城の食堂は、その壮麗さと豪華さで訪れる者を圧倒する場所だ。重厚な扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのは広大な空間に並ぶ長い大理石のテーブルだ。テーブルの表面は磨き上げられ、滑らかな手触りと冷たい感触が手に伝わる。大きなシャンデリアが天井から吊り下げられ、無数のクリスタルが光を受けてきらめき、その光が床や壁に美しい模様を描き出し、幻想的な雰囲気を醸し出している。
ジラはこの豪奢な食堂の椅子に座る。無意識に拳を握りしめた。彼の心には混乱と苛立ちが渦巻いていた。なぜなら、自分の前のいる少女マリの態度が気に食わないからだ。机をくっつけて並べ、そこにマリは仰向けに寝転がっている。
「ああーーーー」
という長いため息が聞こえた。
「それで、また引きずってるんですか?」
「私がプリキュアを揃えちゃったからね」
マリは体を起こす。ジラの前に座り、だらっと顔を机につけて、両手を前に伸ばした。
ジラが困ったように肩をすくめた。
「じゃあ、今日は自分で行けばよかったじゃないですか。わざわざヒオリさんに行かせなくても」
ヒオリの当番の時にマリは代わりに向かったが、そこで5人のプリキュアが揃ってしまったのだ。そのことにマリはショックを受けている。今回ヒオリがコアソウルを使いに向かっているが、それはその時代わってもらった代わりでもある。
「それはね…今、マリはいろいろ考えてるの」
マリは少し曖昧な口調で答えた。
ジラはその曖昧さに苛立ちを覚えた。計画が不確実なものであってはならない。使命がある。そのために緻密な計画を立ててきたのだ。しかもそれが自分たちの存在理由である。
「何をです?」
その問いに、マリは少し考え込むように口をつぐんだ。
「せっかくマリがプリキュアを増やしたから、減らそうとしているの」
その言葉が広間に響くと、背後から重苦しい足音が近づいてきた。
ジラはその足音に振り返った。そこにはヒオリが立っていた。
「ヒオリさん」
「ちょうど3分くらいかしらね」
ヒオリは時計を見ながら言った。机の上にはカップラーメンが置かれていた。熱湯が入れられ、半開きの蓋をもう一度閉じ、平べったい皿を上下逆向きに、蓋の上に置かれておる。
ヒオリはジラの横に座る。皿を取り、蓋を全部取ると、中から湯気が舞う。持っていた割りばしで、ラーメンをすすり始めた。
「カップラーメン好きなんですね」
呆れるような態度を見せるジラに対して、ヒオリは少し満足げに答えた。
「ええ。いくら食べても太らないし最高よ。しかもできるまで速いし、おいしいし、片付けも簡単ね」
ジラはその光景を冷静に見つめていた。彼にとっては、目的を果たすことが最優先であり、そのためには余計な感情は不要だと考えるようにしている。
「あ、それと、一つ報告があるわ」
ヒオリの声が少し真剣になる。
「なんですか?」
その言葉に、マリも顔を上げてヒオリに集中していた。
「キュアハッピーがが一人で戦ったということを報告したいの」
その報告に、一瞬の沈黙が広がった。
ジラはその報告に眉をひそめた。
「一人で戦った」
「ええ」
ヒオリはラーメンをすすりながら、先ほど彼女が見たものを言った。
キュアハッピーは、コアソウルと戦おうとする。すると、彼女のソウルフルパクトは他のプリキュアたちの力を吸収していった。日野あかねたちはハッピーに協力しようとするが、みゆきは「みんなはもう戦わなくていい」と言い放ち、一人で戦う。そしてキュアハッピーは本来他のプリキュアたちの力を使って、コアソウルを打倒したのだ。
「なるほど。予定外のことが起きたのかーー。帰ってくるのがオニハヤだったから、何かあったのかなーーなんて思ったけどそういうことだったのね。なら仕方ない仕方ない」
オニハヤとは鬼のように速いということだ。
「マリさん。この前の失敗を許してほしいんですね」
「そ、そうかなーーー」
ジラの鋭い指摘にマリはあたふたし始めた。
ジラは視線を再びヒオリに移した。
「キュアハッピーが他のプリキュアの力を使った? それはどういうことなんでしょうか?」
問いかける声には、驚きと困惑が混じっていた。
「言葉通り。キュアサニーの炎の力などを使ったわ。まあ、他のプリキュアのパクトを吸収したのが原因でしょうね」
「しかし、疑問があります」
ジラは目を光らせ、疑問を二人に共有する。
「僕と戦った時、キュアハッピーはそのような力を使いませんでした」
「私も、今までの戦いにそんな力はだせそうになかったわ」
そういうや、ヒオリはラーメンの汁をすすり始めた。
ジラは考える。自分が魔女のコアソウルを作って町中をインターバル走させたが、キュアハッピーは明らかにマーチの力に頼っていた。彼女はキュアマーチの風の力を使えなかったと考えるのが妥当だろう。
「そういうことでしょう」
「さあねーー。ま、私たちも《あの力》は未知数と言われていたしねーー」
マリはスマホを触りながら軽く反応した。
「そもそも、《あの力》とプリキュアとどんな関係があるのでしょうか?」
ジラが呟く。その問いには、答えがないように感じられた。
「さあね」
もう一度マリが答える。
ジラはその答えに満足できなかった。彼は常に確実な情報と確固たる戦略を求めていた。みゆきの存在が不確定要素である以上、彼はその情報をもっと深く掘り下げる必要があった。
「ところでマリ。私が来る直前に言ってたその、プリキュアの力を減らすって具体的にどういうこと?」
ヒオリは、ふと真剣な表情でマリに問いかけた。
ジラはその質問に耳を傾けた。彼にとっても重要な情報だった。
「あーーーそこにいっちゃう?」
マリは笑顔のままヒオリに目を向ける。
「マリがプリキュア増やしちゃったから、減らそうかなって思ってたの」
「減らすって……」
「シンプルに、他のハッピー以外のプリキュアを再起不能にするだけだよ」
するとマリは右手でピースを作り、二人に見せる。
「でも、色々問題点ができちゃって……」
「問題点……ですか」
「うん。まず一つ。そもそもプリキュア今、キュアハッピーの一人だけってことでしょ。ハッピーを私たちが完全に消せない以上もう減らすことはできない。そして二つ目、私たちが他のプリキュアを再起不能にしても、その力は残ってて、またハッピー以外のプリキュアが生まれるかも、ということかな」
「つまり、二人目のキュアサニーが生まれるってことかしら?」
ヒオリの問いにマリは頷く。
「そ。正確には同世界の別人で、って感じだけどね」
するとマリは立ち上がる。
「じゃ、マリは寝てくるわ。なんかプリキュア減ったことですし、マリもやらかしもなかったことに━━」
「なりませんよ」
「ちぇーー」
ジラの再三の指摘に、マリは口をとがらせる。
「では一つやってもらっていいですか」
「何よ。また何かの実験?」
嫌そうなマリに、ジラは不敵な笑みを浮かべた。
「そうです。明日でいいですので、《天才》のあなたにやってほしいことがあるのです」
「わ、私が.........《天才》?」
「ええ。もうプリキュアが増えないとも限りませんが、可能性は潰したいです。それに、あなたのいう心配の検証にもなりますね」
ジラの目には深い闇がうっすらと宿っているように見えた。
***
私があかねちゃんたちにプリキュアについて教えるために、自分の家に呼んだ。
だけど、自分が隠しごとをしてることがバレてしまった。
その後、お母さんが作ってくれた夜ごはんを食べた。お母さんは少々作りすぎてしまったといっていたが、なおちゃんがいるので問題は無かった。
私は、みんなに心配をかけまいと、先ほど感じた罪悪感などを押し殺しながら食べた。
そのうち会話が弾んだ。とくにあかねちゃんの話には思わずどっと笑いが溢れた。
そこからは、私が”前の世界”に置いてきたと思っていた5人での会話だった。心を許して行う友人同士の会話を心から楽しんだ。食事が終わっても会話は続く。食器を洗うお母さんの後ろで、お父さんが買ってきてくれたジュースを飲みながら時間も忘れて笑いあった。
そんな中、私は遅らせた回答について考えることはできなかった。
みんなが家を出た後、布団の上に寝そべりながら、そんな私は最低な人間なのかと一瞬考えてしまった。
だけど、今の私にそんな自虐的な考えは許されないだろう。私は彼らに、私が隠す真実を述べるかどうか、結論を出そうとしていた。そうして布団の上で思考を重ねようとする。
もう一人の私か。
ふと思い出したのは、バッドエンドプリキュアのこと。
ウルフルンたちバッドエンド王国の3幹部、それと世界中の誰しもが持つ悲しみ・孤独・憎しみの心。世界の絶望とプリキュアのデコルを混ぜ合わせて出来たのが私たちの《偽物》。
だけど、私が想像しているのは、別の世界の私。全く同じ顔、全く同じ姿の自分。
頭の中でイメージする私の姿。
私は真っ暗闇の中で一人立っている。学校の制服を着て、黄色のリボンで横の髪をグルグル巻きにしている。そしてその先には《もう一人の私》がいた。服も、体格も、顔も同じだ。無表情のまま、私の前に佇んでいる。
すると《もう一人の私》は、私と同じ笑顔になった。そして私と同じ声で言いおぼえのある発言をした。
「私の名前は星空みゆき。ハッピーな事が大好きで、皆と笑顔で居ればきっとキラキラした未来が待ってるって信じています」
それは私を私たらしめる私の《芯》の部分だ。
でもそれは私ではなく、《もう一人の私》。私と同じ《芯》を持っている。
私はそう考えると、つい思考を止めた。真っ暗闇の空間とそこにいた二人の私は一瞬で消え去り、気が付けば真っ暗な自分の部屋が横向きに見えた。
そして私は気が付いた。思考が消えた理由は私がその思考を止めたかったからだ。
私は嫌だったのだ。私以外に、私がいることを。私は約15年前に”あの世界”で産まれ、転校を繰り返す中で、あるときは鏡の妖精さんや、小さい頃に見つけた絵本の主人公に大切なことを教えて貰ったりしながら、七色ヶ丘にやってきて、みんなと出会った。
彼らとの思い出が胸の中で響く。
『ウチは誰にも頼らん! ……って何時もなら言うんやけど……お願いしよかな?』
『ロールプレイングゲームみたい!! 街の人から情報やアイテムを貰ってマップ片手に旅するの!』
『みゆきちゃん、あたし達良いチームになれそうだね』
『皆と別れて離れ離れなんて……そんな、そんなの、そんなのやだぁ!』
それは私の変えようのない過去であり、私がこれまで進んできた道だ。その思い出は代えることはできないだろうし、できたとしても代えさせることはできない。つまり私はそこに、どこか《誇り》のように感じていたのだ。だからこそ私は、別の自分にでさえその思い出を奪われたくなかったのだ。
私は私だ。唯一無二の存在だ。
じゃあ私が、”この世界”でやっていることはなんなのか。
私はどうして”この世界”のあかねちゃんたちにプリキュアになってほしいと誘ったのか。それは間違いなく、”前の世界”でもプリキュアだったからだ。彼女たちからしたら、自分たちは《代わりの存在》であるのではないのか。
━━━そのことを彼女たちに伝えたとしたら。
彼女たちの立場はこうだ。
別世界の自分は、みゆきと友達で、プリキュアだった。だから自分たちは同じようにみゆきと友達になろうと誘われ、プリキュアに選ばれた。
━━もしかして私はとんでもないことをしてしまったのか。
私は強い自己嫌悪に襲われた。
”この世界”のみんなは、様々なところで変化があった。
あかねちゃんは、少し試行錯誤がちで、
やよいちゃんは、将来の夢がイラストメインで、
なおちゃんは、生まれてくるのが妹じゃなくて弟で、
れいかちゃんは、入っている部活が違っていた。
同じ顔、同じ姿、同じ声、同じDNAの人間が別の世界にいても、私と同じように、彼女たちは唯一無二だ。そんな彼女たちに私は《代替品》同然の扱いをしている。私は、彼女たちの尊厳を傷つけている。
━━私は最低な人間だ。
布団の中でぎゅう、と顔がこわばった。
私は彼女たちに何をするべきだったのか。これから何をすべきなのか。
同じプリキュアになってしまったみんなは私が真実を告げない対象で、他に”この世界”でプリキュアのことを知っている存在は、もうコアソウルを生み出す彼女たちしかいない。私は誰にもこのことを伝えられないことを悟った。
”前の世界”ならば、私はまず誰に気持ちを告げるのか。
深い孤独感の中、今は姿すら見えない親友の名前を呼ぶ。
「キャンディ……」
だがその言葉は、布団の中で反響するだけで誰にも届くことはなかった。
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