男娼マエストロと栄光の少女たち 作:しみじみしじみ
行為が終わり、俺たちはお互い裸のままベッドに横になっていた。
マリーベルの身体を見ると、腕に縄の痕が残っているのが分かる。俺の視線に気づくと、彼女は愛おしそうにその痕を指で撫でた。
それから目線がぶつかり合い、どちらからともなく口づけを交わす。
触れ合うだけの軽いものだ。
マリーベルはベッドから起き上がり、部屋の中に用意してあった着替えに手を付けた。
「シルバークラウンは明日、タワーダンジョンの攻略に着手するわ。『ゴールデンドーン』の残した情報を使って、その日のうちに1階から10階までの第一階層を制覇する」
それは独り言のようなもので、こちらの返答を期待しての言葉ではなかった。
タワーダンジョン。奴の根城に、ついに最有力候補であるシルバークラウンが乗り込むか。
「ねえ、マエストロ。マエストロは……あたしたちがダンジョンを攻略できると思う? ゴールデンドーンを超えられると思う?」
「……さあな。俺は男娼、そういうのは門外漢だから」
俺もベッドから起き上がり、下着を着け終えたマリーベルを見る。
彼女は少し目を丸くして、一瞬だけ顔を赤くした。
可愛らしい下着と俺が付けた縄の痕のコントラストが、男としての支配欲をくすぐられる。
目に毒だ。でも目が離せない。
まあいいか……マリーベルも身体を隠したりしないし。
「ただ――ゴールデンドーンは10年くらい前に結成された冒険者パーティだろ? 最も新しき英雄譚などと謳われてはいるが……そろそろ、超える奴が現れてきてほしいなと思うね、俺は」
「……踏破した暁には、あの伝説をも超える名声を手に入れることができる」
誰かの受け売りなのだろうか、マリーベルは遠くを見てそんなことを呟いた。
確かにそうだ。ゴールデンドーンが叶わなかった偉業を達成できたのなら、必然、そいつらが最強なんだ。ゴールデンドーンを超えるとは、すなわちそういうことに他ならない。
「ならマエストロ。あなたはきっと――特等席で、その瞬間を見届けることができる」
「……ああ、見てみたいものだね、新たな伝説の誕生を」
マリーベルの瞳にはあらん限りの輝きが宿っている。
それは決意の表れだ。――必ず、超えて見せるから、という。
嬉しくなるのと同時、少しばかり悲しくなった。
マリーベルは立派に成長した。かつての危うさはなくなり、この子ならもしかしたら、と人を惹きつける魅力が出てきている。それは一種のカリスマ性であり、彼女がそれだけ力を付けたということの証左。
もし本当にダンジョンが踏破されたのなら、ゴールデンドーンが超えられてしまったのなら。
俺たちは、過去になる。
新たな英雄の誕生に、俺たちの記憶は色あせるだろう。
仕方のないことだ。いつか終わる、分かっていた。
悲しいのは、それが思ったよりも早くに訪れそうだったから。
「期待しているよ、シルバークラウン」
だけど、先達として。
そんな情けない気持ちを表に出すわけにはいかない。
後輩の背中を押すことこそが、今俺がやるべきことだ。
「ふふん、任せなさい! 天才魔術師マリーベル様の名前を世に轟かせてあげるんだから!」
ローブを身に纏い、三角帽子を被る。俺に向かってピースを決め込み、彼女によく似合う笑みを浮かべてくれた。
本当は、彼女の知り合いとして応援してあげたかったが……いや、どうしよう、これいつ正体を明かせばいいんだ?
これ呪いが消えても墓まで持っていく案件じゃないか?
「……」
気にしないことにした。
その時のことは、その時の俺がどうにかしてくれるだろ!
◇◇
迷宮街ポーラは、連日、タワーダンジョンの話題で持ちきりだ。
シルバークラウンが迷宮踏破を掲げてからというもの、ゴールデンドーンの伝説の続きが見られるかもしれないと期待を寄せる人々の声が、道を歩いているだけでどこからでも聞こえてくる。
リーダーを務める『剣客』ダフニーは、かのゴールデンドーンの『剣聖』ロサリアに比肩するほどの実力者とも言われていた。
マリーベルの上司に当たる人間だな。
質実剛健で、大陸一とも言われる規模のシルバークラウンをまとめ上げるカリスマを持った男。
もちろん、シルバークラウンはダフニーだけが突出してるわけじゃない。
その構成人数もさることながら、質の高さも折り紙付きだ。あのマリーベルが所属しているし、『剛姫』マーガレットに、今はフォスの存在もある。
現状、最も栄光に近いと言えるのは、彼らだ。
しかし、そうとは分かっていても夢を諦められないのが冒険者の性。
シルバークラウンよりも先にダンジョンを踏破してやるといった気概の戦士たちが、今日も冒険者ギルドに集まっていた。
「今のところ、タワーダンジョン攻略の進捗は芳しくありませんです。例の依頼が貼りだされてまだ半年、フットワークの軽いソロの冒険者たちばかりが来ていて、有名な冒険者旅団なんかは様子見をしているところが多いようで」
ギルドの裏手の路地裏にいてもギルドの中の喧騒は良く聞こえてくる。
ひと際大きな声が上がって、目の前の少女の猫耳がぺたんと倒れた。喧嘩でも始まったようだ。
少女は我関せずと言った様子で、気だるげに紫煙をくゆらせていた。『アリア』、というギルドの受付嬢である。
「ゴールデンドーンが出した依頼であること、公表しちゃってもいいんじゃないのですか? 人を集めるならそれが一番だと思うのです」
「あれは俺の呪いの解消のために出した私的な依頼ですから」
全員とは言わないが、ギルドの何人かは俺の事情を知っている。
そうでなければ、規約を破ってまで依頼人不明の依頼を出させてはくれないからな。
今でもダンジョン攻略の進捗や、冒険者たちの動向を密かに教えてくれる。冒険者時代に数々の依頼をこなしてきた功績があってこそ通せた我がままだ。
「それに、金と名声があるなら人は集まってきますよ。現に、ほら」
アリアは紫色の瞳をちらりと路地の先に向けた。
ギルドから一人の男が出てきたところで、人だかりは面白いくらいに割けていく。
白髪を伸ばした長身の男。『剣客』ダフニー。それから――あれは、フォス? ダフニーの後ろを肩を縮こまらせながら歩いていた。
「シルバークラウン……はあ、聞こえてきたのです。どうやらあの新加入の魔術師を、命知らずが小ばかにしたそうなのです」
「なんだと? 許せねえ……!」
「え? ちょ、ダメなのです、ああいう喧嘩に挟まってもロクなことにならないですよ!」
ダフニーとフォスの二人に続いて、見るからに荒くれ者です、といった風貌の男が出てきた。
取り巻きもぞろぞろと。全員人相悪いな……。
「――!」
何かを叫んでいるようだが、ここでは何も聞こえない。
ちらりとアリアを見ると、ため息をつきながら、
「ダフニーが『訂正しろ』と迫ってるみたいなのです。男どもは……『剣客だがなんだか知らねえが、喧嘩を売る相手を間違えたようだな!』と。どっちに賭けます?」
「二秒かな……」
「勝ち負けのことなのですけど。まあ私は一秒ですかね」
結果はいかに。
もう我慢ならねえと男が剣を抜き放った瞬間、ひと際大きな音が響いた。
男が振り上げた剣、その刀身部分が木っ端みじんに砕け散ったのである。対するダフニーはその場から一歩も動いておらず、周りにいた野次馬も何が起こったか分かっていない様子だった。
「0秒だった……」
「うしっ」
「は? ノーカン、ノーカンっすよ、あれ」
「だめでーす、私の方が近かったでーす、ばーかばーか」
「クソガキ……」
キッと睨むと、煙草の煙を吹きかけられた。
こいつさあ。
まあ大分世話になってるから強く出られないんだけど。
アリアは短くなった煙草を地面に投げ捨て、足で踏みつける。
路地の先では男が尻尾を巻いて逃げるところで、アリアはそれをつまらなさそうに見ていた。
「あの子たちは有望ですか、魔道王さま?」
「……きっと、超えてくれるさ。そうであってもらわないと、困る」
その言葉に微笑んでから、アリアは魔術を唱えた。
ふわりと風が下から吹き上げ、ボブカットの青い髪が揺れた。良い香りがする。彼女が好んで使う、煙草の匂いを誤魔化すための魔術だ。
「そろそろ戻るのです。また今度、お昼ご飯でも奢ってくださいなのです」
「はいはい。お手柔らかに」
ふりふりと手を振って、アリアはギルドへと戻っていく。
その小さな後ろ姿と、二股に分かれた可愛らしい尻尾。あれがポーラのギルドが誇る看板娘……ちなみに普段は語尾にニャンとか付けるらしい。アイドル営業ってやつだ。
彼女の愛らしさに触れて、気が短い冒険者連中もまとまりが良くなるんだとか。つまり上司命令で愛嬌を振りまかされてるのである。かわいそ……。
アリアが受付に戻った頃を見計らって、俺も通りに出る。
いつもと変わらない景色。さっきまでの騒動がどこに行ったのやら。
ダフニーもフォスも見当たらない。きっと、パーティ登録のためにここまで足を運んできていたのだろう。それで不運にも絡まれたと。
まあ真に不運だったのは、絡みに行った男の方かもしれんが。
男の剣を砕いたのはダフニーの剣だ。それも特別なことなど何もない、ただ最速で抜き放ち、誰の目にも留まらぬスピードで納刀したというだけ。
もし多少なりとも悪意があったなら、砕かれていたのは剣ではなく……。
何はともあれ。
フォスのことについては昨日聞いた通りみたいだし。
シルバークラウンも話に聞いた以上の力を持っていそうで、一安心だ。
呪いが解ける日が来るのもそう遠くない。
そう思った。
「――あれ?」
帰路につこうと踵を返した瞬間、背後から声が聞こえてきた。
振り返ると、ギルドから出てきたばかりの女性の姿。ピンク色の髪を腰先まで伸ばした、糸目の女だった。こちらの顔を見て、にんまりとした笑みを浮かべる。
「おやぁ、先輩じゃないですか。奇遇ですねぇ、こんなところで」
「……フリティラリア」
白手袋をはめた手を顎に当てて、こちらにゆっくりと近づいてくる。
その表情は柔和な笑みにしか見えないが、それが彼女の悪意の表れであることは俺が良く知っていた。
「気の知れた後輩と会ったっていうのに、どうしてそんな嫌そうな顔をするんですかぁ? 傷つくじゃないですか、ねえ?」
よく言うよ。
お前は俺を目の敵にしていただろうが。
とは、言わなかった。
『フリティラリア』。
彼女もまた昔馴染みで、学院時代に深い因縁のあった相手でもある。
学院の生徒会長を務め、外面は品行方正で通っていたが、中身は傲慢な人でなし。
学院を卒業してからは冒険者パーティ『グローリーナイトフォール』を結成し、ゴールデンドーンの邪魔を何度もしてきた。
この街に来ていたことは知っていたが、ついに顔を合わせてしまったというわけだ。
「笑いどころなんですけどねえ。
ダンジョン攻略失敗の話を聞いて、こいつが飛んでこないはずが無かった。
しかもどうやら、俺がアダンソニアで働いていることまで知っているらしい。こういうどこで知り得たのかも分からない情報をたくさん持ってるのが、フリティラリアという女なんだ。
「そういえば、先ほどフォス先生を見かけましたが……ふふ、
「先生は関係ない」
「あはは」
弱味を握って、自分の陣営に引き入れようとする。
彼女のやり方は学院時代から何一つとして変わらない。
「それに、もう俺は冒険者を辞めたんだ。そんな俺に構ってられるほど暇じゃないんじゃないか、グローリーナイトフォールのリーダーさん?」
「――」
一瞬、フリティラリアの青い瞳が見えた。
「個人的に、落ちぶれた今のあなたの姿は好きなんですよぉ、ほら、見ていてイラつかないというかぁ」
好き勝手言いやがるものだ。
相変わらず。
「あは、あははは……男娼なんかで、あなたが――」
だが、バカにしたような物言いをする割に、フリティラリアの機嫌が悪いように見える。
パーティの調子が悪いとかではないだろう。ゴールデンドーンに先を越されてばかりだったパーティなんだ、今更結果が出せないくらいで怒りやしない。
「……」
ふと、彼女が視線を外した。
「私、暇じゃないんです。もういいですか?」
そっちから絡んできたんだろ。
フリティラリアは急に興味を失ったようで、俺の横を通り過ぎて行ってしまう。
俺も引き留めはしなかった。
声をかけたところであの女が立ち止まるとも思えなかったが。
……しかし、アダンソニアにいることがバレているとなれば。
これからも変に絡まれる可能性があるな。
まともに取り合わなければ拗ねてどっか行ってくれるのは良いんだが、変に刺激して『魔道王が男娼をやっている』と暴露されたりしないようにしなければ、か。
フリティラリアの姿は人波に紛れ、もう見えない。
帰ろう。
改めて、踵を返し帰路につく。
その道中。
なぜか、不機嫌そうなフリティラリアの表情が何度も頭に浮かんできた。
何かを言おうとしていたような気もする。
それが何だったのか、考えてみても分からなかった。
◇◇
夜。
再び指名が入った。
まさかダンジョン攻略の前日に来ないよな……? とセクハラ魔法使いの姿を思い浮かべていたが、
「うわぁ、そんな情けない恰好で身体を売ってるんですねえ、マエストロくん」
「お前――」
そこにいたのは、フリティラリアだった。
こちらを見るや否や嘲るような笑みを浮かべてから、席につくよう促される。
ここは店の中。他の客、マダム、同僚の目がある以上、邪険に扱うわけにもいかなかった。
「ご指名、ありがとうございます」
「ちょっとマエストロくん? 接客業なんだからぁ、もっと笑顔笑顔! ほら、スマイルですよぉー?」
「ははっ、こんな感じでどうですかっ?」
営業スマイルなら得意なんだ。
自分の中でとびっきりの笑顔を見せてやると、フリティラリアはつまらなさそうに息を吐いた。
「そんな顔、冒険者の時は一度だって――ああ、良いです、あなたの笑顔はクソキモいので」
「……冷やかしや馬鹿にしに来ただけならもう帰れ。ここが娼館だってこと知らないわけじゃないんだろ? 客にもならない相手につくほど暇があるわけじゃないんだよ」
「そうやって敵意むき出しにされると余計居座りたくなりますねぇ。ふふ、あれでしょう? お金さえ払えば、裸で踊ってくれたりもするんでしょう?」
フリティラリアは酒を注文する。
見栄を張りがちな彼女らしい、高価な酒だ。
スタッフはすぐにそれを持ってきて、俺と彼女の前に置いた。
「乾杯、マエストロくん」
「……乾杯」
味がしない。
昨日のマリーベルと飲んだ酒はもっとずっと美味しかったのに。
人が変わるだけでこれか。
この女に見つめられていると、蛇に睨まれた蛙のような気分になってくる。
「凄い場所ですねぇ、ここは。どこもかしこも男娼と欲情する女たち。マエストロくんは普段、どんなふうにお客様を誘ってるんですかぁ?」
「さぁな。酒を飲んで、楽しくしゃべって、それくらいなものだ」
「わぁ、なら私って今誘われちゃってるんですか?」
「もちろん、大切なお客様ですので!」
「……」
フリティラリアは苦い顔をした。
「それ、やめてください」
自分は馬鹿にしてくるくせに、からかわれたら「やめろ」とは。
まあ、人一倍高いプライドが無ければ、こうも長い間人を小ばかにし続けられないだろう。
酒に口を付ける。
少しばかり、美味しく感じられた。
「付き合うのは一杯だけだ。それで帰ってもらうからな」
返答はない。
こいつ、いつまで居座るつもりなんだ……?
フリティラリアは酒をちびりと舐めて、青い瞳を覗かせた。
「なぜ……冒険者を辞めたのですか」
彼女らしからぬ、真面目なトーン。
その表情は――今朝がた見た、不機嫌そうにも見える、何かを言いたげな表情だった。
「お前には――」
「……別に、誰にも言いやしませんよ。絶対」
思わず面食らう。
弱味を握って利用するつもりとばかり思っていたから。
その表情に嘘は無いように思えたが、言いよどんでいると、フリティラリアは自嘲するように笑った。
「なんて、良いですよ別に、信用ならないのなら。もう冒険者ですらないあなたになんて、もう……」
珍しい表情だ、と思った。
寂しそうに見えたからだ。
この因縁の相手と酒を飲んでいるという状況が、俺にそう見せているのか。
だがどうにも、フリティラリアの言葉には勢いがない。
「……お前も、あの伝説にはまだ続きがあると思っているんだな」
「――っ!」
まあ、そういうものなのかもしれない。
彼女にとってずっと目の上のたんこぶだった存在があっけなく消え、感情の整理が追い付いてないとか。
あるいはあまりにも急な終わりだったからこそ、またゴールデンドーンが復活するのではないかと思っているのかもしれない。
「フリティラリア」
名前を呼ぶ。
彼女は何を察してか、俺から視線を外す。
「終わったんだよ、もう」
「ッ!」
机をたたいてフリティラリアが立ち上がった。
「そんなはずがないでしょう! 終わりなわけがないでしょう!? あんな、いけ好かない人たちが、一度の敗北で諦める……? あなたほどの冒険者が、冒険者を辞めて、こんな、こんな――ッ!」
ハッとして、彼女は周りを見渡した。
店内は静まり返り、何事かとフリティラリアに注目が集まっている。彼女は誤魔化すように咳ばらいをしながら、席に座った。顔は赤く、息が切れている。彼女の大声を久しぶりに聞いた。
「お前は、ゴールデンドーンを……」
「ち、違います、勘違いはやめてください。お酒のせいで、らしくないことを言いました。それだけなので、すぐ忘れるように」
考えれば、10年近い付き合いでもあるのか。
学院時代を入れればもっと長い。
ライバル視、のようなものだったのか。
この先もずっとあるだろうと思っていたものが急に消えたことによる、混乱。
それが彼女の不機嫌の正体、なんだろうか。
「そんな目を向けないでください。別に私は、あなたがたがどうであろうとどうでもいいんです。消える? その方が良いに決まってるじゃないですか。邪魔な奴らがいなくなって、こっちは清々するんです」
今度は嘘だった。
動揺すると分かりやすいところとかが、こいつを憎み切れない部分なのかもな。
「な、なんなんですか、さっきまであんなに邪険に扱ってきたくせに……!」
「いやぁ、強火なファンがいて困っちまうぜ」
「はぁ!?」
怒ったフリティラリアが机の下で蹴ってきたので、タイミングを見計らって足で挟んでやる。
抜けなくて焦ってた。笑える。
「マエストロくんっ!」
放してやると、勢いが付きすぎたのか机の脚にぶつかって、グラスの酒が大きく揺れた。
フリティラリアの顔は真っ赤だ。いつもそれだけ可愛げがあればいいのにな。
「……っ!」
「お、おいおい」
フリティラリアはグラスに入った酒を一気にあおる。
それ結構度数が高いぞ? さっきから舐めるようにしか飲んでなかったあたり、慣れてもいないだろうに。
見事飲み干し、グラスを机にたたきつけ、フリティラリアは俺を睨んできた。
「馬鹿にして、馬鹿にして……っ! ハッ、自分の今の状況も分からないとは、鈍りましたねマエストロくん……」
「なにを――」
「あなたを、買います!」
「は!?」
こ、こいつ――酔っぱらってやがる!
酒弱いのかよお前!
「逃げないように!」
金貨袋が置かれた。
パンパンの鈍器みてえな奴。
もしかして流行ってる?
あれよあれよという間にフリティラリアは扉の向こうのスペースへ行ってしまった。
マジかよ――!?
◇◇
個室で待っていると、扉が乱暴に開け放たれた。
フリティラリアだ。スタッフが困惑して俺に頭を下げてきた。大丈夫、下がっていいからね。
「ふ、ふふ、マエストロくん、素敵な格好ですねぇ……!」
「あ、あのなあフリティラリア! ここまで来るともうお遊びじゃ済まされないんだぞ!」
「はぁ~~~~? うるさいですねぇ」
恰好は先ほどまでと変わらないままだ。
白を基調とした恰好。冒険者らしいパンツスタイルである。
顔はさっき見た時よりも赤くなっている。口も緩くなっていて、口角が上がりっぱなしだ。
「私はもう怒りましたからねぇ、謝っても許してあげないもん」
「もん……?」
「あ?」
「なんでもないです」
酔っ払いこわ……。
「クソ、せめて水くらい飲んで落ち着いてからとか……! な? フリティラリア、やめにしとこう! きっと後悔するし、お前と会うたびに気まずい思いはしたくない!」
「ふふふ、バカですねえ、まるで私を抱けるみたいな物言い。あなたに指一本でも触れさせてあげるものですか」
どういうことだ?
フリティラリアはベッドに座り、俺に目の前に立つよう促す。
「シてください」
「なに……?」
「そこで、みっともなく、ひーとーりーでっ、シてくださいよ、マエストロくん」
こいつ――そういうことかよ!
「あはははは! そのみっともない姿で溜飲を下げてあげますから……ほら、お客様のご要望ですよ! さ、早く大きくして、あなたお得意の
「ぐっ、お前、本当に最低だな……!」
「ふ~~~~~ん? そういうこと言っちゃうんですねぇ、まだ立場が分かってないようで……」
「わ、分かった! 分かったから……」
これ以上変なコトをさせられたくはない。
こいつの前でというのが嫌すぎるが、ここはこいつの要望を呑むしか……!
「あはは、大きくして情けないですねぇ、これがかの魔道王の姿なんですかぁ?」
うるさいな……!
早いとこ済ませて、こいつには満足して帰ってもらわないと。
呪いのこともあるしな。
「うわ、始めた、始めちゃいましたよこの人! どうですかぁ、この私の前でなんて、さぞかしいい気分なのでしょうねぇ」
プレイでお互いに一人で……というのはやったことがある。
だが今の状況はそれとは似ても似つかない。フリティラリアは肌を見せない恰好のまま、あおるような実況を入れるばかり。
性的興奮を高めてくれるようなものは周りにない。でも、部屋の片隅を見つめているよりは目の前の女体に集中した方が良いのは確かで、自然とフリティラリアをガン見する形になる。
「何見てるんですか、変態。変態魔道王。変態王」
変な名前で呼ぶんじゃねえ……!
くそ、ムカつく顔で笑いやがって……!
俺は覚えてるんだぞ、学院時代のお前のことを!
「怒ってる怒ってる! 右手を動かしながら怒ってますねぇ、ふふふ、怖くな~いっ!」
お前、授業で、ダンジョンに潜った時さあ、功績を立てたいあまりに入っちゃいけないって言われてた奥にどんどん進んでいってさ、迷って、あげく取り巻きに見捨てられて、怖くて泣いてた時あったよなあ!
俺が助けてやった時、安心して失禁してさあ、怖かった怖かったって泣きついてきたこと、覚えてんだよこっちは……! お前の方が十分情けねえじゃねえか!
「ホント、女なら何でもいいんですねぇ? 裸ですらない女にそんな興奮しちゃうなんて、もしかして街中でも道行く女性に興奮してたりするんじゃないですかぁ?」
それからはずっと、自分の地位を確立するために俺を利用しようとして、何度も自分の陣営に誘ってきたりしてさ!
結局俺は全部断ったけど、お前、俺が卒業するとき、「どうして私のものにならないんですか!」って泣いてきたよなあ、忘れてねえぞ俺はよぉ!
「大っ嫌いな私相手に、こんな……」
あんな生意気で、傲慢な、クソ女……!
それが、こんなとこで、俺の醜態を余裕そうに見てきて、俺はそれに逆らえないときた!
クソ、興奮する……っ!
「こん、な」
息が荒くなり、手の動きも早くなる。
俺の顔を見て馬鹿にしてきたフリティラリアの視線は、気づけば下に集中していた。
「……っ」
固唾を飲み込んで、じっと見つめている。
うるさいあおりが無くなり、肌がこすれる音だけが部屋に響く。
フリティラリアの視線には熱がこもっているように感じられた。そのぼーっと見つめるような表情が、どこか色っぽく感じられて、俺もヒートアップしていく。
「わっ、すご……っ」
フリティラリアの息も荒い。
汗がにじんでいて、自分でも気づいていないのか、前かがみになって俺の行為を見ていた。
限界が来る。
「フリティラリア、手を出せ……っ!」
「えっ? あ、は、はい……」
フリティラリアが小さな両手を差し出してくる。
そこに、ぶちまけた。
「――ぅ、あ!? あ、熱っ」
彼女の白手袋を穢していく。
フリティラリアは驚きはしたものの、それをずっと見つめていた。
俺は息を整えながら、一歩後ろに下がる。フリティラリアはそれから、両の掌を合わせて、開く。
「こ、こんなに……、っ、く、くさい、ですね……」
それに鼻を近づけて、嗅ぐ。
悪態をつきながら、何度でも。
その姿に、たぶん、俺もどうにかなっていたんだと思う。
「フリティラリア」
「きゃっ……!?」
彼女をベッドに押し倒す。
フリティラリアは目を丸くしてから、
「あ、え、えっと、あの、違うんです、これ、お酒のせいと言いますか、私は何もそこまで――んっ!?」
何かをまくしたてたが、俺はそれを遮るように口づけをする。
一瞬だけ。
フリティラリアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっていた。
もう一度、顔を近づけていく。
抵抗は、無かった。
「ん――む、は、んんっ、ん、っ、ふっ、ぅ――」
舌を差し込めば、彼女はそれに応える。
余裕のない、必死な逢瀬。互いに貪りあうような乱雑なキス。それでよかった。それがよかった。
「……ん、はぁ、はぁ……」
口を離すと、互いに息も絶え絶えだった。
しばし目が合い、フリティラリアはぷいっと顔を横に逸らす。
耳まで真っ赤なのが分かった。
「――リア」
「っ!?」
俺は彼女の愛称をささやく。
「ここで、終わりにしとこうか?」
それは、答えの分かりきった質問だった。
俺にとって、意地悪以外の何物でもなかった。
彼女にもそれが分かっていたのだろう。
悔しそうに口を閉じて、
少しだけ、焦らすような時間をおいてから、
フリティラリアは首を振ったのだ。
――横に。