男娼マエストロと栄光の少女たち   作:しみじみしじみ

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フリティラリア④

 灰の牙は麓に吠え、

 紅の声は山を焦がす。

 

 琥珀の番は森に眠り、

 蒼穹の王は空を裂く。

 

 奈落の子は夢に忍び、

 黙示の獣は名を持たぬ。

 

 だがそのすべてを討ったのは――

 ただひとりの剣士なり。

 

 名はなく、旗もなく、

 ただ剣ひとつを携えて、

 七つの夜を歩ききる。

 

 剣士は語らず、ただ斬るのみ。

 血を求めず、ただ終わらせる。

 

 灰を踏み、声を裂き、

 墓を越え、空に届き、

 夢に抗い、名なきものに至りて――

 

 最後に剣士が残したものは、

 名ではなく、静けさなり。

 

 されば、獣に名があるとき、

 我らは思い出すがよい。

 あの剣士の影を――

 

 かつてこの世に、

 七つの獣を斬った者がいたと。

 

 

 

 

 タワーダンジョンがついに解禁される。

 長いようで短かった規制も終わり、ついに冒険者たちにその門戸が開かれる。

 

 ダンジョンの入り口周りはすでに冒険者でごった返していた。

 喧騒がかなりうるさい。テンション上がるのは分かるが、なにも叫び声を上げなくたっていいだろうに。

 まあ、やる気があるのは良いことだ。俺もうかうかしてられないな。

 

「――おい、あれ」

 

 誰かが声を上げ、すぐに俺たちは周囲の視線を集めだす。

 隣に立つフリティラリアがそれを受けてびくりと動きを止めてしまったが、手を引いて歩かせる。大丈夫だからと安心させるように。

 

「ついにお出ましだ――()()()()()()()()!」

 

「……あーもう、鬱陶しいわね! これからって時になんでこんな野次馬みたいな真似しかできないのよ! あんたら冒険者でしょ!? 冒険しなさいよ!」

「いいじゃないの、マリーベル! 注目を浴びるのって気持ちいいもの! ずっと正体を隠してた陰気なあんたには刺激が強すぎるのかしら?」

 

 数多の視線を受け止めていらだちを隠そうともしないマリーベルと、それと対照的に周囲に向けて手を振ったりピースしたりとサービスするマーガレット。

 彼女たちの前にはダフニーが、物言わぬ圧によって人波をかき分けながら先へと進んでいく。

 

 俺とフリティラリアに注目する奴はどこにもいなかった。

 フードを目深に被り、顔を晒さないようにする。あくまでシルバークラウンの、なんでもないパーティメンバーのうちの一人、というのを装うために。

 

「あれ、もしかしなくてもですけど、全部……」

「まあ、《グローリーナイトフォール(俺ら)》目当てだろうな。シルバークラウンの協力が無かったらと思うと、ゾッとする」

 

《大変異》以降、危険なほど高まった熱を憂慮したシルバークラウンリーダー、ダフニーが提案してくれたのが、この隠れ蓑作戦。

 彼らと出会ったのは今朝のことであり、ただの偶然だったが……俺とフリティラリアの考えていた『顔さえ隠れてたらいいだろう』という考えは甘いと教えてくれた。

 ぱったりと消息を掴めなくなったフリティラリアに対ししびれを切らした一部の冒険者は、顔を隠していたり、人を避けようとしている冒険者を執拗に追いかけまわしていたりするのだとか。

 

 そういった過激な追っかけはギルドが厳しく処罰してくれているのだが、昨日まで大人しくしてた奴が我慢できずに、ということもあり得る。

 なんせ今日はタワーダンジョンの規制が解かれる日。フリティラリアが高確率で顔を出すタイミングだ。

 

 もちろん、ギルドも黙ってるばかりではなく入り口周辺の人の流れの整理を兼ねながら見回りもしているんだが……職員はダンジョンの中までは入ってこれない。

 俺たちには人に言えない呪いの問題がある。尾行にはすぐ気づけるだろうが、呪いの処理を見られているかもしれない状況でするのは遠慮したい。

 ダフニーの提案は渡りに船、願っても無いことだった。

 

「大丈夫ですよ。皆さんダフニーさんやマーガレットさんにばかり注目してますから」

 

 横から顔を出してきたのはフォスだった。

 フリティラリアが昔の教え子だったということはすぐに気付いたようで、彼女を安心させるように微笑むフォスの姿はかつての教師の時のままの姿だった。

 

「先生」

「にしてもすごいですよね、シルバークラウン。こんなに注目を浴びるなんて……ふふっ、あのマリーベルがこんなに大きくなっちゃって!」

「あの、先生」

「……なんでしょうか、フリティラリア? あ、お腹が痛いとか? 人ごみに酔っちゃいましたか? ならすぐに治癒魔術を――」

「注目を浴びてるのは先生もではないでしょうか。先生ももうれっきとしたシルバークラウンの一員なんですよ? ほら」

 

 フリティラリアが指し示した方向にいる冒険者の一団は、明らかにフォスのことを見ていた。

 周りと比べてかなり若い奴らばかりのパーティだ。その視線には熱いものと――なんとなく、親近感を抱いているような感じがした。

 まさかとびきり若く見えるフォスを見て、『あんな小さな子でも頑張ってるんだ、ならボクたちも――!』的なことを考えているのだろうか。

 考えてそう。

 言わないどこ。

 

「え、えぇっ!? わた、私がですか!? いいいやいやそんな、私なんて……あ、うわ、うわわ、み、みんなが見てる……!?」

「あの、視線を集めるんで離れてもらっても良いですか」

「そんな――!?」

 

 冷たくあしらうフリティラリアにフォスが分かりやすく肩を落とす。

 フォスが空回りしてしまっているようにも見えるが、フリティラリアが素直じゃないだけだ。

 彼女は今でもフォスを『先生』と呼ぶ。学院時代、大人は全員嫌いだって態度をしていたくせに、フォスには敬意を抱いているようだった。

 

 俺はそんな二人の様子を見て、思わず笑ってしまった。

 そこでふと、フォスと目が合う。

 

「あ……」

「……」

 

 数秒か、それ以上に短い時間だけ目が合って、どちらともなく目線をそらしてしまう。

 どうしてもあの日の夜――マーガレットにそそのかされ一夜を共にしてしまった時のことが思い出されるのだ。

 

 フォスはそそくさと前の方へ行ってしまった。

 その背を見送りながら、フリティラリアが顔を寄せてくる。

 

「あの、先生はマエストロくんのこと、気づいてないんですよね?」

「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」

「……明らかに何かあった反応ですよね?」

「……」

 

 俺は黙った。

 世の中には知るべきことと知らないでおくべきことがある。

 それだけだ。

 

「……抱きましたね?」

「だっ、は? 抱いてはない、抱いては!」

「……抱いて()、ですかぁ」

「いや、は? 何言ってんだお前、それ以外のこともしてねえよ、断じて」

「あはは、その反応を見るに噂は本当だったんですねぇ、シルバークラウンの『剛姫』と魔法使いの女の子がアダンソニアに入っていったって――それでマエストロくんを指名したんですねぇ」

「……」

「それでぇ、あれですかぁ? 『憧れの人は汚せない~っ』って抱く寸前になって日和っちゃったとかですかぁ、意気地なしですねぇ、マエストロくん」

 

 あの時はそういう状況じゃなかった。

 フォスも口車に乗せられて巻き込まれてしまっただけで、それにそもそもフォスは見ているだけという話で……!

 

「私のことは好き放題めちゃくちゃにしたくせに」

 

 う……ええい、言っとけ!

 俺が反応するからこいつは増長するんだ。

 気丈に振舞え、俺! からかわれ続けるような俺ではないことを見せつけてやるんだ!

 

「しかし、魔法使いって先生のことだったんですか。私、てっきりマリーベルさんのことかと思ってたんですよ。だってほら、二人とも三角帽子を被って――」

「んぐっ……ごほっ」

 

 やべ。

 

「……え、マリーベルさんも抱きました?」

「え? いや、抱…………」

「……」

「……………………」

 

 反応したらこいつの思うつぼだ。

 俺は黙った。

 

「抱いてる!」

 

 世の中にはなんとかかんとか。

 

 横からジトっとした目でこちらを見てくる奴がいる気がするが、俺は気にせず真っすぐタワーダンジョンを見据えていた。

 

「……ん? あれ? マリーベルさんって、マエストロくんのこと気づいてないはずじゃ……?」

 

 ついに入り口をくぐる。

 

「はぁぁ……やっと静かになってきたわねぇ」

「わーきゃー言われるのは慣れてっけど、あの熱量はそうそう向けられたことねえぞ」

「ブラウン、あんたの存在感が薄いだけでしょ~? 私は新しい街に行くたびに熱烈に歓迎されるんだけど」

「……シーフ的に誉め言葉と受け取っとくぞ、ちくしょう!」

 

 さすがにダンジョンの中となると、誰も追っかけては来ないらしい。

 まあ、来るかもしれない大本命を待ち続けるんだろう。帰る頃にはいなくなってるといいが……シルバークラウンにわざわざ時間を合わせてもらって、帰りも同じように……ってのは申し訳ないしな。

 

「――うーん」

 

 さて、人だかりから離れていって、もう少し奥で解散となるわけだが。

 視線が少なくなってきて如実に感じられるようになる。――()()()()

 これはシルバークラウンのメンバーから向けられているものだ。

 

 颯爽と現れた魔道王と共に姿を消したフリティラリア。

 と二人でパーティを組み、行動する新参冒険者。

 それに加え――俺は()()()、マリーベルを射止めた男娼でもある。

 

 それが今や《グローリーナイトフォール》の一員。

 気にならないわけはない。

 まあ、そりゃあそうだ、俺だって同じ立場なら興味が尽きないと思うし。

 どれだけ勘が悪かろうと、もしかして――ぐらいには思うものだろう。

 

 彼らが俺のことをあれこれ聞こうとしないのは、フリティラリアが恩人だから。

 恩人の仲間を、それも恩人自体が嫌っている追っかけのような真似をして情報を聞き出そうとするのは、シルバークラウンならまず選ばない選択肢だ。

 

 あの仮面が無い以上、魔道王の所在は誰にもわからなくなった。

 例え俺がどれだけ派手に動こうとも、《クワイヤ》もなく、かつての仲間もいない。

 俺が魔道王であると確実視できる証拠はどこにもないわけだ。

 だからまあ、あまり気にすることは無いだろう。

 というのが俺の結論だった。

 

 彼らとは仲良くやっていきたいからな。

 あくまで俺たちを尊重してくれているみたいだし、わざわざ藪をつつくような真似はすまい。 

 

 一応、『昔にフリティラリアと一緒に冒険者として活動していた魔術師だが、男娼としてこの街に滞在していたところ、タワーダンジョン攻略にあたり冒険者として復帰しないかと彼女に誘われ、俺はそれを承諾した』という設定がある。

 どこまで信じられているかは未知数だがな……ああいや、フォスは信じ切っていたか……。

 

 四方八方から突き刺さる視線については、仕方のないことだと割り切るしかないか。

 空気がひりついて、少しばかり居心地が悪い。なるべく気づかないふりはしているが、フリティラリアが不満げだ。

 仲良くやっていきたいとは言っても、これじゃそれも難しいか?

 

「ところで、なぁ、マエストロの旦那よぉ」

「……お、あ、はい?」

 

 一瞬、声を掛けられたのに反応が遅れた。

 彼は――ブラウンと呼ばれていた、茶髪のシーフか。

 背丈は俺と同じくらいで、前から歩いてくると、何の躊躇もなしに肩を組んできた。

 ざわ、とシルバークラウン内がどよめき立つ。

 

「うお、結構いい体してんだなあ、旦那! 最初は男娼が冒険者なんてなんの冗談かと思ったが、案外動けるタイプだろ? 実際のところどれぐらい戦えんだ?」

「お、おい、ブラウン! そういうのは……」

「あー、ナシナシ! 俺無理だわこの空気! 別に敵でも何でもねーのによぉ、不躾にじろじろ見て失礼ってもんじゃねーか?」

「ぐ……いや、出会ってばかりでその距離感もどうかと思うぞ!」

 

 それもそうだな! とブラウンは朗らかに笑った。

 

「俺としては《グローリーナイトフォール》とは仲良くしていきたいわけよ! だってよぉ、考えても見ろよお前たち。遠巻きにじろじろ様子をうかがうより、その方が色んなこと教えてもらえそうだろ……?」

「な、なるほど、心の距離を縮めて魔道王の――」

「今まで抱いてきた女の中で一番名器だった女は誰かとかぁ! ――ぐばぁ!!」

 

 横から飛んできた岩の塊に、ブラウンは吹き飛ばされて壁にめり込んだ。

 出所は見ないでもわかる。マリーベルだ。呆れ半分、恥ずかしさ半分といった表情。面白い奴が身内にいるじゃないか、マリーベル。

 

 ブラウンは数秒壁に埋まっていたが、剥がれ落ちるみたいに地面に落ちて、鈍い音を立てた。

 ぱらぱらと小石が壁に出来た穴から転がり落ちる。その場所をじっと見つめていたが、見て分かるほどの速度での修復はされていなかった。

 

「《大変異》、予兆ナシ!」

 

 なんて言ってみる。

 

「ぷふっ」

 

 誰かがそれを聞いて噴き出した。

 それからくすくすとした笑い声があたりから聞こえてくる。

 俺の言葉というよりかは、無様を晒したブラウンを笑っているんだろう。

 空気が弛緩している。まだまだ視線は感じられるが、先ほどまでのよりは健全なもののように思えた。

 

 ブラウンには感謝だな。

 彼に手を差し伸べると、ブラウンは乾いた笑い声をあげながら立ち上がった。

 

「っかー、ウチの箱入り娘は気が強くていけねえや。……なあ色男、後ででいいからよ、あの暴走機関車がベッドの上だとどういう態度なのか――ああっ、冗談に決まってるじゃねえかっ、いたっ、なにこの岩! 頬を執拗にぐりぐりしてくるんだが!? あの、マリーベルさん!?」

「それ以上喋るとこの岩を口の中にぶち込むわよ! もうっ、もうっ!! 《シルバークラウン》が変に見られちゃうじゃない!」

「なぁに? あー、まさかぁ、かっこつけようとしてたの、マリーベル? 愛しの王子様の前だからカッコよく見てもらわなくちゃー、って――あつっ!? ちょ、炎!? 私の方が仕返しが過激なんですけど!?」

「うるさい! だまれーっ!!」

 

 なんだ、急に状況がカオスに……。

 なるほど、これが《シルバークラウン》、今をときめく冒険者パーティ。

 誰も彼も一癖も二癖もある。だけど一人一人が確かな実力者で、だからこそ、リーダーであるダフニーがビシっと彼らを統率するんだ。

 

 ダフニーはこちらへと歩み寄ってくる。

 見れるのか、最大規模の冒険者パーティをまとめるカリスマ的存在の一喝が――

 

「マエストロ殿、君には感謝を述べなくてはならない。マリーベルはここ最近まったく元気が無かったのだが、君に出会ってからというもの元気が戻ってきたようで、ああしてパーティメンバーに甘えてくれるように――」

「いや何の話ですか!?」

 

 思わず突っ込んだのはフリティラリアだった。

 

「ああ、フリティラリア殿、《大変異》の時以来になるか……あの時は君が助けに来てくれなければどうなっていたか――」

「今!? さっき会った時もその話して――あー、良いです良いです、別にお礼が欲しくてしたことじゃないので。というより、私に出来た事なんてそれほど多くありませんでしたからね。彼が来なければ……」

「《グローリーナイトフォール》のリーダーは人格者のようだ。フリティラリア殿、マエストロ殿、もし何か困ったことがあれば《シルバークラウン》を頼ってくれて構わない。どんなことであろうと全力で君たちの願いに応えようと思う」

「それは良いんですが……あの」

 

 相変わらずダフニーの背後ではてんやわんやの大騒ぎが続いていた。

 が、ダフニーはそれを気にしていないようだった。頭上を火球が通り過ぎても、少し微笑むばかりで。

 

「……」

 

 なるほどね。

 

 ――お前もあっち側かーーーーい!!

 

 

 

 

 ほどなくして、俺たちは人気のないところで別れることになった。

 なんだかどっと疲れた気がする。

 

 身を隠すため着ていたポンチョのフードを二人して脱ぐ。

 フリティラリアはいつも通りの白を基調とした、冒険者というよりかは貴族のような服装に身を包んでいた。

 

 俺はといえば、先日購入した装備を身に着けていた。

 ガントレットやチェストプレートを装備し、懐には短剣やポーチ、その上に緑色のローブを着ている――まあ、ありきたりな装備構成ではある。

 王道というのは安定を意味する。奇をてらう必要はないのだ。

 

 ……なんて、本当は王道な装備を着ることなんてほとんど無かったからここぞとばかりに買いそろえただけなんだがな!

 

「何してるんですか?」

「……なんでもないさ」

 

 い、いかんいかん、ついはしゃいでしまった。

 咳ばらいをしてなんとか誤魔化す。フリティラリアは気にも留めていない様子で俺の傍に近づいてきた。

 

「それで……あの、良かったんですか、マエストロくん? マリーベルさん、何か言いたいことがあるようでしたけど」

「……そうなのか? しまったな、全く気が付かなかった」

「まあ、向こうから声をかけてこないのであれば、それほど重要な要件でもないんでしょう。じゃあ、それはいいとして――」

 

 フリティラリアは視線をダンジョンの奥へと向けた。

 暗く、どんよりとしている。入り口に近いのもあって、冒険者らしき者たちの音が聞こえてくる。

 

「こんな低層なのに、冒険者の数が凄いですね……」

「元々高層で湧いてたようなモンスターが湧くようになったから、素材目当てにここらで狩りをしてるんだろう。何かあっても出口が近いしな」

 

《大変異》後から湧くようになった虫型のモンスターたちは、市場ではほとんど出回らないような希少な甲殻を落とす。

 売れば金になるし、加工して装備品にすることもできる。軽い上、火を通さず、硬い――そんな素材が手に入るんだ、冒険者が躍起になるのも分かるってものだろう。

 

「今回の目的は、ダンジョン攻略というより、()()です。マエストロくんが実戦でどれだけ動けるのか、あと、呪いについても……。人目を避け、上の階層を目指しましょう。低層よりは冒険者も少ないはずです」

 

 検証。

 魔力を使えば使うだけ発情してしまう呪い。

 その呪いによって発情した俺の、発散について。

 

 どれだけ魔力を使えば理性が効かなくなるのか、どうすれば発散できるのか。

 そのあたりの検証はすでに済ませてある。

 前者は、クワイヤを一回ギリギリ起動できないぐらい――魔力の消費量が少ない大技一回程度が限度だ。沈静化の魔術なしだと、それが限界だった。

 後者については、一度達せば発散できるようだ。……素で興奮して連戦なんてしない限り、人目が無いのを見計らってこまめに発散、というのも出来なくはないはずだ。

 

 それらが分かったうえで、今回の検証で何を確かめるのか。

 実際に戦ってみて、俺がどれだけ魔力を消費するのか。そして呪いの発散は、実際にバレずに出来るのか、というところ。

 

「それまでの露払いは私に任せてください、マエストロくん。ふふ、こんなところでおっ勃てちゃダメですからねっ?」

「さあこれから頑張るぞって時に出るのがそれかよリーダー」

「え~、先輩、えっちに寛容な後輩にセクハラされて悦ぶような人じゃないですかぁ! これが一番元気が出て頑張れるって、私知ってるんですよぉ?」

「……」

「あはぁ、目をそらしましたね? いっけなーい、これ以上からかったら襲われてしまうやも――っ♡」

「呆れてるだけだっての。第一、呪いは自分で処理する。お前はあくまで誰も来ないか見張っててくれればそれでいい、そういう話だったろ」

「そうですねぇ」

 

 クソ、こいつ分かってて誘ってきてやがる。

 人目のつくところじゃ派手な動きは出来ないからって……!

 

「我慢ですよぉ、がーまーんっ! これぐらい堪えられるようじゃないと、すぐ呪いに理性を持っていかれてしまいますよぉ?」

「……これも、検証の一つだって?」

「もちろん、当たり前じゃないですか! 意味もなくマエストロくんにこんな恥ずかしい真似しませんよ!」

 

 しっらじらしいな!

 

「まあ、一理はあるか……心構え程度で呪いがどうにかなるとは思えないがな」

「あはは、半分は冗談ですが、もう半分は本気です。理性を奪い去る大きな荒波に抗う手段は無いかもしれませんが、緩い欲情でも時と場合によっては理性を手放してしまうことがあるかもしれません。慣れておくことは大事だと思いますよ、マエストロくん」

「なるほどな。感銘を受けた」

「……あ、ちょ、だからと言ってそうじっと見られると、私が困っちゃうんですが……!」

 

 そう言ってフリティラリアは自分のお尻を手で隠そうとした。

 ……へえ、まず隠すのがそこなのか。

 そこが自分の身体で一番スケベであることを自覚しているのかもしれない。

 それか、俺がしきりにそこばかりを触っていたからだろうか。

 しっかしまあ、パンツ越しにも柔からそうで、つい触りたく――

 

「ぐぅぅぅ――ッッ!! お、俺は今、一体何を……!?」

「ま、マエストロくん!?」

 

 そ、そうか、ここのところ、ずっとフリティラリアを抱いていたから……少しの刺激で、理性が飛びそうになるのか。

 呪いが発動していない状態でこれだと? き、気を緩めたら、次の瞬間にはフリティラリアの服を剥いでいるということもあり得るのか……!?

 

「肝に、銘じておく……」

「はぁ……」

 

 自分を律せ。

 だらしないままでいるな、俺。

 一度深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 浮ついていた感情が、ゆっくりと降りてくる。

 

「大丈夫、平気だ。俺のことは、俺が一番よく分かっている。理性を手放すなんてことは、絶対にあり得ない――!!」

「勇ましいのは結構ですが、なぜか今の発言で一気に不安になってきました」

 

 やる気をそぐようなことを言うんじゃない!

 もっと俺の下半身を信用しろ!

 

 

 

 

 タワーダンジョン6階。

 冒険者の数は予想通り少なくなり、逆にモンスターの攻勢が激しくなってきた。

 

「《炸球(エクスプロードオーブ)》!」

 

 群れを成して襲ってくる虫型モンスターたちが、爆ぜた水銀によって跡形もなく消し飛んでいく。

 

 ――水銀魔術。

 フリティラリアが編み出した土属性系統の魔術。

 液体のように一つの形にとらわれず、金属らしい硬質さも併せ持つ、彼女だけの武器。

 

 影から襲い掛かってきた残党も、フリティラリアの周囲に浮かぶ水銀のソードビットが切り払う。

 例え彼女までたどり着いたとしても、水銀魔術によって形成された外套を貫くことはできないだろう。

 鈍色の外套が翻り、返り血が飛び散った。彼女は汚れ一つ無い服を見下ろし、満足そうに杖をしまった。

 

「いいなあ、水銀魔術。なあフリティラリア、教えてくれよ。俺も使ってみたいんだ、それ」

「ダメです、ダメに決まっているでしょう。これはあなたに対抗するために生み出したものなんですよ? そんな簡単には教えてあげません」

「はぁぁぁ……クソ、何重にも暗号化しやがって。わざわざコスパを劣悪にしてまで隠そうとするなんて、いけずじゃないか」

「誰のせいでこんなしちめんどくさい構築にしたと思ってるんですか! 一目見ただけで人の魔術を完全に再現してしまうあなたが相手なんですから、これだけやってようやくってものでしょう!」

 

 そう、彼女の暗号化技術は、対魔道王のためのもの。

 魔術を解析されないよう、フリティラリアは魔術そのものにいくつもの盾を張っている。

 本来は必要のないものだ。というか基本、そんなものはない。魔術の暗号化なんて考え方、少し前までなかった概念だ。

 行動力はあるし、結果も出せる。原動力が俺たちの邪魔じゃなければなあ……。

 

「わ、私の魔術はいいでしょう。それよりマエストロくん、そろそろ検証のお時間ですよ」

「……ああ、分かった」

 

 周囲に人影はない。物音一つ無い。

 ここは下の階と繋がる階段から遠いところだし、見られる心配は無いだろう。

 最悪土魔術で仕切りを……怪しいことをしてますって喧伝しているようなもんだがな、これ。

 

「――術衣解放(リベラシオン)

 

 魔術を唱えると、一瞬で俺の右腕が黒色のガントレットに包まれた。

 息を吐き、手を開いたり閉じたりする。雷と炎が迸った。

 コスパが良いとは言え、呪いはどれだけ魔力の消費量が微量でも発動する。

 意識すれば、少しだけ鼓動が早くなったような気もするが……まあ、これぐらいなら気にすることもないな。

 

「はぁ……まさかマエストロくんの()()の使い手が、この世界にもう一人いただなんて」

「マリーベルのことか? ……俺も驚いたよ。一回だけ、どうしてもってせがまれて教えたことはあったが、まさかこれを主体に戦うようになるとはな」

 

 学院時代はこの武装魔術が俺のメインウエポンだった。

 ちょっかいをかけてくる奴、喧嘩をふっかけてくる奴、決闘を申し込んでくる奴、全員これでぶちのめしてやったからな。

 フリティラリアにとっては苦い思い出の多い魔術だろう。渋い顔をしていた。

 

「……」

 

 何を思ったのか、フリティラリアはお得意の水銀魔術で、水銀を手の周りに集め出した。

 シルエットはあいまいだったが、ガントレットのように見えた。液体らしくぷるぷると震えており、俺のとは似ても似つかなかったが。

 俺の視線に気づいたフリティラリアは、ハッとした様子で魔術をかき消し、面白くなさそうに頬を膨らませた。

 

「なんですか」

「いや……そういえばお前にも教えろと迫られたことがあったな、と。態度が気に食わなくて断ったが」

「ふんっ」

 

 ぷい、と顔をそらされてしまった。

 別に今なら喜んで教えるんだが……まあいいか。

 彼女から視線を外し、いつの間にか湧いて出てきていたモンスターたちと相対する。

 

 肩は……まだ上がるな。

 魔道王の装備は無いが、動ける。

 ただ相手がな……飛行タイプに、すばしっこい奴らばかり。一体一体に拳を振り下ろすなんてのはやってられない。

 

「ハァァ――ッッ!!」

 

 拳を大きく振りかぶり、魔力を込め、地面へと思いっきり叩きつける。

 振動。衝撃。地面を這いずりまわっていた虫が宙へと放り出され――俺はすかさず、空中へと火球を浮かべた。

 本来であれば、射出速度を設定し遠くへ飛ばすべきもの。そこをゼロと設定し、魔力の消費を抑えながら――その火球をぶん殴ることで、

 

「きゃ――」

 

 眼前で火球が大爆発を起こす。

 指向性を持った爆炎は俺側には一切流れてこず、虫たちだけを焼き尽くす。

 ううむ、やはり群れで行動するタイプのモンスターには範囲魔術に限るな!

 

「マエストロくん!」

「分かってる! ――ああ、とはいえ、ここまで大味だと仕留め損なった奴もそこそこ出るな――っとォ!」

 

 炎を纏いながら突撃してくる蜂型のモンスターを叩き落す。

 ……これじゃあ意味が無いな。もっと確実に、一気に殲滅するには、やはり、

 

「数撃つしかねえか」

 

 火球が一つ、二つ、三つと浮かび上がり、俺は拳を横に薙ぎ払うように火球に叩きつける。

 連鎖爆発。こいつらに炎は効かないが、衝撃は甲殻を貫通する。全部纏めて凍らしてから爆破するのが良いんだが、魔力の消費がかさむからな……。

 まあ、三つも火球をプレゼントしてやったおかげで、モンスターたちはあっけなく全滅した。

 数は多いが、範囲魔術があると対処が楽なのが良いな、こいつらは。

 

 一息つきながら、フリティラリアに向き直る。

 

「それで、どうですか、その、体調は」

「今のところは無視できるレベルだな。これぐらいなら全然――ああいやちょっと待て」

「……?」

 

 眉間を揉みながら天井を仰ぐ。

 いや、うん、まだまだ全然行ける。ちょっとムラつくなあぐらいはあるが、理性を手放すなんてことはない。

 だが、なんだ。なぜ俺は今フリティラリアから視線を外した?

 平気だが? 全然大丈夫なんだが?

 

「無理そうならそう言ってくださらないと、分からないんですが?」

「……いや、本当にお前の言う通りだな、フリティラリア」

「は?」

「こんな体たらくじゃあ、タワーダンジョン攻略なんて夢のまた夢だ……! フリティラリア!」

「は、はいっ」

「この検証、お前をずっと視界に入れた状態でやってもいいか……!?」

「は……はい?」

 

 女体が魅惑的に映る。

 心臓が跳ねるし、呼吸も浅くなる。

 慣れる必要がある。我慢を覚えなくてはいけないのだ――!

 

 じっと見つめる。フリティラリアを凝視する。

 慣れろ、慣れろ、彼女の身体なんて見飽きるぐらいに見たじゃないか。

 何がお前をそこまで狂わせるのか。落ち着いてみろ、深呼吸だ、こんな低俗な呪いに流されるな。

 

「実戦じゃないと分からないことか……フリティラリア、次だ。今日のうちに限界を知っておきたい」

「わ、分かりましたが……目、血走りすぎじゃないですか? ちょっと怖いですよ」

 

 努めて冷静に、俺は次のモンスター集団と戦った。

 戦い方はあまり変わらない。範囲魔術で殲滅、時間をかけず、速攻だ。

 戦いになればある程度落ち着きを取り戻せる。例え簡単に御せる相手でも、殺し合いではあるのだ、気を抜いてなんかいられないからな。

 

「……え、ええと、どうですか、今の状態は?」

「は? エロいなコイツ……」

「ダメそう!」

 

 尻でっか……でっかいな、枕になってくんねえかな。

 顔をうずめたい。膝枕じゃなくて尻枕をしてほしい。あの尻になら敷かれてもいいかもしれない。

 

「ふん――ッッ!」

「きゃあ! な、なにも自分で自分を殴らなくとも!」

「まだ大丈夫だ、俺は俺を律している。次に行こう、フリティラリア」

「え、え~? それ本当に律せてますか?」

 

 ほんの少しでも気が緩んだら思考がドピンクに染まっていってしまう。

 少し前まで冷静であったのに、引っ張られるときは一瞬だった。あの状態の俺は果たして理性を保てていたと言えるのだろうか?

 襲い掛かったりしない限りセーフと思っていたが、事態はそれほど甘くないのかもしれない。

 たった二回の戦闘でこれ……? 俺の精神が欲望に弱いわけでは……ないんだよな?

 

 フリティラリアを視界に入れて検証するとは言ったものの……彼女は目に毒だ。

 正直服を着てる状態でもエロい。その色気はどこから出てくるんだと四六時中問い詰めたくなる。

 あれで心の底から俺を軽蔑しているとかならまだ平静でいられるんだが、

 

「……っ?」

 

 下心満載の視線を受けて嬉しそうに笑うもんだからもう――ッ!

 なんで性的なコトは俺を甘やかすんだお前は! 少しぐらい怖がれよ! 俺に襲われるかもしれないんだぞ!?

 

 ぐうぅぅッ! 勝手に、勝手に脳内で妄想が!

 エッチなことだけに溺れて生きる二人の情景が!

 ナメクジのような交尾ばかりして世俗を捨てる未来が!

 認めない、認めないぞ、俺は! そんな未来は!

 それを是としてしまいそうな俺の弱さは!

 

「モンスターは、どこだ……! 殴らねえと、気が済まねえよ……!」

「悲しきモンスターですか?」

 

 探すまでもなく、モンスターは見つかった。

 良かった。じゃあ死んでもらおう。

 

 爆殺。

 

「――っ、はぁっ、はぁっ」

 

 モンスターの殲滅を確認するや否や、俺はたまらず膝をついた。

 戦おうと思えばまだ戦える。だが、あと一戦もすれば決壊する。ここが限界なんだ。

 

 三戦。それだけだ。

 それだけで、俺は……全く使い物にならなくなる。

 

「マエストロくん、立てますか?」

「フリティラリア――ぐっ」

 

 フリティラリアの手を借りて、どうにか立ち上がる。

 情けないことに、膝が笑ってしまっている。

 それに――フリティラリアの手が離せない。小さなその手を、形を確かめるように揉む。

 

「もう限界ですか、マエストロくん?」

「……」

 

 声を出すのもきつい。頷くことはできた。

 フリティラリアは少しだけ、思案気な表情を見せた。

 想像よりも酷い結果だったのだろうか。

 

「ふふっ」

 

 そんな俺の不安を吹き飛ばすかのように、フリティラリアは笑って見せた。

 

「頼もしいですよ。あれだけ欲したあなたの力が、ようやく私の物になったんですもの」

「なに、を」

「それも一回発散させてあげるだけで、三回も戦えてしまう。決して手が届かなかった頃に比べれば、随分と安い買い物だとは思いませんかぁ、先輩?」

 

 慣れた手つきで、フリティラリアは俺の服を脱がしていく。

 俺の物が晒され、空気の冷たさに震えた。勢いよく飛び出してきたからか、フリティラリアは少しびっくりしていた。見慣れてるだろと、ちょっと笑ってしまった。

 

「こんなグロテスクなもの、何度見たって慣れませんよ!」

「ふぅぅ……そうかぁ? 最初はビビってたけど、今は余裕で触ったり咥えたり――」

「デリカシー!」

 

 おかげで少しだけ落ち着くことができた。

 いやまあ発情は相変わらずなんだが、会話程度ならできる。

 俺のその様子を見たフリティラリアは微笑んで、

 

「二回目ですねえ、マエストロくんのひとりエッチを見るの」

「見世物じゃねえんだぞ。ってかお前は見張りのはずだろ」

「いいじゃないですか、人の気配があればすぐに気づけますし、それにぃ――♡」

 

 わざとらしくフリティラリアは身体を押し付けてきた。

 

「こーんな何にもないダンジョンの壁より、オカズがあった方が嬉しいんじゃないですか?」

「――!」

 

 脳が溶けるような声でフリティラリアは耳にささやく。

 

「でもぉ、だーめ♡ おっぱいも、パンツも、見せてあげませんから♡ ふふっ、変態王な先輩には、これぐらいで十分ですよねぇ♡」

 

 言いながらフリティラリアは左手の手袋を外し、俺の手に握らせてきた。

 温かくて、少し湿り気のある、フリティラリアの手袋。白い手袋。肌触りが良くて、()()()、俺のを受け止めた……。

 

「なーんて、冗だ――あ、えっ、マエストロくん?」

 

 俺は受け取った手袋で包み込み、手を動かし始めた。

 中はムレムレだ。結構手汗をかくタイプなんだろうか。

 

「えっ? あ、あの、本気ですか……? えー、うわぁ、この人本気だ……本気でシコシコしちゃってる……」

 

 引くような声色を感じさせながらも、フリティラリアはより密着してくる。

 良い匂いだ。良い肉感だ。手の動きも激しくなる。

 

「あ、は――本当にこんなもので十分だったんですねぇ、私が身に着けていたならなんでもいいんですかぁ? マエストロくんって、すっごくなっさけなーい……♡」

「ぐっ、あ」

「違いますもんね? マエストロくんは本当はかっこいい冒険者なんですもんね? ただの手袋相手に無駄打ちぴゅっぴゅしちゃうような人じゃ、ないんですもんね♡」

 

 言い返す言葉が見つからない。

 罵るような言葉がただひたすらに気持ちいい。

 何も考えられない。手を動かして、腰を動かして、快楽を求め続ける。

 

「うわぁ、腰へこへこーって、手袋に赤ちゃん産ませようとしてるんですかぁ、マエストロくん♡」

 

 フリティラリアは顔を近づけてきて、こしょこしょと囁き始める。

 

「あんっ、あんっ♡ きもちいっ♡ マエストロくんのっ、おっきくて、気持ちいいとこに当たってっ♡」

 

 嘘の喘ぎ声。

 小ばかにするようなニュアンスを多分に含んだ、本物とは似ても似つかぬ稚拙なからかい。

 だと分かっていても、脳が、脳の奥がしびれるような感覚が走る。

 フリティラリアの声にだけ意識が集中していってしまう。

 

「産みます♡ 元気な赤ちゃん産んであげます♡ 良いんですよ、孕ませて♡ ママになってあげますから♡」

 

 限界は近かった。

 あと一押しで、果てる。

 快楽が待ち遠しい。

 果てたい。達したい。孕ませたい、産ませたい――

 

「イけ、パーパっ♡」

「――っ、ぁっ、……っっ!!」

 

 手袋の一番奥に、思いっきり吐き出していく。

 静かなダンジョンの中に響くくらい、音が鳴っていた。

 ガクガクと全身が震えて、息が止まる。脳みそはスパークを繰り返し、凄まじい快楽に意識が飛びそうなほどだった。

 

「フリティ、ラリア――フリティラリア……っ」

「あ……っ」

 

 長い。

 長く、果て続ける。

 

 そしてようやく、出し切る。

 もうすっかり空っぽになってしまったんじゃないかと思うくらい、手袋の中にぶちまけてしまった。

 

 凄まじい虚脱感。

 呼吸が落ち着くまで少しかかった。

 ここまで深く達したのなんて、いつぶりだろう――なんて考えられるくらいには思考力も取り戻せてきていた。

 

 手に残ったのは、ぱんぱんになったフリティラリアの手袋。

 

「……わ、悪い、また汚しちまって」

「……」

「……フリティラリア?」

 

 フリティラリアは黙ったまま手袋を取り上げ――

 

「おまっ……!」

「うっわ、うわぁ……気持ち悪い♡ ぐっちょぐちょ♡ どれだけ出したんですか、マエストロくん♡」

 

 俺に見せつけるように手袋をはめた。

 卑猥な音を立てながら、手首を白濁色の液が伝い、彼女の柔肌を汚す。

 手を閉じたり開いたりするたびにぐちょぐちょと音が鳴り、液体が噴き出す。

 

「あっつ……♡ くっさ……♡ 私に赤ちゃん産ませるつもりでこんなに出して、ホント、どうしようもない変態王ですね♡ 変態っ♡ 変態っ♡」

 

 罵りながら、フリティラリアは手を顔の傍まで近づけて、鼻を鳴らしていた。

 こいつは――俺の性癖をめちゃくちゃにするつもりか? なんだこれ、エロすぎるだろ……!

 

「っ、ば、バカかお前は……汚いから、早いとこ洗っちまえ。まだまだ検証、つづけるだろ? 一回だけしかデータが取れてないわけだし」

「……」

 

 興奮を誤魔化すように話題を変えたが、フリティラリアからの反応はない。

 彼女はじっとこちらを見つめていた。もじもじとしてから、口を開いた。

 

「あの……きょ、今日はこれくらいにして、お家に帰りませんか?」

「え? いや、まだ早いだろ……? どこか体調が悪いのか? それとも用事でも――」

「そうじゃ、なくて……」

 

 上目遣いになりながら、フリティラリアは言った。

 

「……セックス、したくて」

「…………」

 

 おねだりだった。

 彼女らしからぬ、直球の。

 つまりフリティラリアはそれだけ限界なのだ。

 いつもの誘い受けみたいな真似が出来ないほど、余裕が無いのだ。

 

 ――これは、試練だ。

 これぐらいの衝撃が、呪いに苛まれる以上常に付きまとうのだろう。

 我慢できなければ、あっけなく理性を手放す獣に成り下がる。我慢だ、我慢、がま――

 

「マエストロくん……」

「しまくろう」

「……はい♡」

 

 しまくった。

 俺は理性の無い獣だった。

 




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