるのだった。

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 部屋を出てからも、マリーベルの熱は冷めることはなく、いつまでも溶け合っていた情景を繰り返し思い出していた。

 大きな手のひらに、こちらを真っすぐ見つめる瞳。在りし日の彼をより男らしくしたような姿。ほとんど我を忘れて、あの頃のような、幼稚な自分をさらけ出してしまったような気もする。

 

 彼に注がれた熱が身体の中から感じられた。

 この痛みもまた、もうずっと叶うはずはないと諦めてきた痛みだった。

 

『マエストロ』。

 そう呼ばれる彼。

 学院時代、よく目にかけてくれていた先輩であり、マリーベルが冒険者の世界に入ることになったきっかけの存在。

 

 冒険者時代には彼は自分の名を秘して活動していたが、その頃の彼の活躍があってからこそ、シルバークラウンは誕生したのだ。

 彼とは切っても切れぬ縁がある。まわりまわって、こうして再会を果たすことができるほどなのだから。

 

「……気づいてなかったわね」

 

 髪先を指で弄ぶ。

 それもそうかと納得もしている。きっとその方が良かったのだろうとも思っている。

 下心があった。

 まず彼に気づいて、自分の名を出そうと一瞬考えた後で、”このまま黙っていたら、行くとこまで行くんじゃないか”と邪な心が囁いてきたのである。

 

 本能に負けてしまった。

 長い冒険者生活で、溜まりに溜まったモノが噴出してしまったともいえる。

 そんな醜い自分なら、気づかれない方が良かっただろう。

 

 娼館に誘われたことは今回限りではないが、その度に断っていた。認めがたいが、確かにこじらせていたのだろうとも思う。

 しかしそれがなんだ。

 気まぐれで付き合ってみれば。

 マエストロに出会ってしまったではないか。

 

「ここにいたのね。いなくなってしまったのだと思っていたけれど」

 

 しかしなぜ男娼を?

 ほかにもたくさん女性を抱いてきたのだろうか?

 疑問は尽きないが、答えは出てこない。お金に困っているのなら援助も考えたが、マエストロほどの冒険者が金欠になるなんて想像もできない。

 きっと何かの理由はあるのだろう、とは思っていた。

 

 アダンソニアを出ると、店先で赤髪の女――昨夜馬鹿にしてきた『マーガレット』が待っていた。

 

「あらおはよう、マリーベル。どう? 大人の階段を上った気分は」

「相変わらず下世話ね、メグ。どうってことないわよ、こんなもの誇ってたなんてお子ちゃまね、あんたも」

「おほほほ」

 

 にやにやとした笑いが気に食わず、目も合わせずあしらってやったが、マーガレットはその笑みを深めるばかりだ。

 

「そう強がらなくてもいいわよぉ、痛い? 痛いっしょ? ぶっちゃけ歩くのもきついっしょ~?」

「は? ちょ、なに、きもいんだけど……!」

 

 からかうつもりで店から出てくるのを待っていたな――と気づいたマリーベルは半ば諦めたように嘆息する。

 

「良いの、良いのよ、私は嬉しいの! あの堅物のマリーベルがついに……! あんたを狙ってたウチの男衆も見る目が変わるでしょうねぇ」

「別にどうだっていいわよ。いつどこで何しようがあたしの勝手でしょ!」

 

 無視して横を通り過ぎて歩いていく。

 マーガレットはそれについてくるように肩を並べた。

 その視線は、背後。アダンソニアに向けられている。

 

「そんなに好みだったの、あの男娼は」

「急に何」

「いや、昨日見たことないくらいメスの顔してたから……」

「はぁ!?」

 

 仰天してマーガレットを見つめる。

 そんな顔はしてない、と強く否定しようとしたが、もしかしたらあり得るかもと思った瞬間、勢いは失われていく。

 

「ちょ、ちょっと、よしときなさいよ。良い? 男娼ってのはね、聞こえの良い言葉を投げかけてくるし、夜はあたかも”俺が愛すのはお前だけ”みたいな顔してるけど、あれ営業だからね!? 本気にしちゃダメだからね!?」

「や……もしかしたらみたいなのはあるし」

「ねぇよ! ねぇから!」

 

 見たことのない顔で叫ぶマーガレットを見て、マリーベルは溜飲を下ろす。

 悪戯っぽく笑うマリーベルに気づいたマーガレットは、ひと際大きなため息をついた。

 

「あぁ、びっくりした。本当勘弁してよね、ただでさえこれから、シルバークラウンは大変になるってのに」

「だから、冗談だってば」

「……まあ、そういうことにしておくけど」

「なにそれ」

 

 これから向かう先は、シルバークラウンの活動拠点。

 道の先、そのさらに先には、今回シルバークラウンがこの街に来た理由である、タワーダンジョンが見えた。

 空高くまで伸びる遺跡。1年ほど前に突如として現れ、いくつもの冒険者パーティが挑んでは敗れ去った、難攻不落のダンジョン。

 

 冒険者ギルドには、一つの依頼が貼られている。

『タワーダンジョンを攻略せよ』、というもの。報酬は一生遊んで暮らせるほどの額で、依頼人は不明。依頼人が不明というのは本来、ギルドの規定であり得ないことだ。それが許されている依頼人の存在について、いろいろな噂が飛び交っている。

 根も葉もない噂ばかりだ。王様だったり、タワーダンジョンの支配者だったり、あるいはタワーダンジョンに敗れた英雄の亡霊だったり。酒の席での話の種になるかな、くらいの妄想が大半。シルバークラウン内でもそれを信じる者はほとんどいない。

 

 だけど一つ。

 依頼が貼りだされた当初からずっと噂されてきたことがある。

 

 かつてタワーダンジョンに挑み、敗れ、解散してしまった伝説の冒険者パーティ。

『ゴールデンドーン』。

 依頼人は、そのパーティの中の誰かなのではないか、という噂だ。

 

「……もしかしたら、本当にそうなのかもね」

「え?」

 

 マエストロ。

 またの名を、『魔道王』。

 ゴールデンドーンのリーダーであり、伝説の中に生きた英雄である。

 

 彼はいまだこの地に残り続け、依頼人不明の依頼がギルドに貼りだされている。

 

 この数奇なめぐりあわせ、偶然ではないのかもしれない。

 マリーベルたちだけじゃない。きっと、他の場所からも集まってくるだろう。

 

 報酬目当てか。

 あるいは、魔道王としての彼を知る者たちが、そのつながりを求めてか。

 

 なんにせよ、長い戦いになるだろう。

 

 多くの人間を巻き込んだ、伝説になるだろう。

 

 

 

 

 

 タワーダンジョン攻略。

 それは、彼と、彼女たちの物語。

 

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