「私、チョコさんに変装は完璧じゃないと言いましたよね?」
「うぅ……だって、仕方ないもん! 欲しいって言われたら作りたくなっちゃうのがパティシエの性なんだもん!」
私たちがスイーツ作りを終えたときが、ちょうどエージェントの昼食の時間と同じだったらしい。食堂にやってきたエージェントたちが、出来立てのスイーツに興味を持ち始めた。その反応に対し、チョコから出た言葉が問題だった。
『いくらでも食べて良いよ! わたしとアンナで、たっくさん作るから!』
その言葉のせいで、食堂は大盛り上がり。ついでに、私の仕事も積み上がり。
「でも……! スイーツ作りをしてなかったら、盗まれたチョコレートには近づけなかったです!」
私は言葉に詰まる。確かに、その通りだからだ。
私たちに同行していたエージェントが、出来上がったスイーツを見て思い出したことがあったのだ。
『それって、スイーツってやつか? 前、監視エージェントがオアシスから持ち帰ってきたことがあってな。私は食べれなかったんだが、食べたやつらはよっぽど気に入ったらしい。どこでもらったのか、もらったやつに詰め寄ってたな』
「チョコレートを盗んだ犯人は、スイーツに興味を持った戦闘エージェントの集団で間違いないでしょう。後は、彼らの宿舎に入り込めば――」
虫の知らせともいうべき何かが、私に警告を出した。辺りを見回す。いた。監視エージェントだ。本来、食堂はセクター内に複数あるから、たまたま訪れただけなら良いのだが。
「この食堂だけやけに騒がしいと思ってきてみれば……きみたち、見たことない顔だな」
不味い。この変装はあくまで見た目だけ。ちょっとしたセキュリティならまだ誤魔化せるが、監視エージェントとなれば話は別だ。
「にゃ!? そうだ! わたしたち二人でスイーツを作ったんです。食べてみませんか?」
そう話して、チョコは皿に乗ったスイーツをエージェントに見せた。良いごまかしだ。今のうちに、作戦を考えなければ。
「スイーツか、懐かしい。食べるのはオアシスに行ったとき以来だ……そういえば、ついさっきも不思議なスイーツを運ぶエージェントを見かけたな」
「本当ですか! どこ、どこでですか!」
(チョコさん、落ち着いてください)
監視エージェントが話す不思議なスイーツ。確かにこれは有力な情報かもしれない。だけど、あまり我を出しすぎては――。
「まあ待て、まずはきみたちの所属を聞いてからだ。キュクロプスセクターにスイーツが作れるエージェントがいるなんて聞いたことがないからな。一応、念のための確認だ」
ほら、本題が早まってしまう。チョコは自分の失態に気づいたようで、冷や汗を垂らしてあわあわと動揺している。
「所属ですか!? ええっと、チョコレート部隊の――」
いくらなんでもチョコレート部隊はないだろう。見る見るうちにエージェントの顔が険しくなっていく。こうなったら、もう奥の手を使うしかない。
「攻撃開始!」
「わぁっ! 部屋が真っ暗に!」
私が腕を振り上げた途端、食堂の照明が一斉に消えた。私はチョコの腕を掴んで走りだす。たが、視界を悪くした程度では、悪環境に強い軍事用人形にはそれほど意味がない。
「一体どうなっている!? くそ、三つ編みのエージェントがそこら中にいるぞ!?」
私にはよく見えないが、きっとエージェントは混乱しているはずだ。だって、椅子に座ってスイーツを頬張っている戦闘エージェントが、みなチョコが変装した姿になっているのだから。
「油断している相手なら、簡単にコードを仕込めますからね」
エージェントの視界を少しいじった。監視エージェントが機能停止になっているのだから、しばらく追っ手はこないはずだ。
「ありがとうアンナ! よし、チョコレートはあと少しだよ~!」
チョコレート泥棒がこの辺りを通ったことは確かだ。つまり、このあたりの部屋にいる可能性が高い。
「ここも違う――ここも違う――ここも違う――! どうしよう。お昼時だし、もう食べられちゃってるかも!」
何部屋も漁ってみるが、どれも期待外れだった。その度に、チョコの顔を険しくなっていく。
「もうちょっとゆっくり探してみてはどうですか? チョコレートも量があるはずですから、そう簡単に消えたりはしないはずです」
「アンナは分かってないよ! あのチョコレートが出来上がったときの食べたい! 味わいたい! という欲求に逆らうのがどれほど大変だったか。一日中別のスイーツを食べて我慢してたほどなんだよ!」
それはただチョコが食いしん坊なだけではないのだろうか。とにかく、あとこのあたりで残されたのはこの一部屋だけ。傍に名前も書いてある。ええっと――オリヴィアの部屋!?
「チョコさん、ちょっと待って――」
「ちょっと待った~! 今度こそチョコレートを返してもらうよ!」
ああ、もうだめか。オリヴィアというのは、ここキュクロプスセクターのアドミニストレータだ。セクターのトップにばれてしまっては、当然ただ事ではすまない。
「何かありましたか? 今、ちょうど手が離せなくて……」
オリヴィアは椅子に座って、何かを頬張ろうとしているところだった。それを見たチョコの表情が見る見るうちに明るくなっていく。どうやら、お目当てのチョコレートで間違いないらしい。
「ええっと……アントニーナさんよね? ひょっとして、オアシスに何か危険でも……!」
さすがにこの変装ではアドミニストレータをごまかせないか。分かってはいたが、やっぱり少し悔しい。食堂でチョコが言っていたことを真似ると、セキュリティエンジニアの意地というものだろうか。
「ごめんなさい……このスイーツがそんな大事な物だったなんて知らなかったわ」
チョコはオリヴィアに深々と謝罪された。どうやら、このスイーツはエージェントがオリヴィアに手土産として持ってきたもののようだった。オリヴィアが言うには、ここのエージェント、特に戦闘エージェントは戦いのことしかデータにインプットされていなかったから、世俗に疎い人形が多いらしい。
中には売買を理解していないエージェントもいるようで、一連のチョコレート盗み事件は商品をもらえるものだと思ってした犯行だったのだろうと語った。
「ここは食事も、銃火器も弾薬も好きなだけ供給されるから、外でもそれを当たり前だと思っている戦闘エージェントがまだ多いの。実際は、そのころも私たち監視エージェントが補充をしていたのだけど」
このセクターの人形は、かつて兵器として、モノとして生産され、そして消費されていた。そのために犠牲にしてきたものは、根深いものなのかもしれない。
そこはともかく、今回の主題はそれではなく、チョコレートだ。
「えぇ~!! 箱の中が空っぽ……」
「ごめんなさい……とっても美味しくて、つい手が止まらなくて……」
どうやらチョコレートは、あらかた食べつくされてしまったらしい。残ったのは、オリヴィアの手に乗っかっている、この一個だけだ。
「うぅ……一個じゃ販売できないよ~!」
そうやって落ち込むチョコに、オリヴィアは恐る恐る近づいて、チョコレートを渡す。
「また作るしかないんだし、せめて最後はチョコさん本人が食べてください」
オリヴィアと私の意見は同じだった。これまでの道のりでチョコのこのチョコレートへの思い入れは伝わっていたから、せめて味だけでも楽しんで欲しいと思ったのである。
「うーん……そうだ! こうやって……」
チョコは突然手でチョコレートに圧力を加え、三つに分けてしまった。その欠片が私とオリヴィアにそれぞれ一つずつ渡される。
「スイーツはみんなで食べた方が美味しいに決まってるよ!」
そう話すチョコがあまりに眩しくて、私はつい言葉通りにチョコレートを口にしたのだ。
「ふふふ……これで、チョコレートをつまみ食いした共犯の出来上がり! だから、一緒に作り直そうね!」
その後の悪魔のような言葉に、思わずむせそうになった。
終わり