私がこの世界にきて、もう少しで1年が経とうとしている。そのことを、自室の机に置かれているカレンダーを見て気が付いた。月ごとに、一枚ずつ後ろへ紙を送っていくものだけど、もう数回めくれば、私が知らないページへたどり着く。
そして気が付く。私は“前の世界”で、バッドエンド王国との最終決戦をした日を過ぎた。
なんてことのない日に、封印されたピエーロが宇宙から飛来してきたのだ。そして人間のバッドエナジーをすべて吸収し、完全復活を果たした。ピエーロを倒すためには、一度キャンディと別れることを覚悟しなければならなかった。
これが“前の世界”における“その日”の出来事。だけど、この世界は全く違う“その日”になった。“その日”は本当になんてことない一日だった。それは、私たちは、生まれた時のDNAは同じでも、過ごしてきた物語が違うからだ。
例えば、この世界のれいかちゃんは、私がよく知るれいかちゃんと━━、あれ? “私がよく知る”という表現に、私は違和感を覚えた。私が前の世界での最後の記憶は、ピエーロとの最終決戦を終えて数週間後のこと。
つまり。この世界に来て、「この世界のれいかちゃんを知ってきた期間」に、「その数週間」を足せば、それだけで「前の世界のれいかちゃんを知る期間」と同じになる。私は、それぞれの世界でのプリキュアの仲間との時間がほぼおなじであることに気が付いたのだ。
「みゆき。ごはんできてるわよ」
一階からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。
「はーい」
私は階段を下りて食卓に向かった。おかあさんの料理を食べるのは、“前の世界”で離乳してから約14年間、この世界で約1年間、変わらない味だ。この世界に来て、当たり前だったことが一気に崩れたような気がした。だから、今まで何も感じなかったもの、例えば“星空家の味”というものにも意識を向けることもあった。
特に味噌汁かな。とても身近な料理のひとつ。だけど、私の家の味は、ロボッターのアニメを見にやよいちゃんの家に行った時に味わったもの、(地獄の)勉強会をしにれいかちゃんの家で味わったもの、ほかには修学旅行での京都の旅館で味わったもの、どれとも違うのだ。それは家庭だったり人によって、出汁の取り方、味噌の種類、具材までが様々なのだ。
でも世界をまたいでも、“星空家の味”は変わらなかったのだ。そのことを改めて感じながら味噌汁をすする。
「みゆき、今日は特においしそうに料理を食べるのね」
ともに朝食をとるお母さんから声を掛けられる。
「え、そうかな」
なんだか照れ臭くなりながら、汁椀を机に置いた。
「いつもと変わらないはずなのだけど……」
今のようにお母さんは私のことをよく見てくれるけど、さすがに、私の思考の始まりが「別世界から来た」ことに関係するからか、娘が何を考えているか見当がついていないのだろう。おかあさんは怪訝そうに、お味噌汁をすすった。
「いつもと変わらないと思うのだけど……」
頬に手を当てて、娘の変化の原因を探しているお母さん。
「ううん。いつもと変わらないよ」
「そう」
「いつもと変わらないからこそ、安心する」
私は、“この世界”に来て数週間後、“前の世界”と“この世界”は同じDNAを持っていても、別人だということに気が付いた。もちろんお母さんも例外ではなく、二つの世界では別々として扱うべきだと思っている。それでも身体に染み付いた感覚というものから抜け出すことは難しい。10年以上同じ感覚を味わうと、どうしても私は世界をまたいでることを忘れかけてしまうのだ。
「いつもと変わらないわね……」
娘の私は、母親の変化に気が付いた。おかあさんは、どこか寂し気につぶやいたのだ。どうしたの? と聞こうとした。
その前に。
「いつまでみゆきと朝ごはんを食べられるかしら」
私にとって、考えたことのない、見当もつかなかったであろう答えが返ってきた。でもいざ考えてみたところで、特別思うようなこともなかった。
「ずっと先でしょ。思いつめるようなことなんてないよ」
私が前の世界での最後の記憶があるときの時間軸、そしていまこの世界での時間軸がほぼ同じな分、すっと答えることができた。“まだ先のこと”と。私なんてまだ中2なんだし。だからこの答えでお母さんは元に戻るし、これでこの件は“ハッピーエンド”なんて思っている自分がいた。
「私は、最近みゆきは小学生になったような気がするのに、もう中2って思ってるわよ。だから、あっという間にこの家を出ていくんだろうなって感じてしまうの」
「この前小学生って、私もう中2なんだけど」
8年前のことを最近っていうとか━━。
「でもさっきは『まだ中2』って言ってなかったかしら」
「あ……」
自分の発言の矛盾に気が付いた。確かに。
「まあみゆきはまだ14だし、そう思うのも無理はないでしょうね」
「お母さんだって、さっき私のこと『もう中2』って言ってたじゃん」
「そうよ。私の感覚では“もう”14だけど、社会からしたらみゆきは“まだ”14なのよ」
14の私には、これだけでは理解できないようだ。しかめっ面をする私を見てか、お母さんはもう一度口を開く。
「聞いたことない? 『大人になると時間の感覚が早くなる』って」
「多分それ聞いたことがあるような気がする」
どっちの世界でかは分からないけど、私にこの話をしたのがれいかちゃんだということは確信できる。
「みゆきは小学校入学から今まですごく長い時間のように感じたから、これから先も長いと思うのでしょう。でも私はね、その時間をあっという間と感じたし、昔に比べて時間の流れが早くなったと感じるわ」
「だから私がこの家を出て行くのも、あっという間だろうって思ったの?」
「そうよ」
時間の進みの感覚か。私は、精神年齢は15を過ぎている。もう少しで中3になる体だから、身体年齢はまだ14過ぎのはずだけどね。
「だからこそ、みゆきは時間を潰して欲しくないの」
「時間を潰さない……」
「子どもの頃の後悔はしてほしくないの」
後悔か。私のこれまでの人生に後悔はあっただろうか。
そう考えてみれば、あまりない気がする。前の世界のことを考える。
プリキュアになって、たくさん辛い思いもした。理不尽な思いもした。だけど、その分キャンディと友達になれて、同じプリキュアの仲間たちと世界旅行に行ったり、楽しいこともたくさんあった。
私とプリキュアの出会いは転校初日でのこと。もし、私がプリキュアにならなければ、もしかしたら世界はピエーロの思うがまま、バッドエンドに沈んでいたかもしれない。いや、さすがにそれは私を買い被りしてるか。とはいえ、あそこで私がプリキュアになる義務がなかったとしても、キュアハッピーになったことへの後悔は無い。
だって、辛いことがあっても、友達がいた。苦しいを一緒に分かち合ったり、理解してくれたりしてくれたからだ。最後にはきっと笑顔になれる、ウルトラハッピーな結末になったからだ。
そう考えると、私の人生は、誰かに助けて貰うばかりだ。
プリキュアになる以前のこと、おばあちゃん家の近くで友達を作るきっかけを作ってくれたあの子も、「仲良くなるには笑顔が一番」と教えてくれたあの少女も、どちらかがいなくても、間違いなくいまの私はいない。
昔の私は、今よりもっと臆病で、弱虫だった。
いろいろな事情で転校や引っ越しを繰り返した私が、そのままで七色ヶ丘にやってきたとして、友達を作れただろうか。
一度自分に問うてみた。無理と断言できる。
友達と一緒に秘密基地を探すことも、夏祭りにいくことも、コイバナで盛り上がることもなかった。ただ何かに憧れ、部屋の片隅で絵本を静かに読むだけの生活だったと思う。
そしたらきっと、その先の人生は後悔を感じるばかりの人生なのかもしれない。
とすれば、お母さんは後悔してるのか。してるから娘の私に言うのだろうか。母親とはいえ少し失礼かもしれない。だけど、「そっちが言い始めたこと」ということで聞いてみることにした。
「例えば……」
お母さんは少し上を向いた。
「そうね……」
そして、私のほうへ向きなおし、私ににこりと笑い語り掛けた。
「勉強とかね……。そういえば、みゆきの成績、楽しみね」
「うへ…」
自分でもわかるくらい、私は顔が引きつっていた。聞かなきゃ良かった、と思う自分を恥ずかしく思えた。
今日は学年末に向けての三者面談だ。私はこれからお母さんと七色ヶ丘中学に向かい、担任の佐々木先生と私について話し合うのだ。
私はずっと気がつかなかったこと、いや、考えないようにしていたことがある。二つの世界で、一人ずつクラスメイトや両親がいた。
つまり、“この世界”にも私がいるということだ。
もう少し詳しく言えば、《“この世界”の星空育代から産まれてきた私》がいるということ。
それはれいかちゃんからの言葉だった。それを聞いた時、私は実感が無いわけではなかった。二つの世界それぞれの同じ顔の人同士を、同一視してはならないと悟ったあの夜のこと。私はもう一人の私を想像した。私は、もう一人の自分の存在は許せなかった。
私の変えようのない過去、私がこれまで進んできた道、思い出は代えることはできないだろうし、できたとしても代えさせることはできない。私は無意識にも、私だけのものを《誇り》のように感じていたのだ。
だけど、《“この世界”で産まれた私》は、《バッドエンド王国とプリキュアとなって戦った私》は別人だ。それぞれが唯一無二の存在だ。
それは“この世界”のあかねちゃんも、“あの世界”のあかねちゃんも、私と友達でキュアサニーに変身する。だけど別人であることと同じだ。
それでも私は嫌悪感を感じてしまった。それは、私は“この世界”のみんなに、私が来た世界のみんなとは別人だということを伝えたが、それでもみんなは“別世界”の自分自身に嫌悪感を感じてしまっていた。
それはどうしてなのかは分からない。
私は別世界の自分とでも仲良くできたら、きっとハッピーだろうとは思っている。だけどそれは、みんながもう一人の自分と会う機会が生まれた時に考えようと思う。
だけど私は、別世界の自分と相まみえる機会が訪れるかもしれない。
だって《彼女》は“この世界”の自分なんだから。“この世界”にいる可能性を考えるべきだからだ。
自室の本棚にある見知らぬ本の数々。絵本とは違って、小説とか難しい本だらけ。そんなの私は読まない。《私では無い私》があの部屋に住んでいた。
このまま時間が経てば、“別世界”から来た私は中学を卒業し、高校に━━入ればだけど━━入学するだろう。私の学力では入れる学校は極端に少ないに違いないが、選択肢がないわけではない。それと同時に、《この世界の私》は、入る高校を選べなくなるのだ。
私はいずれ“前の世界”に帰る。スマイルパクトで変身するプリキュアのみんな、私を産んでくれた両親、宝物をくれたおばあちゃん、そしてキャンディたちメルヘンランドの妖精たちが待つあの世界へ。とすれば、本来“この世界”にいた私に、今私がいる居場所を返すことになるだろう。
だが、返す前に私が高校に入学するとしたら、私は他人の人生を決めたことになる。
学校は今日は休みで、一日中三者面談のための時間だ。廊下には静けさが漂い、生徒がほとんどいない校舎は異様に広く感じられた。教室のドアには、今日の面談予定が記された一覧表が貼り付けられていた。教室の黒板の前には、三者面談のために用意された机と椅子が4つ、2×2に置かれている。
私は緊張のあまり手汗をかきながら、先生と向かい合うように座り、お母さんは私の隣に、先生と向き合うように座る。
もう少しで気温も温かくなるが、教室の中はかなり暖かかった。高度の小さい太陽の光が直接教室に降り注いでいるからだろう。窓から差し込む日差しが、私の頬をじんわりと暖かくしていた。
先生の顔は穏やかだった。逆にそれが怖い。静かな微笑みの裏に、どんな厳しい言葉が待っているのかと考えると、心臓の鼓動が早くなった。
「まず、これを」
と先生が言うと、机の端に置かれた書類ケースからファイルを取り出し、そこから一冊の薄い本を取り出した。表紙には私の名前が書かれている。本にしては見開き2ページ分しかない。それは私の通知表だ。
担任の佐々木先生は、通知表を開き、私たち親子の前に見せるように机の上に置いた。そこに広がっていたのは、見るも無残な成績表だった。完全に自業自得だし、事実極まりない数値なのに、私は固まった。成績が悪いことはわかっていたが、改めて目の当たりにすると、胸の奥がズキズキと痛んだ。
だが私は知っている。次から頑張ろうと決意し、何度もその決意を自分の精神が踏みにじってきただろうか。
佐々木先生は各教科の評定が書かれた部分を指さした。
「みゆきさん、成績について話し合いたいと思います」
先生はもう一枚A4の紙を取り出した。折れ線グラフがいくつも見えて、それは私の成績の推移だとすぐに理解できた。グラフが印刷された用紙も、通知表と同じように私とお母さんの前に提示される。縦軸は学年内での点数の偏差値らしい。偏差値についてよく知らないが、私が学校の中でどのくらいの立ち位置なのかがわかりやすくなる数値だ。横に伸びる折れ線は、今にも横軸に上からの張り付きそうだった。
しかし、一つだけちょっと伸びているグラフがあった。先生は、そのグラフを指さす。
「数学が少し伸びていますね」
ほぼ横ばい状態だった2年生になっての成績のグラフで、唯一上向きの教科だった。
「そうですね……」
お母さんは意外そうだった。
「はい。特に計算問題の正答率が特段アップしています」
理由はもちろん、れいかちゃんによるスパルタ教育の賜物だ。計算問題を私が解けるようになるまで、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もやらされた。
れいかちゃんは「みゆきさんがこの先に進んでもよいと判断するまで解かせます。10問でも、100問でも、1000問でもです。ちなみにその間、絵本等娯楽、昼寝は認めません。お手洗いと食事以外は永遠に問題を解いてもらいます」と言っていたが、私は冗談だと無理やり思っていた。しっかり事実だった。気が遠くなるほど計算させられたのだ。さすがに成績は伸びてもらわないと困る。
すると先生は、今度は別の教科を指さした。
「逆に、国語の成績がかなり気になりますね」
私は国語が苦手だ。文章では知らない単語が出てきていつも頭を悩ませることが多い。ことわざなんて知らないよ!と愚痴をこぼしながらいつもテストを解いている。お母さんはこれも意外そうだった。
「どうしてか、この子転校してから国語の成績がうんと落ちたようで……。よい成績とはいえないまでも、平均点くらいは取れそうくらいでしたのに……」
転校前の私。つまり、《この世界にもともといた私》のことだろう。彼女は私よりも国語が得意だったようだ。それはもう、自室に積まれたあの難解な本の数々。毎日読んでいれば成績は自然と上がるだろう。ちなみに、私がテストで平均点を獲ったことなんて一度もない。
そう考えていると、先生とお母さんの会話は続く。
「星空さん。みゆきさんが何か転校後以前の勉強で変わったことでも?」
「そうですね。娘が最近活字本を読まなくなりましたかね」
その答えに私は心の中で、ですよね! と叫ぶ。それが原因ですよね。お母さん娘をよく見てますね! とも頭の中で叫ぶ。
「読まなくなった原因に何か心当たりでも?」
先生は、私たち親子に向けてさらに質問してくる。私は上手いこと何か言えないかと考える。しかしそんな私をよそに、お母さんが返答した。
「それはここに来てみゆきが友達と遊ぶことが多くなったからだと思います。転校前はずっと家にいることが多かったんですが、転校してきて友達と出かけたりすることが多くなりまして、その姿を見てなかなか勉強しろと言えなかったんです」
お母さんは申し訳なさそうに、でも嬉しそうに答えた。私はいつも笑顔でいようとは思っている。しかしそれは生まれつきではなく、おばあちゃんや幼少期にできた友だちの影響が大きい。本来なら私は今よりずっと、寡黙で恥ずかしがりだったはずだ。
私が初めて“この世界”で友達を家に招待したときのことを思い出す。お母さんの感動していた顔が忘れられない。相当嬉しかったのだろう。数学の成績が伸びた━━とはいっても赤点回避が確実になったくらい━━のは、友達に頼ったからだ。別教科の成績が落ちれば成績としては意味は無いが、私自身としては意味のあるものだと思いたい。
先生はお母さんの言葉に頷き、優しい目で私たちを見つめた。
「なるほど、みゆきさんが友達と過ごす時間が増えたのは、素晴らしいことです。友達との交流はとても大切ですからね。しかし、勉強とのバランスを取ることも必要です。特に国語は、読むことが基本ですから、少しずつでも読書の習慣を取り戻していきましょう」
「は、はい……」
と私は返事をした。絵本なら無限に読めるのになあ、と思った。例えそんなことを言っても、「文章量が少なすぎるから駄目」と返される未来しかないだろう。
すると佐々木先生は話題を変えた。
「それで、進路のことについてですが……」
そろそろ中学三年生になるからか、私が一年後どうなっていくのかについての話題が始まった。先生はまたA4用紙を取り出し、私たちに見せる。この辺りの高校について、出願するにあたって推奨される5教科の点数が高い順に並んでいた。私についてだから、先生はもちろん下側の部分を指さした。そしてどこか神妙な声付きで話し始めた。
「率直に言いますと、今の成績では近隣の公立高校は厳しいですね」
「そうですよねぇ」
お母さんも納得していた。二人の雰囲気がより一層重くなったのを感じた。
私はこの時、先生があまり話したくない現実を話してくれたことを察した。私の学力からして、入学可能性のある高校がかなり絞られることは分かっていた。しかし、公立高校にいけない。それがどういうことを意味するのか、私は何も知らないことを知った。
「あの先生、公立高校に行けないっていうのは、どういうことなんでしょうか?」
私は勇気を持って尋ねた。
佐々木先生は一瞬ためらったようだったが、優しい声で説明を始めた。
「みゆきさん、公立高校と私立高校にはいくつかの違いがあります。その中でも特に大きな違いは、学費の面です。公立高校は国や自治体の支援を受けているため、学費が比較的安く抑えられていますが、私立高校はそうではありません」
お母さんが少し眉をひそめた。
佐々木先生は説明を続ける。
「例えば、公立高校の年間の学費は、授業料や施設使用料、教科書代などを含めておよそ10万円から20万円ほどです。しかし、私立高校の場合はこれが約3倍から4倍、場合によってはそれ以上になることもあります。年間で30万円から80万円程度が一般的です」
その言葉に、私は驚きを隠せなかった。数字の違いが大きすぎて、頭の中で整理するのに時間がかかった。
「それに加えて、私立高校では入学金も必要になります。それがさらに数十万円かかることもあるんです」
「入学金……」
私は驚きの声を漏らした。高校に入るだけでそんなにお金がかかるなんて、全く知らなかった。
「もちろん、私立高校には公立高校にない良い点もたくさんあります。教育設備が充実していたり、個別指導が手厚かったりします。しかし、それに見合った学費を払う必要があるということです」
先生の言葉を聞きながら、私は一層不安な気持ちになった。胸の奥がぎゅっと締め付けられるよう。それは┛この世界”ではなく、私が“あの世界”に戻った時のこと。どのような形で戻ってくることになるかは分からない。だが、戻ったとして私の将来はどうなるのだろうかと考えた。
顔を上げると、佐々木先生の穏やかな表情が目に入った。彼は私の不安を感じ取ったのか、優しい笑顔を浮かべてこう言った。
「でも、みゆきさん、まだ時間はあります。これから頑張れば成績を上げることは十分に可能です。私もお母さんも、全力でサポートしますから、一緒に頑張りましょうね」
私の隣に座っていたお母さんも、柔らかな目で見つめてきた。
「みゆき、お金のことは心配しなくて大丈夫よ。お父さんも私も、みゆきのためにできる限りのことをするつもりだから」
お母さんの言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥から温かいものが込み上げてくるのを感じた。心配をかけたくない気持ちと、支えてくれる家族の存在に感謝する気持ちが混ざり合った。
しかし、佐々木先生は現実的な視点も忘れなかった。
「ただし、もしも公立高校に進学するための成績が厳しい場合、私立高校の選択肢も真剣に考える必要があります。私立高校には奨学金制度もありますし、経済的なサポートも受けられる可能性があります。そのあたりもしっかりと調べて、最善の方法を考えていきましょう」
お母さんは真剣な表情で頷く。
「そうですね。私たちも情報を集めて、みゆきにとって一番良い選択を見つけていきます」
その姿に、私は頼もしさを感じた。お母さんがこんなにも真剣に私のことを考えてくれていることが嬉しかった。