私たちよりはるか上空で風船の紐につかまり、猿型のコアソウルが柿を投げてくる。
そのたびに爆風が舞う。木々は焼け、焦げ臭さが鼻につく。
かといって、上空のコアソウルを墜落させようと、コアソウルがつかまる風船を割ろうとしても、風船の中に入った《虚空の泥》という、だれもが初めて聞く物質が世界を壊す。
世界を壊す、とは私には比喩表現には思えなかった。
砂よりも軽く小さい泥は、瘴気のようにふんわりとあたりを漂うと、地面にあった草木が枯れ、地面そのものがひび割れ消えていった。
ここ、おばあちゃんの大切な場所だ。人も、家も、田畑も、自然も、景色も。体のことを心配して引っ越しを提案する子孫も押しのけ、この場所に居るおばあちゃんの魂そのものだ。
だから私は、私たちは何としてでもあのコアソウルを倒さなければならない━━━━。
だけど、地面にいる私たちプリキュアは《泥》が怖くてうまく動けない。光や火を放ったところで、風船の本体に当たる可能性が頭にこびりついている。
そんな中一人だけ、動くプリキュアが一人。
ビューティは、弓矢をもう一度風船の”紐”を切ろうと弓を放とうとする。氷で作られた矢を、これまた氷で作られた弓の弦に触れさせようとする。
「待って!」
私はビューティに呼びかける。
彼女はびくりと体が揺れ、止まる。雪のように白い肌には先ほど私が見たような汗が、幾筋にもわたって流れていた。
「━━では、」
ビューティは私に訴えかけ、嘆くように口を開く。
「では、私は何をすればいいのでしょうか」
ビューティはただ自身の持つ弓矢に目を向けている。構えた矢を放ちたいという意思が見て取れた。
私は自分の思う事実を伝える。
「それは━━━━分からない。だけど、風船を割ることなんてやっちゃだめだと思う」
”この世界”がどの地点で、”私のいた世界”と分かれたのかは分からない。だけど、もう一人の私が確かに存在する以上、つながりは無い。だけど私はこの世界を、みんなを守りたい。あの《泥》がすこしでも当たれば、何もかもが無になる。それは自然や建物だけではない。きっと人の体も、魂も。確証は全くないけど、そんな予感がする。
「それは、この私が、紐を切る弓矢の技術がないからでしょう」
「━━━━そうなるね」
「そして、”もう一人の私”はその技術があると」
ビューティは確信をつくように、私に問いを投げかけてくる。
確かに《バッドエンド王国》と戦いで私と肩を並べて戦ったキュアビューティは、弓を使う機会は少なかったけれども、弓の狙いは正確無比だった。本人曰くまだまだそうだけど。
でもプリキュアとなった彼女なら━━━━。
私の答えは明確だった。口はつぐまない。何かを隠して得られる幸せなんて、ここにいる全員は望んでいないからだ。
「きっと”あの世界のビューティ”なら、多分簡単に紐を全部切ると思う」
汗すら掻くことすらなく、瞬く間にすべて切断するに違いない。
「━━そうですか」
私の目の前で当たらない弓を構える彼女の心情は、推し量りかねた。同じ名前、同じ顔、同じDNAのはずなのにそこまで違うのかと思ってはいるのだろうけど、だけどそのショックの《大きさ》は私には分からない。
それは私たちが友達であるけど、他人でもあること。
そして”私”は”もう一人の星空みゆき”に羨ましいと思ってはいないから。
この私が、”あの世界”で進んできた道に、なにより誇りを持っているからだ。そして二人の”星空みゆき”は別人だからだ。
私は私の主観時間で約16年前に”あの世界”で産まれ、転校を繰り返す中で、あるときは鏡の妖精さんや、小さい頃に見つけた絵本の主人公に大切なことを教えて貰ったりしながら、七色ヶ丘にやってきて、みんなと出会った。
おばあちゃんのいうことから推測するなら、”この世界”の私はきっと小麦色の髪が揺れるあの子に会わなかったんだろう。その代わりに時を過ごしたのはウサギのぬいぐるみ。もし二人の私の性格が同じでも、それは”結果的”。”過程”の内容が違うのだから、私たちは別人なのだ。
私は、”この世界のビューティ”に、”この世界の青木れいか”に語りかける。
「でもそれは”別世界のれいかちゃん”が、ずっと弓道をやってきたからだよ。でも、”この世界のれいかちゃん”は違うでしょ」
私の問いに、ビューティはただ見つめる。自分の弓矢を手放した。弓矢は地面に落ちると、溶けて消えいった。
じっと虚空を見つめて、一度頷いた。
「━━そうですね。みゆきさんによって、大切なことを思い出させてくれました」
そうして私に笑みを浮かべるビューティは、頼もしさがあった。
「もし、あの猿を落とすことができたのならば、決して逃がしません。私の剣により一瞬で倒します」
その言葉に私たちは首を縦に振った。
私たちがいろいろ言い合っているうちに、コアソウルの高度は数百メートルまで上昇していた。夜空に浮かぶ風船の群れは、まるで星々が集まっているように見え、その中に混じる猿型のコアソウルは風船にしがみついているだろう。風船の数は尋常ではなく、何十個もあるように見えた。
「でも、どうするの?」
私は焦りを感じながら、空を飛ぶコアソウルに対してどうやって対処するのか、頭をひねった。
しかし、なかなか有効な手立てが浮かばない。正直、考えることにしては自分に期待はしていない。
「だったら近づけばいいんや! それだったらできる!」
サニーが自信ありげに言った。その言葉には、確固たる決意が込められており、私たちの不安を少し和らげてくれた━━わけではなかった。
「そうだね。あたしも考えていたよ」
マーチが冷静に、当たり前かのように言った。
「……そうか」
サニーの意気が一気に消沈し、ピースはくすりと笑った。
「それではハッピーシャワーで飛ぶのはどうですか」
ビューティが提案した。彼女の言葉には、冷静さと確実な判断が込められていた。
ハッピーシャワーを使って空を飛ぶという手段は、私が何度もやってきた手段だ。
改めてビューティに言われると、その方法の確実性を感じた。
「わかった。ビューティを信じるよ」
私は承諾し、その方法に賭けることに決めた。
私たちはもう少し作戦を練り上げ、その後、私は走り出した。
緊張感が高まる中、私は心の中で決意を新たにする。うまくいかなければ、あの《泥》が街に降り注ぐ可能性はおおいにある。自分の中で恐怖と戦いながら、私は飛び立つ準備を整えた。
「《プリキュア・ハッピーシャワー》!」桃色の光線を地面に向かって放ち、私は飛翔した。まるでロケットのように夜空に向かい上昇する私。
猿型のコアソウルは私に気が付き、当然のように私に向かって柿を投げてくる。その柿は小さな爆弾で、私の進路を妨害しようとしている。しかし、これは先ほど話し合った時に想定されていた状況だったので、私はやるべきことを分かっていた。緊張しつつも、私は冷静さを保とうと努めた。
極小の《ハッピーシャワー》を空に放ち、避ける。
私は自分に言い聞かせながら、巧みに柿を避ける。もし私しかこの場に居なくて、この時の対処法を相談していなかったら確実で気合で突っ込むだけだろう。爆炎が風船に当たり、風船が破裂する可能性があることにも気が付かず。
下を見れば、みんながコアソウルの投げた爆弾に対して対処をしていた。
「はあああああああ!」
とはいえ方法は簡単で、サニーとピースが爆弾を見つけてマーチが蹴り返すだけだ。
しかし、その精度は驚くべきもので、風船や周りの住宅や自然に当たらないようにしていた。きっと、これはマーチが日々サッカーをしていた結果なのだろう。
私はすかさず近くの紐に飛び移り、コアソウルへ近づいていった。紐から紐へと飛び移る猿は、私があたふたする間に一瞬で遠くの風船へ移動してしまった。特に、私がうまく下を飛ぶ風船に跳ぶのに苦労している様子を見て、彼はその素早さを活かして逃げていた。
だけど私は焦らない。
次第に、私はその動きに慣れてきた。猿ほどの速度で動けなくても、誘導することには成功していた。コアソウルを下へと追い込んでいったのだ。
そして私は下へ跳ぶ。しかし今回は紐をキャッチするのではなく、風船の上に飛び乗ることにした。楕円体の上側なので、少しよろけたが、自由に腕を使えるようになった。紐を掴んでいるときのような不安定さはなかった。私の中で安定感が増し、自信が湧いてきた。
コアソウルはまだ下に逃げようとしていた。しかし、下を見ると、既にサニー、ピース、マーチが待ち構えていた。彼女たちはコアソウルの下方向にある風船に紐に飛びつき、逃げ場を塞いでいた。
「これで逃がさんで!」
サニーが力強く言い放った。その声には、確固たる決意と自信が込められていた。
コアソウルは何とか逃げようと他の場所に飛ぼうとする。しかし、それは私が待ち構えている瞬間だった。私はコアソウルに向かって、風船を蹴って飛びかかる。猿の手には再び柿が握られていたが、それを投げる前に、私のかかとがコアソウルの頭に命中した。
コアソウルは大きくバランスを崩し、風船の紐を離して落下し始めた。
━━ここからだ。私たちは何のためにビューティを地面に残したのか。
ビューティは右手に一本ずつ氷の剣を持った。そしてコアソウルめがけて走り出した。彼女の動きは軽やかでありながらも、その一歩一歩には確固たる決意が感じられた。氷の剣が月明かりに反射し、冷たい光を放っている。
もしコアソウルを逃がし、風船で逃げられたら、私はもう一度コアソウルを下側へ誘導する自信は無い。コアソウルはある程度学習することができるので、同じ手は通用しないのだろう。
つまり、チャンスは一回。
その時、頭の片隅にあった、敵の最終手段が見えた。視線を遠くに移すと、ジラがビューティのほうを見つめているのが見えた。彼は無表情のまま、持っていた本をビューティに向けて開いた。
「行きなさい」
ジラが冷たく命令する声が聞こえた。
彼が持つ本から異形の怪物が現れた。その姿を見た瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
怪物は、高さ3メートルを超える巨大な体を持っていた。一見するとトカゲに翼が生えたような、西洋のドラゴンのような姿だった。全身は硬い黒と深緑の鱗に覆われており、光を反射して鈍い輝きを放っている。頭部は三つあり、それぞれが蛇、ライオン、豚の形をしていた。その口から豚すらも鋭い牙が覗いており、赤く輝く目は見る者に恐怖を与えた。
背中には巨大なコウモリの翼が広がっており、体には四本の腕が生えていた。その腕にはそれぞれ斧、剣、槍、弓が握られていた。脚は力強く、鋭い爪が地面を掴んでいる。しっぽは鞭のようにしなり、その先端が恐ろしいほどの鋭さを持っていた。
これはコアソウルではない。もしかしたら、ビューティが初めて変身したときに戦った黒龍と同じように、コアソウルを倒しても消えないものかもしれない。
異形のドラゴンはドシンと大きな音を立てて、ビューティと、落ちていくコアソウルの推定落下地点の中間地点に着地した。目的は明白。ビューティの邪魔をするつもりだ。
━━だったら。
「ビューティ! そのまま走って!」
私は声を張り上げた。彼女に向かって叫ぶ。
私はハートを空に描いた。その軌跡は桃色のエネルギーが残る。線は粒々へと変化し、輝きを放ちながら形を保っている。私はそれを放った。
エネルギー弾はぐにゃりと回りながら、ビューティの後ろから追い越すような軌道に移動した。
ビューティはその動きを見て、自分の周辺で光のエネルギー弾が並走していると、その場所に氷の剣を作り出した。
剣はビューティの手に持たされるわけではないが、光のエネルギーを受けてきらきらと星屑のような光が現れる。そのまま共にビューティと平行に走り始めた。
私とビューティの合体技だ。その名前は、なぜか互いに知っているかのように、自然と口から出た。
「「《プリキュア・グラソンレイン・ライト》!」」
光のエネルギーを纏った氷の剣は、一瞬のうちに異形のドラゴンの方向へと向かった。その輝きは眩しく、敵を圧倒するほどの力強さを持っていた。
ドラゴンはその攻撃を察知し、四本の腕を駆使して防御態勢に入った。斧を振り上げ、剣を構え、槍を突き出し、弓は━━━━なにもすることなく持ったままだった。矢はどこにもない。その動きは迅速でありながらも、圧倒的な力を感じさせた。
しかし、ビューティの目は前を見据えて、決して逸らすことはなかった。
ビューティはさらに速度を上げ、氷の剣を持ったまま突進していった。
光のエネルギーを纏った氷の剣が、ドラゴンめがけて跳ぶ。ドラゴンはいくらかは剣をはじいたものの、いくつかの剣は怪物の硬い鱗に突き刺さった。その瞬間、氷の剣は一気に冷気を放出し、ドラゴンの体を凍らせていった。ドラゴンは苦しそうに咆哮を上げたが、その動きは次第に鈍くなっていった。次第にドラゴンの体は氷で覆われた。
ここからだ。ビューティは一度深呼吸をし、しっかりと氷の剣を両手で握り直した。一度すこし飛び、両かかとを同時に地面に着地させ、滑る。握った腕を頭の上側へ。凍った怪物の目の前で止まった。
直後、左手を踏みしめる。
ビューティの声が凛と響き渡る。
真っ直ぐに下に振り下ろされた剣は、氷漬けにされた怪物の体を完全に二つに割った。
割れたスイカのようにゴロンと地面に落ちたドラゴンの体は融けるように消えていった。
あれはきっと、剣道の《面うち》だろう。
完璧な姿勢で振り下ろされた姿勢は美しかった。きっと、いままでやり続けてきたことの成果なんだと思う。れいかちゃんが進んできた道の先にある極致。
ビューティは一瞬の隙も見逃さなかった。彼女の鋭い目は、落下していくコアソウルに釘付けだった。そして再び走り始める。
両手に握られた氷の剣は、2つに分かれていた。彼女の手の中でさらに冷気を放ち、周囲に淡い青白い光を散らしていた。その光は夜の闇を切り裂き、まるで星が集まってできたような輝きを放っていた。
ビューティは視線を固定し、冷静に心の中でタイミングを計っていた。その間にもコアソウルは地面に向かって落下を続け、形を変えながら最後の抵抗を試みていた。しかし、ビューティはそのすべての動きを予測し、完璧なタイミングで行動に移す準備が整っていた。
「これで終わりです!」
ビューティの声は、決意と力強さを帯びて響いた。彼女の言葉は、風を切るような鋭さを持ち、戦場全体に緊張感をもたらした。彼女は勢いよく地面を蹴り、コアソウルへと突進した。
その瞬間、ビューティの動きはまるで舞踏のように優雅でありながら、圧倒的な力を持っていた。彼女の剣は閃光のようにきらめき、次々とコアソウルに打ち込まれていった。剣が振り下ろされるたびに、その軌道を描く冷気が風のように舞い、周囲の空気を冷やした。
ビューティは二刀の技術を駆使し、巧妙に剣を操りながら、まるで嵐のようにコアソウルに攻撃を仕掛けた。その動きは一瞬たりとも止まらず、どこか儚げな美しささえ感じさせるほどだった。
猿のコアソウルは防御を試みようと両手を使い、剣戟を受け止めようとする。その努力は虚しく、ビューティの剣に対抗することができなかった。彼女の氷の剣は、まるで冷徹な裁定者のようにコアソウルの防御を突き崩し、その力を削ぎ取っていった。そればかりは、幾筋の剣閃がコアソウルの体に切り込みを入れる。その度に黒い液体が弾けるが冷やされ、氷の結晶が浮かび上がるように凍りついていった。
ビューティはまるで時間を止めたかのように、全身の力を集中させて剣を振り続けていた。コアソウルの動きが次第に鈍くなり、その防御が崩れていく中で、ビューティは最後の一撃を決めにかかる。
ビューティは左手の剣の峰でコアソウルの右腕の拳を受け止めた。鋭い一撃ではあったものの、剣は決して欠けることは無かった。
「おびゃああああああ!?」
私は今ようやく地面に垂直に頭から着地した。その後体が横に倒れうつぶせになる。そこで顎にふれている草に霜が降りているのがわかった。あたりは冷えていた。プリキュアになった私でも思わず凍えてしまうほどの冷気が場を満たしていた。草の霜は気温の低下と湿度が上昇し続けた結果だろう。
また、爆風によって燃えていた木々は低温によって炎の強さは次第に弱くなっていって、音もなく消えていく。
すると自分のパンチを止められたコアソウルの右腕が、剣から放つ冷気によって凍てつき凍る。決して逃がさないというかのように。
ビューティは左腕の剣を手放した。コアソウルを凍らせている氷に固定され、空中で平行に突き刺さっていた。
ビューティは体を捻り、横に回転させる。
「《プリキュア・クライオゼニック・ヘソン》!」
れいかちゃんに教えてもらったのだが、《ヘソン》とは。韓国語で彗星という意味らしい。
左手をもう一度前に踏み出し、回すことで生まれた剣閃の軌跡はまるで彗星のようだった。
コアソウルの体は横に振り回された剣の威力ではじけた。黒い絵の具のようなものが飛び出て、中からは紫色の霊魂のようなものが現れて、消えていった。
それと同時に━━━━、柿爆弾によって焼けていた木々ももとに戻った。
空中で風船の紐に掴まっていたサニーたちも地面に着地していた。
私はコアソウルを倒したビューティのほうへ走ろうとした。
すかっ。
「ふんんんんんんんん!?」
右足が地面につかず、体が前に倒れた。その地面にもう一度頭から着地した。
「ちょっと。大丈夫!?」
ピースたちは私に近づいてくる。
「これは━━━━」
すると、サニーたちは私を心配する声から、何かに驚愕する声に聞こえた。
何があったのだろうか、と私は地面に埋めりかけていた顔を、鼻の傷みを我慢してあげた。
ここは。
はだけた地面にぽっかりと開いた半径3メートルほど穴があった。
先ほど《虚空の泥》によって蝕まれた場所であることが容易に分かった。
「どうして」
私が行こうと思っていたが、逆に私たちのほうに駆けつけていたビューティ。彼女は私がこけて入った穴を見て、目と口を開けていた。
その気持ちはわかる。コアソウルによって壊された建物は何の原理によってかは分からないけれどももとに戻るはずだ。
それは”前の世界”でプリキュアをしていた時からの常識だった。
ウルフルンたちは人々(時に虫たち)からバッドエナジーを回収するためにバッドエンド空間を作り出していた。彼らがその場から離れた後、バッドエンド空間から元に戻るときに破壊された町ももとに戻った。
だけど、どうして━━━━。
コアソウルを倒してももとには戻らない大地に疑問を抱いていると━━━━。
「世界を壊すとはこういうことです」
無機質な声がした方向を向く。上だ。私は体を起こし、上空を向いた。
先ほど使った本を閉じて持つジラが浮いて、私たちを見下ろしていた。
「世界を壊すって━━━━」
マーチが声を震わせながら聞いた。
「何も残らない。さきほど、僕の下にあった草や地面は”この世界”から存在が完全に消滅しました。少し使ってみましたが、効果はあったようです」
ジラの口調が淡々すぎて、そして緑川家の事件によって、嘘をいっているようには見えなかった。
そして私は、ジラの言葉にひっかかりを覚えた。
「使ってみた━━━━」
「はい」
「あなたは、”この世界”で何をしようとしているの」
ジラが最も顕著だった。やってみたといわんばかりにコアソウルを生成し、私たちを弄ぶ。だけどそこに何の感情も興味もない。”この世界”の人間など、何とも思っていないようだった。
ジラは私のほうを見つめた。眼鏡の奥に移る瞳に光は無かった。
そして彼は、私自身を見ていなかった。視線の先は私ではなく、私の奥底にあるようだった。
「《虚空の泥》にあそこまでの拒絶反応を見せた……か」
拒絶反応とは、泥に私が気持ち悪くなったということなのだろうか。
そしてそれは━━━━私だけ?
ジラたちは私に対してそう思っているのだろうか。
分からない。分からない。
もしかすると、知らないほうがいいのかもしれない。
━━だけど、私は一度知らないハッピーを否定したんだ。
「どういうこと……? 私の拒絶反応に何の意味があるの? それは私が”この世界”に来た意味になるの!?」
疑問の言葉は自分でも次第に熱を帯びていくのが分かった。私の強い物言いに、ジラは何の表情の変化もなく、それが逆に私の感情を逆なでしていくようだった。
「もう少しでわかるかもしれませんね。あなたがそう思うのかは分かりませんが」
ジラは上昇していく。
そしてジラは上空に開いた黒い穴の中に入っていき、最後に━━━━。
「もし”この世界”のことを思うのであれば、戦わないことですね」
そう、言ってジラは消えていった。
私たちはさっきまで穴があった場所を見ながら、戦わないことに意味を考えていた。
邪魔をするなら倒す。そういう意味にしか私も、みんなも、れいかちゃんもそういう意味にしか取れなかった。
翌日の昼。私たちは盛大に遅起きをした。ただでさえ遅寝をして、未明ごろは戦ってその疲労もあったからだ。時間帯的に朝食なのか昼食なのかわからないご飯を食べた。
そして私たちはこの地域に人たちの農業の手助けをした。どうやら昨日未明に起きた爆発の跡片付け━━らしい。
「いやーーーー。それにしてもここだけとはなあ」
「被害はそうとうだと覚悟してたんだけどなあ」
意外と被害が少なかったことに、安堵したり疑問に思ったりする人たちに対して「そうですねーー」と軽い笑顔で受け応えたりをしていた。
私たちはシャベルなどで土を埋めた。
地元の人がユンボに乗ってたりして、初めて見たとやよいちゃんは興奮していた。
そして完全に埋めた時には日が暮れていて、私たちは夕食を食べた。
その後は昨日できなかった花火をした。線香花火ではれいかちゃんが最強すぎた。
寝る前は持ってきたトランプで遊んだりした。意外とやよいちゃんが強く、逆に私は一生貧民なんだと思い知らされた。
そうしておばあちゃんの家での日は終わっていく。
その日は早く寝ることにした。その理由は、やよいちゃんが熱中症になったように、暑さにやられないように気温の上がりきらない午前中に帰ることにしたからだ。
前日の土木作業の疲れであわや寝坊だったけど。
「それじゃあおばあちゃん。帰るね」
翌日の朝、私は眠気が残るまぶたをこすりながら玄関に立ち、おばあちゃんとお別れをする。
太陽は地平線から顔を覗かせていた。さっきまでは涼しかったのに、太陽がでるだけですでにじんわりと暑い。そろそろ出発しなければならない時間だ。これからもっともっと気温が上がる。一昨日のやよいちゃんみたいに暑さにやられないように早めに出発を決意した。しかも、地域の人たちからもらったお土産がたくさんある分、持ち物の重さは以前よりも増していて、その重量感が一層の早めの出発を促していた。
「ええ、また元気でね」おばあちゃんは優しい笑顔を向けて、私たちを送り出してくれた。
その笑顔には、どこか安心感と愛情が込められているようで、胸が温かくなった。
「行こう」
私は地面に置いていたバックをしっかりと肩にかけた。みんなもそれぞれのバックを肩に掛け、準備を整えた。
「ふん!」
なおちゃんがひと際大きなバックを肩に掛けた。
「お、重そう……」
やよいちゃんが心配そうに声を上げると、なおちゃんは笑顔で応じた。
「まあ、お土産たくさん入れたからね」
「乞食か!」とあかねちゃんが冗談めかして言うと、みんなの笑い声がその場に広がった。
私たちは一歩ずつ歩き出し、村の景色が少しずつ後ろへと流れていった。振り返ると、おばあちゃんはまだ立っていて、手を振ってくれていた。その姿がだんだんと小さくなっていくのを見て、胸が少しだけきゅっと締め付けられるような気持ちになった。
「そうだ。それとみゆき」
突然、おばあちゃんの声が私に届いた。
「何?」
私は不思議に思いながらも、しっかりとおばあちゃんの目を見た。その目には、何か大切なことを伝えたいという気持ちが込められていた。
「おばあちゃんとみゆきがどこに居ようと、私の孫だからね」
おばあちゃんは優しく語りかけた。その言葉には深い愛情と、私を信じているという思いが詰まっていた。
その瞬間、おばあちゃんの笑顔が一層輝きを増した。私はその笑顔を見て、胸がじんわりと温かくなった。その表情は、きっと一生忘れないだろう。頬に感じる風が、まるでおばあちゃんの手のひらのように温かかった。
「いいおばあ様を持ちましたね」
すると、横かられいかちゃんが話しかけてきた。
「うん」
私はれいかちゃんの表情を見ると、どこか羨望の眼差しをしていた。
れいかちゃんは”この世界”でも頭がよくて、武道にも優れて、礼儀正しい。私は何度すごいなあ、と思ったことだろうか。それなのに、そんなれいかちゃんから逆に羨ましいと思われるとなると少しくすぐったい。
「きっとおばあちゃんは私がどこにいても、私のことを思ってくれてるんだ」
私がどこにいても━━。それはきっと、私が七色ヶ丘にいても、もしくは結婚してどこかに嫁ぐことになってもしてもなのか。おばあちゃんが”この世界”から永遠に消え去ったときの話なのか。もしくは私が━━━━。
でもそれは関係ない。私も思い続ける。”この世界”のおばあちゃんのことも決して忘れない。
そして、”あの世界”に帰っても、ここにいるもう一人のみんなのことを忘れない。
小麦色の髪をしたあの子との日々のように、決して忘れられない思い出が私の魂に詰まっているからだ。
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