「ねえ、星空さん」
昼休み。私がトイレから戻っているとき、担任の佐々木先生が話しかけきた。
「どうしたんですか」
「もしかして、日野さんたちと何かありましたか?」
私は驚いた。特に気にしたことのない話だが、女子は男子と比べてグループで行動することが多いらしい。それで、あるグループに所属していた子が、あるときから一人で行動するようになったとしたら、それはグループ内でなにかあったと考えるのが普通だとか。
最近私は、あの一件以降みんなと話していない。目の前の席のあかねちゃんともだ。
その様子をみた先生が私に話しかけてきたのだろう。
「もしかして、ハブられたとか.........」
「いえ。みんなそんな人じゃないのは、知っているでしょう」
私は愛想笑いで答えた。
だけど、今の言葉に私は確証が持てなかった。
本当に、みんなはそんな人じゃないのか。私の知っているみんなとは違うことを悉く思い知らされ、いつしかそう思うようになってしまった。それは、私の目の前に立つ佐々木先生もそうだ。”前の世界”のように、優しいところもあって、でも厳しいところもある良い先生なのだろうか。私はそれを考えられずにはいられない。
これを人間不信というのだろうか。私は周りの人が、本当に私の知るひとなのだろうかと思うようになってしまった。それは、私が裏切られたからか。いや、自分が勝手に期待して、裏切られたような気分になっているだけだ。この世界の人たちは、全員がオリジナルで、唯一無二のはずだ。別世界の、同じDNAを持っているだけの人とは別人だ。そんな人たちと同一だと、私が勝手に決めつけていただけのこと。
だとしたら、私が持つこの孤独は、そんな過ちを犯した自分への罰なんだろう。
「そう。ならいいのですけど.........」
佐々木先生は去っていった。それを見送りながら私は教室へ戻る。
教室を見ると、さっきはいなかったあかねちゃんがいた。
私と目を合わせそうになった途端、目を逸らされた。
━━可哀そう.........? あたしは一度みゆきちゃんの誘いを断って、でもそれをやめて、私は家族とみゆきちゃんのためにプリキュアになったの。やよいちゃんだって一度断ったって聞いたよ。それでもあたしたちは可哀そうなの? むしろ今みゆきちゃんがやった、あたしたちがみゆきちゃんに頼られて使った力そのまま使って一人でコアソウルを倒したってのを見せられた。それであたしたちはもうプリキュアになるな? そんなあたしたちのほうが可哀そうなんじゃないの?
なおちゃんの言葉が頭に浮かび上がる。それは、私に抜けていた観点だった。一度みんなは私の誘いに乗り、共にプリキュアとして戦う道を選んだ。でも私は拒んだ。何も説明せずに。なおちゃんたちはどんな心境だったのか。
あれから私は、なおちゃんとは話していない。あかねちゃんともだ。れいかちゃんは挨拶だけ。唯一私と会話といえるようなやりとりをするのは、やよいちゃんだけだった。
私はあかねちゃんと会話をすることなく、席についた。
これから何をしようか。読むような絵本など“この世界”では持ち合わせてはいない。今はテスト週間であるが、勉強などする気になれない。私は机に突っ伏せ、ただ時が過ぎるのを待つ。あまりにも時間が長く感じた。私だけ、時間の進み方が違っているようだった。
***
やよいにとって、みゆきが何を隠しているかなんて、関係なかった。自分はただ、みゆきとの関係を終わらせたくなかった。
放課後。みゆきはホームルームが終わると、すぐに教室をでた。そこから向かう方向は玄関とは逆のほう。となればみゆきが行くところと言えば、図書室だろう。勉強しにいくのだろうか。テスト週間の今、図書室で勉強をする生徒は少なくない。だがみゆきだ。絶対違う。
おそらく、絵本でも読みにいくのだろう。
やよいはみゆきと話がしたかった。それはこの前のことも話したいし、何気ない会話もしたかった。プリキュアのことが絡む以上、二人きりでないとまずい。そう考えたやよいは、みゆきが下校する時刻まで、校門に張り込みをすることにした。
校門では下校するあかねの姿があった。もの寂しげにかえっていった。
ともに下校するなおとれいかの姿もあった。普段と変わらないように見えたが、この前の一件もあり、会話の内容はもしかしたら重苦しいものなっているかもしれない。
一時間ほど経った。校門に立つやよいは、ついにターゲットの姿を捉えた。
ロックオン。
ターゲットは次第にこちらに気が付く。そしてこちらを向く。ゆったりとペースで、歩き、自分の前へ。
「やよいちゃん.........」
疲弊しきった表情から、みゆきの精神的疲労の度合いが見て取れる。
「少しお話しようか」
みゆきに微笑みかける。だがプリキュアである彼女の表情はやつれたままだった。
「いいけど。言わないよ」
何を言わないのかはすでに理解している。
「うん。それでもいいよ。私はみゆきちゃんとお話がしたいだけなんだ」
そうしてやよいは歩き始めた。こういわれたら、みゆきも断れないだろう。
二人は肩を並べて歩く。
「どう? 最近は?」
「べ━━」
別にと言いたかったんだろうが、みゆきはすぐにかぶりをふった。
「本当は、辛い。どうしてこんなことになっちゃったのだろうって最近はずっと思ってる……」
これがなおに聞かれでもしたら「言えばいいじゃないか」と言っているはずだ。だがそう問い詰めたところで、みゆきは話そうとはしないだろう。
「どうして? 言える範囲でいいんだよ」
みゆきはあの時、「嘘つきはやよいちゃんのほう…………」と言いかけて、はっとした。その反応はその前日。れいかが"別の世界"というものに触れたときのみゆきと反応を彷彿とさせた。
だがやよいは、特段嘘つきと言われるようなことをしていない━━はずだと思っている。あれはただ、みゆきが口走っただけ、「やよいが嘘つき」という言葉こそが嘘であるのかもしれない。
━━だが、こちらから触れてはならないだろう。
それでも、あの発言はみゆきが隠す真実と大きな関わりがある可能性が大きいからだ。
そのみゆきは今、やよいの隣で何かを考え込んでいる。それからどれくらい経っただろうか。数十秒だろうが、数時間のように長い時間が過ぎた後に、みゆきはぽつりと呟いた。
「どうして自分がって言ったけど、本当は分かってる。私がもっと、みんなをプリキュアにすることの愚かさに気づいていなければ━━━━」
「でも、これまでの戦いを思い出して。マーチやビューティが変身しなければ、私たちはあの戦いに勝てなかったと思うよ」
「確かに━━━━」
やよいの言葉に、みゆきははっとする。あかねかられいかたちがが初めて変身した時では、4人からプリキュアの光が消えた時にハッピーが使った、他プリキュアの力は使えなかったのは事実だろう。みゆきが口を閉ざすことで、あかねたちが何が正解なのか分からなくなっているのはわかる。だが、やよいはみゆきのいうことはすべて真実だと無条件に思えた。
それは自分が、ただみゆきと友達でいたいという、利己主義的な考え故のことなのだろうか。
だけど、みゆきは震える声でやよいに訴えかける。
「それでも.......私は言えないよ。これは、言っちゃダメなことなんだ.......」
みゆきは苦しんでいる。自分たちをプリキュアに誘い、世界を脅かす存在と戦う道に導いたその責任を感じているのだ。
みゆきが嘘をついていないと思えるのは、自分がただみゆきとの関係をもとに戻したいからだ。そのために彼女の言葉が本当であると思いたいのだろう。
そして、みゆきとなおたちとの関係を戻すことができる一番の方法は、隠していることを謝罪と共にすべて話すことなのだろう。
いや、本当にそうなのだろうか。もしみゆきの隠すことがなんら心配するようなことでないこと、つまりなおの言う通り誰しもが「言えばいい」というようなことだとしたら。5人の関係はもとに戻るのだろうか。
だがそこから先は分からない。自分にはまたみゆきと仲良くしたいと思っている。そしてあかねたちとの関係ももとに戻したいと思っている。だが、それ以上に大切なことはあるのかもしれない。完全に関係がもとに戻ることよりも大切なことが。
みゆきが秘め事を明かし、本当に大ごとだとやよいたち4人が思うことが、最も手っ取り早く仲直りできる条件だろう。やよいは、その未来を自分はただ実現させようとしているだけ、つまり自分の感情だけで動いているように見えた。
みゆきが自分の行動の重さに押しつぶされそうになっているのを見て、やよいは自分のほうこそ責任がないのだと思った。
やよいは正解が分からなかった。だからせめて、今のみゆきの言葉を聞こう。
「みゆきちゃんの言葉は、全部真実だと思う。だから教えてほしい。みゆきちゃんはどう思っているの━━━━。罪とか責任とか関係ない、みゆきちゃんの気持ちを━━━━」
またもやみゆきは黙るのかと思いきや、今度はすぐに答えてくれた。
「私は━━━━」
「私は?」
「みんなと一緒に戦いたいよ━━━━。また.......みんなで.......プリキュアをしたい.......」
悩まず言ったわりには、ひねり出したように発せられた言葉。
「わかった」
それを全員に伝えよう。
やよいはそう決意をする。
━━それがきっと私にできること、しなきゃいけないこと。
やよいはそう信じた。
***
明日は定期テストだ。
なおはれいかに勉強を教えてもらったので、社会以外は、大丈夫だと信じたい。社会はすでに絶望している。
学校中がテストの雰囲気であるのに嫌気がさしているのは、あかねもやよいも一緒だろう。
そしてみゆきも━━━━。
一緒に社会の補修を受けたことがあったので、みゆきが勉強が苦手だということは容易に想像できる。昨日は家で必死で勉強していたのだろうか。それとも━━━━。
だが今ここにみゆきはいない。彼女は教室で一人で弁当を食べているだろう。対して自分は屋上でれいか、あかね、そしてやよいとお弁当を食べている。
やよいからのお誘いだった。何やら話したいことがあるのだろうということは分かっていた。そしてその内容も。
なおは、みゆきが自分からプリキュアの力を取り上げたことを思い出すたびに胸がちくりと痛む。
どうしてみゆきは話してくれないのか。なぜ隠し続けるのか。
あの朝、屋上の一件でみゆきはつい口を滑らせやよいを泣かせた。みゆきにとって彼女は大切な友達だろう。なのにどうして、謝るだけで、隠すことを話さないのか。それほどまでに重要なことなのだろうか。みゆきにとっては重要なのだろう。頭では理解できるも、納得がいかないことだった。
あそこからみゆきとの距離は広がり、最近は挨拶の一つも交わさない。みゆきのほうから自分たちを避けているようにさえ思えてくる。まるで、自分たちとの関係さえ否定してくるようだ。自分たちはプリキュアで繋がったチームのはずなのに。チームの絆を壊してまで自分たちの関係を壊すのか。
なおにとってみゆきは分からないことだらけだった。
「みゆきさんのことでしょう」
ふと、4人が屋上のベンチに腰掛け昼食を獲り始めるや、れいかが口にだした。
「うん」
やよいが頷いた。
もともと静かだった場の空気が、冷えていくのを感じた。
なおはこれほどまでに気まずいと思ったことはなかった。人間関係のいざこざが発生した時は基本的に自分が介入して止めていた。自分ではどうしようもできないような、両親同士の喧嘩は見たことが無い。
どうしてこうなったのだろうか。
それは━━、みゆきが━━━━。
その思考を断ち切るように、やよいが話し始めた。
「昨日の放課後、みゆきちゃんと話したの」
「みゆきと.......!」
あかねは驚いていた。席がちょうど前後同士の二人の会話は見たことがない。そればかりか、お互いに目を向けることは無く、教室の前を向いて黙るだけの姿がよく見えた。その様子になおは常に居心地の悪さを感じていた。
「そうだよ。私、みゆきちゃんが今どう思っているかを聞いてきたんだ」
「マジか..............」
あかねの表情には、驚きの後に自責的な表情を浮かべた。
「何を言っていたんだい? 隠し事は話さなかったの?」
なおは冷ややかに尋ねた。
「ううん。どう思っているかだから、みゆきちゃんの気持ちだけ」
「そう」
やはり、なおの期待した回答では無かった。
どうしてなんだ。
なおは幾度となく、みゆきに対する疑問を持った。そう考えるたびに、胸が押しつぶされるように痛くなる。
「みゆきは何て?」
あかねは、やよいから伝わったみゆきのことを知りたいようだった。ただ、自分をプリキュアに誘い、だが今その力を取り上げた彼女を理解したいというようだった。
やよいは表情を固めた。より真剣に、友達の言葉を告げる。
「みゆきちゃんは、苦しんでいた。多分、私たちの想像よりもずっと」
「想像よりもずっと……?」
あかねの反応に、「うん」と答え、やよいは続ける。
「みゆきちゃんは、私たちをプリキュアに誘ったことに強い責任を感じていたの。でもあるとき、ううん。あの日、私たちがみゆきちゃんの家を後にした後、それが如何に愚かなことかって気が付いたって」
なおは思わず、やよいの言葉を遮った。
「でもそれは、みゆきちゃんが真実を口にすれば━━━━」
自分たちの関係よりも大切な、言えないことなんてあるのか。なおにとっては分かりきった答えだ。なぜそこまでして、隠そうとするのか。
だが今度はやよいが、なおの言葉を上から重ねる。
「みゆきちゃんは.......! 声を震わせながら、辛いけど、言えないことだって言葉にしていた! 本当は、みんなに言いたいって言っていたの.......! それなのに、自分が悪いって、自分に責任を押し付けて、苦しんでいたの!」
となると、あの日から今まで、いや自分たちが何もしなければこれからもずっと、みゆきは自分に与えた罪を感じていた。
なおは考える。自分は今まで、一度も自分の責任を感じたことがあっただろうか。
いや、心の中で、今の状況の原因は、すべてみゆきにあると思っていたのだろう。自分がいままでみゆきに対して説明を心の中だけで求めてきた。それは、自分に責任は無いと思い込んでいたからなのかもしれない。
だがこれまでなおは、みゆきと会話をしようとしてこなかった。正直にいうと気まずかった。
でもそれは単に自分が諦めていただけ。いや、なおが説明を要求しても、みゆきは答えず、いつしか自分は要求を諦めた。そんな状況を求めていたのだろう。その気まずさに立ち向かおうとせず、責任を逃れようと、いや責任を感じることもなくみゆきを苦しめていたのだろう。
今教室で独りで弁当を食べているみゆきの心のことを、本当に自分は考えたのだろうか。
そして、自分の気持ちをみゆきに言おうと検討することはあったのか。
「でも私は何も分からない。何が正しいのかなんて分からない。みゆきちゃんが話すことのほうがいいのかもしれないし、話したところで今のわだかまりは消えないかもしれない」
やよいの声も震えていた。
なおは彼女の肩を持ち、寄り添う。
「そうかもしれない。でもこれだけは分かる。あたしは、みゆきちゃんのことを知ろうとしなかったんだ。決めつけて、理解をしようとしなかったんだ。事実だけを求めて、心を知ろうとは思わなった」
一度もなかった悔恨の言葉を今なおは口にした。
「そうや」
彼女に反応したのはあかねだった。
「知ろうとしなければ、何も起きない。なにも理解することはできない。うちはただ、みゆきとどうすれば話し合えるか考えるばかりで、ぶつかろうとはしなかったんや」
あかねも自分の悔いを言葉にした。
だれの罪が重いかなんて問うことこそ、あまりにも野暮すぎる。
「それに関して、一つ言いたいことがあります」
突然、今までだんまりだったれいかが突然口を開いた。
「な、何や━━」
「みゆきさんが隠す真実の正体がつかめたかもしれません。これが事実なら、みゆきさんが口を閉じる意味も納得がいくのではないのでしょうか」
3人が一気に視線を向けた。
「ほ、本当に?」
なおは食いつくように聞き直すが、れいかは思いつめた表情だった。
「はい。しかし、大きな問題点があります」
「問題点ってなんや?」
「これを話すと、私は無責任に皆さんの気を害するかもしれません。ですが、みなさんにぶつけようと思います」
次第に真剣な表情になり、全員を見つめてくる。
「わかった」
一番に反応したのはなおだった。だが先ほどとは違い、真実に近づくことに抵抗感を感じた。いままでみゆきが隠すことは大したことではないと盲目的に思っていた、だが、やよいの言葉で真実が本当に大ごとであるのではと考えるようになった。
本当に言えない真実だったらどうする━━?
自分の心はどうなる。
━━これは恐怖?
あかねもやよいも聞く様子だった。
だが、知ろうとしなければ、なにも分かり合えることは無いのだろう。
なおはその一心で、恐怖を振り払い、れいかの言葉を聞く。
「では話します。まずみなさんは、もう一人の自分について考えたことがありますか?」