三者面談が終わった。私は暗い気持ちで教室を出た。
”この世界”に来て、考えることばかりだ。二つの世界にそれぞれいる、人間はそう考えたらいいのだろうか。その答えはなかなか出せそうにない。私が”この世界”で歩む人生は、本来”この世界”にいたはずのもう一人の自分が進む道だったはずだ。私は”彼女”についてどのように思い、どのように動くべきなのだろうか。ただ、”この世界”で私自身が生きることだけはしてはならない気がする。なぜなら、私は他人の人生を奪っていることには変わりないのだから。
教室から出る。すると、廊下の壁近くに置かれたイスに見覚えのある人物がいた。
「あかねちゃん━━!」
廊下だから比較的静かに、彼女の名前を呼ぶ。
そういえば、私の次はあかねちゃんだったね。
もちろんあかねちゃんの隣には、日野家のお母さんが座っていた。私のお母さんと挨拶を交わしている。
夏休みの花火大会では、私はプリキュア5人で屋台を回ったが、お母さんたちの交流も見られた。それが無くても、学校の保護者会議などで顔合わせはしてるだろうけど。
教室では、私の通知表や成績が書かれた紙をしまい、あかねちゃんとの面談を行う先生の姿があった。少しだけなら会話ができるはずだ。私は互いに距離を詰めて、小さな声で話す。
「みゆきどうやった、成績」
「えっと。数学がちょっと伸びた。国語は絶望」
「まあそんなとこやろ。うちも英語に関しては先生に何言われるかわからん」
「先生そんなに怒ってなかったし多分大丈夫」
「ほんまか。それは良かった」
お互い成績が芳しくないもの同士、先生に何を言われるか分からなくて怯えてしまうことも珍しくない。いやまあ、勉強すればいい話なんだけどね。それが簡単にできたら苦労しないけど。
成績のことで神妙な顔をしていたあかねちゃんは、少し顔が和らいだ。
「あ、それとみゆき」
「何?」
「昨日の部活でれいかと話したんだけど━━━━」
「うんうん」
「お花見いかんか?」
「お花見!」
「みゆき!」
魅惑的な提案に思わず、声に出してしまい、お母さんにかすれ声で怒られた。
「いつ?」
「うーーん。昨日ちょっと話しただけやから正確にはねえ」
「そっか」
そういえば七色ヶ丘で私はお花見にいったことが無い。”前の世界”でも”この世界”でもだ。ちょうど私が転校してきた時期に満開くらいだったから、転校のドタバタでする暇はなかったのだ。私が”前の世界”で持つ最後の記憶は、お母さんから買い物を頼まれた時のこと。それからもうしばらく経てば桜の季節だったので、”前の世界”で花見ができないのは残念ではある。
そういえばニュースで、今年の花盛りは例年に比べてかなり早いみたいなことを言ってた気がする。だから今年は新学年が始まる前に来るとか来ないとか。ちょうど学年末の時期と重なったこの時期に行いたいと思うのは自然だろう。
「まあ私はいつでもいいよ。部活とかないし」
「おっけー」
そこで、教室の向こうから先生の声がした。
「ほんじゃあな。みゆき」
「うん」
私はあかねちゃんと別れ、教室を後にした。
三者面談から数日後。この日は待ちに待ったお花見の日。朝から快晴で、桜の花びらが青空に映えて美しく、絶好の花見日和だった。私はあかねちゃん、やよいちゃんと一緒に花見会場へ向かう。
花見をするにあたって2チームに別れた。
まず、弁当を作るチーム。私、あかねちゃん、やよいちゃんの3人。予定の都合上、起きる時間が比較的遅いということで、朝に弱い私たち3人が黄瀬家に泊まり込みでお弁当を作ったのだ。弁当を3人で作ったといっても私はほとんど何もしていない。せいぜいお弁当箱に料理を詰めたくらいだ。なので、重い重箱を両手を使って持っている。
そして次に場所取りチーム。なおちゃんとれいかちゃんが早朝から花見会場に向かって、持参してきたブルーシートの上で私たちを待っているはずだ。
花見会場は《七色ヶ丘総合公園》という場所だ。
ここは、アミューズメント施設としても運動公園としても都合がいい。
例えば、総合体育館。二階席の観客席に囲まれたアリーナにはバレーボールやバスケットボールができる。体育館内には剣道場もあった気がする。また、他にはサッカーラグビー、あとは野球専用のフィールドが広がっており、地元のチームが練習をしている姿が見えた。
七色ヶ丘で部活の総体がある時は、あかねちゃん、なおちゃん、れいかちゃんがこの場所にくることが多い。
私たちはジョギングコースを通り抜けて、芝生広場を目指す。
桜の花びらが風に舞い、淡いピンク色の花を咲かせた桜がトンネルになって目の前に広がっていた。私たちはその美しい道を歩きながら、広場に向かって進んでいた。
「わあ、すごいね!」
やよいちゃんが目を輝かせて言った。
「ほんまや、満開やな」
あかねちゃんもも感心しながら頷いた。
私も、その光景に心を奪われていた。桜の花びらが空から降り注ぎ、道の両側に並ぶ桜の木々がまるで夢の中にいるかのような幻想的な雰囲気を醸し出していた。花びらの柔らかな香りが、春の訪れを感じさせてくれる。私たちはコンクリートの上ではなく、桜色のカーペットに導かれるように歩いた。
途中、私は修学旅行でも使ったデジカメを用意していたので、桜をバックに3人で写真を撮った。”前の世界”での修学旅行では、私は《大凶パワー》によって、決していい写真を撮れなかったときもあった。だから写真を撮るときは自分で、細心の注意を払いながら取るようにした。もちろんこの後は5人でも撮りたい。
広場に到着する。ほぼ円形の広場にはブルーシートなどを敷いている団体客が、数百人いた。家族で、恋人同士で、仕事場の集まりらしき人たちもいた。そして友達で来ているだろう人も大勢いた。周りには桜の木々が覆い、数百人が桃色の花びらに囲まれた空間は、外の世界との接触を閉じているように感じた。
私たちは目を凝らして、待ち合わせをする親友たちの姿を探す。
「みゆきちゃん、あかねちゃん、やよいちゃん! こっちだよ!」
すると、なおちゃんのほうから私たちに気が付いたようで、手を振って呼びかける声が聞こえた。私たちは笑顔で駆け寄った。
彼女たちがシートを広げている場所は、ちょうどソメイヨシノとシダレザクラが見渡せる絶好のロケーションだった。
「お待たせ! すごくいい場所取ってくれたね!」
やよいちゃんが息を切らしながら言うと、れいかちゃんがにっこりと微笑んだ。
「頑張って早起きしましたからね」
「そういえば、二人とも何時起き?」
私の質問に答えたのはなおちゃんだった。
「えっとねえ。あたしは5時かな」
「ご、5時!」
今日のその時間、私はしっかり夢の中だった。予定では6時に起きるはずだったけど、結局20分くらい遅れて起きてしまったのだ。
私は持っていた重箱をシートの上にドシンと置いた。手が半分棒になりかけていたので、半ば力を抜いただけだけど、一応重箱が落ちた衝撃で壊れないように力加減はした。
するとあかねちゃんが、ブルーシートの上に置かれたジュースなどに気がついた。
「そういえば、飲み物とかどうしたんや?」
「先ほどなおが買いに行ってくれました」
一度場所どりをして、れいかちゃんが待機、なおちゃんが買い出しをしたということだろう。
時間を見れば今はもう11時くらいだ。普段と比べて朝早く起きたし、なおちゃん以外もみんなおなかを空かせていることだろう。
「それじゃあみんな、もう食べ始めようか」
私の提案に、4人━━特になおちゃん━━は喜びの返事をした。
重箱を一つ一つ開けていく。
一段目には、二種類のおにぎりが、俵状になって置かれている。ひとつは、香ばしいゆかりごはんで、紫色のゆかりがふりかけられ、ほんのり甘酸っぱい味わいが口に広がる。もうひとつは、枝豆ごはんで、枝豆の鮮やかな緑と、ふっくらとしたごはんの相性が絶妙だった。それぞれが食べやすく、一口ごとにお花見の楽しさを引き立てる。
二段目は、おかずがぎっしりと詰まっていた。まず、ジューシーで香ばしいからあげが、食欲をそそる香りを漂わせていた。次に、かわいらしい形のたこさんウインナーが、子どもから大人まで人気の一品。照り焼きチキンは、甘辛いタレが絡み、しっとりとした肉質が食欲を引き立てる。卵焼きは、ふわふわで甘めの味付けがされており、どこか懐かしい味わいを楽しめる。最後に、ベーコンとしいたけの串焼きが、ベーコンの旨味としいたけの風味をしっかりと感じさせてくれた。これらのおかずは、どれも食べごたえがあり、食卓を華やかに彩る。
三段目には、色とりどりのサラダとフルーツが並んでいた。ポテトサラダは、クリーミーでほんのり甘く、ポテトのホクホク感が心地よい。かぼちゃのサラダは、かぼちゃの甘さとクリームのコクが絶妙にマッチし、軽やかでありながら満足感のある一品。フルーツとしては、オレンジが爽やかに彩りを添え、果汁がジューシーでさっぱりとした味わいが特徴。三色団子は、見た目にも楽しく、もちもちとした食感と甘いあんこが、デザートとして最高の締めくくりを提供していた。
「美味しそうーー」
となおちゃんが涎を垂らしながら弁当を見ている。
私たちは持ってきた紙コップにお茶を入れて、紙皿に食べ物をのせた。
ふとあかねちゃんが自分のコップを持った。私たちの花見計画では、あかねちゃんが乾杯の音頭をとってくれる約束だ。
私たちは座る向きを、あかねちゃんの方に修正する。
音頭役はコホンとわざとらしく咳ばらいをして、軽快に話し始めた。
「皆様、本日は待ちに待った花見の日です。司会を務めさせていただくのは
あかねちゃんの自己紹介の後、私たちは拍手を軽くした。
「本日はお日柄もよく、このような最高の天気で進められたことを嬉しく思います。
この花見会の発端といたしましては、みゆきが七色ヶ丘に来て、うちらはプリキュアとなり戦う日々が始まり約一年。最近はコアソウルによる被害は激減しているものの、未だ予断を許さない状況です。なので、このような機会を使って今まで以上に親睦を深めたい、うちらをプリキュアに誘ってくれたみゆきに感謝したい、という名目でシンプルに花見がしたいという欲望のままうちとれいかが考案しました
やよいの家でのお弁当作り、みゆきのお弁当運搬、なおの場所取りと買い出し。みなさんの協力あってこそ、開くことができました。
本日の花見につきましては、綺麗な桜とご馳走だけではございません。ババ抜き大会、サイコロトーク、そしてみゆきの一発芸がございます」
「えっ」
ちょっと待って。私何も聞いてないんだけど。
私の反応は誰にも届くことはなく、あかねちゃんの音頭は終盤へ。
「一つ注意点がございまして、当公園での夜桜見物は午後10時までとなっておりますが、うちらは保護者同伴でない中学生ゆえ、日が暮れるまでにはさっさと帰るようにしましょう。楽しい時間ではありますが時間の流れにも気をつけていただければと存じます。ではみなさん。飲み物を持って」
私はぽかんとしながら、コップを手にもった。あかねちゃんとそんな約束したかな━━なんて思いながら、乾杯を待つ。
「ではこの先は心ゆくまで楽しみましょう。乾杯!」
「かんぱーーーーい」
と私たち5人は、互いの紙コップを触れさせた。
私の一発芸はさすがに冗談だと思うようにしよう。何も聞かされてないし。
と、一抹の不安要素は頭の中で無理やり消去して、お弁当を楽しんだ。
大きな広場の中で、みんなとお弁当を食べるこの瞬間は開放感を感じた。
みんなと過ごす時間が楽しい。”この世界”のみんなとの時間の一つ一つが、私にとっての宝物だ。
そういえばれいかちゃんの留学の話は何一つ聞かなかった。声がかからなかったのか、即断で断ったから私たちまで話が来なかったのかはわからない。とすると、中3が終わるとき、即ち私たちの卒業まではいることになる。
そうなれば、私たちの道は枝葉のように分かれることになる。れいかちゃんがこれから先永遠に日本にいるとしても、私たち4人との学力の差からして、5人が同じ高校に行くとは考えにくい。七色ヶ丘から離れた進学校に入学するだろう。しかも、あかねちゃんとなおちゃんは部活による推薦による理由で遠くのほうに行くかもしれない。そうなれば、私たちは離れ離れになるのだ。
大人になって、結婚して、おばあちゃんになって、しわくちゃになった私が過去を思い出すとき、どれだけ今のことを覚えているだろうか。脳裏に染み付いた学年末テストの凄惨な点数も、修学旅行で買ったお土産の内容も、一日ずつ積み重ねてきた日常も、どれだけ私の中に残っているのだろうか。決して忘れることのない映像として脳内で再生され続けるのか、それとも夢のように消えていくものなのか。
━━いや、そもそも私は”この世界”の住民ではない。”別の世界”から来た人物なのだ。本来”この世界”の七色ヶ丘に住んでいるべきなのは私ではない。もう一人の星空みゆきだ。”前の世界”のみんなはどうしているだろうか。
あれから一年経って、私は失踪したまま卒業の年を迎えることになっただろうか。
色々考えるようになると、どれだけ私が無知なのかがわかってくる。世界は広くて、複雑だ。絵本の世界と同じくらいに不思議なことで満ち溢れている。
私は感傷に浸りながら、紙コップに中にいれたジュースを飲んだ。
「なあみゆき」
あかねちゃんが微笑みながら私に話しかけていた。
「七色ヶ丘でお花見ってやったことはないんやろ」
「うん」
私は広場を囲うように植えられた桜の木々を見渡す。ここは日本だから、多分あの桜はソメイヨシノだ。桜の木々はまるで大きな花のドームのように広がっていた。桜の花びらが密集して咲き誇る姿は、まるで淡いピンク色の雲が木々にまとわりついているかのようだった。
花びらが風に揺れるたびに、淡いピンクのシャワーが降り注ぎ、地面を優しく染めていた。その下に広がる芝生がまるで桜の花びらに彩られた絨毯のよう。
「みゆきさん」
ふとれいかちゃんが話しかけてきた。笑ってはいるものの、内側からなにかぐつぐつと煮えたぎる感情が見えた。
「な、なに?」
困惑しながら私は聞く。
「《クローン》って知っていますか?」
「クローン? えっとコピー人間のことだっけ?」
いきなり何かの話が始まった。今私は桜について話していたのに、突然カガクの話になった。正直な話、今小難しい話はしたくないのだけど、どうしても私に教えたそうなれいかちゃんの意思をくみ取ることにする。
れいかちゃんは一度頷いた。
「イメージとしては合っています。もう少し詳しく言いますと、本物にそっくりに模造したもののこと。クローンは人間だけのことではないですね」
「へーーーー」
「実は私たちが眺めているソメイヨシノもまた、クローンです。全て同じ遺伝子を持っていることが研究で確認されています」
「━━━━そうなんだ」
私はぽつんと呟いた。だから何? と思ったけど、これかられいかちゃんがとんでもない話をすることを信じよう。
するとれいかちゃんが一つ質問をした。
「ひまわりはどうやって子孫を残しますか?」
「ひまわり?」
今は春なんだけどなあ、と心の中で愚痴をこぼしながらも必死にひまわりの姿を思い浮かべる。黄色い花びらの中に黒い丸。
「えっとーー。花の真ん中にある種が地面に落ちてそこから蕾がって感じかな」
「はい。つまり、向日葵は自分の力で子どもを作ることができるということですね」
「そういうことやな」
同じく話を聞いていたあかねちゃんが頷く。しかし、言葉の意味は理解できても、話の流れがわからないのは私と同じようだ。
しかし、やよいちゃんは何となく流れを察していた。
「つまりソメイヨシノはそういうことができないってこと?」
「はい。その通りです」
しかし二人で話を簡潔されてもわからないものは分からない。そんな私を見たのか、れいかちゃんが一つ。
「みゆきさん。みゆきさんのお母さんとお父さんは、みゆきさんと同じ”人間です”か?」
”人間である”とは、犬であるとか猿であるとか雉であると同じ意味だろう。そう考えれば、頷くことしかできない。
「まあ。
「人間であるみゆきさんは、人間であるご両親二人から産まれたというわけですね」
「うん」
「また、みゆきさんは将来人間の方と結婚して人間の子どもを産むというわけですね」
「まあ。そうだよ。絶対結婚するとは決まったわけじゃないけど」
「ソメイヨシノはそれが出来ないんです」
ようやく私は理解した。つまり、ソメイヨシノは子どもを作る力がない。親になることができない。
「ソメイヨシノは自分の力だけでソメイヨシノを増やすことができないというわけだね」
「はい」
れいかちゃんは頷いた。
すると、なおちゃんが質問した。
「じゃあ、ここにあるソメイヨシノはどうやって生まれたんだ?」
恐らく、この質問の答えが、れいかちゃんがこれから言おうとしてことなのだろう。
「それがクローンについてと大きな関りがあります。まず、ソメイヨシノの最初の一本についての話をしましょう」
最初の一本の意味はわからなかった。話を聞けば、または聞いた後質問をすればわかるだろう。
れいかちゃんは、ソメイヨシノの歴史について話をした。
「ソメイヨシノは江戸時代末期、染井村という場所で生まれました。その村には多くの植木屋が集まっていて、オオシマザクラとエドヒガンという二つの桜を交配させて、新しい品種のソメイヨシノを作り出したんです」
「それが最初の一本というわけやな」
「ええ。ここからなおの疑問の答えに入ります。その後、ソメイヨシノは《接ぎ木》という方法で増やされていきました」
あかねちゃんと少し言葉を交わし、ソメイヨシノの増え方について説明しだした。
「接ぎ木というのは、例えばオオシマザクラの根にソメイヨシノの枝を差し込むことで、同じ遺伝子を持つ新しい桜の木を作る方法です。最初の一本から取った枝を使って、次々と新しいソメイヨシノの木が作られたんです。
つまり、あれらのソメイヨシノは全て、最初のソメイヨシノと同じDNAを持っているのです」
それこそが、れいかちゃんが話したクローンというものだ。枝を一本取って、他の木の根から自分と同じものをつくりだすということだ。最初の一本のソメイヨシノと、今私が見上げているソメイヨシノの美しさが変わらなかったとしたら、後者は前者のクローンとなる。
「それにしても、どうしてそんな話を」
「はい。ソメイヨシノについてみゆきさんに教えることができたらなと思いまして。昨日の夜徹夜して調べてきました」
なおちゃんが今日は5時起きと言っていた。だかられいかちゃんも負けず劣らない時間に目覚めたことだろう。それなのに、わざわざ私に教えたくて調べるなんてどうしたものか。そこまで私にする必要があるとは思えないが、勉強になったのは事実だ。最初は乗り気じゃなかったけど、ためになった。
「ありがとう」
私はお礼を言うと、れいかちゃんは話し出した時のような表情になった。笑っているが、内側では燃えているような。
「いえ。”私”が教えたこと。それも含めて覚えていただけたなら━━━━」
すると、けたたましい音のサイレンが耳をつんざいた。思わず耳を塞いでしまった。音のするほうへ視線を向けると、広場の端に設置されたアナウンススピーカーから鳴っていたようだった。
突然のサイレンに広場にいる人たちは混乱していたが、サイレンが鳴りやみ、アナウンスが聞こえ始めると落ち着いた。
「公園の北側に怪物が出現しました! 直ちに公園から離れて、安全な場所へ避難してください! 公園の北側に怪物が出現しました! 直ちに公園から離れて、安全な場所へ避難してください!」
何度も繰り返されるアナウンス。しかし、広場にいる人々はしばらくの間、混乱の中で立ち尽くしていた。放送の内容に現実感がなかったのか。だけど、その沈黙は長く続かなかった。
突然、遠くから轟音が響き渡り、空気を震わせた。まるで地面を揺るがすような強烈なものであり、広場の中の人々の心臓を一瞬で凍らせた。
「に、逃げろ!」
一人の叫び声が広場に響き渡り、その声に反応するように、無数の人々が一斉に動き出した。人々は必死に広場を離れ、南側の出口に向かって駆け出す。身の回りにあった物を無視し、ただただ安全を求めて走る姿はまるで流れ星のようだった。群れを成して走る人々の中で、子供を抱える親や、転びそうになりながらも必死に走る者、そして怪物の影を気にしながらも逃げる者が入り混じっていた。
轟音が再び遠くから聞こえ、その音は徐々に広場に近づいてくるような気配を感じさせた。人々の顔にさらに恐怖の色が浮かび、身の危険を感じ取りながら必死に走り続けた。逃げる道が込み合い、人々が押し合いへし合いながら進む様子は、まるで大きな波に飲み込まれるようだった。
私はこれがコアソウルのもだと確信した。
許せなかった。ここにいる多くの人々を恐怖と混乱に陥れたこと。そして私たちのお花見を邪魔したこと。私は立ち上がり、音のするほうへ視線を向けた。