男娼マエストロと栄光の少女たち 作:しみじみしじみ
Q:昔馴染みを抱いた感想を述べよ。
「知らねえよ……」
マリーベルが出て行った後、俺はマダムに一声かけてからアダンソニアを出た。
朝日が眩しい。吹き抜けた青空を眺めては、夜のことを思い出す。マリーベル、俺の知り合い、後輩、ただそれだけの関係でしかなかった彼女。
俺は彼女を抱いたのだ。
その熱を、肌の柔らかさを、彼女の味を、本来知ることの出来なかった俺は知り尽くしたのだ。
正直に言おう。
俺は仕事を忘れ、興奮していたと。
私情を挟むまいと何度も自分に言い聞かせたところで、理性のタガが外れるまでそう長くは掛からなかった。
学院時代の思い出は自分の中でも綺麗な思い出だった。
それを穢したような感じがして、それはそれで最低だなと思うのと同時、”いい思いできたぜラッキー”と思わない自分がいないわけではなく。
しばらく夢に見そうだな、というのが俺の感想だ。
『――本当は、ずっとずっと好きだった。こうしたかったの』
それは行為中、マリーベルが俺の耳元で囁いた言葉。
俺のタガを外した魔法の言葉でもある。
それは彼女が提案したイメージプレイの中の設定から生まれた言葉でしかないにもかかわらず、その熱の入った演技に思わず真に受けてしまった。
プロ失格である。
男娼が客に本気になってどうする……!
「こんなのはもう、これっきりだぞ……」
シルバークラウンがこの街に――迷宮街ポーラにやってくることは予想していたことだ。
マリーベルがその冒険者旅団に所属していたこと、そしてアダンソニアにやってきて俺を買うことはまったくもって想像もしてなかったが。
着々と人は集まってきている。
早朝だというのに、人通りが多い。
行き交う人々は正しく冒険者。荒くれ者から、貴族の変わり者まで、得物を背負って道を行く。その先にあるのがタワーダンジョン、忌まわしきリリスの住処である。
やはり、依頼を出して正解だった。
俺たち『ゴールデンドーン』が手に入れたダンジョンの情報を無料で公開し、出せる限りの報酬を約束する。
これに食いつかない冒険者はいない。
金と名声、その両方が手に入るのだから。
しかし、思ったより食いつきが良いな。
……これ以上、知り合いと会うことが無いと良いが。
人ごみに紛れ、俺は郊外にある自分の家へと向かっていった。
◇◇
迷宮街ポーラは元々小さな街だったのだが、最近になっていくつものダンジョンが見つかり、急速に成長し歪に大きくなりつつある。
ということで、慣れていないとかなり迷いやすい構造になってしまっているのだ。迷宮街の名もここから生まれたものなのだ、と言っても信じられるほど。
近道をしようと路地裏を通っていたところで、困ってそうな人影を見つけた。
三角帽子を被った、魔法使いの少女だ。地図らしき紙を持って、うーんうーんと唸っている。その地図が最近のものでなければ、様変わりしてしまったここらでは役立たずの紙切れだろう。
「お困りですか」
声をかけると、魔法使いの少女はびっくりして地図を取り落としそうになる。
すんでのところでキャッチし、ズレてしまった三角帽子を被り直しながら、彼女は俺の方に振り返った。
「あ、ああ、すみません、お見苦しいところを」
「はっ――?」
「この街の方、ですよね? よろしければ教えていただきたいのですが――……あの?」
なん――なんてこった。
いや、そりゃ、マリーベルと再会したことで、他の昔馴染みももしかしたらと一瞬考えたりもしたが……!
彼女は知り合いだ! 昨日の今日でかよ!
「……え、ええっと……」
「おっと、これは失礼しました。初めまして、私は『フォス』。タワーダンジョン攻略の依頼を見てやってきた一介の冒険者です」
路地裏に風が吹き抜けた。彼女、フォスの長い黒髪が風を孕んで揺らめき、綺麗な赤い目を細めた。
その目に嘘はない。じっと目を見つめていると、彼女は気まずそうに目をそらすばかり。
フォス。
フォス先生。
それは俺の学院時代の恩師であり、尊敬している先生で――ある、のだが。
忘れられていた。
そうか、フォス先生、あなたもですか。
いやまあ、数ある生徒のうちの一人だっただろうし、今の俺はあの頃から比べると様変わりしているから。
一瞬辛くなったが、切り替えだ切り替え。
そろそろフォスが俺を見る目が不審者を見るような目になりつつあるからな!
「失礼。場所が分からないのは冒険者ギルドですか? それとも、宿屋?」
「お恥ずかしながら……両方なんです」
恥ずかしそうに笑うフォス。黒髪から覗く彼女の耳はとんがっていた。
エルフ。永遠に近い寿命を持つとされる森の賢者の血を引くフォスの見た目は、マリーベルよりも幼い印象を受ける。
身長以上ある杖を背負い、たくさんの荷物が入ってるのであろう旅行鞄を持つその姿は、子供が無理してるような微笑ましさを感じさせた。
言ったら不機嫌になるので言わないが。
「むっ」
視線からそういう考えを見透かされたのか、フォスはジトっとした目で鞄を持ち直した。
”れっきとした大人です!”と主張したいのだろう。そういうところが微笑ましいのだが、これ以上見ていると声に出てしまうので、誤魔化すように路地の先に目を向ける。
「では、まず宿屋を探しましょうか。人通りの多い道を、その荷物を持って移動するのは大変でしょうから」
「……い、いえ、そこまで親切にしていただくつもりは。ギルドの場所さえ教えてもらえれば、あとは一人で大丈夫ですよ」
「安くていい場所、たくさん知ってるんです」
男娼をやっていると自然と耳に入ってくるものなのだ、そういう情報は。
この街に来たばかりの人はギルドに近い場所にある宿屋に泊まりがちなのだが、ああいう場所は値段は高いし競争率も高いしで探しているうちに日が暮れるということも少なくない。
最悪部屋が取れても大部屋で知らない人と寝ることに、なんてこともありがちだ。
フォスの場合、旅慣れしてそうだからあまり心配はいらないかもしれないが……まあ、正直に言ってしまえば、昔世話になった人にお節介を焼きたいだけだ。
フォスはしばし逡巡した後、すぐに俺に向き直った。地図をしまい込み、こちらにぺこりと頭を下げる。
「道案内、お願いします。えっと……」
「『マエストロ』です。それじゃあ行きましょうか。少し歩きますよ」
源氏名であるが、この街で活動している時はマエストロで通している。
フォスは小走りで俺の横に並び、それから俺たちは移動を開始した。
◇◇
宿は簡単に取ることができた。
大通りと比べれば静かな、それでいて酒場が近くにある穴場的な宿屋。
部屋も個室が空いており、フォス曰く寝るのが楽しみなベッドだったとのこと。
酷いとノミとか湧き放題だからな、ベッドって。
宿屋に荷物を預け、今度はギルドへ向かう。
距離としては少し遠めだが、路地裏を通っていくと、通行人もほとんどいないことから割とすぐにたどり着くことができる。これもまた、長くこの街に滞在してないと分からない道だ。
フォスは目を輝かせて俺の説明を聞いていた。
こういう現地人しか知り得ない道とか好きなのかもしれない。
「あっという間ですね……」
ギルドに到着すると、フォスはそんなことを呟いた。
久しぶりに来たな、冒険者ギルド。人で溢れかえっているから、前見た時よりも狭く見える。
「こんなに人がいるなんて……皆さんもタワーダンジョンの攻略が目的なのでしょうか」
「そうでしょうね。ご存知かもしれませんが、かのシルバークラウンまでもが攻略のためにこの街に来ているほどですから」
ここにいる大半の冒険者は、おそらく一人か少数で活動してきた者たちだ。
タワーダンジョン攻略には危険が付きまとう。誰かが戦闘不能に陥った時のことを考えれば、報酬を山分けすることになってもパーティを組んだ方が良い。
そこかしこでパーティへの勧誘が行われている。ここまで活気だっているのは俺も初めて見たかもしれない。
「余計なお世話かもしれませんが、タワーダンジョンに行くのならパーティは組んだ方が良いですよ」
「……そうですね。あの『ゴールデンドーン』ですら踏破が叶わなかった魔境……舐めてかかれば取って食われるのは私の方ですもんね」
彼女はそう言うが、道行く冒険者たちからの視線は冷たいものだ。
それを感じ取ってか、フォスの表情がどこか暗い。エルフの中でも特に身体の小さいフォスは、命を預ける仲間としては頼りなく映るのだろう。
「これでは、難しいかもしれませんが」
三角帽子のつばを掴み、それで目線を隠してしまう。
フォスは強い。才能も有り、努力も怠らなかった。どこかの国の宮廷魔術師として召し抱えられたとしてもおかしくないほどなのだ。
基本的な属性の魔術、それから高度な治癒魔術まで扱う彼女は、ダンジョン攻略時には喉から手が出るほど欲しい人材ではある。
ただ、あまりフォスの方から売り込むことはしたくなさそうだった。
苦手なのだろうか、ああいう視線が。それとも自信が無いのだろうか。
まあ、確かに、見た目で判断しておきながら、実際に実力を見て手のひらを反すような相手を信頼できるかと言われれば、微妙なラインではある。
「どうにか根気強く仲間を探してみます。わざわざ長い間付き合わせてしまってすみませんでした、マエストロさん」
「……」
お節介を焼くと決めた以上、ここで帰るわけにはいかないな。
「ところで」
あたかも今思い出したかのような顔をして、空を見上げた。
「シルバークラウンの……なんでしたっけね。ほらその、魔法使いの……」
フォスはピンと来てない様子で小首をかしげる。
「黄金の髪をした――マリーベル、でしたか」
「マリーベル!?」
大声を上げたせいで周りからの注目を浴び、フォスは自分の手で口を塞いだ。
ぱちくりさせた目は、俺の口からその名前が出たことへの驚きが満ちていた。勝手に名前出してすまんが、許してくれ。
「タワーダンジョンの攻略にあたって、パーティの編成に苦心しているようです。どうにももう一人、優秀な魔術師が欲しいとか」
「し、知り合いなのですか!? か、彼女は今どこに――」
「ああ、すみません。偶然そんな話を耳にしたというだけで。……しかし、どうです? シルバークラウンともなれば、ここらの冒険者よりもよっぽど信用に足るかと」
学院時代、マリーベルもフォスにはいろいろと世話になっていた。
俺には頻繁に突っかかってきていたのだが、フォスには懐いていたような気もする。
会えば助けになってくれるだろう。
それに、シルバークラウンも、フォスほどの治癒魔術の使い手がいるなら是非とも仲間に引き入れたいはずだ。
……と、いう勝手な予測ではある。
大丈夫だよな? 無下にはしないよな? いやしかし、俺のことを忘れてるあいつのことだから、フォスのことももしかしたら覚えてないなんてことも……?
「あ、ありがとう、ございます……ですが、その、私がそんな偉大な旅団に引き入れてもらえるほど優秀な魔術師に見えたのでしょうか?」
「違いますか?」
じっと、フォスは俺を見つめてきた。
確かめるような視線。怪しかっただろうか。
「あなたこそ……」
「はい?」
「あ、い、いえ、なんでもありません。そういうことでしたら、シルバークラウンのところへと行ってみたいと思います。昔の知り合いの顔も見ておきたいですしね」
可能性は低いだろうが、もしフォスが門前払いにされたらどうしよう……。
念のため、明日辺りにまたギルドへ来て確認してみるか。カッコつけたのにダメでしたはちょっとダサすぎる。
「何から何まで、ありがとうございます。このお礼は、いつか必ず」
「お気になさらず。困ったときはお互い様ですよ」
ニカっと笑ってサムズアップ。
偏見はいくらでもあるだろうが、シルバークラウンの仲間という肩書があればそれもすぐに無くなるだろう。
あまり肩身の狭い思いはしてもらいたくなかった。
「ふふっ、はい」
フォスは微笑んで、胸の前で小さくサムズアップを返してくれた。
それからシルバークラウンの活動拠点の場所を教えると、フォスはこちらに頭を下げてから立ち去っていった。
その後ろ姿は昔のままで、学院時代の思い出も蘇る。本当は名前を明かして、昔のこととか直接感謝したかったんだが。
それはダンジョン攻略が果たされて、リリスの呪いが解けた時だな。
その時にめいっぱい、フォスにありがとうを伝えよう。
ほっとしたら、あくびが出てきた。
今晩もまた仕事だ。呪いの影響で年中休みなし。休める時に休んどかないと、身体を壊して呪いでご臨終! は笑い話にもならん。
今度こそ、俺は自分の家へと帰っていくのだった。
◇◇
夜。
アダンソニアにて。
「昨日ぶりね、マエストロ!」
珍しく指名が入ったということで1階に来てみれば、三角帽子を被ったマリーベルの姿が。
快活そうなその笑顔は、昨日のような憂いを全く感じさせない。何かいいことがあったのだと言わんばかりのその表情に、ここが娼館であることを忘れているのではないかと思うほど。
「……ご指名ありがとうございます」
「そんな堅苦しいことはいいから! 昨日みたいに素でいいわよ!」
まるで別人だ。本当に昔に戻ったかのような態度。
その豹変ぶりたるや、一体なんだ。ちょっと不気味ですらあるぞ。
マリーベルは被っていた三角帽子を取ると、腕に抱えた。
フォスの被っていたものと似ているが、デザインが多少違う。
昔、俺がマリーベルにせがまれて買ってやったものだ。
相当昔のものなのに、大切に扱っているのだろう。
ほつれている部分はあるし、補修の跡がいくつもあるが、十分使い物になっているのだから。
少し嬉しくなった。
「ふふん」
マリーベルはどこか誇らしげだ。その笑みは、どこかからかっているような色も見受けられる。
俺が困惑していると、マリーベルは俺の腕を引っ張って席に座った。昨日も彼女が座っていた端っこの席である。
「随分と……楽しそうじゃないか。何かいいことでもあったのか?」
「先生に会ったの! 昔お世話になった人なのよ! 道でばったり会っちゃって、凄い偶然よね!」
フォスは無事にマリーベルと再会できたか。
忘れてるのかもと思っていたが、まああれだけ昔のままの姿ならさすがに分かるよな。
ちょっと一安心。
マリーベルはパタパタと足を揺らしながら、碧眼をこちらに向ける。
きらきらと輝く、綺麗な瞳だ。
「親切な人に助けてもらった、って言ってたわ。道案内をしてくれて、それで、あたしに会うよう言ってくれたって」
「へぇ」
「不思議なこともあったものよね。マエストロも、そうは思わない?」
じっと見つめられて、思わず視線を外した。
マエストロの名前は出さないようにフォスに言うの、俺忘れてなかったか?
適当な嘘をついた以上、マリーベルとフォスにつながりがあると知っている人物でなければわざわざそんな助言はしないと思うだろうし、もしや気づかれて――?
いや。
かぶりを振った。
分かっているならここには来ないだろう。
買った男娼が昔の知り合いだなんて黒歴史すぎるから。
証拠に、マリーベルは今日も
だってケツ撫でられてるし。お前昨日初体験だったよな? ちょっと元気すぎない?
クソ、昨夜限りの関係だと思ってたのに……!
マリーベルは身体を密着させてきた。
うっすい制服のせいで、体温も鼓動もダイレクトに伝わってくる。
視線を戻すと、素知らぬ顔をして小首をかしげやがった。
そんな赤い顔して知らんぷりできると思うなよ。
「お金取っちゃうぞ」
「やーん!」
やーんて。
聞いたことないぞお前の口から。
「ふふーん、好きなだけ取ってっていいわよ!」
そう言うとマリーベルは懐から金貨袋を取り出し、机の上に放った。
鈍い音が鳴る。金貨袋は見たことないくらいにパンパンだった。鈍器かな?
「ならもう煮るなり焼くなり」
「襲うなり?」
誰なんだこいつは……。
本当にお前マリーベルか?
「死ね変態!」とか「パンツ見た罪で死刑だハゲ!」とか叫んでた尖りし頃のマリーベルは何処に行ってしまったのだろう。
昨日のマリーベルはどちらかというとそっち寄りだったような……1回夜を共にして吹っ切れたのか。だとしたらいやな吹っ切れ方だな……。
「冗談、冗談よ。まずはお話しましょ? いっぱい聞いてほしいことがあるの!」
マリーベルはさっと離れて、アダンソニアのスタッフにお酒を注文する。
ちらりとマダムを見たが、面白そうににやにやしていた。見世物じゃねーぞ。
スタッフはマリーベルと俺の分の酒を持ってくる。
昨日とは違ってそれなりに高価な酒だった。
「乾杯」
「かんぱーい」
チン、とグラスが鳴った。
◇◇
お互いに雑談したり、マリーベルの思い出話に付き合ったり、シルバークラウンの動向を聞いたりして酔いが回るのを待っていた。
マリーベルの話によれば、フォスは”お試し”としてタワーダンジョン攻略に協力してもらうことになったようだ。
そこで実力を認められれば、正式にパーティに参加することになるだろう、とも教えてくれた。
治癒魔術師は是非とも仲間にしたいというリーダーの判断があったようで。
そこは読み通りだったな。
もちろん、マリーベルが後押ししてくれたことも大きかっただろう。
心の中で謝っておこう。ほとんど無茶ぶりだったよな。
さて、それでお互いの雰囲気が良い感じになってきた頃。
自然な流れで俺はマリーベルに買われることになったのだが。
『今日はこれを使いたいの』
彼女が示したのは、アダンソニアが貸し出している道具のうちの一つ。
麻縄だった。
何をさせられるんだ、俺は――?
「マエストロ様」
扉をノックされて、気を取り直す。
マリーベルを入れるように伝えると、開かれた扉からバスローブ姿の彼女が部屋に入ってくる。
一目でわかるくらい興奮している様子だった。
その手には麻縄が握られている。
マリーベルは、もじもじと恥ずかしがりながらも期待を隠せないでいた。
「それで、今日はどうしてほしいんだ? 言ってみろよ」
「……これで、あたしを縛ってほしい」
顔を真っ赤にしながら、こちらへと近づいてくる。
そしておずおずと手に持った麻縄を俺に差しだしてきた。
この距離まで近づくと、彼女の呼吸が荒くなっているのが分かる。じわりと滲んだ汗がどことなく色っぽい。
「あ、あたしが『いやだ』って、『やめて』って言ってもやめないで、ずっといじめてほしい」
心臓が高鳴った。
いやらしい誘いの言葉だ。
歪んだ性癖、劣情そのものが籠った誘惑だ。
これを、あのマリーベルに。何歳も年下の後輩に自分から言わせているのだ。
「めちゃくちゃになるまで、あたしを抱いてほしい」
あえて差し出された麻縄は受け取らず、彼女の内ももに右手を差し込んだ。
「あっ――!?」
「いじめてほしいってなんだよ。さっきまであんなにセクハラしてきたような奴が、本当はぐちゃぐちゃにされる妄想だけでこんなになる変態だったって?」
熱い。濡れた指先を滑らせると、マリーベルは身体を震わしながら膝を折る。
麻縄を取り落とし、俺の肩に寄りかかる。さらに手を差し込んで、彼女の小さなお尻を掴んだ。
「ひっ、ぁ」
「冗談だろ? そんなマゾが、あんな顔して笑ってたって言うのかよ」
「あっ、ごめ、ごめんなさ、ぅぁ、あっ!」
バスローブの下には何も着けていない。
彼女の熱が、俺の腕を伝う。上も下もとっくにぐちゃぐちゃじゃないか。
興奮しすぎているのか、かちかちと歯が鳴る音がする。逃げられないように、もう片方の手でマリーベルを抱きしめる。
すごい汗の匂いだ。くらくらする。
彼女の綺麗な髪も、汗のせいで肌にぴったりくっついてしまっている。
先ほどまで酒の席で笑いあっていた相手とは思えない。それだけ、今の彼女は淫靡だった。
「ほ、本当は、やり返されたくてっ、あ、あたしが、されたかった、だけ、なのっ!」
「ふぅん。じゃあごめんなさいじゃないよね?」
右手に力を籠めると、マリーベルはびくりと肩を震わす。
「ぅああっ! あ、ありがとう、ありがとう、ございまっ、っっ――!」
痙攣。
少しした後、彼女はくたりと力を抜いてしまう。
しなだれかかる彼女を、俺はゆっくりとベッドに寝かせてあげた。
右手は……すごいなこれ。川に手を突っ込んだみたいに濡れてる。
ちらりとマリーベルを見てみれば、凄まじく満足そうな顔をして余韻に浸っていた。
床に落ちた麻縄を拾う。
よく処理されていて、肌触りもいい。アダンソニアの研修で一通り使い方は習っている。
再びマリーベルの方に視線を戻した時には、彼女は全裸でスタンバっていた。切り替え早すぎるだろ!
「期待しすぎだろ、ちょっと引くぞ」
「っっっ!」
悦んだ。
もうなんでもいいじゃんこいつ。
「裸でやると痕が残るけど、どうする?」
「残して……」
……まあ、いつも肌が出ない恰好をしているから大丈夫か。
びしょびしょのバスローブを放り投げ、彼女をベッドに座り直させる。
「……」
彼女の場合、全身を縛るような緊縛を求めているのだろうけど、初心者にいきなりハードな縛り方をしてしまうのはあまりよくないと教わった。
身体を固める以上、血行が悪くなったり、じん帯や関節を痛めてしまうことも考えられる。
SMは身体を痛めつけることが目的じゃない。ともすれば普通の性交渉以上に相手の身体を慮る必要があるのだ。
ということで、俺が選択したのは腕だけを緊縛するやり方だ。
身体を隠したりすることができなくなるだけでも興奮は増すものだからな。
マリーベルに胸の前で腕を組ませ、梯子縛り。お腹で縄を固定すれば、緊縛少女の出来上がりだ。
「あっ、こ、これっ、や、やだっ」
そのやだがもっと続けてくれという意味であることは分かっていた。
マリーベルの口は口角が上がりっぱなしで、だらしなくよだれを垂らしている。一言でいえば、幸せそうだ。
「み、みないで、いま、ひどいかおしてるの、おかしいの、これ……っ」
顔を隠そうとしても、縄のせいで隠せない。
ベッドの上で膝を立てているから、下は丸見えだと言うのに。その滑稽さがたまらなく愛おしかった。
緊縛は、ある種劇薬だ。
熱に浮かされると言うべきか。
縛られると分かるが、痛いわけではない。
どころか安心感すら感じられる。
今のマリーベルには、俺にずっと抱きしめられているような錯覚をしているのかもしれない。
子供のように涙をぽろぽろと流すマリーベルに近づく。
目が合うと、彼女は察したように目を閉じた。
「んっ――」
口づけ。
熱い。
溶けそうなくらいに熱い。
彼女の方から舌を絡ませてきて、俺はそれに応える。
「んっ、んむっ、はっ、んんっ……っ!」
お互いに離れた時、銀色の橋が架かるのが見えた。
マリーベルはすっかりとろんとした目を向けてきて、俺をぼーっと見上げていた。
「ちゃんといじめまくってやるからな」
そう言い放つと、マリーベルは世界で一番色気にあふれた笑みを浮かべるのだった。
――昨日みたいに、我を忘れることは無いようにしないとな。