バレー部の朝練は無かった。
なぜなら、今日からテスト週間が始まるからだ。あかねは桜色のカバンをドン! と机に置いた。自分のすぐ後ろの席はみゆきの席だ。まだ登校していないようだ。
「あいつまた寝坊かあ?」
とはいえ、寝坊するときはいつもギリギリになってやってくる。タイムリミットは担任の佐々木先生が教室にやってくるときだ。みゆきは先生の目の前で教室に入るので、その度先生から苦笑いを向けられる。完全に遅刻したことは無いので先生からしたら注意しづらいのだろう。
教科書等を机の中に入れていると、ガラリと教室のドアが開く音がした。視界の端にちらりとピンクが映る。顔を上げると、桃色の髪を左右に突き出るようにまとめている少女が見えた。ドアを閉めているので、自分には背を向けているものの誰かはすぐに分かった。
「おはよう。みゆき」
「あかねちゃん。おはよう」
みゆきは普段と変わらない表情、されど少し落ち着いた声であかねと言葉を交わした。
まあ昨日のことがあったから、全くいつも通りの反応をされるとは思っていなかった。おっちょこちょいで、大雑把なところはあるけれど、意外と繊細な子だと感じている。だからこそ、昨晩やよいが言った通り、普段通り接してあげなければならない。
自分の後ろにすっと座るみゆきに対して、あかねはにやりと笑い、あることを教える。
「そういえばみゆき。今日からテスト週間って知ってるか?」
「え.........?」
こちらに向ける表情からして、聞こえなかったのだろう。
それに自分の声が聞き取れなかったとは考えにくい。
「いや、今日から一週間、テスト週間って言ったんや」
するとどんどんみゆきの表情が引きつっていき、酷い苦笑いで「え..................」と反応した。
「ほらあ。みゆき絶対忘れとると思ったわ」
「ありがとう」
みゆきのお礼が聞こえた瞬間だった。
ドシーーーーーーン。
上から何か音がした。
地響きのような音がなり、教室が揺れた。
「こ、これは━━━━━━」
間違いない。コアソウルだ。ヒオリかジラかマリか、それとも別の誰かか。だが誰かがあの真っ黒の怪物を動かしたに違いない。
生徒たちは悲鳴を上げだす。また《あの怪物》が来たのだろうか、と。
「あいつら.......」
とめどない怒りの中、天井の奥を睨みつける。
あかねはそんな中、すぐ近くでガタリと椅子が倒れる音がした。
「み、みゆき!?」
あかねが揺れる教室の中振り返っと時はすでに、みゆきは教室の扉を開きあかねの視界から消えていった。
自分が屋上に向かったというのはすぐに分かった。
しかし、あかねは違和感を感じた。
みゆきはこれまですっとプリキュアを5人揃えるために動いてきた。ずっと5人で戦いたいという意思は嫌というほど感じられた。
なのに、同じプリキュアである自分には何も言わずここから去っていったのだろうか。マーチが変身したときのこと、緑川家に現れたコアソウルを倒すために、みゆきは自分とやよいにすぐさま伝えようとしていた。そんな彼女がなぜ……。
あかねはそんな疑問を抱きながら、廊下に向かって走り出す。みゆきとの身体能力の差なら、屋上までの道で追いつくはずだ。すばやい足取りであかねは教室から出る。
「あかねさん!」
教室外の廊下は、生徒が絶叫しながら慌ただしく走っている。その中でも透き通る声。あかねは振り向く。そこにはやはり、同じプリキュアであるれいかの姿があった。そして両隣には、やよいとなおが立っていた。
「あかね! みゆきちゃんはどこだ!?」
なおがこちらに叫んでくる。両者の距離は3メートルほどだが、それでも大声でないと会話が通じない。
「屋上に一人でいった! うちらもいくで!」
あかねの言葉に3人が頷き、屋上へ向かおうとしたその途端。
「何をしているの!?」
屋上へ向かおうとする自分たちの背中から声がかかる。担任の佐々木先生が揺れの中、自分のクラスのもとへ駆けつけてきたのだ。さすが先生、と普通なら感謝すべきところだろう。しかし、全員が下へ下へ逃げていく中、今この揺れを起こしている元凶がいるであろう屋上に向かい4人だけ逆走するする姿を見て、先生が止めないわけがないだろう。
「屋上にだれかがいるの。もしかして星空さん?」
━━鋭っ!
あかねは心の中で叫ぶ。担任を務めているクラスの女子グループは把握していてもおかしくはない。
「いや、うちらは━━」
すると機転をきかせたのはやよいだった。
「みゆきちゃんなら寝坊です! 私たちは忘れ物を取りにいこうと……」
「そんなことしてないでさっさと逃げなさい!」
怒号が巻き起こる。
もちろん自分の命が最優先のこの状況で少しでも残ろうとするのは危ない。
先生は自分たちの腕をつかみ、下に降りる階段のほうへ引っ張ろうとする。
「す、すいません!」
やよいちゃんはそれに従った。
屋上から遠ざかるがそれはいいのか、と思ったが変に屋上に行こうとしてまた先生につかまるわけにはいかない。それはなおとれいかも一緒だった。佐々木先生の言う通りに動く。
すると佐々木先生が私から視線を外し、他の生徒に呼びかけを始めた。
「これで多分、一旦佐々木先生は私たちから離れると思う」
そうやよいが呟いた。
なるほど。生徒を全員逃がすため、下へ逃げる生徒よりも、残ったり戻ったりする生徒のほうに先生は目を向ける。つまり自分たちがおとなしく逃げる姿を見せれば、先生は自分たちに注目することもなくなるはずだ。これでもう一度屋上へ向かうことができる。
先生の目を潜り抜ける。あらかじめ変身することも考えたが、あの服装ではあまりにも目立ってしまう。あかねたちは屋上へ向かう階段を駆け上がる。この先はだれも近づかないだろう。いるとすれば、屋上にいるはずの怪物と戦う意思があるもののみ。
階段を昇り終えた先の扉があった。
しかし。
「うわ、ドアノブが━━」
屋上に行くための唯一の扉に付いている、銀色の取っ手が壊されていた。
扉には風穴が開き、薄暗い通路に光が差し込んでいる。
「締め出されたか.......」
「そうみたいだね」
あかねの呟きに、やよいが反応した。ドアノブが壊された、つまりドアが壊れて、扉が開かない。そんな考えが頭の中で埋め尽くす。あかねは考える。なにか持ってくるべきか。
「いや、あたしがこじ開けるよ」
なおは、自分が扉に向かい突撃することを言い出した。
「よし、とにかくやって━━」
あかねがなおの提案にのろうとしたとき。
「これ普通に開きますよね」
れいかが両手で軽くドアを押した。ぎいいい、という音を立てて扉が開き、隙間から光が差し込んでくる。よく考えてみればドアノブが破壊されたとしたら、鍵を閉める道具がなくなるのだ。そんなことに気が付けなかった、いや締め出されていたと妄信していたとあかねは反省すると同時に恥ずかしくなった。
光の向こうには、やはり黒い怪物がいた。その奥には、赤い中華風の着物を身に着ける女性の姿がいた。コアソウルとヒオリだ。
そしてコアソウルと対峙する一人の少女。明るい桃色の大きなポニーテール、頭から2本飛び出たアホ毛。間違いないキュアハッピーだ。さきほど教室を抜け出したのち、屋上にたどり着き、変身をしたのだろう。
「ハッピー! うちらも来たで!」
あかねが叫ぶ。
ハッピーはぴくりと動き、おもむろにこちらに目を向けた。
驚いていた。どうしてここにいるのか、というかのように。
瞬間、あかねの中に一つの仮説が生まれた。今自分が潜り抜けてきたドア。これはもしかしたら、だれかが自分たちを足止めするためにドアノブが壊されたということだ。実のところ、ただドアが開けやすくなっていただけだった。自分もそれに気が付けなかったが、『もしハッピーがやったとしたら、あんなミスをしてたとしても不思議ではない』。
いや、今考えるのはよそう。まずはあのコアソウルを倒さなければ。
あかねはポケットからソウルフルパクトを取り出す。橙色に輝くアイテムを握り、今「プリキュア・スマイルチャージ」と変身の掛け声をしようとした━━━━その途端。
パリン。
ガラスが割れるような音が手元からした。視線を向けると、今まさにこれを使って変身をしようとしていたソウルフルパクトが━━消えた。橙色の光の屑が、手のひらからはじけるように舞った。
「は━━━━」
あまりにも予想外のことに、あかねは声をだした。同時に自分の隣も。
「え、消えちゃった!」
「ちょっとこれじゃあ」
「な、なぜこのような━━」
同様のことが、やよい、なお、れいかでも起きたことを悟った時、散らばりゆく光の屑が一斉にまとまり一筋の光となって動き始めた。あかねはあの光を覚えている。自分が始めて変身した時のことだ。別のソウルフルパクトから、自分の胸に飛んで、自分のソウルフルパクトが出来上がった。
別のソウルフルパクトとは、そう、
「みゆき……?」
あかねは自分をプリキュアに導いた親友のもとへ視線を向けた。
みゆきは左手をふっと横に伸ばした。そして彼女は笑みを見せた。それは、黒龍と戦ったときのような優しく、それでどこかそっと勇気をもらえるようなものではない。
哀れみにも取れて、笑いで濁したような拒絶にも取れた。そしてどこか決意のようなものを感じた。
唖然とするあかねに、キュアハッピーはそっと語りかけた。
「みんなはもう、戦わなくていい━━━━」
「は━━━━」
一瞬、みゆきのいう意味が分からなかった。
これは本当に、最初は図々しいまでにやよいをプリキュアに誘っていたみゆきだというのか。
あかねのソウルフルパクトから生まれた光はみゆきのそれへ差し込んでいく。一瞬七色の光が揺らめく。見ると、楕円体のパクトの頂点から伸びる桃色のラインの右側に、自分の橙色のラインが現れた。そして、ぐるりと半時計周りに緑、青、黄とラインが入る。
あの線は、あの位置にあるあの色の線は。
あかねの中に刻まれる記憶が想起される。
初めてみゆきがやよいをプリキュアに誘う前のこと。自分に見せた4本線のソウルフルパクト。あの時パクトに入っていた緑、青、黄のラインと全く同じもの。
その瞬間、あかねは理解せざるを得なかった。
みゆきは、他の4人がプリキュアになることを拒んでいる。
やよいをほぼ無理やりプリキュアになろうと説得していて、一度自分が諫めたのを覚えている。一度はプリキュアになろうとしなかった、またはなることが出来なかったなおやれいかを諦めるべきかわかりやすく悩んでいた。みゆきはプリキュアが5人そろうこと、そしてそのメンバーにも強い拘りをみせていた。
そして5人揃い、そしてこれからのために一度プリキュア全員を集めた。
その翌日が《これ》だ。
馬鹿馬鹿しいではないか。
自分たちは、あの怪物と戦うという危険な道を選んだ。みゆきがどこの誰であろうと、彼女がいなければただ自分たちの町は、世界は、怪物に蹂躙を自由にさせていただろう。
━━ハッピーがこなければ、あたしはただ家族を脅かす怪物にただ震えるだけだったかもしれない。だから、ありがとう。
黒龍との最後の戦いの前にマーチが言ったように、自分たちはみゆきに感謝をしている。だから自分たちも必死に、必死な彼女のためにも戦いたいと思った。
なのに。どうして自分たちを拒絶する。
あかねはどこか、みゆきに弄ばれているような感覚に陥った。いや、これもみゆきが何かを思ってのことなんだろう。だけど、それでも、自分たちの尊厳を傷つけられた。そう思わずにはいられなかった。そして自分の中に怒りが生まれていた。
「みゆきいいいいいいい!」
あかねが叫ぶときにはすでに、キュアハッピーはコアソウルに目を向けていた。
グアアアアアアアアア。
コアソウルが吠え、地団駄をした。
黒い怪物の大体の姿は熊の顔に、人間の体といったものだ。腰元にはまわしを付けていて、まるで相撲をしているかのようだ。コアソウルは左に身体に重心を偏らせ、右足を揺らす。そして右足を下ろした。間違いない。あれは力士の四股踏みだ。力士のコアソウルが地面をドシンと踏み下ろしたその瞬間。地面が揺れた。
あの揺れの原因はこれだったのか。あかねは納得をした。
するとコアソウルは走り出した。ドシンドシンとこちらへ近づく。そして、ハッピーめがけて右手で張り手をしてきた。
ハッピーはそれを押しかえすように両手を伸ばした。力士の右掌と衝突した瞬間、びゅううううと衝撃派が舞う。腕で顔をガードしながら、それでもハッピーを見る。
押されている。ハイヒールのトップリフトが擦れる音が聞こえた。
「ぐうううううう」
自分に背を向けるハッピーのうめき声が聞こえる。
同時に、これまで無言で空に浮いていたヒオリの低い声が聞こえた。
「ほら、さっさと飛ばされなさい。なんか知らないけどあなた一人だから諦めなさい」
あかねが初めて自分が変身したときのことを思い出した。ああいう風に、ハッピーはコアソウルに力負けをしていた。その時、自分は初めてキュアサニーとなり、共に戦い、コアソウルを打倒した。
「おい! 今すぐうちを変身させろ! そんなやつうちのパワーで一発やろ!」
あかねは叫ぶ。
その時、キュアハッピーのソウルフルパクトが、七色に輝いた。
「ハッピー.......」
きっとあの光は自分のもとへ跳んでくる。そうしてもう一度ソウルフルパクトが自分のもとへやってくる。あかねは信じて疑わなかった。ハッピーは自分にはないサニーの力と炎を頼りにしている。今まで感じた怒りが消えうせる。あかねはふと笑みを浮かべたその時。
ハッピーから炎が飛びでた。
「な.........」
あかねは茫然とした。
同時にハッピーが叫ぶ。
「どりゃあああああああああ」
瞬間。コアソウルの腕が後ろに動いた。ハッピーが足を進めだした。その歩みは一歩一歩から、すぐに走りへと変わる。それも見てか、コアソウルは開いている左手で、ハッピーにもう一度張り手を伸ばした。
バリリ!
雷光が走った。稲妻のように折れ曲がり、ハッピーは全長5メートルはありそうな怪物の頭の目の前へ移動した。
間違いなく、ピースの力だ。
つぎにハッピーは体を捻り、回転しだす。次第にハッピーの周りには新緑がごとき風で覆われる。その姿はマーチのようだ。ハッピーはコアソウルの顔に蹴りを入れて吹き飛ばした。屋上の塀はガアアアアンと鈍い音を立ててひしゃげた。コアソウルがぶつかったのだ。
するとハッピーは空から氷を出していた。ビューティの戦い方。氷は弓矢へと変わっていた。青木れいかが所属する部活は弓道部ではない。だが、どこかハッピーはビューティを模すように、弓矢をコアソウルへ放つ。
矢はコアソウルの5メートル離れた地面に突き刺さった。10メートルくらいしか離れていないのにそれは外しすぎでしょ、と感じた。しかし、その思考は弓矢から広がる氷の波がコアソウルを覆いつくす姿を見て消えうせた。
コアソウルは氷の牢獄の中動くことは無い。
ハッピーはそして空に円を描く。その桃色の軌跡が、光の塵の塊のようにコアソウルめがけて襲い掛かる。
「《プリキュア・スターダスト・ライト》!」
桃色の光に包まれた怪物は、黒い液体がはじけ、蒸発するかのように消えていく。すると黄土色のふわふわしたものが溶けるように姿を消した。
ヒオリは「まあいいわ」と言い放ち、そそくさに黒いトンネルの中に消えていった。
そのことを確認したハッピーは変身を解く。
そして戦いを終えたみゆきがこちらを向く。その表情は、気まずそうだった。そしてす、と視線を斜めに下ろした。
あかねは一度生まれた怒りが安心に変わったと思えば、それはハッピーが炎や雷の力を使ったことで失望に変わっていた。あかねも視線を地面に向けていると、なおがみゆきに向けて言葉を出した。
「みゆきちゃん。ひとつ聞かせてほしいんだ。あたしたちがプリキュアになる意味って何だったの」
心境は、おそらく自分と同じだろう。しかし、ほぼ成り行きでなったあかねと違って、なおは明確に誘われたことのある。そして一度断った。その後みゆきがしばらく暗い顔で悩んでいたことはあかねは知っている。みゆきは本当に自分にプリキュアになってほしかったんだということを、なおは強く理解しているはずだ。そう考えれば、むしろ自分よりも強い失望を感じているのではないか。
みゆきは黙り込んだ。
彼女は今何を考えているのだろうか。自分の考えを整理しているのか、教えていいこととそうでないこととの振り分けをしているのか。それとも、言い訳を考えているのか。
あかねは、みゆきが分からなくなった。
数秒経ってみゆきはぽつり、と回答した。
「━━それは、今目の前にいるなおちゃんがとても可哀そうになるもの」
みゆきは何かを隠していた。それが発覚した昨晩からの今朝。様子が変わったみゆきが、この隠し事のせいで自分たちにうまく説明できないことがこれから先あるだろうとは思っていた。
「可哀そう.........? あたしは一度みゆきちゃんの誘いを断って、でもそれをやめて、私は家族とみゆきちゃんのためにプリキュアになったの。やよいちゃんだって一度断ったって聞いたよ。それでもあたしたちは可哀そうなの? むしろ今みゆきちゃんがやった、あたしたちがみゆきちゃんに頼られて使った力そのまま使って一人でコアソウルを倒したってのを見せられた。それであたしたちはもうプリキュアになるな? そんなあたしたちのほうが可哀そうなんじゃないの?」
ズバズバいうなあ、と思いつつもあかねはなおの言葉にすべて共感した。
みゆきは黙りつつも、おもむろにかぶりを振った。
「ううん。みんなは怒って当然だと思う。だからみんなは可哀そうじゃない。むしろ、みんながただ私が言う通りプリキュアになって戦うことのほうが、可哀そうだと思う」
「わけがわからないよ」
なおの困惑は当然だ。
するとやよいがみゆきに話しかけた。
「みゆきちゃん。だったら教えて。昨日私たちに隠したことを。どんなことでも、私たちはそれを受け入れるから」
震えるような声で訴えかけるその眼は揺らめいていた。
今、みゆきと4人の確執をなくすには、みゆきが隠す真実を打ち明けることに限るだろう。
「うちも、教えてくれ」
みゆきに向かい、言う。
自分はみゆきと喧嘩なんかしたくない。
「あたしも聞きたい」
なおは頷く。
その奥でまだ一度も口を開いていないれいかは、俯き何かを考えていた。この状況でも、みゆきに真実を言われるべきなのか考えているのだろうか。
「私は━━どちらでも」
かすれる声で放った言葉。
れいかはプリキュアに流されるままなろうとした。一度なれなかった。そうして自分は他と違いプリキュアになろうとする意志がないのだろうかと思い詰めることもあった。そして自分たちの前に再び現れた瞬間には、何があったのか分からないが、プリキュアになりたいという決意が見えたのだ。
そして今日。れいかは一度しか変身していない。
自分の意志でプリキュアの力を手にしたと思えば、もう二度と変身しないでと告げられたのだ。
あかねは自分がその立場なら、今よりもっと強い怒りを覚えるだろう、と考えた。
だけどれいかはそんな表情は無かった。
「━━でしょ」
その時、みゆきの声が聞こえた。
「言ったでしょ。言わないって。私は、今私の前にいるみんなに、自分らしく生きてほしいの」
自分らしく生きるとはどういう意味なのだろうか。あかねは疑問に思いながらも、みゆきのやよいの会話は続く。
「どうして?」
「言えない」
「じゃあそう思ったのはいつ?」
「昨日の晩。みんなが帰った後」
「ほんとに?」
「うん」
そこであかねは、昨晩自分たちが星空家を去った後、みゆきにとって何か変化があったのだろうという確信がした。
今度はなおがみゆきに質問した。
「じゃあ。あの力は何? みゆきちゃんが風や氷を操っていたように見えたけど」
やよいはまだ混乱しているのだろう。それに比べて、なおは怒りを露わにしていた。もちろんあかねもみゆきに対する失望を感じている。
「それは、私でも分からない。今まで使えなかったのに、突然、使えるようになったの」
「あたしがプリキュアになった時は使えなかったってわけ?」
「うん」
今みゆきが言ったのは事実だろう。マーチの俊足や風の力を使わなければ、あの《陸上魔女》は倒せなかっただろう。ハッピーがあの場面では使えなかったと考えるのが妥当だ。そして、なぜ使えるようになったのかも不明らしい。これも事実だと思う。いや━━思いたい。
今のみゆきはただ、こちらが求める情報に対して固く口を閉ざしている。
そんな状況で《分からない》は、分かっていないふりをしているだけなのでは疑問に思われても仕方がないだろう。
だが、みゆきがもともと嘘つきではない。そして嘘をつこうとしてもできないことが昨日の一件から想像できる。
それでもこんな溝が生まれてしまった。理由は単純だ。
「なあ。みゆき」
あかねは自分の失望を、口にする。
「教えてくれるだけでええんや。やよいの言う通り、うちらは、何があっても真実を受け止めたいんや。明日地球が滅ぶとか、みゆきが実は宇宙人だったとかでもええ。だからお願いや━━。うちらを━━信じてくれ。なおもやよいもそう思っとる」
みゆきと初めて会った時、あかねは転校生としてこの街に来たみゆきを、同じく転校生だった自分と重ねた。だからこそ、みゆきの「自主練をしよう」という誘いは断れなかったし、自分の体の疲労も無視をした。だがその判断は間違いだった。肝心の試合で活躍することはできず、あかね自身もみゆきも悲しませた。だからこそあかねは、できる限るみゆきに隠し事はしないと決めた。変に言うことを我慢したくないとも思った。やよいを無理やり説得しようとするみゆきを一度諫めたのもそのことがあってこそだ。
━━なのに。どうしてみゆきは黙っているのだろう。これだけ自分たちが「話してほしい」と頼んだいるのに。どうしてみゆきが思っていることを口にしてくれない。
「でも、れいかちゃんはそうじゃないんだよね」
それでも真実を告げないみゆきに、どこかあきらめのようなものを感じ始めていることに気が付いた。次第にこの空気にも悪い意味で慣れてきて、嫌なことを考え出す。テストどうするかとか、バレーの練習をどうするかとか。
ここで、叫んだのは、少々意外なのはやよいだった。
「今の、嘘なんでしょ! それは、言わない理由を探し出したものなんでしょ!」
今の言葉がその場しのぎに聞こえたのだろう。しかし、みゆきも言い返す。
「嘘なんかじゃない。噓なんかじゃないよ……!」
みゆきの言葉にも次第に熱を帯び始めていた。きっとみゆきも混乱し、苦しんでいるのだろう。そんなもの、言えばよくなるはずなのに━━。
「じゃあ教えてよ!」
「教えられないって! 私は、みんなのために黙ってるの!」
二人の言い争いはヒートアップしていく。
「嘘!」
「噓じゃないよ!」
「嘘じゃないなら言ってよ!」
そしてみゆきは昨日みたいに妙なことを口走った。
「言わない! それに、クラスのみんなを騙したやよいちゃんの方こそよっぽど━━!」
瞬間、みゆきは口を塞いだ。
やよいが、クラスに嘘をついた。はたしてそんなことがあっただろうか。
みゆきの目は大きく開けたままだった。両手が口元のまま静止している。それは今の発言が本来言ってはならないことを示すのに十分すぎた。
「みゆきちゃん━━」
やよいの頬から雫が垂れるのを目にした。
確かに、やよいはみゆきにも嘘をついているといった。それはみゆきが頑なに口を閉ざすことへの、疑問、困惑から言ってしまったのだろう。
「違う、違うの」
言ってしまった、とみゆきは後悔の表情を浮かべる。よろよろと、自分が泣かせた少女のほうへ歩き始めた。
「何が違うの」
なおがやよいにハンカチを渡していた。そのままキッとみゆきに目を向ける。
「それは━━━━」
みゆきは足を止め、俯く。
「みゆきちゃんは友達を泣かせたのに、その弁明もできないの」
なおの問い詰めに反論することなく、やよいを泣かせた彼女は立ちすくんでいる。ここまでして、どんなかたちであれ親友を傷つけても尚答えないのか。
「……いいよ」
掠れた声でやよいが話し始めた。なおからもらったハンカチで涙をぬぐう。
「私のほうこそ嘘ついてるでしょっていったし。ごめん」
やよいもう何も言うことはなかった。みゆきに背を向け、校舎の中のほうへ歩いていく。
「先生に見つからないようにいこう」
なおもやよいについて学校の中に消えていく。
残りはみゆき、あかね、れいかだけの3人になった。
しばらくしてみゆきが歩き出す。あかねはちらりと彼女の顔を見た。精神的に激しい消耗をしているのは明らかだった。まるで呪われているかのように、目の光がたゆたい、無表情のまま歩いていった。
ふと自分と、目があいそうになった。あかねは思わず視線をそらしてしまった。
これから自分は教室に戻るが、自分の後ろにみゆきがいる。それだけでなく、プリントを後ろに配るとき、自分は後ろを向かざるを得ないのでまた目が合うかもしれない。そう考えると、あかねは億劫になっていることに気が付いた。気まずさが自分を襲う。
みゆきと会いたくない。自分とこの街に転校してきて、友達を求めていたはずなのに。
今屋上を出たらみゆきの背中を見ることになるだろう。それも耐えられない。
それを防ぐために、あかねは物静かに立つだけのれいかのほうに歩き、語りかけた。