あかねは膝をついた。頭をうなだれる。半透明になった足元を眺めながら、声を聞いた。
自分ではない、自分がいることの認識が追いついていない。
「わたしにも、ちゃんと届いたよ!」
「すいません、遅くなりました。」
「わたしたちの力、見せてやろう!!」
ピース、ビューティ、マーチの声が聞こえた。
今確信した。れいかの予想は当たっていた。みゆきは並行世界のような場所からやって来た。そこでみゆきはもう一人の自分と出会い、プリキュアとして戦った。だが、この世界にやってきて、プリキュアの仲間はすべて消えた。だから、自分をプリキュアにしようとしたのか。
となりでは、”この世界”のやよい、なお、れいかが自分と同じように地に伏せていた。
覚悟が足りなかったのか、それとも覚悟とかいう次元ではないのか。
あかねは自分が置かれている状況を考える。どうしてこんなにも苦しいのか。もう一人の自分を目の当たりにして、とめどない不快感を持っているのか。
「あんたの言うとおり、疲れた時は休憩も必要や。でもなぁ……」
「ずっとそのままじゃ、いつまで経っても前に進めない!」
「どんなに辛くても、あたしたちは一歩一歩、自分の足で進んでいきたい!」
「一人で超える事が難しい困難も、友達と一緒なら、きっと乗り越えていけます!」
「頑張ったその先にあるのが、本当の笑顔だと思う━━!」
”別世界”のサニー、ピース、マーチ、ビューティが叫ぶ。それに呼応するようにハッピーも叫ぶ。5人は強い絆で結ばれていた。それが、”この世界”のあかねにはどうしてか耐えられなかった。
5人は手を合わせ、その想いを一つにしていた。
「みんなといっしょにがんばるクル!そしたらぜったい!ハッピーになれるクル!」
妖精が叫ぶ。
みゆきが言っていたのはこういうことだったのか。自分は大阪で生まれ、この町に引っ越してきて、みゆきと出会ってプリキュアになった。これは自分だけの物語だ。だれにもコピーできないし、できたとしてもしたくない。
”この世界”と”あの世界”の時間軸がどうであれ、みゆきの主観では、自分自身では後のほうだ。
うちは、代わりなのか。そう考えると、自分の尊厳が傷つけられたような気がした。
あかねは眩暈を抑えるために、目の前の光景から目を逸らす。
「輝け!! スマイル━━
バキッと空間が割れた。
あかねは眩暈が消えた。はっとして顔を上げると、時間が止まったかのように目の前の空間が静止していた。
すると上空から桃色の光が、曇間から差し込むように自分たちを照らし始める。
あかねには声が聞こえた。まず、嗚咽が聞こえた。この泣き声はみゆきのものだというのがすぐに分かった。この声は彼女のものだ。
「ごめん。ごめん。ごめん。みんなを助けられなかった。私はただ、”この世界”にやってきただけなのに、みんなは”この世界”にしかいないみんななのに、私が勝手にプリキュアを押し付けた。そのせいで、みんなを━━」
聞こえてくるのはみゆきの謝罪だった。謝られている。みゆきは自分たちを、”別世界”のプリキュアたちとは別人だといってくれている。自分たちが今どういう状況かはわからない。だが、みゆきは自分たちを各々が唯一無二の存在として扱って、本気で気を使ってくれている。
そう考えるだけで、あかねは心が温かくなった。それと同時に、単純な自分に少し恥ずかしくもなった。天からの光は、暗闇を照らす星の明かりのようだった。その光が眩しくて、
みゆき。
彼女の名前を口に出した。
「あかねちゃん.......」
返答が帰ってきた。みゆきの声は一筋の希望にすがるようだった。彼女は今、自分たちを求めている。
すると、いつの間にかあかねはソウルフルパクトを持っていた。その瞬間、あかねはどうしてみゆきの声が聞こえているのかを理解をしていたことに気が付いた。自分たちは繋がっている。”この世界”のプリキュアとして。自分たちが歩んできた道は唯一無二で、その先に自分たちがいる。自分が握りしめるパクトがその証明だ。
隣を見ると、やよいもなおもれいかもソウルフルパクトを持っていた。
私たちは大丈夫だよ。
みゆきに伝える彼女の姿を見て、自分たちが黒い液体に沈む直前にソウルフルパクトの光が再び自分たちの元に戻ったことを理解した。みゆきとあかねだけでない。やよいとも繋がっているのだ。
それにしても、みゆきちゃんはこんな事を隠してたなんて。
あとでみゆきさんの心を聞かせてくださいね。
なおとれいかもみゆきに伝えた。確かに、私たちはソウルフルパクト同士の繋がりで、話さずとも理解できることがある。でも、あかねは聞いていない。みゆきの口から、みゆきがどう思っているかを。自分の目の前で静止している、バッドエンド王国との戦いの記憶も事実だ。しかし、自分たちは一方的に見ているだけであり、理解はしていない。
━━みゆき。あとでこってり話してもらうからな。
そう考えたあかねは、ソウルフルパクトをぐっと握りしめた。
すると、ひび割れた空間が消えた。
辺りはより一層真っ暗になった。
ふと、目の前に倒れる自分の姿があった。血の気は真っ青で、生気を感じていない。だが見たところで嫌悪感は拒絶反応のような眩暈は無かった。彼女は自分自身だ。
すると、今自分たちがどうなっているのかを思いだした。目の前にある真っ黒い空間はまさしく自分たちが飲み込まれているものだ。コアソウルは民間人関係なく暴れるので、できる限り人影のない場所に逃げ込んだが、自分たちを追っていたマリに見つかってしまった。そして近くの水場から人魚が現れなすすべなくつかまってしまったのだ。
ソウルフルパクトが光り始めた。今なら変身できる気がした。
だけど、今はまだ時間がかかる。黒い液体にまみれた体を回復させるためには力が足りない。
自分の胸元に淡い橙色の光が見えて、体を覆う。自分を守っているようだった。
上では叫び声が聞こえた。ハッピーが降りてきている。この空間と自分たちが住む世界のトンネルが空いている。
***
私は必死に抗う。
人魚が必死に上に泳ぎ登るのに抵抗する。二度とチャンスはないかもしれない。人魚がこの空間にいなければ、二度とトンネルは開かない。
私は左手で、簡易的にエネルギーを発射した。その方向はコアソウル自身だ。だが、左手だけで発射した攻撃は対して効いていない。いや、効いてはいる。
しかし、コアソウルも必死に上に登ろうとしている。私の攻撃が多少効いたところで関係ないのだろう。私は覚悟を決めた。このまま間に合わないなら、ここに残ることを。黒くよどむトンネルへ人魚が届きそうな時だった。
水を切る音が聞こえ、ブスリと刺さる音がした。
氷の矢。鋭い先端が人魚の下半身に入っていた。そこから次第に氷が人魚の体を覆っていく。
私ははっとして、人魚の尾びれから手を離した。人魚は下半身を氷で覆われ身動きが取れなくなっていた。泳ぐための原動力が失われて、下に沈んでいく。その姿を目で追う。視線が下に移っていく。
━━そして。
私は落下する氷塊の奥。闇で覆われた空間を照らす光の中に、鮮やかなブルーのロングヘアーが特徴的な少女の姿を捉えた。
「弓は始めて使いましたが、存外うまくいきましたね」
清らかな声が私の耳を貫いた。
そして次第に少女の隣に、黄色、橙色、緑色の光が見える。
涙が私の頬を伝う。
ビューティ、ピース、サニー、マーチの姿を確認した。全員が私を見つめ、優しい笑みを浮かべている。
「みんな━━━━」
単純な嬉しさ、そして4人を傷つけた悔しさで胸がいっぱいになった。
氷が割れる音がした。真下では人魚のコアソウルが自分を閉じ込める檻が壊れていた。氷屑をまきちらせ、人魚が吠える。
コアソウルは一目散に上のトンネル目掛けて泳ぎ始める。私の抵抗が無い状態とはいえ、ここまで速く泳ぐとは━━。だけど、ここで止めなければ逃げられる。上方にあるトンネルを私たちより早く抜けられたら終わりだ。なすすべなくトンネルが消え、この空間に閉じ込められる。
4人はさっきまで下のほうに沈んでいた分、私より高度が下だ。なんとか私の力で人魚の足止めをしないと。
そう思ったが、明らかに杞憂だった。
緑色の光が流れ星のように黒い空間を切り裂いている。マーチが尋常じゃない脚力を使ったバタ足で、コアソウルに私とぶつかるより前に追いついた。
「これで終わりだ!」
マーチの叫びが空間に響き渡る。彼女はそのまま、強烈な蹴りをコアソウルに叩き込んだ。人魚は苦痛の声を漏らし、衝撃で人魚の体が横方向へ数十メートル飛んでいった。目の前で起きている光景は、人魚が逃げられないと思わせるには十分だっただろう。
私は泳いでマーチのほうへ近づく。サニー、ピース、ビューティも同じようにマーチのもとに集まっていった。
横方向で体勢を整えるコアソウルを見る。少し隣を見れば、みんながいる。
「ハッピー!」
サニーがすぐ横で私の名前を読んだ。彼女の瞳には、未来に対する希望を持っていた。
「あいつを倒したら、またみゆきの話を聞かせてもらうからな」
サニーの笑顔に私は心が温かくなった。
「うん」
私は頷く。
「じゃあ、ちゃっちゃと済ませるで」
「私たちを守るこの光も、いつまでもつか分からないし」
ピースが言うのはソウルフルパクトの加護ともいえる、パクトから溢れる光のこと。私たちを侵すこの泥から守ってくれるが、無限と思わないほうがいいのは事実だろう。
「分かりました。では、私が弓でみなさんを援護します。そこで一気にあの人魚に近づき、攻撃をして、仕留めてください」
ビューティが一つ提案をした。
「本当に! ビューティが弓を使うなんて心強いよ!」
すると彼女は私に冷ややかな笑みを見せた。
「でも私。弓矢を使うのはさっきのが初めてですよ。頼もしいというのはどうしてでしょうか?」
「え━━━━っあ━━━━」
そうだった。”この世界”のれいかちゃんは剣道部だった。
「ご、ごめん!」
私が謝るべきなのを置いておいても、今の笑みには謝らないとマズイという本能的な何かを感じさせた。私が焦るように頭を下げると、ビューティはくすりと笑った。
「謝ってくれるのなら構いませんよ。それと━━━━私は少しばかり嫉妬深い人間なようです」
雪氷を扱うプリキュアの中に、ドロドロと燃え滾るなにかを感じた。それについて深く考えるのは後にしよう。
そう考え私は、もう一度人魚に目を向けた。人魚は獰猛な声をあげて、私たちに敵意を向ける。私たちを倒すつもりか。
「とりあえず、マーチがあの網で拘束されるのは無しにしよう」
サニーの言う通り、コアソウルとしては私たちを倒すという選択肢の前に、ここからにげるという手もあるのだ。人魚を追いかける唯一の手段は、完全にマーチ頼りになってしまう。
「わかった」
私の返答に、他3人も反応した。
サニーの言葉を肝に銘じ、私は突撃を開始した。