残るプリキュアもあと一人だ。
登校中、私はウルトラパクトを眺める。
最初はパクトに五本の線が入っていたけれども、サニー、ピース、マーチとプリキュアが変身していくごとに、消えていき、今では桃色と青色の二本のみ。桃色が私のハッピーだから、残りは青の彼女だけ。
5人目、最後のプリキュアになる子の名前は《青木れいか》ちゃん。
七色ヶ丘中学の生徒会長━━あ、今はまだ「副」が付くのか━━。
前の世界では、私がプリキュアの誘いをしたところ、れいかちゃんは承諾をしてくれた。
だけど、そのためにはその時生徒会で行っていた《読み聞かせ会》が終わってからだ。私とあかねちゃんたち4人で手伝うことにして、会の日まで順調に準備は進んだ。
表と裏に異なる絵が描かれた紙人形を使った人形劇、ペープサートで読み聞かせをする予定だったので、私たちはそれらを作ったり、動かしたりと作業をした、
ついに、当日予定通り進んだところでバッドエンド王国のマジョリーナが乱入してきた。私たちは戦うけれども、鏡の力を持った怪物《アカンベェ》の分身が私たちを苦しめた。本体が分からず力を使い続ける私たち。このままだと、というところで。れいかちゃんがプリキュアに覚醒。鏡の力で映すように分身した《アカンベェ》は左右逆に分かれる。つまり「本体だけ他と左右が反対」ということに気がついて、本体を特定。
本体を倒してついに5人のプリキュアが揃ったのだ。
"前の世界"つまりバッドエンド王国と戦った時のことは話さず、生徒会の活動が断られる可能性がある上でプリキュアに誘うことを他のプリキュア 3人に伝えた。
「でもそれって《読み聞かせ会》のことかな? そういえばれいかとそんな話をしたような。あとそれは終わった、みたいなことを言ってた気が」
と、なおちゃんが。
つまり前の世界における障害はなくなったとする。
つまり私がこのまま生徒会に向かって、れいかちゃんにプリキュアの誘いをすると答えは自ずと……。
「いいですよ」
予想はできたことではあったけど、いざ即答のOKをもらうことで逆に困惑した。
真っ黒な空間を照らす明かりがまた増えたことをジラは確認した。
空間の中でそびえ立つ城のベランダから見えるのは暗闇の中の灯火だけだ。しかし、それでも彼は空間を見続ける。彼のイメージは終わることはない。
「ねえ」
「ひぎっ」
後ろから低い女性の声━━ヒオリだ。
ジラはずれたメガネを整える。
「何でしょうか」
今の悲鳴はなかったことにしないでよ、という言葉をジラの気持ちを察して言わないことにする。
ヒオリは一度ため息をついた。
「今日の当番変わってくれない? あんた最近『実験が捗る』とか言ってあの世界に行く回数多いし」
「嫌です」
「何でよ」
「一段落ついたからです実験が。ていうか何で今なんですか」
「カップラーメンの3分を使った方がいいかなって」
「━━全く。まあ無理なんで」
ジラはもう一度窓の外を見始めた。
「はあ。面倒だけど私がいくしか━━」
「私が行ってもいい?」
鏡を見て声をかけたのは若い女性。金髪でツインテールだっ た。
「マリー。あなたが行ってくれるのね」
うんいいよ。近くの広いダイニングテーブルに座りスマホを触りながらも、彼女は軽く答えた。
「この教室なら多分誰も使いませんね」
学校の隅っこにある教室。元々は普通に1クラスの教室として使われていたのだけれど、少子高齢化? とにかく生徒数が減ってきているからこうして使われなくなった教室もあるんだとか。
机と椅子はすべて撤去されていて、広くスペースを使う事ができた。
「それにしても、どのようにして私がプリキュアに?」
「それに関しては、コレって方法無いんよなあ」
「そうだよねえ」
あかねちゃんとやよいちゃんの言う通り、プリキュアのなり方、なんてマニュアルは無い。
「そもそも、あたしたちがプリキュアになった時って基本的に敵に襲われている時で、とりあえず必死だったから、上手く説明出来ないというか……」
「そうですか……。ではここで色々試してみるということですね」
さすがれいかちゃん。
「そういうこと! とにかく、私が変身した時は、えっと、どんな感じだったっけ?」
ウルフルンに襲われた時、ヒオリに襲われた時、の両方を思い出す。
「とにかく、わ〜〜てっ感じだったけど、気合だ気合だでうわ〜〜〜ってなったらピカーーーんってなって、やったーーーってなったっていうか…………」
「みゆきちゃん……」
やよいちゃんが白い目で私を見る。
「ちょっと〜〜。上手く説明できないのはやよいちゃんも一緒でしょ〜〜」
「そうだけど〜〜」
やよいちゃんの肩を持つなおちゃんは、苦笑いをした。
「まあ、今の説明はさすがに……
「なるほど、つまりピンチの時に気合を振り絞ったら、謎の力が現れてプリキュアになった、ということですね」
「いや分かるんかい!!」
あかねちゃんのツッコミが教室中に響き渡る。
「ですが、正直に言うと、話が進展したとは思えません……」
「そうなんだよね〜〜」
「ではもっと具体的にどのように ピンチになったのかを教えてください」
私はこれまでの戦いのことを話した。そしてどの瞬間にプリキュアになったのかを伝えた。
あかねちゃんは私と一緒に釣竿バットを押し返そうとした時。
やよいちゃんは学校の先輩を庇うのを、さらに私がかばった時。
なおちゃんは家族がピンチになった時だけど、最初は変身できなくて私と なおちゃんが手をつないだ時に━━。
「もしかして、星空さんと触れたというのも条件なのではないしょうか」
「あーー」
なおちゃんの時には手をつなぎ合っていたので、わかりやすく触れていた。
やよいちゃんのときは、私は必死になっていたので確信はないが、多分触れていたはず。
あかねちゃんのときは━━━━、大方小指あたりが触れ合ったかもしれない。
ということでれいかちゃんに握手を求める。
れいかちゃんも迷うことなく私に近づき、私の手をつなぐ。ひんやりとした手の感触。
そういえば手が冷たい人がいるし、手が本当に温かい人もいる。れいかちゃんはかなり冷たいほうだ。逆にあかねちゃんはびっくりするほど温かい。しもやけなんてしたことないんだろうな、と思うとあかねちゃんが羨ましいと感じる。
そんなことを考えていると、いや考えてるだけで何も起きない 。
「うーん」
私は唸る。
どうしたものか。私たちじゃどうしようもならない。キャンディやポップがいればなんとかなるかもしれないのだけど。
「すみません。お力添えできなくて」
れいかちゃんは自分の手を私から離し、頭を下げた。
「だ、大丈夫だよ」
礼儀がよすぎて私はたじろいでしまった。
反射的に答えたのは慰めの言葉。
だけど、当然自分の中ではとてもがっかりしている。それでも私はその気持ちを抑えないとならない。
私はこの前自分に言い聞かせたことを、もう一度自分に刻むように伝える。
「プリキュアになってもならなくても、れいかちゃんの人生は続くし、それがれいかちゃんの全てじゃないよ」
「私の人生━━━━」
れいかちゃんは視線を私より上にあげた。
「どうしたんや」
あかねちゃんの質問に対して、れいかちゃんは視線を私たちに向ける。
「いえ。私の人生について考えたことなんて無かったことを認識しまして」
「自分の人生かあ」
私は首を傾けた。自分がさっき口にした言葉だけど、人生っていうとどこか哲学っぽい。でも私は哲学のことなんて知らない。
だからとりあえず、自分も『私の人生について考えたかどうか』について振り返ってみる。将来のことは考えたことはあるけれども、それが人生を考えることになるのだろうか。
まず私にそんなことを考えるキャパシティがあるのだろうか。
「私も考えたことなんて無いや。せいぜい自分が大人になってどんな仕事をしてるかーとか、どんな人と結婚したいかーくらいかな」
れいかちゃんは私たちになにか聞いてほしいことがあるのだろう。だけど、自分がなにか実のある話なんてなあ。自分もそれについて謝るべきか、と考えたその直後。
「それです」
「はえっ?」
どうやられいかちゃんが知りたい答えだったようだ。その実感があまりにもないので、素っ頓狂な声を出してしまう。
「あなたたちはなにか具体的な未来を想像できていますか」
未来の想像か。私は思ったことを口にした。
「まあ私はずっと絵本にかかわることになると思うな。それは作家として描く側かもしれないし、図書館の司書として読み聞かせる側になるかもしれないかな」
というのが自分の未来地図だ。
「あたしはとりあえずサッカーを続けて、高校になってどうなるかかな」
「ま、うちもなおと同じようなもんやな」
なおちゃん、あかねちゃんと続く。
「私は、うーーん。でも絵は描いてると思うよ。それが絵本かはわからないけど」
やよいちゃんがいったところで、私たち4人の想像は終わる。
かなりふわっとしてるけど、私たちはまだ中学生で、それも2年生━━私は精神年齢では中3にはなってるけど━━だ。そこまで将来何するか決まっているわけでもない。具体的とは言えないと思う。
「十分だと思います」
でもれいかちゃんからしたらこれでも具体的らしい。
なるほど。本当にイメージができてないんだな、と感じた。
「でも、小学生の時に将来の夢って作文とか書かんかったか」
「ありましたよ」
「じゃあ何書いてたんや?」
「とりあえず、お兄様やなおと同じように『スポーツ選手』とだけ」
とりあえず、なあたりその場しのぎな感じがする。学校の授業の一環だし、なにか書かなきゃなって思うのは仕方ない。でもれいかちゃんのことだし、『ここで将来の夢を決める必要がある』なんて馬鹿正直に思ってしまいそうだ。
「ちなみにみゆきちゃんは?」
横から裾を引っ張ってくる。やよいちゃんが私に聞いてきた。その眼は好奇心に満ちていた。
私が小学生時代のときもあった。もちろん”前の世界”での話だ。あれは授業参観の日のこと。お母さんとお父さんの前で自分の汚い字で書かれた作文を読んだ。テーマは私がなりたいものは、だ。
「え、私。シンデレラって書いてたよ」
プリンセスに惹かれまくってた私はお母さんの前でいつもこういっていた。でも血筋とかあるから、私がなるのは難しい。それを理解するのはほんの数年前のこと。
正直にその話をすると、なぜかみんな固まっていた。
あかねちゃんは一つ言葉を飲み込み、「……そうか」と一つ。
「ちょっとみんな。私がなりたい、って思ったんだからいいでしょ」
はっぷっぷー、と口をとがらせる。
「なりたい……」
━━ふと私たちの会話を遮られた。
声の主はれいかちゃんだった。
「分かりました。わたしには『なりたい』または『したい』が無いのです」
まあ、なければああいう未来の想像が朧気になるよね。
と軽く考えていたが、れいかちゃんの表情を見て、いまそう簡単に考えるのは間違いだと気が付く。
思い悩むその姿はまるであの時の━━。
私はひとつ息を吸った。
「確かにやりたいことを持つってとても大切なことだと思う。でも、無いからって自分を悪く言うこともないと思うよ。私はね。やりたいことが生まれる瞬間って、きっかけだと思う。
私は絵本が好き。絵本を読んで感じたウルトラハッピーをみんなに届けたい、って思ってるんだけど。それは、私が絵本に出会ってしまったからだと思うんだ。絵本に出会いたいなんて思ってない。だからいつかれいかちゃんがやりたいと思った瞬間から持てばいいだけだと思うよ」
それは彼女が「残りたい」と叫んだあの冬の日のことを今でも思い出す。
帰り道。学校近くの住宅街を4人で歩く。
この時期にしては寒い。寒気が商店のすきまから流れ込み、私は一度身震いをした。
━━寒い。
結局のところ、れいかちゃんはプリキュアになることはできなかった。
でも本人はまだプリキュアになりたい意思は感じられた。
すると。
「れいかちゃんがプリキュアにならないとしたらどうするの」
とやよいちゃんが聞いてくる。
「うーーん」
私は考える。本人はやってくれるって言ってくれてるから、強要にはならない。
「そもそも、私たち4人だけって可能性はあったのかな?」
「いや5人のはず。それは、みゆきのパクトから見てほぼ明らかやしな」
なおちゃんあかねちゃんの会話を聞き、ソウルフルパクトに刻まれた青色の線を思い出す。サニー、ピース、マーチ。一人が変身すれば、私のパクトから一本線が飛び出て、プリキュアに変身するためのパクトが現れた。飛び出た線はそのパクトに受け継がれる。
私のパクトのは桃色の線と青色の線が入っている。桃色の線は、桃色が開く面と向かい合い、真正面に縦に伸びている。これはサニーに変身するあかねちゃんが持つソウルフルパクトの、橙色の線と同じだ。つまり、これは私のハッピーに該当することを意味している━━はずだ。
だけど、青色の線はかなり変な位置にある。桃色のラインが入った場所を時計の六時の位置にすると、青色の線は11時くらいの位置で伸びている。
そんなことを確認していると、3人はなにやら互いの意見を語り始めていた。
「そうだね。どうしようか、別の人を誘うのか、それでもう少し待ってみるのか。私はもう少し待って、開けた方がいいと思うけどな」
前のことを聞いていなかったけど、議題はわかる。それは、このあとれいかちゃんをもう一度プリキュアに誘うのか、ということだ。
一番最初にやよいちゃんは、もう一度プリキュアに誘いたいらしい。
「私も。れいかがなってくれたら心強いし。私たちに足りないところを補ってくれるよ。例えば、頭の良さとか。多分というか絶対、私たち4人がかりでも、そこはれいかには敵わないよ。あと、それに私だって最初はなれなかったけど━━」
「それは分かるけど。言ったやろ、プリキュアが全てちゃうって、変に誘いすぎるのはあかんと思うけどな。そっちの方が、れいかのためでもあるやろ」
やよいちゃんとなおちゃんはまたれいかちゃんに声をかけるつもりで、あかねちゃんはその逆で別の人を探そうとしてる。
双方の意見もわかる。れいかちゃんがいたことが私たちが何回助かったかわからない。
その最たる例がテスト用紙から生まれたアカンベエとの戦い。アカンベェから問題を出され、間違えると拘束されるという能力を持っていた。アカンベェは難問━━私の主観で━━を用いて私たち4人を瞬く間に捕まえた。しかし遅れて現れたれいかちゃんが出された難問━━もちろん私にとって━━を全て回答し、逆にアカンベェを動けなくさせたのだ。
だかられいかちゃんが来てくれるのは心強い。
しかし、当然プリキュアになることがすべてにはならない。
これはきっと正解がない。
「で、みゆきはどうするん?うちらはそれに従うけどな」
すると、あかねちゃんがこっちを見てくる。みんなもこちらを振り向く。私は固まった。
「え、私に?」
「そらそうやろ、うちらは誰が発端でプリキュアやってると思うねん。みゆきやろ。うちらはみゆきに誘われてプリキュアやっとんやから。れいかに誘い続けるのも、他の人に切り替えるのも、みゆきに決定権があるんや」
「そうか。そうだよね」
「で、どうするんや?」
あかねちゃんの言葉に納得するのも束の間、選択は迫られる。
━━私は1年間戦ってきた仲間の絆を信じている。それはこの世界でも変わらないはずだけど、私が元いた世界と今いる世界とは違うところがある。例えば、なおちゃん。元の世界では面白そうと受けてくれたけど、今いる世界では違う。もっとこう、コアソウルを作る人たちへの怒り、というか。
プリキュアになる理由が違うならば、プリキュアの構成も違っても問題はないはず。だから、このまま行くべきという人道的な理由はどこにもないわけで。
でも。
でももう一度あの5人で戦いたい。キャンディやポップはいないけれども、私はあの5人が、超過も不足もない、あの5人で戦いたいんだ。
だけど。このままれいかちゃんを誘い続けてもプリキュアになってくれなかったら━━。
「まあ、今決めることでもないしな。」
悩む私を見て、あかねちゃんは一度保留にしてくれた。
その姿を見て、私は今日中に答えを出そうと決意した。
━━と、その瞬間。
「お話は終わりかな」
ふと、女の子の声がした。
私は振り向く。向こうのベンチに座っている女の子。赤い西洋の民族衣装。私はこの途端に、ヒオリやジラたちの仲間だということを確信した。
彼女は赤いフードをかぶっている。そこから連想されるのはたった一つ。赤ずきんだ。
フードからあふれて見える金色の三つ編みの二つ結びをいじりながらこちらへ向いた。藤色の眼光は私たちを見つける。歳は、私たちと同じくらいだろうか。
「誰━━?」
私が問いかけると、二つ結びの女の子はベンチから立ち上がる。
「マリはマリ」
女の子は腰に手を当てて誇らしげに言った。
マリワマリ? と思ったが、一人称が自分の名前の子なのかと訂正した。キャンディもそうだったな、と懐かしい声を思い出し胸がちくりとするが、今は目の前に集中しなくちゃ。
マリは「まあ話は早いほうがいいよね」、とあざとく両手を合わせ自分の頬に置いた。
「いでよ。コアソウル♡」
語尾のルを強調した。
私はマリの横側に黒いシミのようなものがあるのに気が付いた。よく見ると、絵。
その絵が地面から浮き上がる。
風貌は、昔の中国の服を着ている。黒いあごひげが伸びる中年の男性。
それをみた住民たちは恐怖し、逃げ始める。私が初めて変身した時と同じだ。数百、いや一千人を簡単に超えるであろう人たちが絶叫し、恐怖し、逃げまとう。
その姿を何も感じないかというようにマリは眺める。
するとマリは軽く飛んだ。優雅に地面から離れる、その高さは5メートルはあるだろうか。決して普通の人では有り得ない跳躍を成し遂げ、近くの建物の屋根に座った。そして足を伸ばし座り込みながらあるものを取り出した。スマホだ。
「それじゃあ。よろしくねーー」
投げやりな態度に、私は茫然とした。
グルルルル。
しかしコアソウルのうめき声が聞こえる。今はまず、コアソウルを浄化しないと。
「みんな。変身しよう!」
私は懐からソウルフルパクトを取り出した。
プリキュア・スマイルチャージ!
キラキラ輝く 未来の光 キュアハッピー
太陽サンサン 熱血パワー キュアサニー
ピカピカピカリン ジャンケンポン キュアピース
勇気リンリン 直球勝負! キュアマーチ
変身した。
「早く倒させてもらおうか」
マーチが強い怒りを見せる。
それをマリは鼻で笑い、「そう」とだけつぶやいた。
「マーチ。乗せられんなよ。まずは相手のコアソウルの力を見るんや」
「わかってるよ」
サニーの忠告に、一つため息をつくマーチ。その吐息だけで、彼女の今にも暴発しそうな激情を感じ取れる。当たり前だ。この前、マーチの家族が毒で苦しめられたのだ。その怒りは━━もはや憎しみといえるかもしれない━━抑えられるものではないだろう。
コアソウルを見ると、一本大きな筆を持っていた。自分の身長くらいはありそうな巨大な筆。コアソウルはそもそもが黒い絵の具のような液体で作られているので、体の隅々から衣服、そして道具までもが漆黒の色をしている。それでもコアソウルは筆を持ち、筆毛にはなにか液体が付いているのが分かった。
私たちはコアソウルと相対し、互いににらみ合う。
少しじれったくも思うが、サニーの言葉にマーチも、ピースも言葉は発せずとも了承したようなので、私も動かないことにする。
━━その瞬間。
コアソウルが動いた。
来た、と私はより一層身構える。それはほか3人も同じだっただろう。
だからこそ、コアソウルが起こした行動について、理解するのが遅れてしまったし、考える速度が落ちてしまったのだと思う。
逃げた。
コアソウルは自分たちに目を向けて一目散に逃げだしたのだ。
「え、えええ!?」
ピースはまず声を上げた。だが言葉は無い。次に声が聞こえたのはサニーだった。
「こんなん、マーチの足を借りるまでもないわ!」
サニーが吠える。確かに、逃げる相手ならマーチ。それはこの前のコアソウルで思い知らされたことだろう。しかしサニーはどう考えたのかわからないが、自分が動こうとした。
「《プリキュア・エレクトリュオネ・ノヴァ》!」
なんと早々に浄化技を繰り出した。
レンガをメンコにするコアソウルと戦った時、最初から全力で浄化技を撃てばもっと簡単に倒せた、という展開だった。その後のヤンキーライダーと化したかぐや姫のコアソウル、そして陸上選手の魔女であるコアソウルとの戦いは逃げる動きがあまりにも厄介だった。
だからすぐに浄化技をはなてばよい、なんて思っていたのだろうか。
だったら相手の動きを待たずに変身直後に撃てば、という思考はやめておこう。こういう戦略的なことを考えれば、私の頭がオーバーヒートしそうだ。
サニーが突きだした拳からは炎が飛びでる。火球はみるみるうちにコアソウルに近づく。
今回のコアソウルは逃げる力はなさそうだし、そのままあたる。
なんて、甘くなかった。コアソウルはこれを読んでいたかのように動き出す。
持っていた巨大な筆をこちらへ向かって大きく振った。野球選手みたいなきれいなスイングではないが、それでも筆毛についていた液体が飛び出た。それはサニーがだした炎を玉にあたる。
液体と炎だからか。火が消える原理はわからないが、火球は絵の具によってジュウウウウという音を立てて消え去った。
「...........マーチ」
サニーが小さく呟くとともに、マーチが飛び出る。ちらりと横を見ると、横目で赤面しているサニーの姿があった。触れないでおこう。
前に視線を移すとマーチはすでにコアソウルに追いつきそうだった。
さすがにあの俊足で追いつけないコアソウルはいないだろう。空に逃げるでもしないと彼女の追跡からは逃れられない。
するとマーチの周りに黒い何かがあふれ、形を成していた。
逃げるコアソウルと同じ色、同じ姿。
その数は数十。サニーの炎をかき消したように、一勢に持つ筆を振りかぶり大量の絵の具のようなものをかけようとした。
━━その途端。
私はわかってしまった。どうして知っているのかはわからない。でも、わかる。
あれは━━ヤバい。
言葉にできないおぞましさを感じた。
「マーチ!」
私は叫ぶ。しかしマーチは止まれない。黒い液体を大量に浴びる。
もしただの絵の具なら、例えサニーが出した炎を消すことができる威力だったとはいえ、マーチのスピードへの影響はなく視界がきえても突っ切っていくだろう。
しかしマーチは必死に立ち止まろうとした。
「うわああああああ!?」
耳がさけるような絶叫をして。
頭を抱えながら、前に転がり込む。
それを見て私は思わず飛び出した。
「《プリキュア・ハッピー・シャワー》!」
それと同時に、私は桃色の光線を放った。光のエネルギーは転がるマーチの横をすり抜け、私の前方にいるコアソウルを蹴散らす。黒い液体が飛び散り、霧散する。
10体くらいは倒されただろうか。しかし、まだ数は減らない。
ほかのコアソウルが襲い掛かる。もう一度ハッピーシャワーとするが追いつかない。
バリバリ!
雷光が光る。ピースがマーチに筆を振り下ろすコアソウルに一撃ずつ入れていく。そのたびにコアソウルは爆発するように消えていく。ほぼ同時に見えるコアソウルのバーストの近くで、さっきまで倒れていたマーチが起き上がる。
「..........ありがとう」
後悔の混じった感謝をした後、右足を反時計回り回す。
ビュン! と浅緑の風が巻き起こり、周囲のコアソウルを吹き飛ばした。
一旦周りのコアソウルははすべて吹き飛んだ。
だけど、場の緊張感は消えない。
━━これで終わりなどでは決してない。そんな確信の中あたりを見渡す。
黒い液体が見える。粘り気のある液体が地面で水たまりをつくったり、シミのように建造物の壁にへばりついていたりする。
ぴくり、と動いた。
背筋が凍えた。散乱した液体は、近く同士で集まり噴水を作るように、液体一部が上空へ昇り落ちる。その高さは私の背より少し大きいくらい。それが何かはわかる。
その数は先ほど見たコアソウルの数と一致しているように見える。
━━いや。
私はマーチとピースの奥側にも液体の柱があることに気が付いた。見える数は、私、ピース、マーチが吹き飛ばしたコアソウルの総数よりもはるかに多い。
そしてさっきよりも多くの数のコアソウルが現れた。
隣まで走ってきたサニーが私に語り掛ける。
「あいつら、もしかしたらいくら倒しても消えへんかもしれん!」
「た、確かに」
見た復活は一度だけだが、サニーの言う通りだろう。
どうする? キャンディがいたらキュアデコルの力で一発逆転をしてくれたかもしれないが、いないので期待できない。
「..........考えながら戦おう」
消極的な判断かもしれないが、これ以上私はよい方法を思いつかなかった。
━━その途端。私たちの上に何かが覆いかぶさった。
雨雲? 今日は一日中晴れだったし、そうだとしても暗すぎる。
そんなことを考えながら、上を向いた。
そこには目を疑うものがあった。私は瞼を大きく開いた。