(1) みゆきの異世界転移
私は目が覚めた。薄いカーテン越しに射し込む朝日が、部屋の中を淡いオレンジ色に染めていた。外では鳥たちがさえずり、まるで一日の始まりを祝福しているかのようだ。静かな朝の静寂の中、布団のぬくもりに包まれながらしばし目を閉じる。昨日の夢がまだ頭の中に残っていて、心地よい気分に浸っていた。
「う〜〜ん」
布団の中で伸びをした。
時計を見る。今は午前七時。寝坊して遅刻寸前ばっかりだった頃からは、これでも成長したほうだと思う。辛いながらも、もそもそとベッドから脱出した。
部屋の中はまだひんやりとしていた。窓に近づいて、桃色のカーテンを開ける。日射しが一杯に部屋の中に入り込む。柔らかな朝の光が私の顔を包み込み、眩しさに目を細めるが、次第に慣れてくる。窓から見えるのは七色ヶ丘の街並み。そして空は雲一つ無い晴天。青い空に浮かぶ朝日が一段と輝いている。遠くには山のシルエットがくっきりと浮かび上がり、朝日の光が山々を金色に染めている。
新鮮な空気を吸い込む。澄んだ空気が肺に入ると、身体の中がリフレッシュされるような気がした。昇る太陽を見ながら、
「今日もきっと、ウルトラハッピーな日になるといいな」
自然と笑顔ができたのが分かった。胸の中に広がる希望の光が、今日一日を輝かしいものにしてくれるような気がした。
私は制服に着替えた。白いシャツに紺色のスカート。そして、桃色のネクタイ。制服のシワを丁寧に整えながら、鏡に映る自分に少しの勇気を与える。鏡の前でネクタイを結ぶ手が少し震えているのを感じながら、それでも今日が素敵な一日になるように祈った。シャツのボタンを一つ一つ留めていくとき、少しずつ気持ちが引き締まっていくのを感じた。
「みゆき〜〜。起きてる〜〜!? ご飯出来たわよ〜〜」
すると一階からお母さんの声が聞こえた。
「は〜〜い!」
私は1階に降りる。階段を降りる途中、木製の手すりの感触が手に馴染む。家の中はまだ静かで、朝の冷たい空気が心地よい。階段の木の音が、静かな家の中に響く。
焼き魚とお味噌汁の匂いがした。キッチンのドアを開けると、湯気が立ち上るお鍋や、整然と並べられたお皿が目に入る。お母さんが忙しそうに動き回る姿を見ると、私ももっと早く起きればよかったと少し後悔する。お母さんの背中には、毎日の努力と愛情が詰まっているのが伝わってくる。キッチンに入ると、お母さんが笑顔で振り返った。その笑顔は、まるで太陽のように暖かくて優しい。
「おはよう」
「おはよう、みゆき」
「おはよう」
お母さんが朝食の準備をちょうど終わらせてくれていた。
お父さんもスーツに着替えていて、そろそろ出勤の時間のようだ。新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
私は朝食を食べる。いつもの味がする。焼き魚の香ばしさ、お味噌汁のほっとする温かさ、そしてお母さんの作る卵焼きの甘さが絶妙なバランスだ。お米の一粒一粒に、お母さんの愛情が込められているような気がする。朝ごはんを食べながら、お母さんが作ってくれた料理の一つ一つに感謝の気持ちが湧いてくる。食卓には、お母さんの手作りの漬物も並んでいて、それがまた食欲をそそる。
「そういえばみゆき――」
お母さんが私に話しかけてきた。顔には心配の表情が浮かんでいる。
「何?」
「学校に行くの、緊張する?」
真剣に私を心配する眼差し。
「緊張? 嫌だなあお母さん。あともうちょっと経てば、引っ越してきて1年だよ」
いくら人見知りだった私のことを気にかけてくれていても、学校で友だちもできて、沢山のことを経験してきたわけ。さすがに今その言葉は心配症でしょ、と思っていたら。
「何冗談言ってんだみゆき」
お父さんが変なことを言ってきた。
「そうよ。昨晩は転校初日が怖くて寝れなかったんじゃないの?」
「あれ?」
お母さんの言葉を理解するのに時間がかかった。だって私は、七色ヶ丘中学校に転校してきて、友だちができて、プリキュアになって――あれ?
「あれれ? ちなみにお母さん。今日って、何年何月何日だっけ?」
「それは――」
お母さんの言葉を聞いた。
「えーーーーーー!!」
驚きのあまり、机を両手で叩き、立ち上がる。その拍子に汁椀が腕に当たり転がる。味噌汁がこぼれる。食卓中を広がるだけじゃ飽き足らず、机から落ちて私のスカートにたれてしまう。
お父さんとお母さんの困惑している。二人の顔には驚きと困惑が入り混じっていた。お母さんは慌ててタオルを取りに行き、お父さんは落ちた汁椀を拾い上げる。二人とも私を心配そうに見ている。
だけどこぼれた味噌汁も、驚く両親も、私は気にしてられる余裕はなかった。
今日は、私が七色ヶ丘中学校に転校してきた日、そして初めてプリキュアになった日だったのだ。
私は、タイムスリップでもしてしまったのか。部屋の中の時計の音が、いつもよりも大きく響いて聞こえていた。
「今日は、みんなの新しい友だちを紹介します。入ってきてください」
私は2年2組の教室の扉を開ける。そうすると、見慣れた教室と親しんだクラスメイトたち。だが、クラスメイトたちは。
「女の子か〜」
「どんな子なんだろう?」
━━え、みんな本当に私のこと知らないの?
「えっと、私の名前は星空みゆきです……」
教室中を見渡せば、当然いる。ずっと、友達であり、そして同じプリキュアとして戦ってきた仲間が。
教室の前に立つみゆきに向かって、
後方左に日野あかねちゃん。
前方やや左に黄瀬やよいちゃん。
右側中央に緑川なおちゃんと青木れいかちゃん。
何が起きたのか分からない。自分だけ過去に戻ってしまったような感覚。自分を目新しい表情で見ているクラスメイトの前で固まってしまった。
「それだけ〜〜?」
すると、聞き覚えのありすぎる声がした。
あかねちゃんが手を上げてこちらへ語りかけてきたのだ。
「え……」
そういえば、本当にここに転校してきた日もこうだった。あかねちゃんは、転校初日に緊張している私に対して、一番に反応してくれた。
「あかん。オチ無いやん。よっしゃ! うちが任せとき!」
あかねはみゆきの方に歩いてきた。
「星空ミタロー」
教室中が笑いで響き渡る。あの時を全く同じ流れだった。
その空間はほぼ真っ暗だった。目に映るのは、四方八方に星のように瞬く、様々な色の光と、漆黒の闇の中にぽつりと浮かび上がる一つの城だけだった。城の高い塔は光に照らされ、その姿が不気味に浮かび上がる。外観が白く無機質で、内部はまるで死の静寂が支配しているかのように静まり返っていた。
この城には、たった一つの目的のために存在する者たちが住んでいた。彼らは長い間、暗闇の中で密かに計画を練り、準備を進めてきた。そして今、その計画の最終段階が近づいている。城の廊下には、古い絨毯が敷かれ、壁には薄暗い灯りが灯されていた。
一人の女性が城の奥深くから現れた。彼女の歩みは静かでありながら、決意に満ちていた。長い黒髪を揺らし、冷たい石の床を音もなく進むその姿は、まるで亡霊のようだ。彼女の名はリーシェン。彼女の瞳には冷たい光が宿り、その目はまるで全てを見通すかのようだった。彼女は一歩一歩、静かにしかし確実に進んでいく。
「ヒオリさん。何しにいくの」
城の影からもう一人の女性が愉快そうに声をかけた。
ヒオリと呼ばれた女性は、足を止める。そして感情なく顔を呼び止めた女性のほうへ向け、言葉を投げ返した。
「聞いてるでしょ。世界を滅ぼしに行くのよ」
「そうだったね。でも、忘れないでね。私たちの最終目的を」
その声には、どこか警告めいた響きがあった。彼女たちの目的は単なる破壊ではなく、その先にある究極の目標に向かっていた。
「ええ」
かつての中国人のご婦人を彷彿とさせる装いの女性が、微かに頷いた。ヒオリは冷たい地面を進みながら、どこかへ向かって歩き続けた。彼女の後ろ姿は、暗闇の中に消えていくように見えた。しかし、その背中には揺るがない決意と共に、どこか悲しみのような影も感じられた。
ヒオリの背中が見えなくなったことを確認した。
「ご褒美を貰うと聞けば、すぐにやる気を出すじゃない」
彼女は微笑みながら呟いた。その言葉には皮肉が込められていた。
放課後の鐘が鳴り終わると、私は自然と図書室へ向かう足取りになった。図書室のドアを押し開けると、静寂とともに本の匂いが漂ってきた。この時間帯になると、いつも絵本を読むのが習慣になっていた。だからこそ、体がこのルーティーンに従うのは自然なことだった。
だけど今私がしたいのはそれではない。図書室の中は、柔らかな夕日が窓から差し込み、棚に並ぶ本たちに穏やかな影を落としていた。まるで時間が止まったかのような静けさが広がっている。私はその静寂の中で、一歩一歩慎重に歩を進めた。靴の音が床に響かないように、そっと歩く。その音すら、この静寂を破るのが憚られるように感じた。
私は記憶の中にある、本棚の一角に向かった。転校初日の放課後、学校を探険していた時に、ここから《フシギ図書館》へ迷い込んだ。あの不思議な体験が再び訪れるかもしれないという期待と、不安が胸を満たしていた。
「どうすれば……」
呟きながら、本棚の一冊一冊を注意深く観察する。指先で背表紙をそっと撫でるようにしながら、慎重に本を両側に開く。息を詰めて、秘密の扉が開くのを待つ。
しかし――
「行けない……」
どれだけ本を動かしても、あの時のような不思議な光は現れない。私は呆然と立ち尽くすしかなかった。期待が裏切られた失望感と、どうしていいのかわからない無力感が押し寄せてくる。
「う〜〜ん」
困惑したまま、本棚の前で唸った。もし本当に過去に来ているのなら、ここで《フシギ図書室》に行けるはずなのに。だが、ここは過去の世界ではないのか? それとも、何かが違うのか……。
「あっ!」
急に思い出した。《フシギ図書室》への扉が開かないということは、地球とメルヘンランドの交流が断たれていることを意味するのかもしれない。だけど、それにしても何かがおかしい。
私は焦燥感に駆られ、急に走り出した。廊下を全力で駆け抜ける。
「星空さん! 廊下を走っては――」
途中で、生徒会活動をしているれいかちゃんの声が聞こえた。でも今の私には、彼女の忠告に耳を傾ける余裕なんてなかった。
今の状況に気を取られて、大切なことを忘れていた自分に気づいたのだ。転校初日、私は登校中に、そして放課後にメルヘンランドの妖精、キャンディと出会ったことをどうして思い出さなかったんだろう。
「うわあああ!」
玄関で部活に向かうなおちゃんとぶつかりそうになり、
「ご、ごめん!」
すぐに謝る。
さらに校門の近くでは家に帰る途中のやよいちゃんともぶつかりそうになった。
「きゃああ!」
「ごめーーーん!」
それでも私は止まらずに走り続けた。
学校を出て、あの商店街へ……! フシギ図書室が無いから、自分の足で走るしかない。疲れで動かなくなってくる体に必死に鞭を打ちながら前へ進む。
ハア、ハア、ハア。
汗だくになりながら、目的の商店街に到着した。
ここで私は、ウルフルンが人々から悪の皇帝ピエーロ復活のためのバッドエナジーを奪っているのを目撃した。そしてその後、キャンディと出会い、プリキュアに変身した。
キラキラ輝く、未来の光! キュアハッピー!
忘れられない思い出だ。
だけど、この世界はそんなことは起きなかった。
普段通り、町の人々が普段と何ら変わらない表情で暮らしている。
もちろん起こらないほうがいい。人々から笑顔を消すなんて、絶対にやっては駄目なこと。
ウルフルンだって、本当はウルルンという、キャンディと同じメルヘンランドの住人で、あんな姿に変えられただけ。
それでも、何か違和感というか、胸の中に大きなモヤがかかる。
綺麗なはずの青空も色は無いように感じられた。
「あらあらお姉さん」
すると、誰かから声がかかった。
「は、はい」
私が反応して声がした方を振り向くと、商店街にある寝室の家のおばあちゃんだった。
「あんた、さっき来た人と似てるわね」
「そうですか」
「見ない顔だと聞いたら、最近この町に引っ越してきてってそうそうピンクの髪がそっくりで━━」
私ほど明るい色ではないけれども、お母さんの髪の色も桃色が入っている。きっと晩御飯の材料を買いにここまで来たんだと思う。
「はい。それは私のお母さん━━」
今日のことが頭にちらつく━━私に関わる全ての人は、私が知っているみんなではなかった。プリキュアとして共に戦ってくれた友達も、私のことを知らなかった━━
「━━だと思います」
混乱が孤独に変わる。私のことを誰も知らない恐怖。目の前が灰色になっていく。そしてドロドロと塗りつぶされていくよう。
「ほい」
すると、沈む気持ちを遮るかのように目の前に何かが出された。
よく見てみると人参とか茄子とか、一つずつ袋に入れたもの。
「なんか落ち込んどるから、ご贔屓してあげるわ」
「ありがとうございます」
ただ、お礼を言ってそのまま帰ろうとする。
「ちょっと待ちな」
だけど、呼び止められた。
「そのあなたのお母さんがねここに来る時、こんなことを言っていたの」
「最近転校するのが怖いって不安そうだったんです。今日も色々と混乱していましたから夜ご飯で何か元気つけさせたくて」
「そんなこと言ってたんですね」
混乱していたことを見抜いてくれていたお母さん。
━━知ってるよ。私のお母さんはとっても優しいんだって。
すると。
「キャーーーー」
悲鳴が聞こえた。体がビクリ、と震えた。声が聞こえた方向を見ると大勢の人が走ってくる。
「助けてーー!」
私の横を何十人 何百人の人が一目散に私の後ろのほうへ、必死に逃げていく。
「何なの」
アカンベェ……? バッドエンド王国......? だけどそうなるなら、ここらがバッドエンド空間になって、町の人たちはネガティブになって逃げるどころじゃなくなるはず。
雪崩みたいな人だかりで前が見えない。何から逃げているのかはわからないけど。そればかりか人だかりで思うように立つこともできなくなっていく━━。
「逃げなさい」
八百屋のおばあちゃんが気を使って、私を店の中へ引き連れる。
しばらくすると逃げる人はいなくなって━━。
店から出て、さっきよく見えなかった方向を見た。
あれは━━、怪物。
「なにあれ」
5Mほど。赤色だったりする大きな鼻がないから多分アカンベェでは無い。そればかりか見た目はただの人だ。全体的に肌も衣装も真っ黒だ。人種とかそういうことじゃなくて、黒い絵の具でその怪物をイメージし描いたような感覚。さらに黒色のドレスをして、光る靴を履いていて。 光る靴......。
ギロリ。
「ひ......」
怪物に睨まれ、びくりと体が震える。完全に私たちに対して敵意がある。途端に怪物は手のひらを上にした。そこに何か黒いエネルギーが集まってくる。エネルギーは何かの形になる。
「危ないから逃げなさい!」
おばあちゃんは私に逃げるよう促してくる。必死に訴えてくる。心の底から私が心配なのだろう。
だけどこのおばあさんは放っておけない。運動ができるわけでもないわたしでも、おばあさんよりは早く逃げることができる。だけど、そんなことをしたおばあさんをここに置いていくことになる。そんなことできない。
だからといって逃げることしかできない。私はプリキュアになれない。ここはどういう世界なのかわからないけど、メルヘンランドとの交流は無い。しかもスマイルパクトはピエーロとの戦いで、完全に失われた。
おばあさんと一緒に......このまま。
━━本当に。
そっと、ネガティブな私が頭の中で囁いてきた。
ずきりと胸が痛んだ。
━━あなたはこの世界の住民じゃない。今すぐにあなたが知ってる、あなたを知ってる人たちがいる世界へ帰りたいでしょ。こんなところにいたくないでしょ......。
手が止まる。私はどうすればいいの。どうしたいの。
途端。
腕を引っ張られた。
びっくりしておばあちゃんの方を見ると、黒い何かがおばあさんを掠めるように通っていった。何かを投げられた、とわかった時には背後で爆発が起きていた。
その爆発で吹き飛び、地面に落ちて転がる。
手で付いた足が痛い。背中も痛い。
はっとする。あたりは砲煙と土煙で回りが見えない。近くで木材が一斉に崩れ落ちる音が聞こえる。八百屋が爆発で崩壊したらしい。
だんだん視界が明るみになる。するとおばあちゃんが倒れてた。
「おばあちゃん!」
返事はない。気絶しているんだと思う。
「私をかばって…」
私は呆然とするままに、さっきと同じように何もすることもなかった。
次に私の意識をはっきりさせたのは、知らない女性の声。
「これ以上あたると面倒だから攻撃をやめなさい、コアソウル」
私のすぐ近くでうつ伏せに倒れている私は顔を上げる。
長い髪、着物とはちょっと違うような昔の人が着ているような赤い衣装。彼女が歩いてこちらにやってきた。
「あなたは、星空みゆきね」
頭の整理に時間がかかった。
「どうして私を知ってるの」
「あなたに説明する気はないわ」
そうして彼女は、私の方を見て、
「でも私の名前は教えてあげる。私はヒオリ」
名前を言われても、状況は変わらない。
「なんでこんなことをするの? こんなことをして何か、あなたに関係があるの?」
「それはあなた。元の世界に戻りたいんでしょ」
「どうしてそれを━━」
私をここに連れてきたのはこの人だ。
「私を元の世界に戻して!」
「嫌よ。でもふつうはそう思うでしょうね」
それにヒオリはしゃがみ、私の中を覗き込んでくるように答えた。
「ここはあなたがいた世界じゃない。別にどうなろうと、あなたには関係ないじゃない。
「それは━━」
言葉が詰まる。
「何? 否定しないの? それとも する理由を探している? ここの人たちがどうなろうとあなたとは関係ないじゃない。それでも助けたいと言うんだったらそんな偽善、消してしまいなさい」
凍り付くような言葉には、怒りが宿っていた。
それだけ言ってヒオリは立ち上がった。
私は彼女を何も考えず、見ることしかできない。
「星空みゆきには攻撃しないように、できる限り、破壊の限りを尽くしなさい」
怪物はもう一度手に何かエネルギーを集めていった。空中から突然現れたどす黒いエネルギーは、怪物の掌で形を成す。
かぼちゃだ。するとコアソウルと呼ばれた怪物の黒光る靴が目に入る。私は絵本の物語《シンデレラ》を思い浮かべた。
シンデレラは爆弾を町に投げ始める。木材が崩れる音、金属同士がぶつかる音、爆発する音に燃える音。町が壊されていく。
見渡せば初めてプリキュアに変身した日、フシギ図書館とこの商店街を繋げた本棚が見えた。その本棚も爆発で本が吹き飛び、破け、燃える。
その本棚を置いてる本屋は、私が 七色ヶ丘に来て、多分一番行った本屋━━だと思う。そこで私はたくさんの本屋を買った。
だけど。
あーそうだね。あそこの本屋は世界が違うから、私がお世話になったものとは違うんだ。そんな冷たい気持ちになった。そう考えれは何も感じないし、悲しむことはないんだよね。
「なかなかいい強度ね」
黒いシンデレラの近くで、周りを見ながら何かを分析していた。すると彼女は何かに気がついた。
「あーさっきのばあさんね」
私をかばって気絶してる八百屋のおばあちゃん。
ヒオリは足下で倒れているのを見ながら、「邪魔ね」と言い放った。それに反応してコアソウルが動く。
その瞬間、私の胸が痛んだ。
どうして。
私は自分に問う。
それはそうだよ、だってあのおばあちゃんも落ち込んでいる私に対して気を使ってくれた。
でもおばあちゃんが私のいた世界の人じゃない。
「最近転校するのが怖いって不安そうだったんです。今日も色々と混乱していましたから夜ご飯で何か元気つけさせたくて」
頭の中に浮かび上がるのはこの言葉。
昨日に私はいないけど、私のことを想ってくれてる人がいる。今日の私を想ってくれた。
そう思うと私は勇気が生まれた。考えることができた。気合を振り絞り、立ち上がる。
「おばあさんに邪魔なんて、言わないで」
さっきの爆発で体にダメージが入っているからうまく動けない。それでも必死に、前へ、歩く。
黒いシンデレラの正面に立ち、両手を広げた。
「この街を、この町のみんなのハッピーを奪わないで」
ヒオリは、攻撃態勢に入っていたシンデレラに静止の合図を送り、私を睨んだ。
「私の話聞いていなかったの。ここを助けたところで、意味なんか━━」
「わからないよ。私には確かにあなたの言う通り、私は元の世界に戻りたい し、そのためにこの世界のことを気にかける必要なんてないかもしれない。
だけどね、あなたは知らないけど、そこで倒れているおばあさんは、この世界に突然来て辛い思いしている私の事情を知らないで私を元気づけようとしてくれたの。私の知らない私の母さんも、学校のみんなも、私のことを大切に思ってくれてるの。
そんな私を支えてくれる人たちのことを助けようとして何が悪いの、意味なんているの」
私は、自分の心を信じた。
するとヒオリはものすごい形相になった。私に対して、何を思ったのかはわからない。
「この世界を壊せば、あなたは元の世界に帰れるかもね」
「え......」
それは、悪魔の言葉。一度、立ち止まる。だけど、私は、私は。ぐっと、歯を食いしばる。そして叫んだ。
「それでも私は! みんなを守りたいんだああああ」
その瞬間、私は何かと繋がった感覚に陥った。私の体から虹色の光が溢れ、コアソウルが吹き飛ばした。気が付くと私は虹色の光に包まれている。この感覚━━、ううん、この状況に一番近い過去の記憶。それはすなわち、《プリキュア》だ。
私の胸から何かが飛び出た。小さい小物、パクトだ。細かいことを考えてる時間も力も私には無い。だったら、ここで変身し、町の人たちを守る!
私はなぜか知っていたこのアイテム、《ソウルフルパクト》を前にかざし、叫んだ。
プリキュア・スマイルチャージ!
開いたパクトが光り、生まれるパフを手に取り、それを上に投げた。
あふれるパウダーパフが星空のように空できらめく。中には天の川のような光の連なりもあった。一つずつ落ちていく。私の足へ、手へ。そのたびに光とともにブーツや、スカートや、コートが、グローブら生まれる。天の川から帯が生まれ、私のコートを縛る。
最後に、私の頭が花開くように伸びる。
きらきら輝く 未来の光! キュアハッピー!
皇帝ピエーロと戦ったあと、今まで変身することが無かった伝説の戦士《プリキュア》が復活した。
かなり時間が経っているので、本当に変身できたのかが不安に思い全身を見る。
「うわ、これなんだか衣装変わっているよ」
別世界で始めて変身した時とは違う衣装。
確かにプリキュアの力だろうけど、これまで戦ってきた時に使ってきたのとは別物なんだろう。
「グアアアア!」
雄叫びが聞こえた。私はおばあちゃんのところにすぐさま移動して、抱きかかえる。そのまま、安全そうな建物の壁へ持たれかけるように座らせた。
そしてもう一度、怪物へ目を向ける。
シンデレラは、もともとひとりっ子だったけど、お母さんが亡くなって、お父さんが新しいお母さんと結婚したの。
その新しいお母さん、そしてその娘たち、つまりシンデレラのお姉さんになった人たちはとってもいじわるな人たちで、家事を全部シンデレラに押し付けたらしいの。
そんなある時、お城から、王様のお妃様を決める舞踏会があって、新しいお母さんとお姉ちゃんたちはシンデレラを置いてお城の方は行ってしまうの。
家で独りのシンデレラの前に、魔法使いが現れて、シンデレラを助けてくれるの。魔法で、灰まみれの服をドレスに、ネズミさんをお馬さんに、トカゲさんを従者さんにして、かぼちゃを馬車にする。
そしてシンデレラは魔法使いさんと魔法が解ける12時までに帰ってくることを約束にお城に向かうんだけど━━。
私が言いたいのは、本来馬車になるはずのかぼちゃのこと。
目の前の黒色で大きなシンデレラはそのかぼちゃを爆弾にしてるの。
私はこれまで、おばあちゃんが買ってくれたもの、学校の図書室においてあるものだったり、色んな絵本のシンデレラを見てきたけど、かぼちゃを爆弾にしてるのなんて見たことがない。
シンデレラは本当は、とってもがんばり屋なの。今が辛くても、きっといいことがあるって、ずっと酷い仕打ちを耐えてきた、いい子なんだよ。
みんなの大切なものを壊すようなシンデレラなんて、絶対許さない。
相変わらず、シンデレラの怪物はかぼちゃ爆弾を投げてくる。
その攻撃を交わしながら、私は近づく。そこに思いっきり蹴りを入れる。
すると違和感があった。
しかし。
「うわあ!」
私の右足をキャッチされる。そのまま振り回され、地面に叩きつけられる。顔面からぶつかり、激痛が走る。
「いったあああああ!」
だけど、私の叫びを怪物が聞き入れてくれる筈もなく、私の足を掴んだまま、かぼちゃ爆弾を投げつけるくる。
━━━━!
私は咄嗟に、両掌をシンデレラに向ける。
「《プリキュア・ハッピーシャワー》!」
手から溢れる桃色の光が、シンデレラの顔に命中する。その表紙に私を拘束する手の力は抜ける。そのまま地面に落下して、ゴチン! と頭が地面にぶつかり倒れる。
だけど、痛がってる時間は無い。シンデレラはすぐさま私に爆弾を投げてくる。体を転がして、横に跳ぶように移動する。
危なかった。今の私にはつかまれても、そこから助けてくれるプリキュアの仲間はいない。初めてキュアハッピーになったときに出会ったキャンディもいない。それはとても寂しい。
だけど、私は町の人たちから笑顔を奪うことを放っておくことは出来ない。一人でも戦わないと。
私は立ち上がる。
「だああああああ」
そしてすぐに怪物に跳び、勢いのままに蹴りを入れる。ヒールがコアソウルの横腹に命中した。そのことで、怪物はバランスを崩す。そのすきに私は横からもう一度右足を大きく振った。
だけど、当たるイメージだった私の蹴りは見事に空振った。私の体は反時計回りにくるくる回りだす。
「ああああああ」
叫ぶと同時に、私の体には爆風と炎が当たる。
近距離で命中したのだから、もちろん私はめちゃくちゃに飛ぶわけで、いつのまにか建物数軒を貫き、塀に激しく当たることで静止した。くずれた塀のコンクリートが私を埋めた。
「はあ。はあ」
思った以上に体が動かない。久々だからか。衣装が違うからか。バッドエンドハッピーやピエーロと戦った時と比べて、どこか体が重い。
難しいことは考えられない。痛みと疲れで重くなった身体を動かし、コンクリートの山場から抜け出す。
すると、向こうにはコアソウルがいた。
長く戦っても、勝てるとは思えなかった。なんとなくだけど。
シンデレラの怪物は私に向かって かぼちゃ爆弾を投げてくる。
勝負はここで決める。今、私の全力を、今、ここでぶつける。
気合いだ。気合いだ気合いだ気合いだ気合いだ気合いだ気合いだ気合いだ気合いだ。気合いだーーーーーーー!
空にハートを描くことで生まれた光を集める。
「《プリキュア・ハッピイイイイ」
放つのは、前ではなくて、後ろ。
「シャワアアアアアアアアアアアアアアア》」
ハッピーシャワーをロケットエンジンにして飛ぶ。シンデレラの怪物めがけて一直線に向かう。
だけど当然、私は爆弾を投げられやすい状態にある。そもそもすでに投げられている。だけどそれは、耐える。
爆発音とともに私にあたり弾けるかぼちゃたちだけど、私は耐える。爆風も、炎も、ものともしない。
全ては、次の一撃のために。
私は前を向く。そして飛ぶ勢いそのままに、相手に頭突きをかました。
ズコーン、ということが頭の中で響き、意識が朦朧とする。だけど、敵の位置はわかる。
そして最後の力を振り絞る。もう一度、ハートを空に描く。ハートは大きくなり力を帯びていく。
ネガティブな私、バッドエンドハッピーと戦った時よりも強く、それでどこか違う力を感じたような気がした。
《プリキュア・ハッピーシャワー・シャイニング》!
さっきよりも、特別大きい桃色の光線を真下にいるシンデレラの怪物に向かって撃った。
シンデレラの体は飛び散る。黒い絵の具のようなものが弾ける。中からは 桃色の霊魂のようなものが現れ、消えていった。
いつの間にか町は元どおりになり、ヒオリも消えていた。
私はベッドの上で寝転がった。
天井を見ながら今日起きたことを思い出す。
あの怪物、コアソウルと言った。シンデレラという絵本の登場人物の形をしていた。
あんなものがまた現れて、この世界を襲うとしたら……。
ポケットに入れている変身アイテム、《ソウルフルパクト》を取り出す。
衣装は違うけれども、確かにプリキュアの力。私はこれでキュアハッピーになって、戦わなければならない。
今日の戦いはギリギリだった。
だけど敵はまだまだ強くなる可能性だって全然あるわけで、このまま戦っていけばいつか、私だけじゃ太刀打ちできなくなる。
ずっと一緒に戦ってきた来た仲間はいない。
だけど。
“ここ”でも、お母さんも、お父さんも何ら変わらなかった。
私のことをいつも想ってくれている、優しさを感じた。
だから、きっと、みんなも。
ソウルフルパクトにあることに気がつく。
一番上から下の方へ、それぞれ別方向に五本の線が入っていた。
真正面に桃色の線、そしてそこから上から見て時計回りに、黄色、青色、緑色、橙色と4本。その色は、それぞれ私のハッピー、またピース、ビューティ、マーチ、そしてサニーを表しているよう。
多分、“ここ”でもまた、プリキュアを結成できる。
この世界がなんであっても、私のことを大切にしてくれる、大切な人たちがいる。だから、この世界のハッピーだって、奪わせはしない。
そのために、私にはみんなが必要なんだ。
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