「うぇー……や、やっと着いた~」
カンカンと金属加工をする音があちこちから聞こえる。プラントがいくつも固まって連なっており、それらのてっぺんからは黒ずんだ煙が排出されている。
「今までパティスリーに籠りっきりだったから、もう足が動かせないよ」
そういった後、チョコがぱたんと座り込んだ。移動中、何度も休憩しようとするチョコを鼓舞してきたが、目的地に着いてほっとしたのか活力が尽きてしまったようだ。
「チョコさん、早く立ってください。隠れないとエージェントにばれてしまいますよ」
警戒されては、目当ての物が手に入らなくなる。そう思いチョコを鼓舞するも、実のところ私も疲労していた。私も普段からオアシスをでることはない。しかも、部屋で端末と格闘するのが仕事なため、下手するとチョコ以上に体力がない可能性すらあった。
「いやー、でもこうやって奇麗な空気を吸うのも大事だと――うえ、オイルの臭いで一杯だよ……」
当たり前だろう。ここは、マグラシアでも有数の重工業セクターである、キュクロプスセクターなのだから。私は鼻をつまんだチョコを無理やり起き上がらせる。
「うぅぅ……甘いチョコレートの香りが恋しいよ」
エージェントにばれないよう、私たちは物陰へと移動する。その間も、チョコは文句を口にしていた。
「そのチョコレートのためにここまで来たんじゃないですか。ほら、一緒に頑張りましょう」
「アンナのいじわる……」
アンナじゃなくてアントニーナだ。それに、チョコがミスを犯さなければ、態々ここに来る必要もなかった。だから、もうちょっとやる気を出したらどうなんだろうか。
そう、私たちがこうしてキュクロプスセクターにやってきたのは、チョコが発端なのだ。
「アンナ、大変! 大変だよ~!」
部屋でくつろいでいると、突然扉が勢いよく開かれた。真っ白な帽子を着け、クリーム色の髪を長い三つ編みにした少女。茶色のワンピースに、白いエプロンを着ている。その可愛らしい見た目の通り、彼女はパティシエを生業としていた。
「はぁ……チョコさん、今私は貴重な休暇中で――」
「開発してたチョコレートの新作が、誰かに全部盗まれちゃったの!!」
チョコの声色は明らかに動揺している。確かに、商品が盗まれたとなれば一大事だ。慌てる気持ちも分かる。だけど、私の心は冷めきっていた。私はわざとらしく、大きくため息をつく。
「前みたいに、寝ぼけて一人で食べたのでは?」
話のオチとしてはそんなところだろう。チョコはスイーツ好きの食いしん坊だ。チョコラトリーで出すはずだった商品をチョコがつまみ食いして、結局品切れになってしまう。そんな話を何度か聞いたことがあった。
「うぐ……でも、今回は違うもん! わたし、ちゃんと見たんですよ! 証拠だってあります!」
そういってチョコが懐から何かを取り出す。それは、銀色の髪の毛だった。
「同じ髪の色をした集団が、店から飛び出していったんだよ~!」
昨日の夜、チョコが作業場で居眠りしていると、おかしな物音がして目が覚めたらしい。不思議に思ってショーケースの方に向かってみると、ちょうど鐘の音を耳にしたらしい。チョコラトリーでは、扉を開けたとき、分かりやすいように鐘が鳴るようになっている。
それで、チョコは玄関の方を確認した。すると、何者かが店を出ていくのを目撃したらしい。チョコは慌てて店の外に出たけれど、既に距離が離されていたらしい。ただ謎の集団がチョコラトリーを離れていくのを、眺めることしかできなかったようだ。
「白い仮面を着けてたから、その人たちが誰なのかさっぱり分からなくて……」
不思議なのが、その集団は店を荒らすようなことはしていなかったらしい。窓が割れたり、ショケースが壊れたりは一切なく、作業場の道具だって取られることはなかった。だから、てっきり寝ぼけていたのかと思って、チョコはそのまま眠ってしまったようだ。
「だけど、次の日になって気づいたの! 新商品がきれいさっぱり無くなっているって!」
店中を探してみても、やっぱり新商品のチョコレートスイーツはなく、代わりにあったのが銀の髪の毛だったらしい。それで、初めて夜の出来事が夢ではなく本当のことだったと気づいたらしかった。
「概要は分かりました。でも、不思議ですね。普通、建物に不法侵入したら即刻警察に連絡が入るようになっているんですが」
不法侵入するには、当然窓なんかを破壊する必要があるが、そんなことをすればまず通報が入る。それに窓が割れる音がすれば、チョコも目が覚めてしまうだろう。
「そ、そのことなんですけど……」
チョコはバツが悪そうに顔を俯き、声も小さくなる。そして、ぼそっと真実を呟いた。
「チョコレート作りに夢中で、戸締りをするのを忘れてて……だから多分、泥棒は普通に扉から入ってきたんだと思う……」
「はぁ?」
思わず苛立った声が出てしまう。それに反応するように、チョコの体はびくっと震えた。呆れた。いくらセキュリティが万全でも、肝心の家主がこうでは意味がない。
「あぅぅ……お願いだよ、助けてアンナ~! このままじゃクシーニヤに叱られちゃうよ~!」
チョコはすがりつくように、私の体に抱き着いた。おまけに涙を流しているようで、服が湿ってきた。
「アンナは人形に詳しいから、この髪の毛から犯人が割り出せると思ったの~」
私はチョコに引っ張られて動かしにくい腕を動かして、机にある端末を手に取る。そして、端末から一人の人物画像を映し出した。
「泥棒はみんな銀髪だったんですよね。しかも、店を過剰に荒らすこともしない、統率がとれた集団です」
あくの強い追放者にはできないだろう。だとすると、オアシスと協力関係を結んでいるセクターの者だと考えるべきだ。銀髪がたくさんいて、集団行動が得意そうなセクターなど、一つぐらいしかない。
「犯人は、キュクロプスセクターのエージェントたちです」
そうと分かれば、対策は簡単だ。私は端末をさらに操作し、キュクロプスのアドミニストレータ、オリヴィアに連絡を取ろうとした。
「ちょちょっと待ったー!!」
いざ連絡しようと思ったところで、チョコに端末を奪われた。
「騒ぎになってクシーニヤの耳に入ったら大変だよ! できるだけ穏便に、早めにチョコレートを取り戻さないと!」
「鮮やかに物を手に入れる――まるで怪盗みたいなことを話しますね」
そういえば、ニューラルクラウド計画に探偵も参加していたことを思い出す。探偵と言えば、やっぱり怪盗との熱い推理合戦だ。そんな妄想を言葉に出してしまったのが悪かった。
「それだー! キュクロプスセクターに潜入して、チョコレートを盗みそう!」
突然元気が湧いたきたようで、チョコは私に抱き着くのをやめて立ち上がった。そして、そのままセクターに向かって出発したのだった。なぜか、私の腕を掴んだままで。