男娼マエストロと栄光の少女たち 作:しみじみしじみ
タワーダンジョンへ足を踏み入れる時がもうすぐやってくる。
もう一度、冒険者として……。
どこか現実味の無いその事実に浮かれていて、俺はすっかり大事なことを忘れてしまっていた。
装備だ。
魔道王時代の装備は当然ながら使えないものとして、それ以外に有用なものはどれも
これでは俺が只物ではないですと言っているようなものだ。
下手すりゃ死ぬこともあるダンジョン攻略でそんなことを言ってられるか、とも思うんだが、あれらは
魔道王は俺にとっても特別な存在だ。出来ることなら謎多き存在のままにしておきたい。
ということで、装備類については新たに買いそろえることにした。
市販品ならば怪しまれることもあるまい。魔道王時代の装備からすれば数段質は落ちるだろうが、金に物を言わせればそれなりのものが手に入るはず。
そうと決まれば話は早い。
俺は迷宮街ポーラの鍛冶職人たちが集まる《金打横丁》と呼ばれる通りにまで足を運んでいた。
「おお……」
思わず感嘆の声を漏らす。
読んで字のごとく、この通りでは日がな一日金属を打つ音が鳴り響き続けている。
そこかしこからだ。タワーダンジョンが出現する以前、さまざまなダンジョンが近郊で発見されてから、こうした鍛冶屋が増えていったのだという。
客層はもちろん、ダンジョン攻略を掲げる冒険者たちだ。
ここでなら、俺の探しているものも簡単に見つけられるだろう。
「どうしたもんかな」
高級装備を手に入れたいのなら、豪奢な見た目の店に入れば間違いない。
それはそうなんだが、しかしこうしてここに立ってみるとそうするのはもったいないと感じてしまう。
「――おい、装備はどこで買うか決めたかよ!」「――馬鹿、今日一日で決められるかっての!」
……なんて、駆け出しらしい冒険者たちが小さな金貨袋を片手に俺の横を通り過ぎていった。
装備はいわば相棒だ。武器然り、防具然り。
初めて買った装備に愛着を感じて、買い替えた方が安く済むのに長く使おうと修繕に修繕を重ね――みたいな経験が俺には無かった。
そう、俺は今――ワクワクしている!
店の窓ガラス越しに見える、陳列されている武具の数々が輝いて見える。
何の変哲もない直剣ですら、触ってみたくてしょうがない。それを持って敵を打ち倒す自分の姿を思わず夢想してしまう。
無論魔術主体の俺には縁遠い妄想ではあるんだが。
何にせよ、一番高いものを適当に買ってそれで終わりでは味気ないというもの。
まだ日は高い。
フリティラリアは今のところ外に出る気はないので家で留守番中だが……まあ帰りが遅くなったところで何か言ってくるわけでもないだろうし。
気にすることは何もないな!
さてさて、まずはどこから攻めようか――。
おおっ、よさげな店を発見! それならここから――
◆
「こんなものか」
夕方に差し掛かろうという頃合に、路地に出て俺は一息ついた。
うん、良い買い物をしたな。案外、地味な店構えの店の方が掘り出し物があったりして、結局似たような場所ばかり回ってしまったが。
お目当てのものは一通り買うことができた。いくつかは俺の身体に合うよう調整する必要があって、また後日取りに行かなきゃいけないが、それもそんなに時間がかからないという話だしな、タワーダンジョンが解禁されるまでには間に合うだろう。
しかしまあ、今は金属を使った装備よりも、良質な布を使った装備の方が主流だというんだから、驚きだ。
昔と言えばほぼ全身を覆うぐらいの防具に身を包み、それから半身を隠せるほどの盾を持つのが主流だったものだが、それと同程度以上の効果を布製の装備でも得ることができるというのだ。
前々からそういう装備があったのは知ってるが、かなりの高級品だった。それが今や庶民にだって手を出せるほどの値段で流通している。
そのせいもあってか、今時の冒険者はおしゃれにも気を遣っているらしい。
可愛い装備、カッコいい装備、そういう目を引く華やかさがないと売れ残ってしまうのだと、年老いた職人は話してくれた。
確かにその職人の言う通り、通りにいる冒険者、とりわけ若い冒険者は随分と華美な見た目をしている。
昔ながらの装備にも良さはあると思うんだが、時代に取り残されてしまえばくいっぱぐれてしまう。
職人も大変なんだなあ、としみじみ思った。
まあそれを話してくれた職人の店にはアイドルの衣装みたいなもんしか並んでなかったが。
商魂たくまし!
何はともあれ、満足できた。
ホクホク顔のまま帰路につこうとして――視界の端に気になるものが映る。
「あれは……」
路地の奥まったところにある、レンガ造りの建物。
おそらく店だと思われるが、窓ガラスは布か何かでおおわれており、中をのぞくことができない。
看板らしきものも、店名などは刻まれておらず、ただの木目調のオブジェと化している。
中からは明かりが漏れているので、人がいるのは確かだが……今も元気に営業中! って感じには見えない。
だが扉にかけられたサインプレートにはOPENと書かれている。こんな見た目でもやっているのか? 知る人ぞ知る店、みたいなところなのだろうか。
近くまで寄ってみて、看板を見上げる。
そこには何も書かれていないが、その下、吊り下げられた金属製のプレートに注目する。
さきほど視界に映った気になるもの。
――九尾の狐。
……を象ったロゴマーク。
その呉服屋は特殊な布地を取り扱っていて、提携先に選んだ客以外には決して商品を卸すことは無いという。
あのマークは、その提携先であるということの証左。そしてなにより、世界を股にかける大商人のお眼鏡にかなったということを示すものでもある。
気になる。
彼女の気に入った何かが、この人目のつかない場所に構えられた店にある。
本当なら玉狐織錦瑞華庵の提携先であることを大々的に宣伝してもいいはずだ。
その名前を出すだけで集まる客は数十、数百じゃきかないほどだろう。
それなのにわざわざこんなところを選ぶんだ。
きっと気難しい職人なんだよ。
人嫌いで、でも技術は確かで……。
なんて――なんて浪漫溢れる話だろう。
もはや引く選択肢は俺には無かった。
逸る気持ちを抑えながらも、俺は扉に手をかけ、開く。
飛び込んでくるのは、熱気と鉄の焦げた匂いに、油と革の重たい匂いが絡み合った、むせ返るような工房の空気。
ああ、これだよこれ。俺は心の中で大きく頷いた。鍛冶屋とはかくあれかしという自信すらも感じられるような熱さ。戸を超える瞬間から男心をくすぐられる。
ドアベルが鳴る。
俺は扉を完全に開け放ち、店の中に足を踏み入れようとして――
「――」
「――」
「――」
中にいた……客らしき二人の少女と目が合い、思わず固まってしまう。
「あら」
カウンターの向こうにいた、頬を煤けさせた少女が驚いたように声をあげる。
その視線は、俺と、二人組を右往左往。
俺と――下着姿のまま、ビキニアーマーらしき装備を身体にあてがい固まる少女たちを。
「…………」
あ、
え、
なに、
なんだ?
裸……裸何で?
ビキニアーマー……初めて見た……じゃなくて……あ?
「……っっ」
「な、なんっ」
白い髪の少女は徐々に体を丸めながら目に涙を浮かべだし、
対照的に黒い髪の少女が徐々に警戒を強めるように身構えだし、
「す、すみませんでしたっ!」
俺は獣のごとき俊敏さで、視界を外に放り出し、それから店の中から転がり出る。
扉を勢い良く閉めると、カランカラン、とこの事態をなんとも思ってないみたいな軽い音をドアベルが鳴らした。
心臓が高鳴る。
何度も今入った建物を確認するが、やはりサインプレートはOPENと書かれている。
開いてる、んだよな? 普通の店、だよな? ……なんであんな、ドアの前で女の子が脱いでるんだ!?
まずいか。
まずいよな。
こんなおっさんが突然入って来て裸を見られるなんてまずくない要素がない。
まさか――まさかこんなことになるなんて。
いや、だが、待て、俺が悪いのか? 俺はあくまで客として入っただけで……! ……いや、うら若き少女の裸を見ておいて何を……。
「あのぉ、ちょっとごめんねぇ」
「うお……」
扉の前で自責の念に駆られていると、後ろから声を掛けられて思わず跳ね上がる。
見ると、先ほどいた……職人だろうか。扉から顔だけ覗かせて、サインプレートを確認する。
「あはぁ、サインプレート逆になってたぁ!」
「――はぁ!? 君のせいじゃないか! もう、なんでちゃんと確認しなかったんだ!」
それから店の奥へ向かって叫ぶと、怒声が返ってくる。
少女は困ったように笑いながら、外へと出てきた。
「ご、ごめんよぉ、お客さん。お客さんはほんと、何も悪くないからさあ」
「あ、ああ……いえ、なんというか、申し訳ないです」
「良いの良いの、こっちが悪いからぁ。……でもおかしいなあ、ここいらは風も吹かないのになんで逆になってたんだろ? 近所の子にいたずらでもされたのかなぁ」
言いながら、少女はサインプレートをCLOSEDと書かれた面を表に向けた。
「……鍵をかけていればよかったのでは?」
「あぁ~、いっつも開けっ放しにしてるからねぇ」
不用心だな、この子……。
とりあえず、悪者扱いはされなさそうでほっと胸をなでおろす。
「お客さんは、冒険者?」
「ええ、はい。タワーダンジョン攻略に向けて、装備をいくつか見繕っていたんです」
「へへぇ、それでここに? 見る目あるねぇ、あたし嬉しくなっちゃうよぉ」
にへらと笑う少女。
よく見れば、彼女の服には煤や油の汚れが付着していて、工房を凝縮したような匂いがする。
彼女がここの主人なんだろうか。
……俺が考えていたのは、白いひげをたっぷり伸ばした筋骨隆々のおじさん職人だったんだが、全然見当違いだったな。
「でもごめんねぇ、今はまだ開店準備中なんだぁ。店名すらもまだ決めてなくってぇ」
「ああ、だから看板が空白のままだったんですね……」
「それでもお店らしくしたいって思ってこぉんなサインプレートをかけてたら、裏目に出ちゃったや……なはは!」
頭をかきながら少女は笑う。
よく笑う子だ。笑顔が似合っているから、とても明るい印象を受ける。
橙色の髪を後ろにまとめているが、邪魔だからとりあえず結い上げた、とでも言うようにぼさぼさだった。
頭にずらしているゴーグルは、使い込まれているのだろう、金属の縁は擦り減り、細かな傷が無数に刻まれている。
特徴的なのは、その背の低さだ。
そしてそれに不釣り合いなほどの豊満な身体。
――ドワーフ。
昨晩のフリティラリアとの会話を思い出す。
《黄金国家カジタリア》で起こった一連の事件。
その解決に乗り出すきっかけとなったのは、とある少女の依頼だった。
思わず少女のことをじっと見つめてしまう。
彼女に、何かしらの面影を感じているからだろうか。
あれから時間が経った。それこそ、小さな子供が今目の前にいる少女くらいに成長するほどには。
「……ね、お客さん」
ふと、俺の顔を覗き込むように少女が一歩歩み寄ってきた。
温かな夕日の光に照らされて、琥珀のように透き通った瞳がきらりと輝いた。
「良ければ中、見てってよ。まだまだ準備中だけどさ、商品だけは作ってあるんだぁ。お詫びってわけじゃないけどぉ、お客さんに見てってほしいかなぁ」
「……良いんですかね? その、取り込み中だったのでは」
「良いの良いのぉ、それじゃあ一名様ごあんなーいっ」
手を握られて、有無を言わさず店内に引き込まれてしまう。
小さくも温かい手だ。槌を握っているからか、たこで手のひらは固くなっている。
本当に良いんだろうか。
店の中を見渡してみるが、先ほどまでいた少女たちはどこにもいない。
……いや、奥の方で物音がする。
この音は衣擦れの音だ。
そちらで着替えているんだろう。
いや、それもそれでまずいのでは?
「あはぁ、イルー、ユエー、お客さん入れちゃったぁ」
「ちょ――」
「ま、まだ着替えてるんだが!?」
「……外で待っていましょうか?」
「でねぇお客さん、あそこにずらっと並んでるのがあたしの自信作でねぇ」
聞かねえなこの子。
ぐいぐいと腕を掴まれ、陳列されている商品を指さすのでそれを目で追う。
あれは――ビキニアーマーだ!
「ビキニアーマーだ!」
口に出てしまった。
ガタガタっ、と何かが崩れる音が奥から聞こえてきた。
並べられているのは、一見すればただの水着にも見える防具の数々。
名前はそのまんま、ビキニアーマーだ。話には聞いたことがあるが、実物を見たのはこれが初めてである。
「おお、知ってたぁ。良いよねぇ、ビキニアーマー」
「え、あー、それは……」
「良くないの?」
「…………それは……まあ、良いですけども」
こんなことを今日会ったばかりの子に言っていいものか。
迷ったが有無を言わさない圧を感じたので、正直に白状するほかなかった。
「ビキニアーマー……あれは遺物ではないですね? 自信作とおっしゃっていましたが、あなたが?」
「うんうん、そうだよぉ! いやはやお客さん、それにしてもやけに物知りですなぁ……もしやビキニアーマーにご興味が?」
あります。
「いえ、一昔前はアーティファクトコレクターとして活動していたもので。あれが相当高値で取引されていたというのは耳にしていました」
「……
「本物?」
まるで店にあるビキニアーマーは偽物とでもいうように少女は言った。
そんな風にはとても見えない。
磨き上げられた金属は、室内の灯りを受けて柔らかに輝き、曲線は身体の起伏に沿うよう正確に設計されていた。
縁には細かな彫金が施され、植物文様が流れるように連なっている。装飾でありながら補強の役割も果たしており、単なる飾りに終わらぬ実用性があった。
革紐は手に馴染む柔らかさを保ちながら、幾度の油入れで強靭さを失っていない。留め具ひとつにも職人の手癖が光り、装着者に余計な負担をかけぬよう計算され尽くしている。
素晴らしいものだ、と思う。
そりゃ、ビキニアーマーなんて奇特なものをなぜ、とも思うが。
「伝説の鍛冶師、ケイベ卿の作ったものに比べれば、まだまだだよ」
ケイベ卿。
それは、ダンジョンなどから時折出土するビキニアーマーの製作者の名前。
ケイベ・フォン・ドゥス。彼は伝説的な鍛冶師であり、付与師であり、冒険者であったという。
身体を守るための鎧をビキニの形状にしようとする御仁だ、変わった職人であったのには違いない。
だがなぜ《伝説》などと呼ばれているのか。
それは――彼の作ったビキニアーマーの性能があまりにも良すぎるからだ。
エンチャント。
それが、布面積の少なすぎるその鎧を鎧たらしめる。
そのビキニアーマーを着れば、肌は剣を通さず、矢を弾き、いかなる脅威も寄せ付けないのだという。
着心地も、金属を使っているにもかかわらずまるで全裸かと思うほど軽いのだとか。
彼女の言葉を借りるなら、本物。
確かに、ビキニアーマーと言えば一般的にはケイベ卿の作品群のことを示すものである。
謎の多い人物、ケイベ卿。
あるビキニアーマーと共に見つかった手記の一部にはこう書かれていた。
『バカほど性能の高いビキニアーマーを作れば着ざるを得ないんじゃね?』
と。
天才か、と当時の俺は思ったものだ。
でも残念ながら取引される彼のビキニアーマーはコレクションとして扱われることが多く、実際に着ようとする者は現れなかったのだが。
さて、この少女はつまり――そんな伝説的な人物に追いつこうとしているということか。
彼の腕は疑うべくもない。それがどんなに大変か、きっと俺以上に理解しているであろうこの子は、それでも熱い闘志を目に漲らせていた。
本気なのだ。
「あなたなら」
「え……?」
「あなたならきっと、届きますよ。ケイベ卿のビキニアーマーにも負けない、最高のビキニアーマーを……!」
「お、お客さん……! や、やっぱりあたしの目に狂いはなかった! お客さんならきっと分かってくれるって……! 同好の士になれる素質を持ってるって、思ってたんだぁ……!」
お互いに目を合わせて、力強く頷く。
それからどちらからともなく手をさし伸ばし――
「――そんな変態の戯言にお客さんを巻き込むんじゃない!」
凛とした声が店内に響き渡り、俺はハッとした。
顔を真っ赤にした黒髪の少女が奥からずかずかと近づいてくる。
「リーナ! 君の趣味はある程度理解しているつもりだが、それを会ったばかりのお客さんに押し付けるなんてどうかしてるぞ!」
「えぁぁ、分かってるけどぉ、憧れは止められないんだよぉ」
「何の憧れだ……!」
リーナと呼ばれた少女を叱りつけていた黒髪の少女は、こちらに向き直る。
「……っ」
俺と目を合わせて、少し顔を赤くしてしまった。
先ほど見た光景を思い出してしまう。突然のことだったのもあるが、目に焼き付いて離れない。
……いや、ダメだな。かぶりを振って、俺は頭を下げた。
「先ほどは失礼しました。まさか取り込み中だったとは……」
「あ、い、いや、良いんだ。悪いのはこいつだから……ただ、その」
「……?」
「見てしまったものは、忘れてくれると……助かる」
見たもの。
そりゃそうだよな。
と思いながら、ついちらりと横のビキニアーマーを見てしまう。
……これを買おうとしていたのだろうか、この子たちは……?
「おほん、おっほん!」
「わぁ、ユエおじさんくさー」
「……黙れ。ああ、もう……その、誰にも言わなければ、それでいいから……うん、見てしまったものは、しょうがないから……」
言いながら、ユエはリーナの背中の肉をつまみ上げ、リーナは動物の断末魔みたいな悲鳴を上げていた。
二人はただの客と店主の関係には見えない。
そもそもこの店はまだ開店していないのだから……この二人はどういう関係なのだろうか。
まさかそれにビキニアーマーが関わってくるのか? いや、そんなわけないか……。
「……り、リーナちゃん、ユエちゃん」
「イル」
「あ」
奥からもう一人、白い髪をした少女、イルが出てくる。
おどおどとして、周りの様子を窺っていた彼女の視線が俺に止まる。
警戒させまいとあいまいな笑みを浮かべながら、俺はその視線を受け止めていた。
彼女はユエほど気が強そうじゃない。
もしさっきので怖がらせてしまっていたならどうしよう――などと思っていると。
「あれ?」
素っ頓狂な声が上がる。
イルはさらにこちらをじっと見つめてくる。
水色のガラス玉みたいな瞳。まるで――何かを思い出そうとしているようにも見えた。
イルは……普通の女の子だった。
少しばかり自信がなさげな。
ただ、どこか存在が希薄だ。今すぐにでも空に飛び立ってしまいそうな印象を受ける。
飛ぶための羽も無いというのに。
「君は……ええと、俺の顔に何かついていますか?」
「えっ、あっ、ごめんなさい! ただ、なんか、どこかで会ったことがあるような気がして……ボク、どうしちゃったんだろ」
イルは恥ずかしそうに顔を下に向けながら、手で自分を扇いでいた。
その姿を警戒されない程度に見つめる。……俺の記憶に、彼女の姿はどこにもなかった。
「少し前からこの街に住んでいますからね、どこかですれ違ったことがあるのかもしれません」
「……うーん、そう、なのかな」
「間違っていなければ……お二方は冒険者ですよね? 俺は何度か冒険者ギルドに足を運んでますから、おかしな話でもありませんよ」
俺の顔はそこまで目立つものでも、記憶に残るようなものでもないと思うが。
それでもイルは何かが引っ掛かっているのだろう。しばらく頭をひねり小さく呻いていた。
「……君も、冒険者なのか?」
「うん、そうなんだよぉ、タワーダンジョン攻略に向けて装備を探してたんだってぇ」
ユエの疑問に、俺の代わりにリーナが答える。
タワーダンジョン、という言葉を聞いて、イルとユエの目が輝いた。
「ははは……お恥ずかしながら、まだまだ駆け出しなもので」
「いや、いや、私たちも同じだよ、タワーダンジョン攻略を目指してる。といっても、イルと私、こちらもほぼ駆け出しの二人パーティだがね」
タワーダンジョン攻略を目指している、という部分をユエは胸を張って自信満々に言い放った。
大きな目標を掲げていることを誇らしく思っているのだろう。
初々しくて思わず笑みがこぼれる。
「ふっふっふ……ユエちゃん、もうボクたちは駆け出しじゃあないんだよ……!」
イルの方を見ると、彼女は懐から何かを取り出そうとしていた。
銅色に輝く金属片。あれは、ギルドカードか! それも俺の貰ったもののような色なしではなく――
「今やボクたち、色付きの――青銅級冒険者なんだから!」
「……イ、イル! わざわざ見せびらかすほどの物でもないだろう!」
「えぇ~? 昇格した時あんなに喜び合ったのにぃ……! ……あ、それでそれで、その、おじさまは?」
ギルドカードで口元を隠しながらイルは聞いてきた。
その目には青銅級であることを自慢したい思いに満ちている。
青銅級――最初の昇格を終えた、新人期間を脱した冒険者たちの階級。
その微笑ましい背伸びに、俺も付き合ってあげることにした。
俺も懐からギルドカードを取り出す。
色のついていない鈍色のギルドカード。
……もちろん、パーティ名の部分は隠して。
「白銅級……あー、そっかぁ、じゃあ、ボクたちが先輩なんだぁ……っ」
「そうなりますねえ……こんなおじさんが何を夢見てるんだという感じかもしれませんが……」
「ううん、そんなことないよ! いくつになっても挑戦していいと思う! そういうのかっこいいって思うかな!」
「ははは、嬉しいことを言ってくれますね、先輩」
「……おぉぉ……せ、先輩って言われちゃった……! ゆ、ユエちゃん……!」
「ああ、うん、はいはい、良かったな」
「うん!」
イルはユエの傍まで駆け寄り、嬉しさを全身で表現していた。
その爛漫な笑みにあてられて、ユエは困りながらも楽しそうな表情を浮かべる。
これが若さか。
俺にもあったかな、こんな時代が。
なかったかも。
ちょっとばかし、羨ましい。
俺も駆け出し冒険者だった時がもちろんあるが、その後すぐに魔道王の仮面を被ることになってしまったから。
「良いよねえ、あの二人。《
いつの間にか俺の横に立っていたリーナが、二人の様子を見ながら話しかけてきた。
リーナの表情もどこか明るい。再びイルたちに向き直り、俺は頷いた。
「そうですね……」
「純粋で、眩しくってさあ、それでいて真っすぐで、決してすごい実力者ってわけじゃないんだけど、応援したくなるような」
「そうですね」
「ビキニアーマーを着せたくなるよねぇ」
「そうです――えっ?」
聞き間違いか?
横を見る。
変わらず微笑むリーナの姿。
聞き間違いか。
「イルはおっぱいがおっきくて長くてねえ、ビキニアーマーを恥ずかしがりながら着てくれるんだあ。背中を丸めると、あのおっきなおっぱいがより強調されてさあ、すっごいんだよぉ。でも友達のお願いだからって断らないイルがかわいくてかわいくて、ついいじめたくなったりもするんだぁ。それに対してユエは、こっちも恥ずかしがりながら着てくれるんだけどぉ、イルばかりに恥ずかしい思いはさせたくないって積極的に着てくれるんだよぉ。おっぱいはないけど、それがいいというか、肌とビキニアーマーの間に開いた隙間からは目を離せなくてねえ、ビキニアーマーは巨乳にしか似合わないっていう固定観念を打ち砕かれたんだよねぇ」
うわなんだこいつ。
全然聞き間違いじゃなかった。
え? ちょっとキモいかも……。
「り、リーナ! いきなりお客さんに何を言ってるんだ!」
「そ、そうだよぉ、恥ずかしいんだよ、ビキニアーマー着るの!」
当然怒られる。
ええと……イルたち、嫌がっているよな?
「あの、本当に……ご友人、なんですか?」
「……」
「……まあ、うーん……」
「あれぇ!? ともっ、友達だよねぇ? そう言ってくれたよねぇ!?」
「まあ、私たちのパトロンであることは間違いないよ」
「こ、こんなでもね」
「こんな!?」
俺はリーナの肩に手を置いた。
「パトロンの立場を悪用して、少女相手に好き放題している……と?」
「あっ、えっ!? あの、ちがちがちが、あのあのあのっ!」
「嫌がっているように見えますが」
「いやあえそのそれはその言葉のあやというか、うわぁん! ユエ、イルー!」
助けを求めるのが早すぎないか?
自分でもあまり褒められた行為じゃないと思ってるんだろ、これ……。
「……ごめん、お客さん。私たちは大丈夫、その、分かっててやってることだから」
「うんうんうんうんうんっっっ!!」
「し、心配してくれてありがとう、おじさま……でも、ユエちゃんの言った通り、大丈夫。リーナちゃんは大事な……仲間だから」
「そうそうそうお友達、あたしたちベストフレンドおーけー!?」
「うーん、友達ではないかな」
「あれーっ!?」
お前好感度下がってるじゃん。
……まあ、ユエたちの言葉に嘘は見られない。
これはこれで……奇妙な形ではあるが、ちゃんとした協力関係なのだろう。
リーナを放してあげる。ぷるぷると震えていた。
「あはは、冗談だよ、リーナちゃん。リーナちゃんも大事な友達だよ!」
「い、イル……! そうだよねぇ、あたしたちの絆は固いもんねぇ、だから新作のマイクロビキニアーマーも着てく――」
「ボクたちが本気で嫌がることはしないから、信じられるんだ!」
「……うん!」
こいつどさくさに紛れて欲望を満たそうとしてなかったか?
「ごめん、恥ずかしいところをいっぱいお見せして、お客さん――ああ、いや……もうそんな他人行儀である必要もないか」
ユエがこちらを見上げた。
「君、名前は?」
「……マエストロと言います」
「そうか、マエストロ、マエストロ……うん、覚えた。私たちはこの街に知り合いがほとんどいなくてね、良ければ同じ冒険者として助け合っていけたらなって思うんだが……その、どうだろう?」
手を差し伸べられる。
こんな何歳も年が離れた相手に?
……いや、この子たちにとって、年齢はなんの関係もないんだろう。
「もちろん、胸を借りるつもりで頼りにさせてもらいますよ、先輩方!」
「……あ、あんまりあてにしないでくれ。イルはあんなことを言ったが、私たちだってまだまだ学んでいる最中なんだから」
ユエの手を握る。
情報が大事な冒険者にとって、横のつながりというのは大切なものだ。
ライバルでもある。だけどそれ以上に、助け合っていくべき仲間でもある。
まさかあんなハプニングから、こんなことになるなんて夢にも思わなかったが、幸運だったのだと思おう。
「もし入用の物があったらいつでも来ていいからねえ、なんでも作ってあげるよぉ」
「本当ですか? 助かります」
「いいんだよぉ、お客さんが増えることは願っても無いことだからさぁ」
……ふむ、なるほど。
そうか。
なら……そうだな。
「では、リーナさん」
「うんー?」
「……ビキニアーマーって、いくらぐらいなんですか?」
「……えっ!」
「か、買うのか!?」
せっかくだし、厚意に甘えるとしよう。
ビキニアーマー。
一度でいいから手に入れてみたかったんだ。
イルとユエが少し引き気味にこちらを見ているが、気にしないこととする。
俺はリーナにある程度のサイズ感を伝え、それに近いものを出してもらう。
細かな調整は必要ない。そう伝えると、店に並べられていたものを買わせてもらえることになった。
平べったい、胸の小さい人用のビキニアーマー。
そして下は、お尻の大きい人用のものを。
それらを手にした時、なぜかイルとユエの顔が真っ赤になるのが目に映った。
やはりそれだけ恥ずかしいモノなんだろう。
……なんて思っていたのだが。
「店頭にあるのは型見本でねぇ、上はユエの身体に合わせたやつでぇ、下はイルに合わせたやつなんだぁ」
とかリーナが言い出した。
……え?
これがユエので、これがイルの?
思わず手に取ってその形を確認してしまう。
しっかりと身体に合わせられた曲線は、生々しく少女たちのボディラインをこれでもかと主張していた。
それは良くない。
だよな? とイルを見たら。
「へ……へーき! ボク、先輩だから!」
と、真っ赤な顔でサムズアップ。
どこも平気じゃなさそうだ。
「……大丈夫、気にしないでくれ。記念すべきリーナのお客さんなんだ――買うと決めたのなら、ぜひ買ってあげてくれ」
ユエはと言えば、こちらも顔は赤いままだったが……ある程度は受け入れているように思えた。
リーナはルンルンの状態で麻袋にビキニアーマーを入れている。
「ただ……へ、変なコトには……」
「よし、これでおっけー! はいどうぞぉ、マエストロ! 良ければ今後とも、ごひいきにぃ」
「ありがとうございます、リーナさん」
「あ、あ」
俺はリーナから差し出された麻袋を受け取り、イルとユエに向き直る。
ユエは何かを言いたそうにしていたが、結局諦めたみたいだ。
それじゃあ、また――と手をあげれば、彼女たちは快く俺を送り出してくれた。
この店にはまだまだ何かと世話になりそうだ。それから……《
「……」
イルに、ユエか。
「…………」
そして、リーナもだろうか。
なんとなく、違和感があった。
彼女たちとは今日会ったばかりだ。
それも下着姿を目にしてしまうという、最悪の出会い方をした。
だというのに今はもう、それなりに心を開いてもらっている。
俺のうぬぼれじゃないだろう。
警戒心が薄いのか? いや、イルはそうかもしれないが、ユエがそんな感じのタイプだとは思えない。
やけに――心を開くのが早くなかったか?
気のせいかもしれない。
ただ相性が良かっただけなのかもしれない。
この街に知り合いがいないと言っていた。
単純に知り合いを作りたいというだけなのかもしれない。
俺の考えすぎだろうか。
「あ……しまったな。
まあ、いいか。
たぶん、俺の考えすぎだ。
すぐに俺は、他のことに思考を巡らせる。
タワーダンジョン攻略のこと。
フリティラリアのこと。
それから、それから……。
金打横丁を出る頃には、それまで考えていたことなどすっかり忘れてしまっていた。
◆
夜。
俺はフリティラリアに、今日起こったことを詳らかに話していた。
「そんなこんなで、珍しい装備を売ってる店に入らせてもらってね」
「……」
「冒険者の二人とも仲良くなったりして……」
「…………っ、あ、あのっ!」
壁に背を付け語る俺に、しびれを切らしたフリティラリアはついに声を上げた。
彼女の部屋の扉が開かれる。中から出てきたのは――俺が買ってきたビキニアーマーに身を包んだ、フリティラリアだった。
「ど、どうして私がこんな格好をする羽目になっているのか――ま、マエストロくんの話と全くつながらないんですが!?」
「うお……すっげ……」
「あっ、ちょ、やっぱり見られると恥ずかしいです、これ……!」
ビキニアーマー――一見すれば下品にも思えるその装備だが、フリティラリアに着せてみればそのような印象は全くなく。
フリティラリアの所作と相まって、どこか気品あふれる姿にも見えてくる。
調和だ。ビキニアーマーだけが浮くことはなく、着る側の人間を飾り立てているのだ。
恥ずかしそうに身体を隠す動作ですら、ある種美しさすら感じる。
リーナ、君の作ったビキニアーマーは紛れもなく本物だ……!
「どうしても見てみたかったんだ、ビキニアーマーが着られてるところ」
「ビキニアーマーがメインなんですか!? それを着た私が見たいのではなく!? 私ただの額縁扱いじゃないですか!」
「はっはっは、額縁」
「『言い得て妙』みたいな顔しないでください」
だがこれは、誰かが着て初めて分かる魅力なのだ。
もっと……もっとちゃんと見たい。一歩フリティラリアに歩み寄る。
彼女はぎょっとしてこちらを見上げたが、逃げるようなことはしなかった。
それどころか、観念したように、身体を隠していた手を横へどかす。
「……変態みたいですよ、マエストロくん」
「こんな格好してる奴に言われたくは無いな」
「それはっ、あなたが……!」
今回購入したビキニアーマーはフリティラリア用に調整されたものではなく、ところどころ隙間が空いてしまっている。
ユエの身体はスレンダーだったが、フリティラリアはそれ以上なのか、ストラップがやや緩く、動くたびにかたかたと音を鳴らした。
フリティラリアは不慣れな様子でベルトをきつく締めようとするも、どうにも隙間が埋まらない。
もっと近づいて見下ろせば、彼女の可愛らしい乳房をその隙間から覗き見ることができるだろう。
「着心地はどうだ、フリティラリア」
「……さ、サイズは合っていませんが、案外悪くはないですよ。んっ、ただ、下が……」
かたや、腰のプレートは彼女の大きなお尻の曲線に全く合っておらず、下手をすれば皮膚に食い込みかねないほど窮屈そうに見える。
ガードの端が僅かに肉に埋もれているのが見て取れ、身じろぎをするたびに、かすかな悲鳴を上げているようだった。
そのせいで、彼女は時折、無意識に腰を浮かせたり、プレートの位置をずらしたりするのだが……それがどれだけ艶めかしい光景か、言わずとも分かるだろう。
というか本当に大きいんだな……。
「おっきいって思ってますね……?」
フリティラリアはそれを気にしているようだ。
あの重量感のある触り心地がたまらないのだが……まあ、わざわざ口に出すことでもないか。
どうせ彼女のことだ、俺がそれを気に入ってるのなんてとっくに気づいてるだろうし。
しかしこうしてみると……中々にプロポーションが良い。
女性らしいふくよかさがありながらも、引き締まるところは引き締まっていて、綺麗だというほかない。
思わず腰に手が伸びる。
「あっ」
手に張り付くような肌の感覚。
柔らかく、滑らか。学院時代から時が止まってるんじゃないかと思うほどの若々しさ。
上へ上へと指を滑らせていく。
「あ、んっ――ふっ、んふっ」
くすぐったいんだろう、身をよじらせるフリティラリア。
俺の指はストラップに触れる。隙間が空いており、指は簡単にその下に潜り込むことができた。
指で引っ掛けながら、胸の方へとゆっくり引き寄せる。
フリティラリアはじっとその指の動きを見つめていた。
熱い吐息が彼女の口から発せられる。指は肌には触れず、それをもどかしく思っているようだ。
チェストプレートの裏側に触れる。
内側は肌を守るためか、肌触りの良い布素材が用いられており、装着者への配慮がうかがえる。
くい、くい、と確かめるように指を引くと、より隙間が空く。ストラップは彼女の肌に食い込み、少しだけ痕を残す。
つつ、とチェストプレートの下から汗が流れた。
それはわずかに隆起する肋骨のラインを通り過ぎ、おへそに、そして足へと流れていく。
汗が流れる感覚に、それをじっと見つめる俺の視線に、フリティラリアは逃れることは出来ずにいる。
もとより隠せる部分などほぼないビキニアーマーなのだ。大事な部分は隠せているとはいえ、本当にフリティラリアが隠したい部分はさらけだしてしまっている。
興奮していることがありありと分かる。
「フリティラリア、窓を見てごらん」
「え……? ――っ!」
フリティラリアは後ろを向き、窓ガラス――に映った自分の姿を見る。
自分のあられもない姿を見て息を詰まらせるフリティラリアの手を取り、それから俺は肩を抱いた。
「っっ、ほんと、あなたは……よく、こんなこと思いつきますね……っ!」
悪態をつくフリティラリアだが、嫌がるそぶりはどこへやら。
まじまじと窓ガラスに映った自分を見つめ、より呼吸を荒くしていっている。
「私を、こんな、辱めて――私でなければ、付き合いきれませんから……!」
「あくまで俺が悪者扱いか? 心外だな……フリティラリア」
「ひ、あっ!?」
肩を抱いていた手を、そのままチェストプレートの下、彼女の胸へと滑り込ませる。
柔らかく、手のひらに収まってしまう胸。痛々しいほどのぷっくらと膨らんでいるのは、フリティラリアの弱さだ。
「好きだろ、乱れる自分が」
ぎゅっと、胸を絞るように力を込めて揉みしだく。
「っ、んぃ――っ! そ、んなこと……っ、ありまっ、あ、んんっ!」
「こんな風に雑に、乱暴にまさぐられて、気持ちよくなって……こんなにおったててさ」
「ぅっ、あ、カリカリ、ってするの、ぉ……っ♡ だめ、です、それっ、ほんと、癖になっちゃ、あっ♡」
エロい。
ひたすらにエロい。
ビキニアーマーを着たフリティラリアが乱れる姿が、脳に焼け付いていく。
指先でフリティラリアを弄ぶ。
最初はここを弄っても反応が鈍かったものだが、すっかり開発が進んで、指先で弾くたびにフリティラリアの身体はびくりびくりと震える。
まさか一週間でこうなるとは――元々素質があったのだろう。
何より彼女は基本されるがままだ。俺の呪いのこともあるからだろうが……それにかこつけて自分好みに調教する自分の最低さがよく分かる。
ダメなことだとはわかっているんだ。
最初の内だって、事務的に事を終えようとしたさ。
だけど――
「ぁ、あっ、だ、め、むね、だけで、ぁっ♡ ~~~~~~~~~~~っっ♡♡」
触るたび、いじるたび、彼女の身体は感度を上げていく。
昨日無反応だった場所も、次の日になれば性感帯になっている。
受け入れようと必死で、健気で、少し苛めてやろうと思えばそれすら文句を言いながらも付き合ってくれて。
男娼として過ごしてきて、脳みそが下半身に移ってしまったような俺にとって、彼女は劇薬も劇薬。
男にとって都合が良すぎる。
我慢できるか。
いや、できない。
「はぁっ、はぁっ――マエストロ、くんっ、あなたって、人は……最低、ですよ……♡」
「――っ!」
フリティラリアは、私は屈してませんから、とでも言うようにキッとこちらをねめつける。
だけど彼女の下半身は、早く早くとおねだりするように俺の身体に擦りつけられていた。
ビキニアーマーでは隠し切れない、彼女のはちきれんばかりの大きなお尻の柔らかさが、服越しにもかかわらず俺を反応させる。
「マエストロくん、じゃないですか――私の乱れる姿が好きなの……♡」
「ぐっ、う……」
「人の、せいにして……♡ あの手この手で、私をエッチな子にさせようとしてるの、分かってるんですよぉ?
――だが。
俺はやりすぎてしまったのかもしれない、そう思い始めている。
最初は攻められるだけでいっぱいいっぱいだったフリティラリアも、徐々に余裕を見せ始めている。
どころか逆に主導権を握ろうとしてくるのだ。
俺はフリティラリアの弱いところを知っている。
知り尽くしている。
だがきっと、フリティラリアも……。
「マエストロくん、キス、しましょ……♡」
フリティラリアは俺の頭の後ろに手を回し、自分の方へと引き寄せる。
下は変わらず、彼女の身体で愛撫されたまま。逃がしませんよ、とでも言うつもりか、こいつ。
望むところだ。誘われるまま、唇を合わせる。
「ん――♡」
もう何度繰り返したか分からない、フリティラリアとのキス。
彼女は俺と舌を絡めながら、より強く腰を密着させてくる。
俺の余裕を崩そうと、なるべく快感を与えるように。
「んんっ♡ あ、ん……ちゅ、んんむっ♡」
負けじと俺も彼女の胸を刺激する。
果てたばかりの敏感な身体で、果たしてどれだけ我慢できるか。
「ぐ……」
だけど俺も、そこまで長く持ちそうにない。
毎晩彼女と身体を合わしてきたからだろう、この身体の感触を味わうだけで、すっかりその気になってしまう。
ただただ服の上から尻を押し付けられてるだけだというのに、脳の奥がしびれそうになる。
「んぁっ、はっ、あ、んんんんっ♡ んーっ、む、っっ♡」
俺に余裕が無いことを見透かしているのか、あるいは彼女も限界が近いのか、お互いの愛撫は激しさを増す。
キスは快楽を貪るようなものではなく、相手を支配するための手段に近い。
負けを認めろ、負けを認めろ――マウントを取り合う。
俺はつねるように力を込めた。
「んんっ、んんーーーっっっ♡♡」
フリティラリアの攻勢は弱まり、痙攣を俺は肌で感じていた。
舌を引き抜き、呼吸を整える。
危なかった。
もう少しで――なんて成長速度だ。
だけど、まだ。
まだまだ、俺は負けてない。
それが男娼としてのプライドか、男としての意地か、その両方かは分からないけど。
今夜も、俺の勝ちだ――
「ん、ふふ……勝ち誇った顔しちゃってますねえ、マエストロくん……♡」
「……?」
「ねーぇ? 私思っちゃったんですけどぉ……これは言わない方が良いかなあって思ってたんですけどぉ」
もったいぶって、彼女は言った。
「先輩、もうすっかり私に完敗しちゃってますよねぇ♡」
「は――」
してやったりという風に。
それでいて、出来の悪い生徒に優しく教えてあげるように。
なんだと。
俺が負けているだと。
ついこの間までプロだった、俺が?
バカなことを言うな。
今だってお前の余裕を突き崩してやった。
これはただの挑発――いや、そうは見えない。
心の底から自分が勝っているのだと、優位に立っているのだと思い込んでやがる。
生意気だ。
お仕置きだ。
分からせてやる。
俺はフリティラリアを部屋のベッドに突き倒した。
「きゃあ♡」
それで多少はビビるだろうと思っていたのに、フリティラリアは楽し気なままで。
「やーん、負かされちゃうー♡」
「……お前」
「でもぉ、良いですよぉ♡ 優しい優しい後輩は、都合のいい後輩は、先輩だけのために負かされてあげますからぁ♡」
自分の手でチェストプレートをずらし、胸を晒す。
長い脚を延ばし、足先で俺の腰をまさぐって、その刺激に呻く俺を見てより笑みを深くした。
ふざけるなよ。
お前だって、期待しすぎて下が洪水みたいになっているのに。
……だけど、それを指摘したところでこの余裕を崩すことはできないだろう。
「ほぅら、先輩♡ また今夜も、抱き潰されてあげますからぁ♡」
まさか――覚えたのか。
攻め方を。戦い方を。行為のたびに成長して――?
言葉だけじゃ無駄だな。
その身体に刻み込んでやるしかない。
舐めた口を聞いたことを、たっぷり時間を使って後悔させてやる。
「泣いても知らないからな……!」
「えー? できないことを言って怖がらせようとしても無駄ですよぉ――あっ♡」
俺はフリティラリアに覆いかぶさり、
そして、
俺の怒りがどれほどのものか、夜明けまでその身体に教え込むのであった。