みゆきたちとの会話を終えたれいかは生徒会室に戻り、数枚の資料に目を通した。生徒会長になると激務となるが、副会長では実のところ仕事量はあまり多くない。数枚の資料について目を配る。特に風紀委員や環境委員の取り組みについてだ。形として、は生徒会長が承認することで実際に委員会の行動が認められるようになる。しかし、こういう取り組みは基本的にれいかが見て、生徒会長に報告、れいかが会長の代わりに判子を押すことが多い。大方報告の後すぐ承認されるようだが、勝手に決めてはならない。
3枚ほどの報告書を読み終える。
これで今日の仕事は終わりだ。近くの机に置いた自分の荷物に、生徒会室の鍵を持つ。
部屋の外に出て、鍵を閉め、鍵を職員室に戻す。
あとは家に帰るだけ……というところで先生から一つ手伝いを申し込まれる。それを内容を聞くもなく二つ返事で了承する。
内容としては理科の実験器具などを、理科準備室にもっていくこと。転倒に気を付けながら階段を昇りたどりついた。先生は「生徒と教師でもなかれば一本奢ってやってもいい」なんていわれたが「大丈夫です」の一言を返した。
その後は帰るだけだ。
一年生の教室前の廊下を歩いていると、扉からはよく見知った生徒がやってきた。
「青木さん」
長い銀髪を携える。紫色の瞳が光り、れいかと目が合う。
「白石さん」
白石すい。れいかと同じ生徒会、役職は会計。普段物静かながら冷静に仕事をこなす姿をよく見せる。生徒会長はあらかじめ何かの作業をさせて、より生徒会としての責任感を体感させるという方針を取っている。そんなことを言い出した彼だからこそ、後輩の指導も行うわけで、それが会長の多忙さにもつながっている。
しかし、れいかが彼女の一目置いているところは、作業中の静かさに反した「発言頻度」。発言力と言ってしまえば権力にもとらえられると思い、この表現を使う。彼女はとにかく様々なことに自分の意見を発信する。それに対して会長は了承したり、適切な言葉で反対したり。とにかく彼女は会議中ではとにかく言い続ける。周りの人たちは「またかよ」と思ってしまう人もいただろう。
しかしれいかにはその姿に対して誰よりも眩しく見えてしまう。それはまるで、夜空に輝く彗星のように。
「お帰りですか」
「そうです」
「私もです」
すいは歩くれいとに肩を並べ歩き始めた。普段生徒会の仕事でともに歩くことは多いので特別思うことは無い。
「れいかさん」
「何でしょうか」
その中でふと、藤色の瞳がれいかに向けられた。
「プリキュアって聞いたことがありますか」
れいかの目が開く。
「は、はい。この学校を襲った怪物を撃退してくれた人たちですよね」
思いがけない言葉に動揺してしまった。もちろん聞いたことはある、それはみゆきから聞く前から、学校で噂をしていた。
「はい。実は私、その人たちの正体って、この学校の生徒だ、と思います」
一瞬、胸が弾けるように痛んだ。
「━━それは、どうして━━」
れいかは反射的に、彼女がどこでその予想ができたのか考え聞いた。プリキュアの存在を自分が聞いてしまった以上隠さなければならない。彼女からの言葉をみゆきたちに伝えるべきだと判断したからだ。
「簡単です。この前例の怪物が学校を襲った時にすぐさま現れたと聞きましたが、この学校の生徒でないと考えられないほどです」
「━━確かに、そうですね」
冷や汗が垂れているのを感じた。これはもう疑われても仕方がないと思ったからだ。しかし、大切なのはこの学校の生徒の安全であり、彼女らにそれを考えろなんて言うことはできない。
そう考えていると思いがけない言葉にれいかは一瞬言葉を失った。
「それで青木さん。あなたはプリキュアなんですか」
「え━━━━いえ、違います」
プリキュアでないというのは、れいかにとってなれなかったという意味だ。
その後すいはもう一度予想外の言葉を投げかける。
「そうですか。それはよかったです」
「え。それは、どうしてです」
途端。
「な、なにあれ」
「か、怪物よーーー」
悲鳴が聞こえた。その方向を見ると、女子生徒二人が窓の外を見て震えている。
「なにがありましたか!」
れいかは今していた会話のことを忘れ、一目散にに走る。
そして身を乗りだすように窓の奥へ視線を向けた。
信じられないものが浮かんでいた。
「あれは━━━━」
黒い龍だ。蛇のように長い胴体に、数本の足が付いている。これまた真っ黒い雲をつかみ、空に浮かんでいる。全長は目測で200メートルほど。このような生物など、この地球上にいるのだろうか。
その瞬間気づく。あの怪物だ。
姿は違うものの、学校中の廊下で乗り回したあの怪物のように真っ黒い体をしている。大きさは違うも、黒く塗りつぶされたような風貌から疑いようがない。
つまりあの場所で。
ピカリと、桃色の光が瞬いた。そして同じように、橙、黄、緑の計四色の光が輝いては消える。間違いない。彼女たちが戦っている。
━━悔しい。
自分はどうしてここに立っているのか。
プリキュアに誘われ、なれなくて、誰かの力になれない自分が虚しい。胸がきゅっと締め付けられ、右手で、制服の右胸を掴んだ。
思わず自分は体の向きを変えて、その場を離れようとした。向かう先は、まず玄関。そんな頭の処理をしようとした途端。雪のように白い髪が目に入る。
彼女は自分がプリキュアでないことに「よかった」と言った。
「白石さん━━」
すいはこちらを寂しい表情で見つめる。
つまり、自分が今行おうとしたプリキュアになるための行動は、みゆきを喜ばせる共に、すいを悲しませるという結果になる。確かに、すいに自分がプリキュアでないと偽る必要があるのだが、そんなことで自分の罪悪感が消えるとは到底思えない。
━━選ばなければならない。
絶対に妥協案が無い二者択一を突き付けられたれいかの心身は、永久凍土のように固まった。廊下で立ち止まり、フリーズした。
途端に流れてくるのはあの言葉。
確かにやりたいことを持つってとても大切なことだと思う。でも、無いからって自分を悪く言うこともないと思うよ。私はね。やりたいことが生まれる瞬間って、きっかけだと思う。
ここなのか。この瞬間なのか。
れいかは自分の未来がいまこの瞬間に大きく変わることを悟った。
━━自分は今何をしたいのか。
脳内の時間を加速させるように考える。
自分の未来を想像し、そこに続く自分の道を想像し、その道を踏み始める瞬間のおのが心を、魂を思い浮かべた。
物語とはひとつのきっかけで左右される。
そのきっかけとは、何なのか。
私はいつのまにか胸から離れていた右掌をみる。握りしめることは無く、彼女はその腕をふり始まる。体を翻し、すいのもとに歩き始める。
私は立ち上がる。かれこれもう数十分も戦い続けている。
目の前には真っ黒のコアソウルの分身体。何体も、何体も。数百を超える軍団が私たちを襲っている。あたりを見渡しても、私より背丈の高いコアソウルの集団が壁となり、ほか3人の姿は見えない。
もしかして、すでに倒れている。最初に私たち4人にかけられた黒い液体をかけられたりして、そのまま━━。
私は、みんなを信じていないのか。そんなことはないはずだ。
心の中でその不安をぐっと抑える。
プリキュアとして戦った期間なんて、関係ない。
拳をもう一度握りしめる。
前のコアソウルが数体、大きく上に、前に飛び、私に襲い掛かる。
「...........やあぁ!」
拳を振り、人型のコアソウルのおなかに思い切り突き刺す。
「..............ん」
誰かの声が聞こえたような気がした。
ほかの仲間だろうか。私のパンチに吹き飛ばされるコアソウルに目を向ける。
私は両手で空にハートを描き、その軌跡で生まれたエネルギーを圧縮される。両手でつかむ。《プリキュア・ハッピー・シャワー》。 桃色の光を私は体を時計周りに回転させながら放った。
胸元を横にえぐられるようにエネルギーを被弾したコアソウルはその体がちぎられるように別れ、崩れる絵の具のように地面に落ちた。
「はあ。はあ」
息切れをしながら、ある程度はまっさらにした周りを見渡す。それでもコアソウルの大群が壁となるように連なる。しかし私の右側には、壁のその切れ間から確かに確認できるカナリア色。
ピースは彼女は大量のコアソウル相手になんとか対応している。攻撃をイナビカリともに避け、そして攻撃する。そのたびにコアソウルは弾ける。彼女の状況は私と同じくらいだ。表情には恐怖があるものの、焦りは薄いように感じる。まだ戦うことはできるけれど、余裕はない。
左側にはサニーがいた。コアソウルを一つ残らず、拳で粉砕していく。かなりの疲れはあるものの、それでも彼女のパワーならばもう少し耐えることができそうだ。
そして目の前のマーチ。激しい息切れ、苦悶に満ちた表情。最初に例の黒い液体をかぶったからか、もっとも限界に近そうだ。長距離を走るコアソウルに対して唯一対抗できたが、こういう乱戦のなかでは厳しそうだ。
私は足を前に向けようとする。しかし、足元にある黒い液体がドロドロと動き、重力に反するように上へ伸び、形を為す。その前に、私はマーチのもとへつかないと━━。
グオオオオオオオオオ。
思わず耳を塞いでしまうような、地響きにも似た低い咆哮が聞こえた。
「...........うう」
思わずよろけてしまう。足元にはまだコアソウルの形を作っていない黒い液体があるが、さらに黒で覆う巨大な影が見えた。
私は体を動かしながらも上を見た。その上にはやはり━━━━。
これまた絵の具で塗り固めたような漆黒のボディ。蛇のように長い胴体に数本の足。龍としか形容することしかできないそのボディ。私の30メートルほど上空で浮かんでいた。どこもかしこも黒ながらも確かにわかるその獰猛な瞳がぎょろりとこちらを向く。それだけで強い威圧感を感じ、私は思わず足を止めた。
さきほどから黒雲をつかみ空を彷徨うだけだった黒龍がようやく私━━正確には私たちプリキュア━━に目を向けた。私は龍と見つめ合う。何をしてくるんだろう、と心で呟く。
その途端、黒龍が大きく口を開けた。無数の牙が口内に見える。あの牙で噛まれたら、と嫌な想像をする瞬間だった。開いた口から黒い小さな球体が集まる。大きな球体が出来上がり、次第に大きくなり、半径一メートルほどの巨大なエネルギーの塊ができた。ぐるぐると自転をするその黒玉は今にも爆発しそうだ。
━━ぞくりとした。
私は黒龍が動き出したことに目を奪われたことを後悔した。
黒い玉からは想像もつかない質量と存在感を持ち、地面━━ううん、正確には私に向けられエネルギーが放たれた。
私はなんとか地を蹴り、前に跳躍する。
必死に頭に浮かんだのは近くにいれば危ないという衝動だった。
私はすぐ上空の巨大生物に意識を向ける余裕のないマーチを体で押しのけた。
その途端、後方から強い風圧と熱を感じた。そして爆風。
そこからはよく覚えていない。マーチの悲鳴。地面に倒れるマーチと、その背中ではなく近くのコンクリートに頭をぶつける私。その途端私たちの体はもう一度浮き、コンクリートや黒い絵の具とともに飛ばされた。かすかにサニーとピースの絶叫が聞こえたはずだが、爆音でかき消されているようだった。
これらのことが5秒も経たずに起きた。
そして数秒。
もう一度顔面から落ちた私は、体がうつぶせになったことを認識し、首を横に左にひねる。視界の右側は灰色のコンクリート。土煙の中でもその奥に見えるマーチは私と同じように地面に倒れている。
私はゆっくりと体を動かしながら両手で地面を押し立ち上がろうとする。地面に膝をつき上体を起こしながら、マーチの状態を確認する。
5メートルほど先では爆発の中心に足を向け、かつ仰向けにたおれるマーチの顔がこちらに項垂れるように向いた。
「...........う...........ぐ...........」
苦悶の表情からして体の傷みに何とか耐えようとしているようだ。体は小刻みに震えている。今にも変身が解けてもおかしくはない。
状況は最悪だ。
これをどうしたらいい。私は吹き飛ばされた方向を見る。上空には黒龍がぎろりと鋭い目を向けてこちらに向いている。
土煙が消える。
━━二人は━━。
あの大爆発に巻き込まれたのだ。心配だ。
周りをみる。すると、私と同じプリキュアであるサニーとピースは見えない。あたりには散乱した商店街の木屑が見える。
━━私はもう一度空を見上げる。
どうすればいい。ここからどう切り抜ける。いちかばちか全力の浄化技をぶつけるしかないのか━━。
そう考えた瞬間━━。
「みゆきさん!」
後ろで声が聞こえた。叫び声でもわかる。清くて、美しくて麗しい声。
振り向き、彼女の姿を確認するが、その必要は無かった。
後ろは長く下ろされ、前は丁寧にそろえられたブルーブラックの髪。サイドバンクにはホワイトブルーの髪飾りが左右に一つずつ。
「━━れいかちゃん...........」
その名前を呟く。
彼女は左手はまだ壊れていない。建物の膝に両手をついている。ここまで走ってきたのだろう。しかし背筋を伸ばし、もう一度無我夢中にさけんだ。
「私も、私もプリキュアになります!」
そうして差し伸べられる右手。私かられいかちゃんまで200メートルくらいだろうか。
私の願いとリンクするように発せられたその言葉に、体が吸い寄せられるように動いた。一歩、一歩と彼女への道を踏みしめ、彼女への距離を縮めていく。
「やばいじゃん」
あの爆風をどのようにして回避したのかはわからないが、背後からマリのはっとするような声が聞こえた。
「コアソウル! キュアハッピーとあの子を近づけないで!!」
少しばかり焦りながら、命令が下された。
グアアアアアアア。
途端に鋭い咆哮が、あたりを埋め尽くす。耳がキンとなるが構っている余裕は無かった。
黒い絵の具があらゆる方向から私の前に集まる。その道を閉ざすように、黒い人型のコアソウル数十体がが黒い液体で体を作り、目の前を塞いでくる。れいかちゃんの姿は黒い壁で見えなくなった。私にはそのことがあまりにも、あまりにも許せなかった。歯を噛みしめた後、自分の怒りをぶつけるように力の限り吠えた。
「どいてええええええ!!」
体の中から力があふれる。これは、私がこの世界で初めてプリキュアに変身した時のようだ。体の内側から、私の外側に、エネルギーが漏れていくような感覚。左腰についてあるソウルフルパクトが光った。
視界の左端で、パクトから放たれた光が後ろのほうに飛んでいった。
だけどそんなことよりも、今は、彼女のもとへ。
コアソウルの群れのもとに走り出す。一気に手の中にエネルギーを集める。
「《プリキュア・ハッピー・シャワー》!」
光線をコアソウルの足元へ。地面で爆発し、黒い物体が散らばっていく。その威力は私の想像よりもはるかに大きかった。
先を、先だけを見る。
れいかちゃんもまたこちらへ向かって走ってくる。スカートを履いたまま走るその姿は華やかでもあるが、たどたどしい。
距離は150メートル。
しかしすぐに黒い人の壁が。
その途端に雷が走る。1回。2回。3回。瞬く間に黒いコアソウルへ攻撃が入る。一つ一つがまるで落雷だ。コアソウルの体は一瞬ではじけ飛んだ。
「走って!」
カナリア色の髪をなびかせ地面に着地したピースは、それだけ言って私を先に送る。何も言っていないのに、私の意志が伝わっている。私の行動の意図が明確すぎるからか。そんな頭に浮かんだ雑念を振り払いただ前へ。
私の目の前に現れる人型のコアソウルは。形を為す直後にはすでに横に走る落雷に貫かれ散っていく。
そうする間にもれいかちゃんとの距離は縮まる。残り70メートル。
ふと背中から強烈な圧を感じた。今にも私を吹き飛ばそうとするようなあまりにも獰猛な気。思わず私は足を止め、振り向いてしまった。そうしないと、彼女のもとへたどり着けないと感じたからだ。
10メートル先にはには黒龍の口。無数の牙が口の形に沿ってUの字に生えている。
だがその前には橙色のお団子が見えた。”彼女”は両手を前に伸ばし、自分の顔とほぼ平行に位置する上側の牙を押さえている。そのことを認識した途端、お団子が横に動き、”彼女”の横顔が見える。焼き入れされた刀のように熱く鋭い橙色の瞳は私に向けられ、力強く、そして頼もしい関西弁で私に向かって叫ぶ。
「ハッピー!」
ギリリ、とハイヒールが地面で擦れる音がした。下を向くとサニーが履くパンプスのヒールの下、トップリフトが火花を立てて動いている。黒龍に押しこまれている。サニーの力でも鎮めることはできないその獰猛さに戦慄するも、もう一度体の向きを変え、彼女のもとへ。
残り50メートル。
《キュアハッピー》の足なら、いやともに近づく二人ならば、のこり3秒とかからないはず。
途端に背中から高熱とさらなる圧、そして黒い光が背中から差し込んだ。
それと同時に背中から《風》が吹く。そして「行って!」という勇猛な声が聞こえた。振り向くまでもなかった。きっとマーチが駆けつけてくれたのだ。そうして龍の口から放たれそうになったあの攻撃を何らかの方法で防いだんだ。
3体のコアソウルが私たちの前へ。しかし、これもピースが横に伸びる電撃の蹴りで吹き飛ばす。黒い障害も、その障害を打ち砕く雷光も通り過ぎ、たった10メートル先にその表情が見える。
「れいかちゃん!」
私は右腕を伸ばした。
「みゆきさん!」
それに応えるように私へ伸ばされる右手が見えた。
れいかちゃんが予想したプリキュアに覚醒するための条件の一つに、私と触れることがあった。私たちはこうして手を伸ばしあい、ともにその手が重ねれば━━。
ほんの5メートル先のれいかちゃんの顔に、黒い影が。私の心を壊しにかかるような、絵の具。
横目で見えた。れいかちゃんの後ろに5体ほどのコアソウルがいた。彼らは全員筆を振りぬいている。形を為し、一斉に私たちに向かって黒い絵の具か墨汁かわからない液体をかぶせにきたのだ。
私はまだ大丈夫。だが、生身のれいかちゃんにかかれば、ブルーブラックの髪が汚れるだけでは終わらないだろう。プリキュアに変身している私でさえ、思わず悶えてしまうような頭痛がしたというのに━━。
しかし、れいかちゃんは私を向き、必死に手を伸ばしてくる。反応できていないのか、それともただ黒い液体の危険性を知らないからなのか。理由はなんにせよ、立ち止まるという選択肢を持っていないようだった。
だったらもう、ここまで来れば止まるという選択肢はありえない。私は大きく右足を踏み込み、前へ跳んだ。
そしてついに、私たちの手が、指が絡んだ。
途端。
私たちから青白い光の柱が差し込んだ。
気が付けば私たち二人は地面から浮き、対面している。
腰に付いているソウルフルパクトが光る。そこから青色の光が飛び出て、れいかちゃんの胸の前で弾ける。あれこそが最後のソウルフルパクトだ。
れいかちゃんはそのパクトを掌で支えるように手に取る。
「れいかちゃん」
「はい」
もう私が言うことはない。
青白い光が消える。そこにはもう一度空を飛ぶ黒龍の姿。そして私たち二人の周りには、サニー、ピース、マーチの3人がいた。私たちは彼女たちに駆け寄る。全員が笑みを浮かべ、その時を待っていた。私は龍の前に一歩前に立つ彼女の背中を見る。
何度も何度もくじけそうになり、一度は諦めたこの瞬間。胸の中からじわりと熱いものを感じた。ぎゅっと胸元を掴む。私は笑顔がにじみ出る中、彼女の”掛け声”を聞いた。
「《プリキュア・スマイルチャージ》!」
ソウルフルパクトから飛び出るパフを受け取る。
「しんしんと降り積もる清き心。キュアビューティ!」
━━ここに、5人のプリキュアが揃った。
ビューティの変身を待ちわびた私たち4人はともに青髪の少女の横へ並ぶ。左からマーチ、サニー、ハッピー、ピース、ビューティと5人が一列となる。共に見上げるのはいつのまにか黒龍の目の前で、見えない椅子の上で座り、頭巾代わりに赤いパーカーを着る少女、マリだった。
右手の平で項垂れる頭のおでこを支え、悩む姿。あの表情は、後悔か。
「やっちゃったーーー」
マリはそう呟いた。
「さすがにこの世界で5人揃わせちゃだめとは聞いてたけど」
「この世界━━?」
ビューティがかすかに口にした。
その言葉の意味は《私がもともといた世界》と《私が今いる世界》を区別していったもののはず。この世界とはもちろん後者のことだろう。そして《揃う》とはもちろん、私と、私の左右に立つ頼もしい仲間4人がプリキュアになることに違いないはず。
マリ、ヒオリ、ジラの3人は私たちプリキュアのことを知っていた。そして私のことも知っていた。そればかりか、私がこの世界に飛ばされたのも知っているし、その元凶と推測できる。
だけど、
「まいっか」
右手と頭が離れる。紫色の眼光が私たちに向けられる。基本的に無表情のヒオリやジラと違って、彼女は無邪気に笑っている。だがその中には私たちを見下し、私たちの運命なんていつでも決められる、というようなものだった。
「コアソウル。すべての力をもって、プリキュアを殲滅して。あ、キュアハッピーは消さない程度にね」
やっぱり私は意図して保護されている。
その理由は分からない。多分、それが私がこの世界にいる理由なのだろうが、検討がつかないのだ。
その考えは、マリの命令で動き出したコアソウルによって雑念になる。地響きにも目を光らせ、こちらに向ける敵意にぞっとする。
さらに黒龍の下には本来散らばったはずの黒い絵の具のような液体が磁石に吸い寄せられるように集まっていく。横幅は商店街いっぺんに、縦幅は100メートルはありそうなので水たまりができる。しかし、そこで終わりだとは思えなかった。それを証明するように、1.5メートルを少し超える黒い水柱が噴水のように生まれる。水柱は固まり、一本の巨大な筆を携える人となる。
━━そういえば、私はあの黒い人間が絵本の中に出てくる人物が誰かという思考を止めていた。
その理由は人の風貌からは判別ができなかったからだ。中国の昔の人だということは分かる。しかし、絵本のそんな話があっただろうか━━━━。
しかし私は黒龍を見上げ、もしかしてと思った。筆を持った人、そして龍。私は一つ物語を思い浮かべた。
「あれ、もしかして。龍に目を入れるやつだと思う」
ボソリと呟いた私の左側。
「なんの絵本か分かったか?」
サニーが私に期待を寄せる。
「絵本とは?」
「えっとね。あれコアソウルって言うんだけど、絵本の登場人物と人間の個性が合わさってくるみたい」
ビューティの問いにピースが答える。
ピースの答えを聞いたあと、サニーの問いに答え直した。
「えっとね。どこかで龍の目を書いたあとに、その龍が絵のはずだけどそのまま空へ飛んでいった〜みたいな話」
「う〜〜ん。聞いたことないな」
マーチが唸る。私が聞いてないとなるとそんな絵本なんて。
「あります」
凛とした声で反応したのはビューティだった。
私たち四人は彼女を方へ目を向ける。
「画竜点睛を欠くという言葉があります」
「がりょ………」
全く聞き覚えの無い単語を私はリピートした、
しかし途端に黒龍がこちら向かって襲ってくる。私たちはそれぞれ四方八方に飛び、回避した。龍の長い胴体が地面に擦れる。
「ああ〜〜。せっかく作ったのに〜」
マリの焦りが聞こえた。
まだ壊れていない建物の屋根にのると、さっきまで作られていたコアソウルが黒龍の腹で潰れている。
私はそれを目を向けた直後。次にビューティを探す。すると左15メートルほどに、別の建物の屋根に立っていた。
「ビューティ! さっきの話を」
商店街の大道路を黒龍が通る。もう少し黒龍が体制を戻すには時間がかかると判断したそうだ。ビューティは私に向けて《ガリョなんとかがうんぬん》の説明をした。
「最後の大切な仕上げを怠ってしまうということです。例えば、分数の計算で最後に行う約分を忘れてしまうといったものでしょうか。その言葉が作られた逸話が中国にあります」
途端に黒い液体が私の目の前まで飛んできて、凝縮される。人形のコアソウルだ。大きく筆を振りかぶる。それを私は右足を払い、吹き飛ばす。その途端、足元が崩れた。
「うひゃ」
右足の下が崩れ、がくんと体が右側に倒れた左足も膝から屋根に激突する。だが崩れ落ちる体に逆らえず、左足も屋根から滑り、離れた。
黒龍の伸びる足が私が立つ建物に当たった衝撃で屋根が崩落した、ということを理解しながらほぼ反射的に、親指を上にして右手でなんとか屋根を掴んだ。
私は屋根の軒に、鉄棒の持ち方で言う《逆手》で しがみつく。私が変身前だったら今手首は完全にもげていただろう。だけどプリキュアに変身しているせいか、体を支えることは案外簡単だった。
左手も同じようにして屋根を掴む。そして軒が腰の位置にまで体を引き上げ━━。
上から降ってくる一体のコアソウルがいた。頭上に筆を構え、私に対して振り下ろしてくる。私は思わず右手を出そうとした。しかし、また大勢が崩れてしまうと考え離すのを止めた。しかし、その思考が終わるころにはすでに手遅れだった。振り下ろされる筆はそのままハッピーの━━。
カキン。
硬いものが当たった音がした。私の視界は、真っ黒い筆と交差する長細い━━氷。視線を右に寄せる。なびいた鮮やかな青色の長髪が、地面に落ちる。ビューティが、私とコアソウル間の横から、剣を左下から右上に振り上げ、振り下ろされる黒筆の動きをとめた。
「はああ!」
透き通るような、それでも力強い声とともに、ビューティは剣に力を込める。敵の筆は折れ、両断される。そして振られる剣の威力はとどまることを知らずに、コアソウルの体を上下に真っ二つにした。
私は屋根の上に体をのせる。
「ありがとう━━」
「大丈夫です。それと、逸話ですが、走りながら話します」
「うん」
私たち二人の周りには数十体のコアソウルが現れる。それを私たちは無視をして商店街の建物を渡っていく。向きは黒龍が進むのとは逆だ。
「まずはさっきハッピーが言った話は、《張僧繇(ちょう そうよう)》という画家の話です。彼が大切な龍の目を描いたことで、その龍が絵から飛び出したという逸話です。中国の南北朝時代の故事成語ですね」
なるほど。ただの絵本ではなく、国語の内容が入っている。私が知らないわけだ。家に帰ったら、または学校でこういう言葉の由来となった話も読んでおこう、と頭の中で自分に約束をした。
「うん。その情報があの大群と龍を打ち倒すヒントになるはず」
「わかりました。では今あなたたちは何に苦労しているのですか」
「それはあの人型のほう、倒しても復活するんだよ」
「なるほど。それは彼らが描かれた存在だからなのではないでしょうか」
「た、確かに」
最初にマリの前に現れたコアソウルは地面から出てきた。あれは、描かれた絵から出現したんだ。そしてあの龍も。
「とすれば、まず絵を描いた本人、いえ本体を探すべきです。それを倒せばおそらくは━━」
無限に出現するコアソウルも、あの龍も消滅するはず。
ビューティの次の言葉を察し、「わかった」と回答した。
だけど、本体と、あの描かれたコアソウル━━分身の見分けの方法がわからない。私が戦った相手に姿の違いは無いように見えた。
だからこういうときこそ物語に頼る。人型のコアソウルは間違いなく《張僧繇》の姿のはず。彼が龍に眼を描き、そして龍は顕現し、空へと昇って行った。
━━それにしても、目かあ。
私は後ろをちらりと見る。後ろから追ってくるコアソウルにはそれぞれ、体と同じく真っ黒ながらも光る眼光がある。
━━待って。
私はふとこれまで戦ったコアソウルを思い出す。
爆弾魔のシンデレラ。バッターの浦島太郎。メンコうちの豚。暴走族のかぐや姫。陸上選手の魔女。私は彼らの姿、おもに目を思い出す。今まで戦った怪物たちと、今戦っているそれとでは一つ決定的に違うものに気が付いた。私はそれに気づき、息を飲んだ。その吸った息を使ってすぐビューティに伝えた。
「これまでのコアソウルって目があるんだ」
「目━━?」
「えっと...........目の光!」
「つまり、これまでのコアソウルは白目をむいていたということですね」
「うん!」
私は「白目の部分も黒いけど」、というつっこみは控えた。サニーだったら思わず言っていることだろう。
「それだけわかれば十分です」
ビューティは微笑みを私に向け、足を止めた。
「え、ビューティ!?」
私も遅れて足を止め、振り向く。そして私たちを追いかけるコアソウルたちに向かい、そして私に背を見せる青髪の戦士に目を向ける。
「あれを見てください」
いつのまにか生成していた氷の剣を右手に持ち、その切っ先をある場所へ向けて伸ばした。
右奥。その先に見える3つの光。
サニー、ピース、マーチの3人だ。
彼女たちは屋根に並んで立ち、見上げている。その上空。そろそろ暗くなり始めている上空に確かに見える黒龍。
「足止めしていてください」
龍を、ということなのは言うまでもない。
だがそのあと一人で戦うビューティの身を案じた。プリキュアになったばかりなのに。だがすぐにかぶりを振った。鏡のアカンベエと戦った時、《ミエナクナ~ル》で透明になったアカンベエと戦った時。”前の世界”でのビューティに助けられた思い出がいくつも思い浮かんだ。彼女には私にはない策があるに違いない。私は彼女を信じることにした。
「それじゃあよろしく!」
━━と、忘れていた。
「あと! 黒い液体には気をつけて! あれがかかったらマズイから」
「…わかりました」
私は拙い日本語を放った後、ビューティに伝わったことを確認した。屋根から飛び降り、3人のもとへと走った。